プロローグ①
空に月だけが浮かぶ夜、地獄のような火に塗れた田舎町、一台のトラックが走っていた。もうすぐ収穫されたであろう小麦畑や路上に放置された車からは火が上がり、所々で人らしきものが何かを貪り食べている。
トラックを運転している中年の男は助手席に乗せた妻と彼女に抱きしめられた幼い娘をちらりと見、これまでのことを振り返った。
数日前から住民が凶暴化し、ほかの住民を襲うという事件が頻発していた。元々治安も良い土地ではないため気にも留めていなかったが今朝、寝室の窓から外を見ると子供の頃、深夜にTVで見たゾンビ映画のような光景が広がっていた。
妻と娘となんとか逃げ延びた先にいた軍人によると、何年か前に街の外れにできた国の研究所からある細菌が漏れ出、それがこのゾンビ騒動の原因らしい。避難先もゾンビによる襲撃で壊滅し、一か八かトラックで街の外に脱出するために飛び出して今に至る。
回想にふけっていると妻に前を見ろと諭される。進行方向10mほどに娘と同じくらいの女の子がしゃがみ込んでいた。
もちろんこんな状況で外にいる人間はもう、まともではない。妻と目を合わせると男はさらにアクセルを踏み込んだ。
接触の衝撃に備え、体を硬らせたがいつまで経っても何も起こらなかった。同じく衝撃に備えて娘を強く抱いていた妻とキョトンとした顔を合わせた。