其の四:ミキとシュウジ
「おはよう」
「おはよう、あなた。あら、どうしたの?そんなに背を屈めて」
「……。腰が痛いんだよ」
「まあっ。昨夜頑張りすぎたのね」
「お前はそういう、朝っぱらから…」
「ふふ、ごめんなさい」
「…(ガタッ)お、今日は目玉焼きか」
「ええ。半熟がいい?」
「いや、僕は固めで」
「ラジャー」
ジュウウウウ…
「ねえ」
「ん?」
「あなたの寝顔って、結構可愛いわよね」
「…そうなのか」
「そうよ!それに寝言も言うし」
「えっ。…何言ってた」
「昨夜は、誰かの名前」
「……」
「ふふっ。ビックリしちゃった。あなたがすぐ隣で、『タカコ』なんて口走るんだもの。…ねえ」
「む……」
「まさかとは思うけど」
「……、女の子の、名前だよ」
「…へえ。あらまあ。そうなの」
「君に黙ったままじゃ悪いと思ったんだが…」
「そんなことないわ、黙っておくのが普通よ」
「…そう、かな」
「そうよ。それで?」
「えっ」
「それで?」
「…あー…その…高いに子供の子で、高子って書くんだ」
「ふうん」
「志を高くとか、胸を高く張るとか、まあ色んな『高い』の意味がある…って話」
「あらそう。深いのね」
「…いや…。それでその…どうだろう」
「何ですって?」
「その、何て言うか、平凡だけど気に入ってるんだ。僕としては真剣なんだ」
「……」
「今まで恥ずかしくて言えなかったんだが、こうして白状したからには、切り捨てられたくはない」
「……」
「本当に、僕にしては一生懸命…だから、諦められない」
「…よくも、ぬけぬけと…」
「!…いや、お前の気持ちも分かる。僕だけの問題じゃないからな、しかしその…何と言うか…想像してみてくれ!」
「想像…?」
「そうさ。僕がその子と一つ布団に眠り、無邪気な寝顔を眺めながら頭を撫でてやるんだ。それから小さく『タカコ』って囁いてやる。君はそのあいだ暇が出来るから、翌日のご飯を仕掛けたりして…」
バンッ。
「…黙って聞いてたら…何よそれ。馬鹿にしてるの?」
「えっ、な、そんなつもり全然…いやっその、僕が世話するってのが気に入らなかったのか」
「何言ってるのよ、私がその女を世話するって言うの?ふざけないで!どうしてあんたの妾をウチで囲わなきゃ…」
「待て待て待て!…お前何の話をしてるんだ…?」
「あなたこそ何よ、馬鹿にして!浮気で開き直るにも程があるわ!」
「…ああ。成程、そりゃ誤解だ」
「何が誤解っ?」
「僕はただ、女の子が産まれたらどんな名前をつけようかって、それを言ってたんだ」
「…………え?」
「それで、『タカコ』…って名前、平凡で嫌かなって…」
「そ……」
「ごめん、変な誤解させて」
「…いえ…」
「で、駄目かな…『タカコ』」
「わ、わかんない」
「え」
「…ちょっと今、こ、混乱して…何かほっとしちゃって…っ」
「…涙、えーとコレほら、ハンカチ」
「うん……」
「あ。目玉焼き焦げるぞ」
「…ああっ!やだっ、私ったら」
「ははは」
「うふふ」
ジュウウウウ…
ブスブスブスブス
(ふう…上手く誤魔化せたぜ)