「コスプレ写真撮らせてください! お願いします!」
3年生の4月。
変な時期だったけれど、親の都合で引っ越して、私立青陵高校に転校した。
本当は転校なんてしたくなかったけど、親に養ってもらっている身でそんなワガママ言えなかった。
家に居たくないから、早い時間だけど家を出た。
私の鬱な気分とは裏腹に空は晴れてて、私の気分はまた下がる。
比較的空いていた電車を10分くらい乗って、更にそこからまた10分くらいかけて歩くと今日から私が通う青陵高校に辿り着いた。
校門近くには桜の木がいっぱい植えてあって、殆どの桜が満開に咲いてて綺麗だった。
登校するには早い時間だから、まだ誰も生徒は来てないと思っていたけど、もう来ている人もいた。
校門の側にある大きな桜の木の下に2人。
1人は青陵高校の制服を着ているけど、もう1人は別の見たことない制服を着ていた。
「ほら、美樹! やるって言ったの美樹でしょ!」
「で、でもやっぱり恥ずかしいよ!」
「美樹が誰も来ないうちにやりたいって言ったから、こんなに早く学校に来たんでしょ! やるよ!」
「みんな集まれてないし、違う日にすれば」
「遥とゆうちゃん来れなかったもんね。衣装づくり頑張ってもらったのにね……。だから、2人の分まで頑張ろ」
「……うん」
こんなに朝早くから集まってワイワイ騒ぐ。
こういう人たちは悩みとは無縁の生活を送っているんだろうな。
絡まれないように、出来るだけ早足でその集団の横を通る。
校舎に入る前に振り返って、もう1度あの集団を見る。
声はもう聞こえなかったけど、楽しそうだった。
玄関にある校内案内図で職員室とトイレの位置を確認する。
学校に着いたら職員室に寄るように言われてたけど、流石に時間が早すぎるだろうからトイレで時間を潰すことにしたからだ。
個室トイレに入ってただただ時間が過ぎるのを待った。
しばらく経ってから職員室へ行って、今は担任の鈴木先生の後について教室へ向かっている。
先生が教室の前で立ち止まる。クラスプレートには3−2と書かれてた。
どうやらここが私の教室らしい。
先生が教室に入っていったから私も続いて入る。
転校生。しかもこの変な時期の転校生は珍しいのか少し教室がざわざわする。
先生は注意をして、私に自己紹介をさせる。
「内藤花凛です。別に覚えなくてもいいです」
私は頭を下げて自己紹介は終わりだという合図をする。
クラス全体がポカンとしている。
先生も。
空いてる席が1つだけあって多分そこが私の席だ。私は席に着くと、机に突っ伏す。
誰とも仲良くする気はないから、これくらいで丁度いい。
ようやく放課後。
休憩時間は机に突っ伏すか、教室から出て校内を見て回っていたから、誰とも話さないで1日を終えることが出来た。
私の態度を見て、もう話しかけてこようとするクラスメイトは居ないだろうから、ゆっくりと帰り支度をする。
「花凛ちゃん!」
しまった。
まさか、まだ話しかけてこようとする人が居たなんて……。
「コスプレ写真撮らせてください! お願いします!」
そう言って、その人は土下座した。
知名度は高いけど、フィクションぐらいでしか見たことがない土下座。
私も無かった。……今日までは。
実際に土下座を見て思うことは、ドン引きだった。
放課後になったばかりで、まだそれなりに人が居る中での土下座なのに、誰も気にしてなかった。
横を通るクラスメイトも「茜、じゃあね」と何事もなかったように別れの挨拶をする。
土下座している張本人も、頭を上げて「じゃあね」と返している。
もしかして私がおかしいのか。
なかったことにして帰ろうとしたけど、足を掴まれて無理だった。
「私、東条茜。写真部の部長をやってるの」
東条さんは首から提げているデジカメを私に見せるように持つ。
「主に撮ってるのは女の子なんだ。まさかリンリンに似てる女の子に出会えるとは……お願いします! リンリンコスで写真をどうか!」
東条さんは手を合わせる。
「嫌よ」
「そのツンツンしてるところもリンリンそっくりで素敵……」
東条さんはうっとりしてる。
「もうリンリンの生き写しと言っても、過言じゃない。ね? ちょっと! ちょこっとだけだから! 天井のシミを数えてる間に終わるよ!」
「変態」
「そう! それでこそだよ」
東条さんの顔はそれはもう幸せそうだった。
どうやって振り切ろうか悩んでいたら、救世主が現れる。
東条さんの頭を叩いた人が居た。
パシンといい音がなる。
「この馬鹿が迷惑かけたようでごめんね」
見覚えある子だなって思ったら、朝に桜の木の下に居た違う制服を着ていた女の子だった。今は青陵高校の制服をきちんと着ていた。
よくよく思い出せば、そう言えばあの時、東条さんも桜の木の下に居た。
今朝の集まりはコスプレ撮影会だったらしい。
「美樹からもお願いしてよ」
「私は上原美樹。この馬鹿に何かされたら私に言ってよ。クラスは違うけどさ」
「東条さん。何度来られても私の返事は同じだから、もう来ないでね」
私は帰る。今度は邪魔されなかった。