第1章 聞き込みには紅い眼を
ギルドから問題のカフェに向けて歩きながら、少年が黙ったまま歩く隣の少女に声をかけた。
「駄目じゃないですか、フィア。あの人に魔法、使いましたよね?」
少年の言葉にフィアと呼ばれた少女がにこにこと笑う。その笑顔に、諦めたように少年がため息をついた。
「まったく。普通の人にフィアの魔法は強すぎるんだから、気をつけてくださいね」
そう言う少年の服の袖を引いて、彼の耳元にフィアが口を寄せる。
「ごめんね、ロアリゼル」
小声で、囁くように告げられた謝罪にロアリゼルは思わず口元を抑えてしまう。
フィアは、諸事情により普段声を出せない。ロアリゼルの前でだけ、声が出せるのだ。要するに、フィアの高めの声を堂々と耳にできるのはロアリゼルだけの特権である。
「いえ……まぁ、フィアに何かありそうなら僕が何とかしますけど……あの、頼みますから耳元で囁くのやめてください。色々と良くないです」
深呼吸をした後のロアリゼルの言葉に、フィアは首を傾げる。そんなフィアを見て、ロアリゼルは困ったように眉を下げた。
『だって、人が沢山居るから』
フィアはそう思っているだろうと察してロアリゼルはフィアの頭に手を置いた。その手の重みに、フィアはほっと息を吐いてロアリゼルに微笑む。
そんなやり取りをしている間に、例の少女が姿を見せた可能性のあるカフェ・モモアスに到着する。少し重めの扉を開けると、カランカランとベルの音がして、コーヒーの独特の香りが鼻につく。
「いらっしゃいませ〜。2名様ですか?」
「はい」
黒いワンピース姿の女性店員に、ロアリゼルがにこやかに返事をする。フィアは店内をきょろきょろと見回した。ロアリゼルも軽く店内を見遣ると、自分たち以外に客は居らず、フロントの店員も彼女だけのようだった。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
メニュー表を置いて去る店員の背中を見送り、ロアリゼルはフィアにメニュー表を渡した。
「何か気づいたんです?」
「貴族やお金持ちが使うには、目立たないお店だと思わない? 店内も、若い子が好むようには思えなくて……」
「そうですか? 僕にはこの隠れ家みたいな雰囲気が楽しく感じますけど」
「ロアリゼルって、時々子どもっぽい」
「うるさいですよ」
.
「お待たせしました。カプチーノとブレンドコーヒーになります」
「ねえ、お姉さん」
店員が持ってきたコーヒーを受け取りながら、ロアリゼルがその手を掴んだ。
「え? は? えっ!?」
整った顔をしたロアリゼルに手を掴まれて店員が頬を染める。
「少し伺いたい事があるんですが、いいですか?」
ロアリゼルの言葉に、店員は首が取れるのではという程に首を縦に振る。その様子を目の前で見させられていたフィアは、溜息をつきながら、この女たらしと心で毒づいた。
「一昨日の昼頃、この写真の女性が来ませんでしたか?おそらく他にも女性が居たと思うのですが」
店員は顔を赤くしながらも、横目でロアリゼルの持つ写真を見ると、僅かに目を見開いて、ロアリゼルに視線を戻した。その顔に、今までのような頬の赤みは見られない。
「知りません」
嘘だ。そう思ったが、黙って彼女の様子を見続ける。僅かに手が震えているのがわかった。それに加えて、彼女の顔は赤みが引いているだけでは無い。少しずつ顔色が悪くなっている。そしてちらちらと窓の外に視線を向ける。
その様子を見て、彼女は犯人ではないなとフィアは当たりをつけた。でも、何かを知っているのは間違いない。
「ロアリゼル、代わって」
店員は驚いたようにフィアを見た。
人形少女。
それがA級に位置するフィアのあだ名。人形のように喋らない。声を聞いた者は街に一人もいない。中には、フィアという少女はロアリゼルの作った人形ではないかと噂されることもある。
その少女が今、目の前で、声を発したのだ。
店員の女性は思わずまじまじとフィアを見てしまう。
『質問に答えてください』
フィアのその一言で、女性の目がとろんと下がっていく。
『貴女は、彼女を_先程の女性をご存知ですね?』
「はい」
『一昨日、彼女に何があったのか教えてください』
店員の女性が見た事を全て話す間、フィアの瞳は紅く色付いていた。
『最後です。貴女は今話ひた事を全て忘れなさい。良いですね、全てです。貴女が見たことも、話をしたことも全て忘れて、今までの生活を送りなさい』
そう言うと、フィアは1度瞬きをすると、その瞳は灰色になっていた。それとほぼ同時に、女性がぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「あれ? 私……」
「ご馳走様です。美味しいコーヒーをありがとうございました」
2人分のコーヒー代を置いて、ロアリゼルが席を立つ。
「行きましょう、フィア………フィア?」
フィアは席から離れず、カプチーノに5個の固形砂糖を入れて美味しそうに飲んでいた。そんなフィアに、店員が頬を引き攣らせているのを見て、ロアリゼルは本日、幾度目かの溜息をついたのだった。




