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幼馴染がいる。
イケメン、長身、優しい、気配り上手、言葉の隅々に男らしさがある、料理は上手だし帰国子女なのでレディファーストが素で身についている。性別が女に生まれたなら彼を好きにならない女性はいないというくらい完璧な男、それが幼馴染だ。私は昔からの付き合いなので慣れてしまってそういうのはないが。
ホストになったらNo.1間違いないだろうし、俳優なら超売れっ子になるに違いない。町を歩けば必ず女子から二度見をされる男。そんな彼は当然女性からモテなかったことがない。
しかしながら残念な事に、彼はお付き合いというものが長続きしない。別れる原因は100%彼にある。ここまで完璧で一体何が問題があるかというと、まあいろいろと残念なのだ。
「ふられました」
私の家にきて勝手に料理を作り、勝手に酒を開けて何故か私もかんぱーいという流れになり、ビールをごくごくと飲んで開口一番そういった。
「またデスカ」
同じくビールを思いっきり飲んでぷはーとなった私も開口一番そういった。というよりも、一連の流れは彼が彼女と別れたときに行動するテンプレなのでわかっていたが。
「付き合うときは好き好きオーラだしまくるくせにね。もうね、この手のパターンは飽きたよ。貴方を世界一愛しているのは私です、みたいな事言うのに結局別れる時は付き合いきれない、だもんね。わかってたから落ち込まないけど」
まるで悟りを開いた坊さんだ。付き合うときから「たぶん今回も続かない。もって1ヶ月かな?」と予測していた彼の言葉通り、1ヶ月でそのお付き合いは終わりを迎えたのだから凄い。ちなみに通算……。
「9回目」
そう、9回別れている。ありがとう私の内心を予測して答えをくれて。今更だけど彼の傷心を抉っていなければいいんだけど。
「何で別れたか原因わかってるよね」
「まあね。毎回同じ理由だからね」
「直しなよ」
「無理」
「一生彼女できないよ」
「うん」
「結婚もできないよ」
「うん」
だめだこりゃ。拗ねているのではなく本当にどうでも良さそうだ。じゃあ逆論でいってみよう。
「わかってるなら付き合わなきゃいいのに」
「別に断る理由もないじゃない。どうせ続かないにしても1ヶ月は続いたわけだし。その間は確かに楽しいんだよ」
「すきでもないのに付き合おうとするから年々お付き合い期間が短くなっていってるんですけど」
「知ってる」
最初の彼女は2年間。次は1年半、次は1年……と付き合う回数が増える毎にどんどん短くなっていく。そのうち三日天下ならぬ三日恋人でもできそうだ。
「誰か固定でお付き合いしないでもういっそセフレどまりにしたらいいんじゃない」
「それ一番修羅場になるパターンね。曖昧な関係って相手が勝手に都合のいいように解釈するから一番面倒で恐ろしいよ。夜道で音もなく近寄られて刺されそうになったと思ったらもう一人現れて二人で殺し合い始めた場所に立ち会わなきゃいけないとか二度とゴメンだから」
一度あったのかよ、知らんぞそれ。まあ、言ったら私が心配するから言わなかったんだろうけどいつの話だ。
「あ、一週間くらい音信普通になったときか」
「正解」
ピンポーンと明るく言う彼はまったく気にした様子がない。音信不通になったのはどこかに隠れていた、というよりも私に迷惑かからないようにしていたのだろう。当時は本当に大変だっただろうに、今こうしてバラして明るくいえるあたり事は解決したと思って良いのだろうか。
言いながらもぐもぐと作ってくれたつまみを食べる。つまみと言うか、立派に料理というか。脂っこいものに偏らず、さっぱりしたものや色鮮やかなサラダなども作ってある。普通にコース料理みたいだ。
「それだけ彼女作るならさ、とりあえず恋人は欲しいんだよね?」
「まあね」
「じゃあ直そうよ」
「無理」
「無理じゃない」
「じゃあ嫌です」
「嫌ってさあ」
「直さないし変えないしこのままいくつもり。誰にも口出しさせない」
これだけは絶対に譲れない、とでも言うようにすべて否定されてしまった。どうしようもない、本当に。一体彼のどこに問題があるのか? それはもうこれに尽きる。
「今回は何」
「好きなもの作ってあげるから何食べたい?っていうから答えただけ」
「ああ、それアカン質問だったね。付き合い始めて間もない彼女さんには難易度高かったね」
「正直に答えたよ」
「そこは遠慮して世間一般の模範解答言っとこうよ」
「なんで嘘ついてまで料理作ってもらうのさ」
「ちなみに何て答えた」
「トオルの作った肉じゃがが好きだけど、トオルじゃなくて君が作るならいらない」
「ばーか。馬鹿馬鹿ばーか」
呆れて思わず呟いた。絶対きらっきらの笑顔で悪気もなく言ったんだろうなこの馬鹿は。
「目、まん丸にしてたなあ。え、ちょっと意味がわからないんですけどって顔もしてたし」
「ちょっとどころか完全に意味不明だから。個別名出した上やんわりとお前の料理なんざいらんって言った時点でそりゃ傷つくわ」
「だってさあ。どう考えたって自分で作ったほうが美味しいよ。トオルには負けるけど」
「あっそ」
何だコイツ、普通に相手の手料理食べたくなかっただけか。非常にたちが悪い。確かにお前の料理は美味いけれども。
「他には」
「買い物行った時にこの服似合う?って聞かれたから」
「あーダメダメそれ言っちゃダメ」
「もう言っちゃった。赤いセーターだったから、トオルは赤より白が似合うから今度買おうと思ってるんだけど君が言うなら赤もいいかもしれないねちょっと試してみるよ、どんな赤い服が似合うかなあって言った」
「自分に似合うかなって言ってるのに何故そっちにいくのかね君は」
頬杖をついて問えば、これまたまったく悪気もない様子で
「いや、だってトオルっていつも白か黒着てるからさ。赤も似合うかなって思ったらもう止まらなくて。セーターと言わずシャツでもニットでも何でも似合うかなって思ったら今すぐ服買って行かないとって思って。当たり前じゃない、何言ってるの」
と言ってくるからもう手に負えない。論点違う、彼女の話じゃんと言ってもまるで私が話をずらそうとしているかのように言われ「じゃあ何色ならトオルに似合うのさ」と逆切れされる。だから、そこじゃない。彼女に赤が似合うかどうかだってばよ。
「あと、デートどこ行こうかって話で」
「あ、ハイ」
「聞いてる?」
「何かもうオチ見えたから」
「聞いてよ、聞いてもらうために来てるんだから」
「あ、ハイ」
「デートどこ行こうかって言うから。トオルの家に行きたいって言・・・」
「ぶわああああああああか! 馬鹿馬鹿ばあああああああああああああか!!」
たまらず叫ぶと眉を寄せて「声大きいよ」と迷惑そうに言われてしまった。私ですか、私が悪いんですか。
「そこデート場所違う! 個人の家! よそ様のおうち! 彼女が行きたいのは二人で楽しめる場所!」
「俺は楽しい」
「アンタはね!? 彼女楽しくないよ! 何が悲しくて人の家行くの! もっとこう、遊園地とかアウトレットとかなんかあるでしょ!?」
「え、もしかしてデート場所って言われてそれしか思いつかないの嘘でしょ、信じられない。もうちょっと増やしなよ」
「何で私をディスってんだ! 悪いかこれしか思いつかなくて! 個人邸に行きたいとか言う奴よりマシですから!」
「失礼だな。俺だってトオルが行きたいって言えばどこでも提案するよ。遊園地でも博物館でも映画でも展望台でも、そこで夜景見ながら夕食だってできるし季節関係なく海だって悪くないよ。最近は水族館もいろいろ工夫してて面白いし公園でのんびりしてもいいしどこ行くでもなくドライブでも全然楽しいよ。個人経営の雑貨店とかカフェめぐりとかしてみてもいいよね。美味しいお店探でランチとかするなら徹底的に調べるよ」
「あああああああ! それを彼女に言いなさい!」
「何で」
「何でってアナタ」
「それはトオルと行きたい場所であって他の奴と行きたい場所じゃない」
「左様でござるか」
「とりあえずデート場所は最低5つ言えるようにしてね。さっきのは酷い」
なんで私が責められてるんだ。おかしいな、私じゃなくて今コイツの話をしているというのに。どうせデートしたことないですよ。どうせ彼氏できたことないですよ。どうせインドア派で外の世界知らないですよ。
「インドア違う、休みの日家から出ないのは世間では引きこもりっていう」
「私の心を読まないで頂きたい」
「考えてる事なんでわかりきってるから。何年一緒にいると思ってるの」
「15年以上お世話になってます」
「どういたしまして」
「え?」
「え?」
冗談で言ったのに真面目に言われた。まって、どう考えてもお世話してるの私。まるで私がどうしようもないぐーたらでコイツに迷惑かけてるとでもいうような今の返事は何。納得できないんですけど。
「こうなってくると当然トオルって単語出すたびに不機嫌になって」
「当たり前ですがな」
「そんなにトオルさんが大事なら一生トオルさんといればいいじゃないっていうから」
「あ、終わった」
「そうする、って言ったらさようならって言われた」
「あ、はい」
「そのくせわかった、じゃあねって言って離れようとしたらちょっと、え?みたいな反応だったから笑える」
「それ完全にカマかけだから。ごめんね僕が悪かったって言って欲しかったパターンですから。まさかそこまであっさり終わると思ってなかった感じだから」
「わかってるよ」
物凄く普通に言われたでござる。なんなのお前、本当。
「自分の望む言葉を言わせたいからって思ってもいない事を言う奴なんて信用できないじゃん。それなら普通に自分が何を思ってるのか、どうして欲しいのかを言って話し合いをするべきだよ」
「凄く真っ当な事は言ってるけど、オチは見えてるよ。話し合いしても結論変わらないよね。女の子は絶対トオルさんと私どっちが大事なのって事になって」
「トオルだよって言って終わる。わかってるよ」
「……あ、はい」
ダメだこりゃ。
こうして不毛な会話が続き、酒と料理をあらかた食べつくして彼が片づけをし始める頃。私も酔いが回ってその場にでろーっと寝そべる。
「とりあえずその彼女との会話で二言目にトオル言うのやめーや」
「何で」
「面白くないに決まってるでしょ相手は」
「俺は面白い」
「だーかーらー! そこに問題あるんだって! だから長続きしないんだって! そこが一番直さなアカン箇所だって! そこだけ、そこが直ればアンタ完璧なんだよ!スーパーイケメンなんだよ! そこだけピンポイントで直せれば幸せな未来が待ってるよ! 頑張って直そうよ!」
「何でさ。必要ないよ」
「必要あるわ!」
耐え切れず、私はガっと中指を立てる。
「いい加減、恋人との会話に私を絡めるのやめい!!」
そういって透瑠はプイっと横を向いてしまい、数秒後にはすうすうと寝息が聞こえて来る。それを見た幼馴染は毛布をかけてやった。はあ、と小さく溜息をつく。
「まるで俺がダメ人間みたいに言うけどさ、これだけわかりやすすぎる事なのにわかってない透瑠の方が超がつくダメ人間だと思うんだけど。普通はわかるでしょ」
どうせこの声も聞こえていないだろうが。
トオル、というと誰もが100%男と思うので歴代の彼女達は異常に仲のいい男友達がいると思いこんでいた。だからそこそこの期間付き合うのだが、最終的には聞いてくるのだ。
「トオルさんてどんな人?」
そこで相手が幼馴染の女性だとわかり愛想をつかされる。いつものパターンだ。どうせ好きになって付き合った女性など一人もいないのだから痛くもかゆくもないが。
まるで自分をダメ人間のように言うが、透瑠だって大概だ。雰囲気の良いちょっとお高いレストランで向かい合って手と手を取って「付き合ってください」と言おうが、「あ、それ彼女できたときのための練習?」と言ってのけるほど恋愛ゲージがマイナスを振り切っている奴なのだから。