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「素敵な笑顔ありがとう」

 あれから1週間。

 東条さんはへこたれない。


 放課後になると、必ず私の席にやってくる。放課後にしか来ないのがまだ救いだ。


「花凛ちゃん。考えてくれた?」


「東条さん。何度来ても答えは同じ。私はやらない」


「そこを何とか! お願い!」


「無理」


「素っ気ない態度もまた……イイ……」


 東条さんは恍惚としてた。

 ドン引きだけど、それも喜んじゃうんだろうな。


「いい加減にしなさい」


 パンッと小気味良い叩く音が響く。


「痛いなぁ。頭ばっかり叩かないでよ。馬鹿になったら美樹のせいだからね」


「おかわりがほしいって?」


「結構です!」


 上原さんが右腕を振り上げると、東条さんは頭を抑えて、上原さんから離れた。

 東条さんと上原さんは幼馴染らしい。


 こういうことを言うのは失礼だけど、よく東条さんと長い間付き合えるものだ。


「ごめんね、内藤さん。でもこの馬鹿も悪気があったわけじゃないんだ」


 東条さんが「馬鹿とはなんだ馬鹿とは」って言ってるけど、放置。


「まぁ気が向いたら部室においでよ。歓迎するからさ」


「気が向いたら……ね」


「そう言ってくれるだけで嬉しいよ。ありがと」


 上原さんは東条さんの腕を掴んで無理やり引きずっていく。


「絶対来てね。絶対だよ!」


 東条さんは引きずられながらも叫んでた。

 東条さんたちが教室を出ていって、さっきまでの騒がしさが嘘のようにシーンッとした教室。


『3年2組の内藤花凛さん。職員室の鈴木のところまで来てください』


 帰ろうと思ったのに、担任に放送で呼び出されてしまった。


 私は持っていた鞄を机の上に下ろして職員室へ向かった。



「転校してから1週間経つけど、どうかしら?」


「どう……とは」


「何か困りごととかない?」


「大丈夫です」


 東条さんのことが頭をよぎったけど、何も言わなかった。


「そう。先生に言いにくいこともあるわよね。そういう時こそ友達の東条さんに頼ればいいと思うわ。彼女、普段はあんなだけど意外と頼りになるのよ」


 東条さんは友達じゃないし。そもそも彼女が困っている原因だ。


「ところで、うちの高校って何か部活をしなきゃいけないの。何か入りたい部活ある?」


「……特には」


「突然そう言われても分からないわよね。今週中までに考えといて」


 先生からの話は終わったようなので、職員室を出る。


 東条さんが1人で前を歩いていた。どうやら私が後ろにいることには気づいてないらしい。気づいてたら話しかけてくるだろうし。


 どうして、東条さんは私のことを撮りたいんだろう。

 この1週間、色々な子を撮っているのを目撃している。うちの高校の制服で。つまり、みんなにコスプレ撮影をお願いしているわけじゃない。


 私がリンリン? っていうキャラに似ているからだけなのか。それとも何か他に理由があるのか……。


 やめよう。他人の考えなんて分かるわけないんだから。


 東条さんは私に気づかずに3−2の教室へ入っていった。

 絡まれたら面倒だし、私はこのまま廊下で東条さんが帰るのを待っていよう。


 ドアのガラス部分から教室を見てみると、東条さんの他にもう1人居た。


「茜、どうしたの? 部活は?」


「いやー忘れ物しちゃってさ。そっちは? 帰宅部だよね」


「特に理由ないけど残ってた。でも、そろそろ帰ろうかな」


「あれ? 花凛ちゃんもまだ校内に居るの?」


 東条さんは私の机の上に鞄が置いてあることに気づいたみたいだ。


「花凛ちゃん? あぁ……内藤のこと。内藤ならさっき、鈴木に放送で呼び出されてた」


「へー。外に居たから気づかなかったよ」


「内藤ってムカつくよね。私たちのことバカにしてるっていうか……下に見てるよね。茜もどうしてあんな奴構うの? 邪険にされてるのにさ」


「人の悪口を言う悪い子はお仕置きだー!」


 東条さんは抱きついてくすぐっている。どさくさに紛れて胸も揉んでるような気がする。


「流石、成長期。大きくなったねぇ……」


「ちょっ……いきなりセクハラ禁止」


「じゃあ写真撮るよ。笑顔こっち頂戴」


「えぇ……この流れで」


 クラスメイトは困惑してたけど、東条さんにカメラを向けられるとポーズを取ったりしてた。

 唐突な撮影会が終わると、東条さんは鞄からプリンターを取り出してデジカメに繋ぐ。


 東条さんは印刷し終わった写真をクラスメイトに渡す。


「はい、コレ。私が花凛ちゃんを撮りたい理由は、笑顔じゃないからかな。絶対花凛ちゃんって笑ったら可愛いよ。私はそれを見たい。でも、それは他の子たちも一緒。こんなに素敵な笑顔が出来るんだから、しかめっ面じゃなくて笑顔をずっと見せてほしいな」


「……ありがと」


「礼を言うのは私の方だよ。ありがとう、モデルになってくれて」


「わ、私そういえば用事あったの思い出した。茜、またね」


 クラスメイトはそう言って、顔を真っ赤にして走って帰っていった。


「そんなに急いでいるなら申し訳ないことしちゃったかな」


 東条さんはそう言いながら、教室から出ていった。


 誰も居なくなった教室に入る。

 鞄を肩に提げて家に帰ろうとしたけど、さっきの東条さんを思い出す。


 私の足は何故か玄関じゃない方に向かっていた。


 足の動くままに歩いていたら辿り着いたのは、聞いてた写真部の部室。


 深呼吸をしてドアをノックする。


「はーい、開いてますよ」っていう返事を聞いて私は中に入る。


「花凛ちゃん! わー来てくれたんだ! ありがとう!」


 東条さんが入り口の所で立ち止まった私の手を引いて、席に着かせてくれる。部屋には上原さんも居て、驚いた顔をしてた。


「さっきぶり。内藤さん」


 私は会釈する。


 上原さんは挨拶がかえってくるとは思ってなかったのか驚いた顔をしたけど、すぐにニコッと笑ってくれた。



「それで、どうしたの? 写真撮らせてくれる気になった?」


「……いいわよ」


「本当に?」


 東条さんは身を乗り出して聞いてくるので、私は小さく頷く。


「急いで被服室の2人に衣装の準備してもらわないと! 花凛ちゃんの気が変わらないうちに!」


「待って! 私はコスプレはしない。けど、普通の写真を撮るなら撮ってもいい」


「いいよ。それでも撮らせてくれるなら嬉しい。でも、急にどうして? さっきはあんなに嫌がってたのに」


「借りは利子をつけてさっさと返すのが私の主義なの」


「借り?」


 東条さんは何のことか理解できてないみたいだけど、それならそれでいい。大切なのは私がどう思ったかだ。



「花凛ちゃん。じゃあ、窓際に行ってもらえる?」


 窓際に移動する。


 物が多い室内でも、窓際周辺だけは何も置かれていなかった。


 部室内で撮るときは窓際で撮ってるんだろう。


「ふふっ花凛ちゃん撮れるなんて夢のようだよ」


 東条さんはニヤニヤしながらカメラを私に向けてきた。


「笑顔でお願いね。3、2、1」


 東条さんが1を言ったタイミングでお礼を言う。


「ありがとう」


 部室内にシャッター音が響く。


 これで借りは返した。

 私は何も告げずに部室から出る。


「花凛ちゃん! 素敵な笑顔ありがとう! またね!」


 私は振り返らずに、手だけ振って帰った。

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