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第九話 ハッピーエンド?

「また面倒事かね?これで何度目だい、竜?」


課長室に青島課長の重苦しいため息が響いた。

竜が刑事を殴り飛ばして三日後、竜は上司のななみと共に青島課長から小言を受けていた。警官たちに馬乗りにされた後、駆けつけた伊勢刑事の説得と先に手を出した自責の念に駆られた日笠刑事のおかげで竜は何とか釈放された。あらかたの事情を聞いた青島課長は恩人である伊勢に頭を下げた。


「伊勢君もありがとう。いつも助かるよ」

「気にしないでください。バカの子守りはもう慣れてるんで」

「おい!」


伊勢の嫌みに声を荒げる竜の耳をななみが無言で引っ張った。

「いてて……」と耳をさする竜に青島課長が説教を続ける。


「伊勢君がいなかったら、まだ留置場の中だったかもしれないんだよ。たまには感謝したらどうかね?」

「ありがとーございました」とわざとらしい礼を述べる竜を伊勢は鼻で笑った。


「だけど、アイツはどうしてあんなに異世界人を目の敵にするんだ?」


 ただ一人文句を垂れる竜の周りがピタリと静まり返った。全員が顔を曇らせる状況に鈍感な竜もさすがにおかしいと気づいたのか、首をかしげた。


「竜、お前がこっちに来たのは何年前だ?」

「四年前だが?」


 伊勢の言葉に竜がさらに首をかしげる。

「そうか……じゃあ、知らないんだな」と呟き、伊勢は沈黙を続ける二人を見渡して長いため息をついた。


「五年前、埼玉の農家から相次いで野菜や金品が盗まれる事件が起きた」

「おい、伊勢。一体何の話だ?」


 一人語り始めた伊勢に戸惑う竜を余所に言葉が続いた。


蜥蜴(せきえき)人族の兄弟ーーー異世界人による犯行だった」


「えっ……」と竜の乾いた声が響く。伊勢は静かに目を瞑った。


「六件目の犯行の時だ。家を物色していた犯人と出くわした夫婦はその場で襲われ、初めて死人が出てしまった。その被害者こそがーーー日笠さんのご両親だった」


 竜はふいと伊勢から顔を反らした。それまで口を尖らせていたお茶らけた振る舞いはすっかり鳴りを潜め、伊勢の話を聞いていた。


「奥さんは亡くなり、旦那さんはその事件で足を骨折して今も車椅子生活だ。日笠さんは当時、別の事件に追われて母親が息を引き取る瞬間に立ち会うことすらできなかった」

「犯人は………捕まったのか?」


 竜は声を振り絞りかろうじて尋ねた。竜の問いに伊勢は首を振った。


「兄は捕まえたが、弟の方が未だに逃走中だ。連続強盗致死傷事件となり、兄の方には死刑判決が下った」

「……動機は?」


「金がないから強盗しても仕方がないだろ」


 背後から聞こえた声に竜はばっと振り返った。視線をそらしていた青島課長が物憂げな顔色を浮かべたまま竜を見上げていた。


「それが異世界人が裁判で供述した動機だよ」

 青島課長は言葉を続けた。

「あの時はまだ異邦禄もなく、異世界人が金を稼ぐ手段は少なかったんだよ。言い分は確かに事実だけど、世間は納得いかないよね」


 天井を見上げながら、「あの時は、クレームの電話が鳴り止まなくて大変だったよ」と当時を懐かしむように青島課長はぼやいた。

 同じ天井を見上げていた伊勢は陰鬱なため息を吐きながら、竜の側へフラりと歩み寄った。


「その事件から異世界人への保障も随分と手厚くなった。まだいざこざは絶えないが、それでも人と異世界人との関係は少しずつ前に進みつつある。だが……」


 伊勢は息を荒くして立ちすくむ竜の肩を強く叩いた。


日笠さん(遺族)の時は今も止まったままだ」


 竜の荒い呼吸を聞きながら伊勢はゆっくりと離れた。

 竜は四年も異世界課で異世界人の揉め事を解決してきた。その揉め事のほとんどが人間が先に仕掛けて来た話ばかりだった。そうした仕事を続けていくうちに、いつしか、竜の心にある勘違いが生まれた。


 異世界人は聖人君子である―――


 それが崩れる音を竜は何もできずに聞いていた。


「事件は五年前、お前がこっちに来たのは四年前。事情を知らないお前が日笠さんを殴ってしまうのも仕方がないことだ。だから……」


 お前が気にすることじゃない。

 

 伊勢はそう言い放つ直前、視界の外から来る威圧感に顔を歪めた。

 そこにはしかめ面で睨むななみの姿があった。非難するような鋭い視線に伊勢は咄嗟にその言葉を飲み込んだ。

 バツが悪そうに視線を反らした伊勢を見届けてななみは青島課長に進言した。


「私としては、仮面人族の調査も続けたいと思います」

「しかし、ななみ君」

 

 茫然自失と佇む竜をチラリと見て、青島課長がななみに尋ねた。


「兎人族の……スーラだったかね?下岩君と美澄君でまだ見張っているのだろう?通常業務もあるし、これ以上人員は割けないよ」

「スーラさんの件は生活室の方から警察に相談していますし、いずれ警察に引き継げます。それに竜もいますし……」


 ななみは竜の方を振り向き、「ちょっと!」と声を荒げた。

「ああ……何だ?」とうわ言のように返事する竜にななみが叱責する。


「異世界人への濡れ衣を晴らすと言ったのはあなたでしょ!」

「ああ……」

「しっかりしなさいよ!」


 ななみはぼんやりと返事する竜の胸を叩いた。

 頭をかきむしりながらうやむやな返答をする竜にななみは更なる叱咤の言葉を浴びせようと竜の額を指差した。

 ななみの口がゆっくりと開いたその時、スマフォのバイブが彼女のポケットから鳴り響いた。

 竜に背を向けて電話に出たななみの耳元に「室長!」と言う焦燥に満ちた甲高い声が響いた。

「美澄さん、落ち着いて」と電話越しに宥めるななみの背中に伊勢が「どうした?」と声をかけた。


「スーラさんがいなくなったんです!」


 スマフォから漏れる悲鳴を聞いたななみの顔に大きな陰りが浮かんでいた。





「室長!あわわ……どうしよう!」

「美澄さん、落ち着いて」


 異界荘の前で眼鏡をかけた小柄な女性がポニテールを靡かせながら狼狽えていた。部下を落ち着かせるななみの側で下岩が申し訳なさそうに佇んでいた。


「くそっ、スーラは一体どこに行ったんだ?」

「室長、竜さん……すいません。少し目を離した隙に見失ってしまって……」

「あなたたちの責任じゃないわ」


 刃渡という男の来訪を見張っていた美澄と下岩の二人から連絡が入り、課長室に居合わせた伊勢と竜、室長は慌てて車を異界荘に飛ばした。異世界課のビルからおよそ十分程経っていたが、スーラはまだ異界荘に戻っていなかった。


「何か買い出しに出かけたとかじゃないのか?」

 竜の疑問に下岩が首を振って答えた。

「出掛けるときは自分達に一声かけるように指示していたのですが、突然、自分達に何も言わず飛び出して行ったんです。慌てて追いかけたのですが………」


 その時は二人が異世界課のワゴン車の陰で昼ご飯を取っていた時だった。玄関先に姿を現したスーラを見て、いつものように声をかけてくれるだろうとすっかり油断してしまった。落ち込む下岩に鼓舞するかのように伊勢が手を打ち鳴らした。


「まだ遠くには行っていないはずだ!ななみはここに残って連絡係を頼む!他はここら周辺を徹底的に探し出せ!」


 伊勢の掛け声と共に異世界課のメンバーは坂を下り出した。坂を下ったところで現れた四字路で散り散りに走り去る。ほどなくして寂れた町中にスーラを呼ぶ四人の掛け声が響いた。だが、スーラからの返事は一向になかった。

 あちこちを駆けずり回っていた竜はやがて小さな神社の前へと飛び出した。石畳の階段の先に伸びきった雑草が生い茂る神社はその街の寂れ具合を如実に表していた。


「竜さん!」


 神社の前で一息ついている竜に声がかかった。顔を上げるとT字路に別れた道の先から美澄が向かってきていた。

「見つかったか?」と竜が声をかけると、「まだ見つかりません」と首を激しく振った。

「どこに行ったんだか……」と額から滴る汗を拭って竜は辺りを見渡した。


「あの……」


 聞き覚えのある声がする方を竜は思わず振り向いた。

 視線の先にある神社の鳥居の影からスーラがゆっくりと姿を現した。


「おい、どこに行ってたんだよ!」


 突然現れたスーラの肩を掴むと、彼女の身体が微かに跳ねた。竜は思わず彼女から手を放し身体を見つめた。目立った外傷はないと小さく頷く竜にスーラは苦笑いを浮かべたまま返事した。


「すみません……急にいなくなって……」

「そうですよ、スーラさん!」


 美澄は竜を押しのけてスーラに詰め寄ると、そのままスーラの手を握りしめた。


「心配したんですよ!」

「ごめんなさい…………」


 まじまじと見つめる美澄からスーラは視線を反らした。蚊の鳴き入るような声で呟くスーラの手を美澄は更に力強く握りしめた。


「どうして一人で出掛けたんですか?」

「それは………」

「示談したんや」


 言葉を濁すスーラの背後にある木の陰から一人の男が現れた。ずれた銀縁眼鏡を整えながら、がに股で歩み寄る男の風貌に竜はスーラの言葉を思いだし、その男の名を叫んだ。


「刃渡!」

「ちょっと待った!竜はん!」


 両手をあげて無抵抗の意思を示す刃渡に竜は振り上げた拳をそのまま下ろした。「どういうことだ?」と睨む竜に刃渡は含み笑いを浮かべながら答えた。


「あの時はワガママ言われてついカッとなったけど、今、話を聞いたら目と耳が良すぎる体質の問題らしいやん………」

「それで、思い直したとでも言うのか?」

「その通りや!すまんかった!スーラちゃん!この通りや!」


 スーラに頭を深く下げる刃渡の姿に竜は顔をしかめた。聞いていた話より素直な刃渡の態度に困惑する竜の隣で「あの」と美澄が声をあげた。


「スーラさんに近寄らないと約束いただけますか?」

「はいはい!そうします!」


 何度も頭を下げる刃渡の様子に美澄も唖然とする中、竜は無言で立ちすくむスーラの肩を叩いた。


「スーラ、本当に大丈夫なんだな?」

「は……はい………」


 曖昧な返事をするスーラをじっと見つめる。揺れ動く彼女の赤い瞳に竜は更に目を細めた。怪しむ竜の視線に気づいたスーラは「大丈夫ですよ」と言葉を返した。

 本人が大丈夫と申告している以上、個人の問題に深入りする訳にはいかない。

 竜は顎をさすりながらそう思案すると、思い出したかのように刃渡に一喝した。


「おい!脅したり張り紙を無断で貼ったのは事実だろ?伊勢って言う刑事にその理由を話してもらうぞ!」

「刑事……それは勘弁してくれ!」

「おい!待ちやがれ!」


 竜が刑事という言葉を出した時にはすでに刃渡は走り出していた。慌てて追いかける竜の足音が閑静な住宅街に重く響く。人通りも障害物もない平坦な通りと竜の人離れした脚力で刃渡との距離が一気に詰まっていく。


「車出せ、車!」


 背後から迫り来る足音に刃渡は狂ったように叫びながら角を曲がった。後を追いかける竜の険しい顔がその角から飛び出すと、そこには黒塗りの車がすでにエンジンを吹いていた。

 その車の後部座席へ転がり込む刃渡を見て、竜は咄嗟にトランクへ手を伸ばした。トランクの先に竜の指がかかった瞬間、すり抜けるように車が発進した。

 目の前で巻き上がる砂埃の隙間から逃げ去る車を竜はじっと睨み続けていた。





 スーラを見つけた竜と美澄の二人はスーラを引き連れて異界荘へ戻った。玄関先ですでに待ち受けていた伊勢と下岩、それにななみが三人を出迎えると、ななみが真っ先にスーラに尋ねた。


「何か刃渡に変なことをされませんでしたか?」

「いえ、ただ許してくれないかと謝られただけで……」


 ぼんやりと話すスーラに伊勢は首を掻きながらさらに尋ねた。


「刃渡とどう連絡を取り合っていたのですか?まさか、偶然あそこの神社で出会ったと言うわけではないでしょう?」

「て……手紙が来たんです!」


 スーラのたどたどしい説明に伊勢はチラリと下岩を見た。視線に気づいた下岩は顎を掻きながら一日を振り返ると、「確かにスーラさんは玄関の郵便受けを時々見ていましたね」と頷きながら返事した。


「郵便物は確認していないのか?」

「いえ、それは……」


 そこまでの権限はありませんと言葉を飲み込む下岩を見て、伊勢は呆れながら再びスーラに尋ねた。


「あなたを脅していた相手ですよ?よく一人で会おうと決心されましたね?」

「手紙に謝りたいと書いていましたし………」

「その手紙を見せてもらえますか?」


 伊勢の言葉を聞いたスーラは地面に視線を落としながら、ポケットから無地の封筒を取り出した。封筒を受け取った伊勢は中から紙切れを取り出し、そこに書かれた無機質なワープロの文字を見つめた。


「スーラさん。私が間違えていました。示談にしたいと思いますので麓の神社まで来ていただけないでしょうか?刃渡………」


 手紙を読み上げた伊勢は四つ折りにして手紙を返すと、スーラはその場で頭を下げた。


「皆様のおかげです。ありがとうございました」


 スーラの声は明らかに震えていた。

 頭を下げ続けるスーラを目の前に五人は互いに目を合わせて、互いに頷き合った。


「良かったわね」


 ななみが戸惑いながら彼女を祝福した。

 異界荘の玄関前で頭を下げるスーラを背に、五人は裏にある駐車場へ向かった。ななみの外車の隣に停まっている異世界課のワゴン車の陰に向かうと、五人はその場で円陣を組んだ。


「あの説明で納得できるか?」


 伊勢刑事が疑問を投げかける。

 スーラの視界から外れるワゴンの影で全員が首を振り、下岩が「やっぱり……」とおずおずと思いを口にした。


「まだ脅されているんじゃないでしょうか?僕たちを引き離そうと刃渡に言わされているとか」

「あの場に刃渡はいなかったんだ。もしそうなら俺たちに伝えても良いだろう?」


 スーラの態度は誰が見ても明らかにおかしかった。

 五人全員が同じ結論にたどり着いたが、その原因は分からずじまいだった。


「もう少し監視は続けた方が良さそうね」


 ななみからの提案にその場にいた全員が頷き合った。その隣で伊勢は声を落として呟いた。


「あの手紙にはどこにも消印がなかった。」

「消印?」

「郵便局で受け取った証拠だよ。習わなかったのか?」


 地球の知識に疎い竜に小言を加え、伊勢は見張りをしていた二人に尋ねた。

「スーラに直接手渡したか、玄関の郵便受けに投函したものだろう。スーラに近づく人物はいなかったか?」

「それらしき人は………」


 下岩は美澄と目を合わせ、それから二人揃って首を振った。二人の様子を見ていたななみはハンドバックからスマフォを取り出すと、おもむろに電話を掛け始めた。


「もしもし、桐沢君?」


 スピーカーを入れると、「どうしましたか?」と言う緊張感のない同僚の声が駐車場に響いた。


「異界荘に空き部屋がないか調べてくれる?」

「空き部屋?」

「そう。スーラさんの部屋が見える場所を一か月借りてほしいの。」

「室長、一体………」


 唐突な電話に困惑する下岩にななみは指示を飛ばした。


「あなたは異界荘の部屋からスーラさんの監視を続けてちょうだい。パソコンとルーターは後で持って来るから、通常業務はその部屋で在宅勤務でお願い」

「室長!それは無理ですよ!」


 電話を切ったななみに下岩は上ずった声で抗議した。


「入管庁の仕事は外に持ち出せない機密情報ばかりですよ!それに、パソコンしながら監視だなんて、見過ごす可能性だってありますよ!」

「俺もそれには反対だ。」


 竜が下岩の反論に加担した。


「刃渡は二人の見張りを掻い潜ってスーラに接触したんだ。どういう手口を使ったかまだ分からないし、片手間で捕まえられるほど楽な相手じゃない」

「じゃあ、あなたが下岩君の業務を全て引き受けてくれるの?」


 冷徹な視線を向けるななみに竜は思わずたじろいだ。「それくらい………俺に任せろよ」と戸惑いながら引き受けようとする竜に、ななみは静かにため息をついた。


「私だってこんなこと言いたくないのよ」


 ななみは頭を抱え、静かに奥歯を噛み締めた。

 異世界課は元々法務省の左遷先だ。

 それに加えて、公務員の人件費削減がずっと叫ばれ採用人数は減少し続けている。

 

 人手が潤沢とは決して言い難い。


 そうしたお家事情などお構いなしに異世界人は今日も明日もやって来る。その度に仕事は無限に増えていく。だからと言って公的機関がその仕事を投げ出す訳にもいかない。


「分かりました、室長……やれるだけやってみますよ」

「ありがとう。できる限りの支援はさせてもらうわ」


 限られた人材でやりくりさせられる上司の苦労を察した下岩は互いに申し訳なさそうに言葉を交わすと、下岩はワゴン車の扉を開けた。


「下岩、どうするつもりだ?」

「今日にもあの男が戻って来るかもしれないでしょ。日が暮れるまで見張っていますよ」

「ありがとう」


 室長の言葉を聞いて頷いた下岩は静かに頷くと、ワゴン車に乗り込みエンジンを点けた。エンジン音を落として異界荘へ近づくワゴン車を見送ると、伊勢が竜に「その刃渡という男だが」と声をかけた。


「俺が刑事と聞いた瞬間に逃げたんだよな?」

「ああ、黒塗りの車で逃げられた。咄嗟のことでナンバープレートは見れていない、すまん」

「いや、それは構わない。お前は刑事じゃないからな」


 頭を掻く竜の隣で伊勢はこめかみを押さえながら考え込むと、伊勢はななみに尋ねた。


「刃渡の顔立ちとか何か特徴を教えてくれ。俺も少し調べてみる」

「助かるわ。今、ファイルを送る」


 ななみがスマフォを何度かタップすると、伊勢の胸ポケットから着信音が鳴った。携帯を取り出した伊勢は添付ファイルを開けて、警察が作成した似顔絵をじっと見つめた。


「何か心当たりはありますか?」

「刑事時代でも良いんだぞ」


 竜と美澄の二人が一斉に期待を寄せたが、伊勢は虚しく首を振った。進展しそうもない状況に一人ため息をついた美澄はポロリと無垢な疑問をぶつけた。


「あれ?室長、伊勢さんの連絡先ご存じなんですね?」


 部下からの不意打ちにななみは思わず頬を掻いて「えっと……」と言葉を詰まらせる。目を泳がせるななみを横目に伊勢はわざとらしい咳をついた。


「仕事で一緒になることが多いからな。それは当然だろう?」

「ふぅん」と得意気な声を漏らす美澄をよそにななみは自分の車へと乗り込んだ。


「さぁ、戻りましょう」


 ななみの誘いと共に残った三人が続けて車に乗り込んだ。

 ゆっくりと車が坂をかけ降り、バックミラーに映る異界荘の姿が小さくなった頃、後部座席に座った伊勢が口を開いた。


「ところで、竜」

「何だ?」と助手席でくつろいでいた竜は振り向くことなく答えた。


「仮面人族に会ったんだろ?どういう奴だった?」

「えっ?竜さん、あの仮面人族に会ったんですか?」


 息巻く美澄と伊勢の二人を背に竜は唐突に呟いた。


哀風順(あわかぜじゅん)。転生者だ」

「転生者?何だそれ?」


 訝しむ伊勢の声が甲高いエンジン音によってかき消された。

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