兄妹ーFamilyー
「もう大丈夫よ。扉を開けて」
アイリーンが扉の奥に語りかける。鍵をかけているのだろう。扉はびくともしなかった。
「嘘だ!おまえらも怪物の仲間なんだろ!ママを元に戻せ!」
中からまだ幼い男の子の声が聞こえた。先程倒した女性の息子なのだろう。こちらを疑い、開けてくれる気配はない。
「仕方ない。私がこじ開ける。ポラリス君達は彼女を見られないようにしてくれ」
母親の亡骸をアイリーンと別室に運ぶ。ちょうど入った部屋は寝室のようだった。床に横たわせるのも忍びないのでベッドに寝かせた。
死体の移動を確認するとビルは扉に体当たりした。絶妙に加減をしたのか扉の蝶番だけが外れた。
部屋の中には木でできたおもちゃの剣を両手に握る男の子とその袖を掴み後ろに隠れる女の子がいた。男の子は8才、女の子は5才くらいだろう。突然部屋に入ってきた大男に二人は怯え、固まってしまっていた。ビルも二人の様子に迂闊に動けなくなってしまった。両者の間に一時の沈黙が流れる。
ビルの後ろからポラリスとアイリーンが顔を出し、部屋に入ってくるとと二人は少し安心した様子で二人に駆け寄った。
「兵隊さん!助けて!トロールが入ってくる!」
男の子がビルを指差して叫ぶ。ビルは少し悲しい顔をした。
「あの人はちょっと大きくて怖いかもしれないけどトロールじゃないよ。とっても強くて優しいんだ」
「そうなの?」
膝をついて男の子と同じ目線で話した。ポラリスの弁護にビルも頷く。
「兵隊さん!ママがおかしくなっちゃったんだ!でも妹をちゃんと守ったよ。お兄ちゃんだからね」
「うん。えらいえらい」
アイリーンが男の子の頭を撫でると少し照れ臭そうにした。
「ねえママは?」
男の子の後ろに隠れていた女の子が泣きそうな声で尋ねた。
「もうすぐ妹が生まれそうだからお手伝いしなきゃなの」
「妹じゃないよ弟だよ!」
「妹よ!」
二人とも泣き出しそうになってしまった。ポラリスもアイリーンもかける言葉が出てこなかった。
「君たちのお母さんは…」
ゆっくりとビルが二人に近づき、こちらも膝をつく。子供達と同じ目線になろうとしているようだがそれでも二人の2倍くらい高く見えた。さらにぐっと背中を屈めて無理やり目線を合わせた。
「君たちのお母さんは神様の所へ行ったよ。」
「神様のところ?神様はどこにいるの?」
「ここよりずっと遠くて近いところさ。デネブ様と一緒に見守ってくれているはずだ」
「デネブ様と!?すごいすごい!」
法皇デネブは1000年前、この国、ラウム王国を創った三英雄の一人であり、ラウム教を立ち上げその教えで人々を死の恐怖や生の苦難から救ったという。その遺体は未だに大聖堂に安置され、未来永劫、法皇の地位にある。
人口7万人にもなるラウム王国ガラクシアの8割もの人がラウム教を多かれ少なかれ信仰している。
三英雄の名前に二人ははしゃいだ。ラウム王国の子供達は三英雄の英雄譚を聞いて育ち、皆憧れる。それはポラリスも例外でなく、兵士になり人々を守る動機を与えた。
「うん。デネブ様とお母さんも今でも二人を愛しているはずだよ」
ポラリスは二人の頭を撫でた。
男の子、ジョシュと女の子、ルーナを連れて民家から出るとき、ポラリスは一人母親を安置した寝室を振り返った。
(絶対にあの子達を守りきってみせます。だからどうか穏やかに眠ってください)
新たな決意を胸に城に向かう。