其の三:ミサエとツネオ
車の窓から頭を突き出し、文句をたれる男が一人。
「まいったな、ここどこだよ…ったく、これだから田舎は」
周囲は見渡す限り、田畑と民家と山だ。
「地図地図っと。ええっと、これが県道で…?左に曲がって…いま村道か。村道ってオイ」
一人で苦笑する男。
「ふわぁあ〜…ああ。眠い…何時間走ったかな…俺昨日何してたっけ」
「すみませーん」
「…ん?」
「すみません、そこの車の方」
「俺?何、ねえちゃん」
「えっと、ちょっと乗せて貰いたいんですけど」
「…どこまで?俺この辺詳しくないんだよ」
「あ、やっぱりいいです」
「そう。ま、地元の人でも捕まえて。じゃ」
「あっ、待って下さい」
「…何。もしかしてアンタここの人?」
「いえ、そうじゃなくて…」
「じゃ何」
「あのですね。人に道を聞くのは断念された方がいいですよ」
「…は?なんで」
「それは、ですから…無理なんです」
「だからなんで。理由言って貰わないと分かんないでしょ」
「だって、その…」
「…あのさあ。悪いんだけど俺疲れてるわけ。用があるなら早く言ってくんない」
「いえ、用は別に」
「あっそう、じゃ行くよ」
「待って下さい!」
「…。どっちだよ!」
「ですから、その…どちらまで行かれるんですか?」
「は?アンタこの辺詳しいの」
「いえ、全く」
「…あのねえ。ホントに、タチの悪い冗談につきあってる暇ないわけ。俺行くからね」
「でっでも、人に道…」
「聞かなきゃいいんだろ」
「じゃなくて、道自体通れないかも知れませんよ!」
「…はあ〜?」
「そのう、私がどうとか村の交通とかじゃなく、あなたの問題で」
「…おい。俺に何の問題があるんだよ。いい加減にして欲しいなあ」
車から降り、バタン、とドアを閉める。
「言っとくけど俺ね、あんまり冗談は好きじゃないんだよなあ。さっきも言ったけど疲れてるし。見てこれ、この隈。徹夜で運転してたのよ?マジでいい加減にして。分かったらほっといてくれ」
「…あ…すみません」
「はいはい」
「あの…じゃあやっぱり、乗せて貰えませんか」
「は?」
「いや、あの、冗談とかではなく」
「…だからさあ、俺じゃ役に立たないでしょ」
「いえ、確認のために」
「何?役に立たない確認?」
「いえそうじゃなく…とにかく、触るだけでいいですから」
「…は?車に?」
「はい」
「いや意味わかんねえけど。乗らなくていいの」
「はい」
「…車好きなの?」
「え?いえ、全然」
「〜〜〜〜〜っ、アンタの言ってることが全然分かんねえ」
「いえですから、確認していただきたいんです」
「あぁ?俺がすんの、確認」
「ええ」
「何を」
「…そのう…透けてることを」
「透け…って何が!」
「あなた、がたが?」
「………もういい。俺、行くわ。じゃ」
「あっあっあっ、じゃあせめて握手を!」
「は?」
「私の手、握ってみて下さい」
「……こう?」
スカッ。
「……」
「……あれ?今、俺確かに…あれ?何だ、あんたに触れねえが」
「だから、透けてるんですよ」
「うわっ!…あああんた、幽霊かよ!」
「いえ、私がじゃなく、」
「畜生冗談じゃねえ、俺を殺す気だったな!だっ誰が大人しく…けっ!この化け物が!」
「あっ、違いますってば!」
ブロロロロ……。
「幽霊は、あなたですってば……車ごと」