プロローグ
「違う違う、そうじゃなくって、こう!」
『え? こう?』
「その距離だと連続攻撃を食らうから、もっと角度に注意して」
『か、角度て、どこから入ればいいんだよ』
「それはモンスターごとに違うから、全部覚えて」
『はぁ!? おま、モンスター何種類いると思ってんだよ!』
「この前のアップデートで、三百二十くらいになったっけ?」
『アホか! モンス覚えるだけで一苦労だわ!』
「だから必ず新モンスは一度は戦って間合いとか攻撃方法とか―――」
『知るか! もうお前には聞かん! どうせチートしてるんだろ!』
「だからしてないってば! 全部誰でもできる事をやってるだけだって!」
『お前以外やってるの見た事ないぞ! このチーター!』
「だからこのやり方をみんな知らないだけで―――」
~接続が切断されました~
「あ、切られた」
これで今月に入って五人目か。教えてくれと言われたから教えてるのに、なんでみんな同じ反応をするんだろう。
アルティメット・オンラインは、十年以上続いているファンタジー系MMORPGだ。
俺は二年目からやっているから、ゲーム歴は随分長い方になる。
「やっぱり画面越しで説明するのは難しいのかな。ボイスチャットでもなかなか伝わらないし」
ボイスチャットソフトの『接続が切断されました』の文字を見て、俺はため息をつく。
ドラゴンを一人で狩りたいっていうから、やり方を教えたのに。
大体ドラくらい普通一人で狩れるだろ。
俺は古代龍を戦士一人で狩りたいから、ひたすら練習してるのに。
古代龍は普通のドラゴン十匹が束になっても勝てないほど強力なモンスターだ。
寝ないで情報を集めて、仕事中もゲームの事を考えて、何度も何度も挑戦して、でも失敗してまた作戦を練り直して……そんな事を数年間繰り返していたら、いつの間にか俺は、一部では有名なプレイヤーになっていた。
全世界で数十万人がプレイしているゲームで、わざわざ海外プレイヤーが、サーバーを跨いで俺の戦い方を見に来る事もあった。
チャットは英語だから何を言ってるのか分からなかったけど、これだけは分かった『oh crazy』。
自分では狂ってるつもりはなく、本当に古代龍を倒したいから努力しているだけだ。
その努力をチート呼ばわりされるのは、流石に腹が立つ。
世間的にはこんな努力、バカか? の一言で済まされてしまうだろう。
でも俺はこのゲームが好きなんだ。
ああ、この世界に行けたらどんなに楽しいだろう。
戦士、魔法使い、鍛冶屋、トレジャーハンター、暗殺者。
このゲームの中は自由だ。
仮想現実でもいい、早くこの世界に入れるようにしてくれ。
ある日の事だった。
いつものようにゲームにログインすると、俺の家の周りには動物の死体が散らばっていた。
? なんだ? こんなモンスターも湧かない辺鄙な場所で、戦闘でもあったのか?
まあ動物の死体は時間と共に消えるから、放っておいても勝手になくなる。
そんな事よりも、古代龍と戦う新しい戦法を試すのが先だ!
移動魔法で古代龍の巣の入り口に来た。
するとどうだろう、いつもは誰もいないのに、今日は沢山のプレイヤーが古代龍と戦っている。
おかしいな、こんなイベントなんて告知されてないし、ドロップアイテムの不味い古代龍を進んで狩るなんて、それこそ俺みたいな奴しか居ないはずだ。
「おお~い、チート様がいらっしゃったぞ~」
チャットにそんな言葉が流れてきた。
チート? 誰だ?
「チートさん、おつかれっす!」
「チート様のご尊顔を拝めて光栄っす!」
「チーターにやられる古代龍が可愛そうなんで、俺らでヤっときました!」
プレイヤー達が俺を囲む。
チート様? 俺の事か?
後から知ったが、どうやら俺が教えてやった奴の一人が、掲示板にこんな書き込みをしたらしい。
『ユウってやつ、チートしてるから追い出そうぜ』と。
まさかそんな書き込みに、これだけの人数が賛同するとは思わなかった。
それにこのゲームにはゲームマスターがいて、報告されたプレイヤーは行動を監視され、不正があればアカウントが凍結される。
どうやら報告しても『不正無し』と処理されたため、こういった行動に出た様だ。
それからはどこへ狩りに行ってもチートと叫ばれたが、俺は気にしなかった。
その内飽きてやめるさ。
そう楽観視していたからだ。
だが実際は俺だけではなく、一緒にゲームをやっていた、リアルな友達のプレイにまで影響がでてきた。
チーターの仲間だからチーターだ、と。
俺は、引退を決意した。