発症ーCrysisー
ダランと腕を脱力させ、左右に身体をユサユサと振りながら男は酒場に入ってきた。ローブのフードを深く被っており顔は確認できないが袖から見える手は死人のように青白い。
シェーンがごちゃごちゃと話しているがポラリスはその男から目が離せなかった。
「お客様、お一人でしょうか?」
店員が近づき接客するが男は答えない。
「お客様…?…っ!!」
男が顔を上げると店員は男の血だらけの口元に絶句した。叫び声を上げるより先に男は店員の首元に噛みつく。
「きゃああああ!!」
他の店員の悲鳴により周りの客も異変に気づく。男は次の獲物を選ぶように辺りを見回すと近くのテーブルの集団に再び襲いかかる。
「!?シェーン先輩!!」
「なぁんだあの馬鹿野郎は」
シェーンが立ち上がり、男に近付くと床に押しつけ制圧する。
「おい、早くその子を治療してやれ。襲われた野郎達は唾でも塗ってお…け…」
玄関から外を見てシェーンは凍りついた。辺りに死体が転がり、兵士と住民が小競り合いをしていた。
シェーンが唖然としていると大声を上げながら兵士が酒場に入ってきた。
「おい!シェーン!暴動がこっちまで広がってる。早く応援に来い。他のギルドの奴らも連携して対処にあたれとのことだ!」
ガラクシアには戦士ギルドと魔術師ギルドの二つのギルドがあり、時にはギルド同士や兵団と連携し様々な任務にあたっている。
「了解です…おい!暴れるな!」
制圧した男が反抗をやめないので怒鳴りつける。
「妙なクスリでも使っているのだろう。暴動に参加した奴らは正気じゃない。死ぬまで暴れ続けるぞ。……殺害許可は出ている。」
「ちっ…悪く思うなよ」
腰に差した剣を抜くと男の心臓に向かって突き刺す。男はしばらくモゾモゾと痙攣したのちにもう動かなくなった。
男の動きが止まるのを確認し後味の悪そうな顔を上げるとさらに異様な光景が目に飛び込んできた。
首元を噛まれ、先ほどまで倒れ込んでいた店員がヨロヨロと立ち上がり、別の店員と揉み合いになっていた。
「キャ、キャサリンどうしちゃったの!ヤメてっ」
店内の異様な空気にパニックになったのか、突然の召集に急いで応じるためか店に満杯に入っていた客が一斉に出口に向かって雪崩れ込む。
その中には突然の人の波に押し潰される姿もあった。
「皆さん!落ち着いてください!被害が広がります!」
ポラリスの懸命な叫び声は虚しく喧騒にかき消された。この事態は自分にはどうすることもできない。そんな自分の弱さに打ちひしがれた。
「きゃっ!!」
「アイリーンさん!!」
聞き覚えのある声に我に帰るとアイリーンが人波に押し倒されていた。
こんなことで落ち込んでいる場合ではない。自分を奮い立たせ、なんとか人の間を縫い、アイリーンの元にたどり着くと彼女の身体を支えながら人の密度の少ない壁側まで向かう。
彼女と自分の身の安全を確保するとこちらも人波に流されるシェーンに向かって叫んだ。
「シェーン先輩!僕も応援に行きます!」
「バカ!お前はアイリーンちゃん連れて城に避難しろ!俺も絶対に合流する。それまで彼女を守り抜け!死ぬなよ!わかったか!」
流され、姿が見えなるまで叫び続けた。ポラリスは自分の弱さに憤りを感じたが自分のやるべきことに集中することにした。
「アイリーンさん!他に出口は!?」
「裏口から出れるわ。こっちよ」
二人は正面玄関に向かう人の流れに逆らう様に店員専用の裏口から外にでた。