23.世界の法則
夜になり、俺は王宮へと向かった。
騎士団の訓練施設は王宮に併設されていて壁も何もない、外から丸見えだ。
こんな所で一体何をするつもりなのかと思っていると、騎士が1人近づいてきた。
「ユグドラさんですね、こちらへどうぞ」
訓練施設を通って屋内に案内され、そのまま地下へと連れていかれた。
しかもかなり深い。
どこまで行くのかと騎士に聞いたが反応が無かった。
まるで俺の声が聞こえていないみたいに。
やっと長い階段の一番下にたどり着くと三十メートル四方、高さ二十メートルくらいの部屋になっていた。
石造りの部屋で、壁には松明がたかれている。
「地下にこんな広い空間が……あれ?おいどこ行った!」
俺を案内してきた騎士の姿が無くなっていた。目を離したのはほんの数秒なのに。
仕方なく周囲を見回して何かないか探していると、奥に教会の祭壇らしいものを見つけた。
祭壇に近づくと人型の何かが壁にかけられている。
嫌な予感がして走り出す。
「リア!!!」
壁に貼りつけられていたのはリアだった。
急いで壁から降ろそうと手を伸ばした瞬間、目の前に透明な壁が現れた。
これは……ガラスか?破壊しようと体当たりや斧で殴りつけるがビクともしない。
「なんて硬さだ。この世界に強化ガラスみたいな物があるはずがない、どこに居るんだブラスティー!」
「はぁっはっはっは。そうか、気づいていたのか」
笑い声がしたのはガラスの向こう、祭壇の裏から姿を現したのは黒い鎧の騎士、ブラスティーだ。
「俺の事に気づいているという事は、俺が何者か分かっているんだろう?」
「俺と同じ……転生者だ」
「そうだ。しかしお前は俺とは違うシステムで動いているよだな、ゲームは何だ?」
「さてな、俺には何のことだか分からない」
「まぁいいさ。だがお前には知りたい事があるだろう?聞きたくは無いか?」
「……何を教えてくれるんだ」
「ゲームの種類さえいえば、俺の知っている事は教えてやるよ」
どうする、向こうが俺のゲームを知らないというのは数少ない有利な点だ。
これを捨ててまで知りたい情報か……
「俺はお前のゲームを知っている。だからそれ以上に知りたい情報なんて無いな」
「そうかウィズダム・オンラインを知っているのか。なら話しは早い、俺は魔法が使えないんだ」
!!!まて、以前使ったスキルは侍の物だ。侍は魔法を使える職業のはずだぞ。
「おお?カマを掛けたと思ったが、その反応は本当に知っていたのか。さあどうする?どう判断する?」
揺さぶりをかけられた。
今のままでは判断が出来ないが、魔法を使えると思った方が良いだろう。
「俺のゲームはアルティメット・オンラインだ」
「アルティメット……?聞いたことが無いな」
「古い古いゲームさ」
「そうか、なら残念だったな。ゲームは新しい方が色々なスキルやシステムの恩恵を受けられる。古いというのはそれだけで負けフラグなんだよ」
やっぱりそうだよな。
自分でも分かっていたさ、向こうからしたら俺の装備は街でNPCが売っている装備と同じだ。
それに比べて向こうの装備は最上級品のマジックアイテムだ。勝負にならない。
「それじゃあ聞きたい事を聞こうか。教えてやるよ、お前を殺した後でな」
ガラスをすり抜けて突進してきた!なんだこれ!?向こうからはこっちに来れるのか!
なんとか斧を構えて防御出来たが、巨大な両手剣で斬りつけられて体が宙に浮いた。
そのまま壁まで吹き飛ばされるとすぐさま次の攻撃を仕掛けて来た。
「風神の号令!」
一瞬で間合いを詰めて両手剣で突きを放たれた。
くそっ!今は防御に徹して……なに!?
斧で攻撃を防いだはずがダメージが体を突き抜けた。
これは防御無視攻撃か!
鎧が破壊され、腹に穴が開いた。
体が壁にめり込み意識が遠くなる。ゲームでは知っていても実際に食らわないと分からないもんだな。
ヒールとポーションで一時的に体力を回復し、治療セットを使用してなんとか半分まで体力を回復できた。ゲーム内ではそれほど強いスキルでは無かったはずだが、やはりシステム的に向こうのステータスの方が上だ。
このままでは負ける。
ルリ子でやるか?いやドラゴンを三頭呼べば勝機はあるが、この狭い空間ではドラゴンを呼べない。
そこまで考えて地下へと連れてきたのか。
なんとか切っ掛けを掴むべく、バトルアックスで斬りかかる。
力比べなら互角の様だが手数が違う。
こっちが一回でも向こうは三回、いや四回以上の時もある。
力比べでは勝負がつかないが、手数では負けている、踏んだり蹴ったりだな。
投げ斧を使ってスキを作るも直ぐに体制を立て直して反撃してくる。
なんとかポーションで回復しているからいいが、無くなったら終わりだ。
爆弾も毒もこの狭い空間では自殺行為、コイツは俺の事を調べつくしている。
必死に斧を振り打ち合いをしているが、ジリジリと後退している。
このままだとまた壁際に追い込まれる。
相手の攻撃に合わせて斧で受け流し位置を入れ替える。
よし、このまま壁に押し付ければ!
それを待ってましたと言わんばかりに蹴りを食らい、部屋の中央あたりまで飛ばされ転倒してしまった。
直ぐに起き上がったが、もう俺の前で剣を振りかぶっている。
体重をかけて剣を振り下ろすのを斧で受け止めたが、足元が崩れてしまう。落とし穴だ。
「なっ……!」
これだけ実力差があっても罠を仕掛けるのか、一切の妥協は無しかよ!
落とし穴の底には幾つもの棘が見える。
このまま落ちるわけにはいかない!!!
ルリ子にチェンジだ!
思ったより穴が大きくて助かったねぇ。
やっぱり飛龍はいい子だ。
のんびりしていたら次の手を打たれそうだね、直ぐに上がって反撃と行こうか!
猛スピードで穴から抜け出して直ぐにメアを呼んだ。
「ゲート!メア、あいつを食らいな!」
そして飛龍から飛び降りて飛龍にも攻撃させた。アタシは魔法で攻撃さね!
しかしこの狭さでは大規模な魔法が使えない。メアと飛龍だけではジリ貧だねぇ。
せめてメアと飛龍をユグドラに渡して共闘できればいいけど、テイムスキルが無いと言う事を聞かないからねぇ……ああ有ったねぇスキルの要らない奴が。
「エネルギー・ウォール!」
ブラスティーを魔力の壁で囲って動きを止め、メアと飛龍を回収した。よし、いくよ。
しずかにチェンジだ!
それにしても分の悪い賭けですね。失敗したら無差別に攻撃するか消滅してしまいます。
だけどやらなければ負けてしまいます。賭けるしかありません。
「ゲート!ゴーレム達来て!」
ゲートから二体のゴーレムが現れました。
これで何とか……するしかありません。
しかしその前にエネルギー・ウォールを破ったブラスティーをもう一度足止めしましょう。
「ストーン・ウォール!」
今度は石の壁で囲みます。耐久力が少ないので急ぎましょう。
「トレード!ゴーレムをユグドラに!」
キャラクターチェンジです!
石の壁にヒビが入った。
後一撃で破壊されるだろう。
壁が破壊され、ブラスティーの姿が見えた瞬間、二体のゴーレムがパンチを放った。
「ガフッ!」
ブラスティーの体が吹き飛ぶ。
宙を舞っているブラスティーに力の限り斧を振り下ろした。
今度は床に穴が開くことはなくブラスティーを床に叩きつけ、俺は落下の勢いを利用して全体重をかけて斧を突き刺した。
悲鳴を聞く暇を置かずゴーレムに命令を下す。
「ゴーレム!叩いて叩いて叩きまくれ!」
ゴーレムは動きは早くないが攻撃力と防御力は素晴らしい。
それを二体同時に攻撃させれば、流石のブラスティーでもダメージが入るはずだ。
俺もブラスティーを逃がさない様に滅多打ちにする。
しかしブラスティーは予想以上だった。
ゴーレムの腕が破壊され、攻撃が出来なくなった所で完全に破壊されてしまった。バケモノか。
「こんな……こんな下らない攻撃で俺を倒せると思うなーーー!!!」
鎧を破壊し剣にもヒビが入っている。それでもブラスティーは怒りに任せて攻撃を仕掛けてくる。
「一閃!鳳龍破心剣!!!」
この技は覚えている。侍の最大ダメージコンボだ。
避けれる速度ではない。真正面から打ち勝つしかない!!!
「うおおおおおおおおおお!!!」
「はああああああああああ!!!」
斧と剣が幾度となくぶつかり火花が飛び散る。ここで、こんな所で負けてたまるかよ!
ブラスティーの顔が苦痛で歪んでいるが、歯を食いしばって攻撃の手を緩めない。
きっと俺の顔も苦痛で歪んでいるだろう。しかし今が最大で最後のチャンスなんだ!
「負けるかーーーー!」
最後の力を振り絞って斧を押す。
その瞬間、俺とブラスティーの体はすれ違った。
俺は力尽きて膝を付き、斧を杖代わりに立とうとするが立ち上がれない。
今……今襲われたら死ぬ。
恐怖におびえて後ろを振り返ると、ブラスティーは体から血を吹き出して倒れた。
折れた巨大な両手剣と共に。
□ □ □
治療セットで体を治し、斧を杖にしてリアの元へ進んだ。
透明な壁は無くなっており、壁に釣られてうな垂れているリアを床に降ろした。
「リア、リア?」
ゆっくりと息をしている。
どうやら気を失っているだけの様だ。しかし念のために治療セットで治療をしよう。
足を延ばして座り壁によりかかる。太ももにリアの頭を乗せて手ぐしでリアの髪を整える。
怖かった……リアがいなくなるんじゃないかって考えただけで……無事で良かった。
あの時のリアもこんな気持ちだったのかな。
今になって涙が流れてきた。リアの頬を撫でてなんとか安心できた。
涙を拭っているとリアが目を覚ました。
「おはようリア」
「ユー……さん?」
「うん、俺だよ」
「ごめんね、また迷惑かけちゃった」
言葉の途中で涙を流して顔を両手で覆ってしまった。
「迷惑なんかじゃないよ。リアがいてくれたから俺は勝てたんだから」
「私、何もしてないよ、迷惑かけてばっかりだよ」
「違うよ。戦いが終わって早くいつ通りの、当たり前の生活に戻りたいんだ。リアが居てくれる当たり前の生活に戻りたくて頑張れるんだよ」
「こんなに傷だらけだなのに」
鎧もローブも吹き飛び、むき出しの上半身を撫でてくれる。
「リアの手、温かい」
「イチャ付いてる所悪いがな、いい加減気付けよ」
すでに怪我の治ったブラスティーが目の前に現れて俺達の邪魔をする!
「俺はイチャ付きたいから頑張るんだ。最大の目標を奪うな」
「もっとデッカイ目標を持てよ!世界を救うとか世界征服するとか」
「そんなものはイラン」
面白くなさそうにブラスティーは床に唾を吐いた。
「それで、どうして俺を狙ったんだ?」
俺の前であぐらをかいて座り話し始めた。
「理由なんて無い。俺は今回はやりたい事をやろうと決めていたんだ。同じ奴がいたから遊ぼうと思っただけだ」
「今回って、他にもいるのか?」
「知らん、今の所お前だけだ」
「じゃあ今回って何のことだ?」
「今回の転生では好き勝手やるって決めてたんだよ。世界を救うのも支配するのも、破滅させるのも飽きたからな」
「どういう意味だ?」
「俺は今回の転生で十一回目だ。実年齢よりも異世界年齢の方が上になってしまった」
「この世界を十一回も!?」
「いやここじゃない他の世界だ。全部違う世界、違うシステムで転生したんだ」
言葉が出ない。転生を十一回?しかも世界を救い支配し破滅させた?
「理解できないだろうなぁ……俺にも分からないからな」
「前十回の世界はどうなったんだ?」
「どうなったも何も、滅ぼした世界は無くなったんだろうけど、魔王から救った世界は今頃どうなっているんだろうな。支配した世界も支配者が居なくなってまた戦争でも始めたかもしれないな」
遠い目をして語り始めた。
「救っては戻され、支配しては戻され、破滅させては戻され……俺は自分が何なのか分からないんだよ。お前みたいに愛していた女もいた。でも一番最初に転生した時に愛した女の顔が思い浮かばないんだ。名前もあやふやだ。むかし本で読んだ世界だったような気分さ」
いくら転生で能力がズバ抜けているとしても、何度も転生して世界をどうこうするなんて想像を絶する。
俺みたいに願って転生するのとはわけが違う。
「じゃあこの世界で好き勝手して、最終的にはどうするつもりだったんだ?」
「取りあえず王族を操る影の支配者になって、面白い物を見つけたらちょっかいを出して、っていうその日暮らしだったな。最終的にはまた元の世界に戻されるだろうし」
そうか諦めているんだ。世界を救って平穏な生活を送れるわけでもなく、支配者になって傲慢に生きていけるわけでもなく、滅ぼしても元の世界に戻される。
何をしても結局リセットされてしまうんだ。
命がけのゲームを無理やりやらされてクリアしたら放り出される……地獄の様な無限ループだ。
「すまないが、俺にはお前の気持ちも状況も全く想像ができない」
「する必要あるか?俺はもう考えるのをやめてるよ」
「それで?」
「ん?どうした?」
「ラスボスの俺を倒したんだから、この世界を支配するのか?滅ぼすのか?」
「さっきも言ったが、俺はリアとイチャつきたいんだ」
「本当にそれが目的なのかよ!」
「異世界に行きたいと願ったのも、俺ツエーして女の子と仲良くなりたかったんだ」
「あきれ果てて何も言う気が無くなった。じゃあせめて俺をどうするかだけ決めろ。勝者の義務だ」
「面倒くさいな。じゃあ俺達に手を出すな、以上!」
「そんな気はしてた」
「あ、やっぱり王宮の見学したい」
「はぁ!?」
「貴族でむかつく奴がいるから何とかしろ!」
「おま……」
「友達になってくれ!」
「……おう」
「忘れてたけど、魔法使えないのか?」
「今頃かよ。魔法は使えない、多分法則が違うからだろう。お前のゲームはこの世界の法則に合っているから使えるが、俺のゲームとは法則が違うから使えない。日本で魔法が使えないのは、魔法という法則が無いから、と言えばわかるか?」
「な、なんとなく?スキルとかの体術は使えるんだろ?」
「あれは結局技術だからな、魔法の様な法則とは違う」
なんとなく納得は出来たような気がする。
「じゃあ俺達は宿に戻って寝るぞ」
「俺も屋敷に行って寝るよ」
「じゃあな」
「ああ」
リアの手を取り階段を昇り地上を目指す。
「なんて付いてくるんだよ」
「階段を昇らないと外に出られないだろうが」
「抜け道くらい作っとけよ」
「金がかかるだろうが」
「ユーさん疲れた眠い、おんぶして」
「大丈夫?はい」
「ん~……すぅ~……」
「目の前でイチャ付くんじゃねえよ!ペッ!」
「お前もイチャ付く相手見つけろよ」
「金と権力にしか寄ってこない奴とイチャつけるかよ」
「は~、悲しい奴だなぁ」
「お前!俺だって前の世界ではなぁ!」
やっと階段を昇りきって外に出た。そこには数名の騎士や侍女、身なりの良い娘がいた。
「お帰りなさいませブラスティー様、ご無事で何よりです」
「お前たち何をやっているんだ?こんな所で遊んでないで仕事をしろ」
「かしこまりました。では」
屋敷に帰るのかと思ったら、ブラスティーの体を拭いて替えの衣装に着替えさせ始めた。
「金と権力ねぇ」
生暖かい目でブラスティーを見たが目を逸らしやがった。照れてる?
身なりの良い娘が俺の前に来て会釈をし、ブラスティーと会話を始めた。
野暮な事は言わずにさっさと立ち去ろう。
空が明るくなってきた。宿に戻ったらぐっすり寝よう。
「ねえユーさん」
「リア起きてたの」
「こんど紹介してね」
「誰を?」
「魔法使いさんと鍛冶屋さん」
おぶっているリアがギュっと力を入れた。
そういえばリアの前でキャラチェンジしまくってたな。しかも転生がどうのこうのと。
リアには全部話そう。全て受け止めてくれるから。
ここまで読んでいただき有難うございます!
評価と感想を聞かせてくれるとうれしいです。
第2章を書いている最中です。
ほぼ完成しているので、誤字脱字の確認をしながら投稿していきます。




