予兆ーOmenー
「はい…僕も頑張っているんですけど…」
若い兵士、ポラリスは賑やかな酒場とは対照的に弱々しく応える。
「か〜っ!なんだその弱々しい声は!」
仕事の終了後、先輩から誘われて酒場に食事に来ていた。最初はお互いの近況報告や雑談をしていたが先輩の酔いが進むにつれて話の主題がポラリスへの説教になっていた。
「おまえな〜それでも栄光あるラウム王国の兵士か!」
大袈裟な手振りで演技でもしているかのように振る舞う。
ラウム王国。1000年もの昔に三英雄と呼ばれる勇者アルタイル、天女ベガ、教皇デネブによって建国されたこの国は隣国の中でも特に大きく、栄えていた。
その首都にあたるここガラクシアは一方を海に、それ以外を強硬な壁に囲まれており難攻不落の街とかつて隣国で恐れられていた。
「まあまあシェーンさん、そんなにポラリス君をいじめてあげないでください」
注文を持ってきた店員が助け舟を出してくれた。
「あのな、アイリーンちゃん。俺はこいつを思って言ってるんだぜ。戦闘向きではないにせよ素質持ちのせいで入隊試験をスルーしちまった。飼い殺されてんだよ、こいつは」
素質とは数百人に1人、生まれ持ってくる特殊能力のことである。
「ポラリス君だって頑張っているわよ。前に隊長さんから聞いたわよ。無遅刻無欠勤だって。どっかの誰かと違って」
シェーンは痛いところを突かれ、少し黙った。
「元気だけが取り柄なもので…」
ポラリスは城の近衛隊に配属されていたが下っ端も下っ端で訓練以外の業務は城の雑用や庭園の手入れを行なっていた。
「は〜。あのな〜。俺もお前が別に嫌いってわけじゃないんだぜ。隊長と同じくお前の努力も理解しているつもりだし弟みたいに思ってる。」
諭すようにシェーンが話し始める。
「でもな〜お前は兵士が向いてないんだよ。さっさと辞めて別の仕事をした方がいいと思うぜ」
「それは嫌です!!」
今まで静かだったポラリスが酒場の喧騒を掻き消す声でを急に叫んだ。そのため酒場の注意は一様にポラリス達のテーブルに向いた。これを察知すると、大声の主はまた縮こまった。
「そうだよ。それだよ」
静かになった酒場でシェーンが語りだす。
「その熱さだよ!そいつをもっと仕事に向けろ!そうだ!お前の夢を言ってみろ!!」
「えい…にな…ことです」
酒場の注目に気圧されてまた弱々しい声に戻ってしまった。
「聞こえねー!もっと熱く!!」
「え、英雄になることです!三英雄のような!!」
ポラリスが何かに宣言するように右手を上げて叫ぶと酒場はそれまで以上に大いに沸き、ポラリスに向けての賞賛や歓喜に溢れた。
「男って単純ねー」
ポラリスが元気を戻すとアイリーンは呆れたように仕事に戻った。
「ところでシェーン先輩、ずっと気になっていたんですけどその腕の怪我は何ですか?」
シェーンの右手に巻かれた包帯を指差し尋ねる。
「ああ。今日、貧民街で起こった暴動の鎮圧に駆り出されてよ〜。そこで暴徒の1人に噛まれちまったんだ。まあ抗菌魔法もかけてもらったし大したことねーよ。」
抗菌魔法とは教会が開発した感染症予防のための魔法である。ガラクシアでは教会の治療魔法が発展している。
「暴動ですか。最近物騒ですね。貧民街でも人攫いが前よりも頻発しているらしいですし、一年前のちょうどこの頃にもホーキンス領でエレナ嬢が行方不明になったのもそうですが…」
ふうんとシェーンは一考する。
「ここだけの話だが噛み付いてきた暴徒は目が血走ってて普通じゃなかった。俺、思うんだよ。この国で何かとんでもない事が起きてるって」
「えー!縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
「バカ言え!男を売るチャンスだろうが!英雄になるんだろ!」
不謹慎だなーと呆れた目でシェーンを見つつ、ふと様子のおかしい男がヨタヨタと酒場に入ってくるのを目の端で捉えた。