39.嫁の弟子が増えちまったねぇ
「この子はアセリアだ。嫁だよ」
「よ、嫁!? そんな、お姉さま……私というモノがありながら……」
「ち、違うんです! 私がルリ子さんの嫁ではなくて、ユーさんの、ユグドラさんの嫁っていう事なんです!」
何を言っているんだいこの子は。そんな当たり前の事を説明する必要ないだろう。
「ユグドラさんの……奥さんですか?」
「はい、その通りです。だからルリ子さんとはそういった関係じゃありませんので、ご安心ください」
「そうだったんですか。取り乱してしまい失礼しました、初めまして、私はアルシエルと申します。アグレスの冒険者ギルドで受付をしております」
「あ、初めまして、私はアセリアと申します。ユグドラの妻です」
二人で深々と頭を下げて挨拶をしている。なんだか不思議な光景だねぇ。アタシとユグドラの嫁が目の前で頭を下げあってるのは。
もう日が真上にあったから手ごろな店に入ってメシを食べた。アルと一緒に食べるのは初めてか? まあ今後は時々あるだろう。
なぜかは知らないが、リアがアタシの弟子だと教えたらアルも弟子になると言い出した。
二人同時は無理だからリアの訓練が一通り終わったらアルにも教える事になったけど、ずっとは無理だから時々アグレスに来て教えるって事で落ち着いた。
ウチの嫁たちは積極的だねぇ。
メシも食べ終わって、手ごろな暇つぶしを探しに街中をメアに乗って散歩していたら、家を建てている大工が目に入った。木材や道具を持って細い足場に乗って行ったり来たり……あいつを使おうかね。
「おいそこの、少しだけ手助けしてやるよ」
「え? いやいや、お嬢ちゃん達には危ないからやめときな」
「直接手を貸す訳じゃないよ。リア、あいつに力強化をかけてみな」
「は、はい。ウース・マニー」
大工の体が薄く光る。いまのリアだと効果も効果時間も少ないだろうねぇ。
「あ、あれ? なんか木が軽くなったぞ?」
「効果が出た様だね。よしリア、重い物を持っている奴らにストレングスをかけまくりな。同じ奴に何度もかけたらその分効果時間が長くなるから考えて使いな」
リアをメアから降ろしてマジックポーションの入ったバッグを渡した。
「アタシは散歩してくるからね。ポーションが無くなるまで頑張んな」
「わかりました、いってらっしゃい」
街を散歩しているとなぜか手を振ってくる奴がいる。なんだろうねぇナイトメアが珍しいのかねえ、まあ元気になるんなら良い事さね。
まだまだ建て直し中の家が沢山あるが、それでも生活に困っている人はそれほどいないようだ。この街は小さいからスラムなんてモノも無いし治安も良かったから、それがいい方向に働いているのかもしれないね。
街の中央部に来た。なんとかっていうウンコ貴族の屋敷だ。
屋敷の前には衛兵が四人立っているが、門は閉じられていないみたいだね。
「おいそこの、ウンコ貴族は帰ってきたのかい?」
よそ見をしていた衛兵に家主の事を聞いてみようか。
「む、マツモンジ男爵に対してしつれ……ひぃぃぃぃ!」
「おいどこへ行く、居るのかい居ないのかい」
「おおおお前はドラゴンテイマー!」
一人の衛兵が叫ぶと他の三人も走り寄ってきた。騒々しいねぇ。
「マツモンジ男爵は外出している……います」
別の奴が答えたが、アタシが聞いているのはそれじゃない。
「いま居るかなんて聞いてるんじゃないよ、モンスター襲撃以降一度でも帰ってきたのかって聞いてるんだけどねぇ」
あ? なんでコイツ泣きだしたんだ?
「ま、マツモンジ男爵は一度だけお帰りになりましたが、その、住民の目線に耐えられずに、すぐさま王都へと行かれました」
「ウンコはどこまで行ってもウンコだねぇ。それで、この屋敷は今どういう状況だい」
「今は使用人が居るだけです。襲撃の後しばらくは臨時病院として使われていましたが、マツモンジ男爵がお帰りになった際に医者や怪我人を全員追い出してしまいまして、大規模なデモが発生して王都へ……」
「……なんだそりゃあ、アタシでも呆れるほどのビチグソじゃないか」
アタシも呆れているが、衛兵は呆れるではなく失望している様だ。
そりゃ仕えるはずの主人がこんなんじゃ、恥ずかしいを通り越すってもんだろう。
「追い出された怪我人はどうしたんだい」
「避難所が臨時病院として再開しましたので、そちらへ」
「はぁ~ん。全員退院したのかい?」
「数名は入院していましたが、町医者が再開してそちらへ移りました」
「そうかい。助からなかった奴らはどこにいる」
「墓地で眠っています」
街の片隅にある墓地。この世界の墓は小さく墓標が有るだけで何も埋まっていない。
火葬したのちに残った骨は砕いて肥料として畑にまかれる。
人が住める場所が狭いから合理的かもしれないねぇ。
花火代わりに空で大きな火花を散らせた。中にはユグドラで救えた命があったはずだ。すまないとは思わないが、せめて成仏しておくれよ。
しばらく街を散歩していたら美味そうな物が目に入った。買おうと思ったらタダでくれた。
理由は分からないが、貰えるものは貰うタチだ。
しかし相変わらず手を振ってくる奴がいる。なんなんだろうねぇ一体。
そろそろ日が傾いて来たねぇ、リアを回収に行こう、ポーションも無くなっているだろう。
「ルリ子さんお帰りなさい」
迎えに行ったら大工たちと休憩していた。一緒にお菓子を食べてるよ。
「ポーションは無くなったかい?」
「はい、全部無くなりました」
「そうかい、なら今日の訓練は終わりだ。帰るよ」
「はーい」
リアの手を引いてメアに乗せる。
「どうしたんだい? 妙にご機嫌じゃないか」
「えへへ、とってもご機嫌ですよ」
「良い事があったのかい?」
「ルリ子さんって、やっぱり凄いんだなって」
「そりゃそうさ、アタシは天才だからねぇ」
アグレスの外に出てゲートで家に帰ってきた。
「明日は第3グループの座学をやるから、机と筆記用具を用意しておくんだね」
「分かりました! 今日はありがとうございました」
「じゃあな、キャラクターチェンジ」




