35.ザコはさっさと倒して……リア泣かないでぇ~!
「上級の依頼を達成できたから俺も上級者の仲間入りだ。これで君を安心させられる、アセリアちゃん、俺と結婚してくれるね?」
……あ?
「あの、何の事でしょうか?」
リアが困っている。それはそうだろう、なんでコイツはリアにプロポーズしてるんだ? 彼女がいるんじゃないのか?
「約束したじゃないか。俺がオフィディアンを倒したら認めてくれるって」
「それは冒険者としての実力を認めるという事で……」
「そうさ、晴れて実力を示したから、君は俺の妻だと認めてくれたんだ」
?
えっと? ゴメン意味が分からない。
「さあ左手を出して、結婚指輪を付けてあげよう。ん? 何だいこれは?」
当然リアの左手薬指には、俺が贈った指輪がはめられている。俺の嫁だからな。
「ですから私はもう結婚をしているんです」
「なんだって!? 君は……君は俺を……いやそうか、そういう事か。はっはっは君も人が悪いな、障害を乗り越えて真実の愛にたどり着くために、ワザと偽装結婚したんだね? ふふふいいだろう、その偽装結婚の相手を上級冒険者である俺が倒して、真実の愛に目覚めるんだー!」
どういう思考回路してるんだろうコイツ。
リアも、いや他の全員が呆然としている。冒険仲間でさえ何が起こっているのか理解していないようだった。完全にこいつ1人の暴走だ。
「なら相手をしてもらおうか、お前の真実の愛とやらが、俺よりも強いかどうかをな」
これ以上は黙っていられない。後ろから頭を鷲掴みにして首を一八〇度回転させた。
「いたたたた! 何を、あんたか。あんたも俺を応援してくれるんだろう?」
「そうだな、お前の相手が俺の嫁じゃなければ、な」
そういって俺の左手薬指を見せた。リアから貰った羽の模様が刻まれた指輪だ。
「あんた結婚してたのか。あんたの嫁は誰だ? グレゴリィさんか?」
「リア、アセリアだ」
「おいおいあんた、横恋慕はいただけないな」
こいつ、何を言っても全然話しが通じない! こうなったら強硬手段だ。
「リア、こっち向いて」
リアのアゴを右手で支えてキスをした。
「な、なにやってんだあんた!」
リアも俺の意図を理解したようで、俺の首に腕を回してきた。
「見ての通り俺達は夫婦なんだ」
「そうか……そうだったのか……分かったよ……あんたを倒せばいいんだな!」
ダメだコイツ、というか俺がもうダメだ。こいつは殺す。
「地下の訓練場をお借りします。赤く染まったらすみません」
「あ、ユグドラちゃん、命はダメよ!」
「もう無理です」
地下の訓練場に頭を掴んで引っ張ってきた。流石に今回はギャラリーが多い。
前に特訓をしてもらった時は誰も来なかったのにな。みんな興味津々なんだな。
「ここであんたを倒せば、アセリアが真実の愛に目覚めるんだ。すまないがあんたには死んでもらうぜ!」
そういって剣を抜いて襲い掛かってきた。
コイツ分かってるのか? お前たちが十二人で倒せなかったオフィディアンの群れを、俺は一人で倒したんだぞ? それだけ実力差があるって分かってて、死んでもらう? 頭の中を見てみたい。
剣が上段から俺の頭を目がけて振り下ろされたが、かわす必要も無いので斧で受けた。
本当に殺してしまいそうで怖いから、新型ではなく、前に使っていた普通の鉄のバトルアックスを使う事にした。
何かがおかしい。
こいつがおかしいのは分かり切っているが、それ以上に自分に都合のいいように記憶が改ざんされているような気がする。
違うと分かっていても、何度も繰り返し考えていると、ソレが本当だと思う事があるらしい。コイツの状態がそれなのかどうかは分からないが、こんなに急速に記憶が変わってしまうモノなのか? ひょっとして何か別の要因があるのか?
力任せに剣を振り回しているだけで隙だらけだ。まがりなりにも上級寄りの中堅じゃないのか? それがなんだこのザマは。
「はーっはっは! 怖くて手も足も出ないだろう! 俺が助けてやらなければお前はオフィディアンに殺されていたんだからなぁ!」
なんだと? 逆だろうそれは! 間違いない、少なくともこいつは錯乱している。
いつから錯乱しているのか知らないが、そんな奴に大けがさせるのは気が引けるから、手加減をしてやろう。
「俺とアセリアの愛に入り込もうなんて、図々しいんだよピエロが!」
イラッ
やっぱ殺そう。
「くたばれ」
バトルアックスの側面で顔面をぶっ叩いてやった。何回転もして訓練場の柵に激突したが、まだ動こうとしている。鼻はつぶれて歯も数本折れているのに、だ。
「ほ、ほえはあへひあほほひほ……ほへは」
何を言っているのか分からない。血が目に入ったようで、前が見えずにあらぬ方向へと歩いているが、誰も助けようとはしない。
怖いのだ。パーティーメンバーですら、コイツが何者なのか分からず後ずさりしているし、野次馬達は遠巻きに見ているだけだ。
「リア、こいつは最初からこんな様子だったの?」
「ううん、受付をしたときは普通に話しをしてたんだけど……」
そりゃそうだろうな、こんな状態だったら依頼なんて回せない。
「おいそこのパーティーメンバー! こっちに来い! グレゴリィさん、あいつの性格はどんな感じでしたか?」
「え? えっと、多少は利己的だったり、都合のいいように解釈する事はあったわね」
「おいパーティーメンバー、村で休んでいる時に何かなかったか?」
パーティーメンバーも少し話し合っていたが、これといっておかしな事は無かったらしい。
「あ、でも、寝てたと思ったらいきなり起きて「王都に帰る」って言ったのには驚きました」
「そういえばそうだな、偉い人が来た時みたいに、いきなり立ち上がってビックリした」
こうやって会話が成り立っているのだから、こいつ等には問題はない様だ。
「グレゴリィさん、あの村と廃虚周辺を調べた方が良いかもしれません」
「そうね、何かがあったんだと思うものね」
目が見えずにウロウロしていたアイツが、いつの間にか近くに来ていた。
「あひぇりあ、きょどもは、しゃんにん、ちゅくろう」
なにがあったか知らないが、アセリアを侮辱する奴は許さん。
「リアは俺のもんだ! 誰にも渡さん!」
斧は使わず力いっぱい腹を殴ってやった。死なない程度に手加減はしたつもりだけど、胃の中身を吐き出して動かなくなった。
受付をした冒険者が無事に帰ってきたは良いが、帰って来たら来たであんな様子だったからリアは落ち込んでいる。リアに責任は全く無いのだが、自分のせいでああなったんじゃないか、と気にしているのだ。
部屋のベッドに座り、手で顔を覆っている。
「リア、気にしたらダメだ。アイツは何かに取り憑かれただけだよ」
「でも私がキチンと説明出来てたら、こんな事にならなかったかもしれないし」
「グレゴリィさんも言ってたろ? 利己的で都合の良いようにしか考えない奴だって」
「そう、だけど」
リアの手を握って目を見つめた。
「冒険者になるの、怖くなった?」
「そんなこと! ……ない」
「自分がああなったら、俺がああなったらどうしようって考えた?」
「……うん」
「冒険者になったら肉体的に辛い事はもちろん、精神的に辛い事も沢山ある。思い通りにならない事ばっかりで嫌になる。今やってる事が正しいのか誰も教えてくれないし、戦ってる最中に迷って心が壊れた人もいる。冒険者ってそういう仕事」
リアの顔が暗く沈む。冒険者の否定的な事ばかり言ったけど、リアも気付いてるはずだ。中堅冒険者の数がとても少ない理由の一つ、挫折だ。
力不足で悩むだけではなく、生き物を平気な顔で殺さないといけない。相手が人間の時もあるしモンスターの時もある。命を奪う事が当たり前になってしまう恐ろしさは、慣れだけでは乗り越えられない。だから耐えられなくなって辞めてしまう。
冒険者になりたいというリアの一番の心配はこれだ。リアは優しい、命のやり取りに向いていないのは誰が見ても分かる。
戦闘で命を落とすことは無い。俺が命に代えても守り抜く。しかし精神的に守る事は容易ではないだろう。俺自身が精神的な弱さを持っているから。
怖いからこそ迷わない様に、敵を一撃で葬る。倒してしまえば諦めがつく。
「冒険者になるの、やめる?」
「やめない」
「怖くないの?」
「怖いけど、冒険者になる前から諦めたら冒険者に失礼だし、なにより自分が許せない」
「そういうと思った」
「今日はご飯食べて寝る。明日からよろしくお願いします!」
いろんな事があった一日だから疲れたんだろう。俺も大人しく寝よう。
翌朝になり、朝食を食べた後でギルドの部屋の片づけをして、部屋を出る事にした。
部屋を片付けている最中に、グレゴリィさんが部屋に来て
「あのまま受付を続けてくれると思ったのにぃ」
とぼやかれた。
「短い間でしたがお世話になりました。今度は冒険者としてくると思います」
「あら、冒険者になるの?」
チラリと俺を見てリアに視線を戻した。
「昨日の一件があって冒険者を諦めないだなんて、思った以上に強いわねアセリアちゃんは」
「俺もそう思います」
「流石に武器を持って戦う訳じゃないわよね?」
「魔法使いになろうと思っています」
「師匠はユグドラちゃんが?」
「俺が基本的な事を教えて、その後はルリ子に任せようと思います」
「あらあら、それは期待できそうね」
「魔法を一杯覚えて、ユーさんに頼られる冒険者になって見せます!」
「おっほっほっほ、目標が高いのは良い事だわ。ルリ子ちゃんとディータちゃん以外では見た事ないけどね」
「……あれ? ひょっとして最高難易度ですか?」
「ワタシが知ってる、どの依頼よりも難しいわ」
「そこは大丈夫です。俺とルリ子で徹底的にしごき上げますから」
「お、お願いします師匠!」
読んでいただきありがとうございます!
次からはリアの魔法特訓編です。
日曜更新予定。
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