5(美味しくないからね!?)
アケビのマナを媒介に、魔法陣で増幅された呪文の威力に当てられ、飛んでいた怪鳥人は急激に力を喪失する。「グゲッゲゲゲッ」苦しみ悶え、翼は萎縮し、羽毛のたてがみを散らし、失速する。
ゴリアテを呑んだバーンズが、巨体をさらに太く強くし、しっかと受け止め、時を置かずに捕縛する。
遅まきながらも、アケビは背筋が凍る思いをした。あの高さから、ジンに乗っ取られた人を突き落とすところだった。バーンズおじさんがいてくれてよかった。なんであれ、目覚めの悪いことはしたくない。
バーンズは、ジンを逃亡者の身体から引き剥がすと、結界の箱に封じ込めた。ジンは、箱の中でどうにもならぬまま、しばらく放置される。運が良ければ遠からず、誰かが放免してくれる。悪かったら、〝うっかり〟バーンズがどこかに埋る/沈める等して、誰か/何かに掘り起こされる/発見されるのを待つ。いずれにしても、アケビには与り知らぬこと。
妖霊を吐き出し、普通のストーカー青年に戻った逃亡者は、身体を折り曲げ、げぇげぇ嘔吐くものの、無事のようだ。
「残りもおれが片づけておくよ」と、バーンズ。精根尽き果てたアケビは、その申し出をありがたく受け入れた。「よろしく」
「じゃあな」
〝ふとっちょ〟バーンズは、すっかりぐったりの逃亡者を担ぎ上げ、ピッカピカで黒くて、でっかいピックアップトラックに向かって歩き去った。側面に、やっぱりでっかく(ややや、ケッタイな!)会社名が金文字でペイントされていた。後部トノカバーは金網のようにみえる。なんだか犯罪のにおいがそこはかとなくする。が、この仕事を続けるのならば、いずれはあのような車を持つのも悪くないのではないか、と、アケビは通学チャリの残骸をため息混じりに見つめて思う。
バーンズが荷台に逃亡者を投げ込んだ。ゴツッとひどい音がした。アケビはスマホの割れ画面で時間を見た。今なら、三限の終わりには滑り込めそう。
けれども今日は、大学に──日常に戻るのは、やっぱりしんどい。アケビはへたり込んだ。
「学校の保健室で傷の手当てをして貰いな」
コールの言に、ぐう、とアケビは呻いた。
相棒の膨れっ面に、ジンは笑った。「やっぱ、オレがいないとダメだな」
「それはどうだろう」
「小娘が寝言を云ってるなァ?」
コールの長い指が、アケビの頬をぐりぐり捩じった。「先に云うことあるんじゃあないか?」
「……助けに来てくれて、ありがとう(ふぁふけにきてくりぇて、ふぁりがとぅ)」ぐりぐりされて、変な声しか出ない。
「分かればいいさ」
なんでこいつは上から目線なのだ。
「だいたいお前は──」
「あのね、コール」アケビは、得意げに話を続けるジンを遮った。「あたしは、されて嫌なことが三つある。ウソをつかれること、バカにされること、コケにされること」
「最後の二つは同じに数えていいんじゃないか?」
「ほら、バカにした!」
「いや、コケにした」
「バカとコケは違う!」地団駄を踏む代わりに、傷だらけの手で地面を叩くアケビに、「確かにそのようだ」ジンが折れた。「でもまあ、少しは信じたっていいんじゃないか?」
「……知ってたの?」
「分からないことがあるもんか」
そりゃそうだ。指輪の波動を感じなくなったら、アケビはコーネリアスに、頭からかぶりとやられたはず。
「おれは悪食でないんでね」心底、嫌そうにジンは云った。
「あたし、美味しくないからね!?」
「ああ、まったく。その通り」
「デタラメばっかり!」
しかしアケビは精霊使いで、未成年で、けっこう単純で。だから、ま、いいや。
「相棒。次も頼むぜ?」
先に云われた。ぐぬぬ。
コールは続けた。「あんたは、わりといいジン使いだからな。喚ばれるのなら、誰でもいいってわけでもない。こっちも、わりと美食家気取りでね」
「オーケー」
アケビは指輪をはめた右の手で、宙に解放の陣を描き、コールの背を押し、通してやった。「またね、相棒」
*
その後のことを少し語ろう──。
ツノに指輪をはめたジンの姿を見て察したか、叔父が〝ふとっちょ〟へ駆け出しの姪っ子の応援を頼んだかもしれない、と、少しホロリとさせられるような話は、あったかもしれないし、なかったかもしれない。
逃亡者を逆に呑みこんだジンが、真っ直ぐアケビの元へたどり着いたのは、彼女の強いマナに魅かれたのではないか、と、少し鼻の高くなるような考察がなされたかもしれないし、なされなかったかもしれない。
大切なことは:逃亡者は法執行機関へ引き渡された。問題は:経緯をまとめた報告書を提出しなければならぬのに、当の〝ふとっちょ〟が口裏を合わせてくれなかった(後始末は任せろ、って云ったろう?)。
やられた。報酬を持っていかれた。アケビは叔父から、わりと理不尽なお小言を頂戴した。
しかしアケビは新米で、未成年で、けっこう単純で。だからまあ、仕方ない。
罰則はつかなかった。大切なのはそこ。バイト代がパァ。問題はそこ。
指輪は、あの日、またなくなった。あいつめ。アケビは誓う。今度、召喚したら、頭からばりばり齧ってやる。
了
2001, 03, 30.
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