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15.容疑者アセリア

「リア……?」


 体を起こすと胸に痛みが走りナイフが床に落ちた。

 俺の胸から血が沢山流れている。

 リアが……刺したのか?俺を?なんで?


「ああ、リア転んじゃったんだね、果物でも切ろうとしたの?」


 上半身を起こすとリアが離れた。

 きっとそうだ。腹が空いたから何か食べようとしたんだ。

 リアは何も言わない。俺は血まみれの胸をおさえてリアを見つめる。


「転んだ……んだよね?リア、そうだよね?」


 俺の方を見て、転んだって言って。


「あなたを殺すつもりで刺しました」


 ころ……す……コロス?ころす……なんで……なんで?そんなわけないじゃないか。


「リア」


「近づかないでください!」


 驚いて動きが止まる。リアが俺をにらんでいる。


「あなたは、兄のカタキです」


 カタキ?何のことだ?


「リアにはお兄さんがいるの?」


「兄はあなたに殺されました」


 おれ……が?リアのお兄さんを……殺した?いつだ?


「私の兄はE・D・Dの首領でした」


 !!!


「確かに兄は悪党だったようです。でも私にとってはどこにでも居る優しい兄でした!それなのにあなたが殺した!どうして!?どうして殺したんですか!」


 あの時の俺はカッとなって……勢いで……殺した……


「でもあなたは……私じゃあ殺せなかった。最初で最後のチャンスだったのに。さあ、私も殺してください」


「出来るはずがない。俺がリアを殺すなんて出来るはずがないだろう!それにリアには理由があった、お兄さんの敵討ちという理由があって、俺には殺される理由がある。殺してなんて、いわないで……」


「そうですか。それではもう会う事はないでしょう、さようなら」


 服をもって部屋を出て行ったしまった。

 どうしたらいいんだ、どうしたらリアは帰って来てくれる?

 追いかけて、それから話しをして……あ、胸の治療をしないと。


 このままだと失血死してしまう。胸の血を拭って傷口を確認するが傷口が無い。

 いや、小さいけどある。紙で指を切った程度の傷がついている。血はもう出ていない。


「え?なんで?あんなに血が沢山付いていたのに。他にどこか傷があるのか?」


 全身を確認するがどこにも傷は無かった。

 どういう事だ?リアは確かに俺の胸にナイフを刺していた。

 こう、リアの両手が俺の胸に付いていたから深くまで……まてよ、手の上から金属が出ていた、俺はそこを触って何だろうと思って顔を起こしたんだ。

 ナイフの柄の部分か?でもそんな状態だとリアの手は血まみれになってしまう。


 ……これはリアの血だ!


 急いで部屋から出てリアを探す。

 宿の外に出た所で裸だった事に気づいて急いでローブを着に戻った。 


 リアは俺を殺す気なんて無かった。

 でもそういう行為をしないと自分を許せなかったんだ。

 家族と俺を秤にかける事なんでできないから。だから自分を悪者にした。


 どこに居るんだリア、俺は君に謝らないといけない!


 街中を走り回るが見当たらない。

 住み込みの部屋にもいなかった。まさか街からでたのか?


 急いで門へと向かったが門は固く閉ざされており、門番に聞くと誰も来ていないらしい。

 リアの特徴を伝えて通さない様に頼み込んでおいた。


 だが実際問題リアが住み込みの部屋にいなければ他に探す所なんて分からない。

 広場や高台や裏路地、使われていない小屋も探した。


 リアを見つけられないまま夜が明けて人々が動き出す時間になってしまった。

 こうなったらギルドへ行ってリアの捜査依頼をだそう。


 ギルドへ行くと意外な事が発覚した。

 どうやら俺は殺されたらしい。

 アニタさんが目を白黒させていた。


「あの、本当に怪我もしていないんですか?衛兵からユグドラさんが殺されたと通報があったんですが……」


 そうか、リアは衛兵の詰め所へ行ったのか。人を殺したから捕まえてくれと。


「かすり傷程度ならありますがピンピンしていますよ。俺を殺したと言ったのはリア……アセリアですか?」


「そのようですが……正直安心しましたが、なにがどうなっているのやら」


「リアは衛兵の詰め所ですか?」


「恐らくそうだと思います」


 よし直ぐに向かおう。


「待ってください!急いでいるのは分かりますが、クツくらい履いてください。見ている方が痛いです」


 足元を見ると裸足だった。足の裏は皮がむけて血がにじんでいる。

 胸よりこっちの方が重傷だな。

 二階で鎧一式とマント・帽子を装備して詰め所へ急ごう。


 詰め所には数人衛兵がいたのでリアの事を尋ねた。


「確かに今取り調べの最中だが、アンタは?」


「私はアセリアに殺されたユグドラと言います」


 はぁ?という表情をされて詳しく説明をする事にした。


「簡単に言うと痴話喧嘩でして、怒ったアセリアがナイフを持ち出して暴れた際に胸にかすったんです」


 鎧を脱いで傷口を見せるが、すでにどこにあるのかも分からなくなっていた。


「そういう事だったのか」


「はい、なので釈放してもらえますか?」


「それはできない」


「! なぜでしょうか」


「あの女には余罪が無いか調べているんだ。盗賊団の首領の妹らしいからな、犯罪に加担したかもしれない」


 もうそんな所まで調べたのか?いやリアが自分で言ったのかもしれない。


「彼女は兄が盗賊団の首領とは知らなかったはずですが?」


「そうなのか?だがそれは我々が調べる事だ、キミの意見は参考として聞いておこう」


 どうやら今日中に釈放という訳にはいかないようだ。

 ならばせめて面会だけでもできないだろうか。


「アセリアに面会はできますか?」


「容疑が晴れるまでは無理だ」


 これもダメなのか。


「いつぐらいに容疑は晴れるのでしょうか」


「それはこれからの調査次第だからな、何とも言えん」


 まさかずっと出られないという事はないだろうけど、一刻も早くリアを釈放してもらいたいんだが……

 どうするか、しかしこれ以上ゴネても心証を悪くして相手にされなくなっても困る。


「ちなみに釈放される時間は決まっていますか?」


「大体昼頃が多いかな」


「分かりました。じゃあ毎日昼頃に来ます」


「え?釈放まで毎日来るつもりか?」


「妻ですから。一刻も早く会いたいんですよ」


「まぁ……来るのは自由だからな」


 どうするかな、敵地に忍び込んでの情報収集なら暗殺キャラが適任だけど、リアの身元調査となるとそうもいかない。

 聞き込みをしている最中に衛兵にかち合うと怪しまれるかもしれない。


 下手な事はせずにギルドで依頼を受けていた方が、俺の知名度が上がってリアに有利に動くかもしれないな。

 と、その前にやる事がある。


 コレオプテールに朝食を食べに来た。


「いらっしゃいませー!空いてる席にどうぞー!」


 明るい店員の声を聞きながらカウンター席に座る。

 メニューを持ってきた店員さんに店長を呼ぶように頼んだ。


「あんたかい。今日はアセリアは居ないよ」


「その事なんですが、実は昨日アセリアと喧嘩をしてしまいまして、暴れた時に偶然ナイフが私の胸をかすめてしまい怪我をしたんです。本当にかすり傷だったんですが、本人は酷く後悔したようで衛兵の詰め所に行ってしまったんです。今は事情聴取を受けているので暫くお休みになってしまいます。申し訳ありません」


「そうだったのかい、まあ事情がわかればいいさ。それよりもアンタ、アセリアとはどこまでいってるんだい?」


「えーっと、プロポーズをしました」


「ほほう。それで?」


「アナタと呼んでくれました」


「そうかいそうかい」


 大声で笑いながら厨房へと戻って行った。

 これで店に戻る時に変な誤解をされなくて済むだろう。

 そういえば注文をしてなかったな。と思って店員さんを呼ぼうとしたら店長が朝食セットを運んできた。


「これは俺のおごりだ」


「え、いいんですか?」


「ウチで働いてるやつにめでたい事があったんだ。少しは祝ってやりたいってもんだ」


「ありがたくいただきます」


 さて、何か手ごろで明日の昼前には終わる依頼を受けようかな。

 ギルドに入ってアニタさんに依頼が無いか確認したのだが……


「あなたは本当に……なんというか……私の予定を狂わせるのが上手ですね」


 アニタさんが……アニタさんが怒っておられる。


「なんですか?聞いた所によるとアセリアさんと夫婦になったですって?ギルドには何の報告もなしに?回せる依頼の事考えたことありますか?ユグドラさんにお願いしようと思っていた依頼が山の様にあるんですよ?明日の昼?ハッ、勝手にイチャついててくださいな。私なんかアズベルがいつまでたっても煮え切らないでヤキモキしているっていうのに!電撃婚とは羨ましい限りですねぇあははー」


 とても怖い……です。とはいえ、こればかりは譲れない。


「その……アズベルに発破をかけますから、なにとぞ、なにとぞ~~」


「じゃあ今」


「え?」


「今アズベルを呼んできてください!私の部屋で寝てますから!」


「わ、わかりましたーー!」



「おいアズベル起きろ!俺のためにアニタさんにプロポーズしろ!」


「な、なんだいきなり」


「アニタさん、痺れを切らしてるぞ」


「マジ?」


「マジ」



「連れてきましたー!」


「アニタ!待たせてすまなかった!俺と結婚してくれ!はい求婚の花束!」


「アズベルありがとう!じゃあアレ言って」


「え、今か?」


「今」


 あれって何だろう。アズベルが一回咳払いをした。


「俺にとって君は太陽だ!君はいつも光り輝いていて俺を照らしてくれる女神さまだ!君と一緒に居たら他の女性はみんな霞んで見える、君と一緒に居られるなんて俺は幸せ者だー!」


「アズベル、そんなに私の事を好きなのね!結婚しましょう!」


「「二人で一緒に夫婦の太陽になりましょう!」」


 二人で抱きしめ合って空を指差している。そこ天井ね。

 なんだこれ。やっぱり漫才か。


☆ ☆ ☆ ☆


 ……ハッ!くだらない夫婦漫才を見せられて気が遠くなってしまった。


「あの~、それで依頼の方は……」


「じゃあこれとこれと、あとはこのあたりかしら」


 カウンターに置いてあった依頼書をバラバラと広げて見せてくれた。


「これはこの前もお願いした素材集め。こっちは街周辺の見回り。これは木の伐採。他は剣術指導と魔法指導。あ、木こりの護衛もありますね」


「……気のせいか木の伐採とか木こりの護衛とか、私を狙い撃ちしたような依頼が混ざっているような気がしますが?」


「そりゃあ斧を持った冒険者として有名ですから、伐採ギルドから依頼も来るってもんです」


「じゃあ伐採と護衛って同時に受けれますか?」


「大丈夫だと思いますよ。護衛だけしてくれと言われたら別の日に伐採をしたらいいですし」


「ああなるほど。ならその二つでお願いします」

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