邂逅ーencountー
店の裏口から狭い裏道に出ると表通りの騒音が耳に届いた。建物と建物の間から表通りに顔を覗かせると今まで見たこともない凄惨な光景が広がっていた。
「こっちからは無理そうです。裏道を通っていきましょう」
「一体、何が起こっているの!?あのお客さんも、噛まれてからキャサリンもおかしくなっちゃうし…」
「大丈夫です!アイリーンさんの安全は自分の命に換えても守ります!」
今にも泣きそうに不安そうな顔をするアイリーンにつられぬよう自分自身に言い聞かせるように言った。
「大丈夫、こんな日のために今まで休まず訓練してきたんです。だから安心してください。不謹慎だけど、シェーン先輩が言ってたみたいに男を売るチャンスと考えれば…大丈夫ですから…」
「ポラリス君落ち着いて!そんな大丈夫って言われても逆に不安になっちゃうわ!」
「す、すいません!!」
取り乱した自分に気づき大きく深呼吸をする。
「っぷ、ふふふふふ」
そんなポラリスの様子を見てアイリーンが小さく笑い始めた。
「ありがとう、ポラリス君。そうね、こんなことでへこたれてられないわね。頼りにしてるわよ。」
「任せてください!命に換えてもお守りします!」
「でもね、君も無事じゃなきゃ私も悲しいわ。今日の代金だって払って貰わなきゃだし…」
「へあ!?」
あることに気づき素っ頓狂な声を上げる。財布を店に忘れたのだ。
「すみません…いつか絶対に払いますので…」
「ふふ。それまで無事でいてね。絶対にあの店で皆でまたご飯を食べましょう」
「…はい!」
守るべき相手に逆に元気をもらってしまった。
絶対に守る。決意を新たに手に持った武器を握りなおす。
これは店から出る際にホウキの柄の先に牛刀を結びつけた即席の槍であった。
夜中だからだろうか。或いは皆避難したのであろう。裏道は人の気配がなく意外なほど順調に城に近づいていた。
「もうすぐお城に着きそうね」
「はい。でもまだ油断できません…おっと」
足元に置いてあった箱に足を躓いた。自分で言っておきながら滅茶苦茶油断していた。
サスッ
転びそうになり減速したポラリスの眼前に何かが落ちてきた。
それが大斧の切っ先であることに気づくのに時間は掛からなかった。何かが落ちたのではなく脇の横道から何者かが振り下ろしたのである。
「っ!!!」
嫌な汗を掻きながら後ろに下がる。躓かなければいまごろ真っ二つになっていた。
「誰だ!!」
問いに答えるように大男が横道から出てきた。
自分の二倍もある背丈。男の威圧感からポラリスにはそう見えた。
実際には男の身長はそれでも2mはあった。おまけにその体躯は屈強に鍛え上げられ、自分の身の丈の半分以上もある大斧を軽々と扱っている。そんな男を前にポラリスは猛牛を連想した。
とにかくこいつはヤバイ。実戦経験のない自分にもそう感じる。
「じ、自分が相手になる」
アイリーンを自分の後ろにやり、震える腕で即席槍を相手に向けた。
「おや、普通の人間だったか」
そう言うと男が纏っていた殺気がふっと消え、優しそうな顔を覗かせた。
「すまないすまない。化物だと思ったんだ。君、怪我はないかい?」
「い、いえ…大丈夫です」
予想しなかった展開に面食らいつつも構えた武器を収めた。
男はやってしまったと反省するように頭を掻きながら続けた。
「君、その格好は近衛兵だね。暴動に駆り出されたのかい?私もギルドから要請があってね。暴動を抑えろと言われたが来てみればありゃ化物じゃないか。戦況が悪化したから裏道を通って一度撤退しようと思ってね。」
「戦士ギルドの方だったんですか!僕はポラリスといいます」
「あ、アイリーンです」
ポラリスの背中からひょこっと顔を出し、挨拶をする。
「私はビル、ビル・ワゴンだ」
「えっ!?あの猛獣ビル・マーレイ・ワゴンですか!?」
「ギルドマスターの右腕の!?」
ポラリスとアイリーンが興奮気味に話す。
戦士ギルドの長、ダイムラーは七英傑にも数えられるほどの実力者であり幾百もの戦を勝利に導いたと言う。その右腕とも呼ばれる猛獣ビル・マーレイ・ワゴンはその名の通り猛獣のような獰猛さで戦場を駆けたといわれている。
二人の賞賛の声に照れ臭そうにまた頭を掻きながら話し始めた。
「ははは。私も有名になったものだな。君たちも城に向かうのかい?それならば私もお供させてもらおう」
「いいんですか!?心強いです!」
ビルを加え、三人で城に向かった。ビルは見た目とその異名に似合わず紳士然としており、その優しく力強い雰囲気がいつのまにか二人から不安を掻き消していた。
道すがらお互いのこれまでのことを話し、ポラリスはこの騒動の原因を尋ねた。
「うーん…詳しい事はわからないが、私が思うに新種の呪いの類だと思う」
「呪い…ですか…?」
「うん。どうも暴徒の様子がネクロマンサーどもが操るアンデットに似ているんだ。ありゃたぶんもう人間じゃない…化物だ。それに厄介なことにどうやらこの呪いは噛まれると伝染するらしい。俺の仲間からもアンデットが出てきやがった」
「伝染……」
噛まれた後、怪物のように人を襲った店員、キャサリンを思い浮かべた。
「まあ、相手が鈍いアンデットなら対処法さえ分かれば苦戦はせんだろう。後は教会が呪いの解呪法を見つけてくれて収束するはずだ」
「そうですか…あの、他の人たちは…他の兵士たちはどうなりましたか!?」
シェーンを心配して尋ねる。ふとシェーンの右腕の噛み傷を思い出したがアンデットの呪いならば死んだ後に発動するはずだと自分を納得させた。
「うーん。仲間内からアンデットが出てから私たちギルドと兵団の連合隊でもパニックになってね。各自散り散りに城に撤退することになったからすまないが私にもわからない。」
「そうですか…」
「きゃあああああ!!」
肩を落としながらある家を通りがかった時、子供の悲鳴が響き渡った。






