4(まかせて)
「事務所でマサのオジキと将棋を指してたンだ。あと五手……いや四手で落とせたな」
「そう」だからなんだ。
「三手だったかもしれない」
「それで?」だから、なんなのよ。
「あとちょっとだったけどなぁ──」
ツノを生やしたサル顔のジンは一笑した。「いつ喚んでもらえるか待ってたんだぜ?」
「喚ばれる前に来いや!」
「そんなダッセェ真似ができるかよッ!」
コールは腕を振り上げ、起き上がりかけた怪鳥人を再び殴りつけた。
「グゲー!」怪鳥人は、路面にイヤってほど叩きつけられた。当たって跳ねるってどんだけだ。さしものアケビも普通に引いた。
「おう、ニワトリ。羽を毟って唐揚げにしてやンぞ」
喰うンかい。やっぱりアケビは普通に引いた。
「ご注文はなんだ? ヘイ、ご主人さま?」
尖った歯がぞろりと並んだ口を曲げ、ジンはにやっと笑った。額に生えた二本のツノの一方に、なくしたはずの指輪がすっぽり・きれいにはまっている。そ/こ/か/よ!
「それにしてもまあ──、」コーネリアスは、改めてアケビのズタボロの姿を上から下までとっくりと見て、「頑張ってるヤツを笑うのは良くない、っておまえらは云うけど、ハタから見るぶんには滑稽だよな?」
「うるさい」アケビは立ち上がってジンに呼びかけた。「コーネリアス?」ちょいちょい。
「ん?」
「ちょっと屈んで?」
「ん」
「あっちむいてホイ」
指さす方へ首を向けた一瞬を逃さず、アケビはツノから指輪を抜き取った。
「なんだ?」
「なんでもない」アケビは背に回した手の中で、指輪を右手の中指に戻す。お腹のあたりから、新たにマナがしゅわしゅわと湧き上がるのを感じる。
「クケケケケ!」
怪鳥人がけたたましく啼いた。
「さっさとケリをつけようぜ?」コールが云った。
「そうだね」アケビは賛同する。
「手伝おう」野太い声も賛同する。
「バーンズおじさん!?」突然の闖入に、アケビは驚きひっくり返ったところを、当のおじさんに支えられた。
巨漢のリカーズ、デイヴ・〝ふとっちょ〟・バーンズ。叔父のライバル会社〈ドランク・バスターズ〉の精霊使いで、知らぬ仲でない。肩の上に「ケロケロ」黄色いカエル姿のジン、ゴリアテを乗せていた。
「嬢ちゃんひとりじゃキツかろう」
「まあ、おれがいる」コールが憤然と応える。
「いや」アケビはジンを制し、「あいつ、飛ぶんだ」
「おれも飛べるが」ばさっとコウモリの翼を広げる。
「あんたより速い」
「なんだとう!」
「ケンカはよせ」デイヴが間に入った。「巻き添え喰らってた女性は逃がした。嬢ちゃん、チョークはあるかい?」
もちろん、ある。
「魔法陣、描けるか?」
アケビは力強く頷いた。「まかせて」
怪鳥人は、痛めたであろう翼を、いささか不器用に羽ばたかせ、よたつきながらも、逃亡の空へと戻る。
「待ちやがれっ」コールが地を蹴り、コウモリの翼で追った。
「行くぞ、ゴリアテ!」〝ふとっちょ〟バーンズも駆け出した。
アケビはポケットからスマホを出した。うっわ。バッキバキに画面が割れとる。操作はできるが、ペンタクルの投影アンチョコは無理/壊滅。
まあいい。アケビは鼻を鳴らして、太い息を吐き出す。昔の流儀に戻るだけ。
ポーチからチョークをまとめて掴み出し、腰を落とす。右足の爪先を軸に、路面に腕の長さ半径の真円を描く。アスファルトの舗装面は、卸し金よろしくガリガリと、チョークを無残に削っていく。
図形・文様・記号・文字・数字──教本通り、体で覚えた魔法陣。みるみるチョークは短くなって、爪を削って/割って、それでもアケビは、ちびたチョークを捨てては交換/一気呵成に描き上げる!
「コール、離れて!!」
血まみれの指で、スマホの割れ画面をタップ、プレイリストをスクロール/ファイル選択/録音済み呪文詠唱/五倍速・再生!