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裏小道  作者: miya
3/5

三. 証言




            1




 小雪の中に大きな衝撃が走る。青々とした果実に大きく付けられた傷、それは刃物で付けたものとは違い、まるで誰かが大きな口でかぶりついたことで出来るようなものだったのだ。


(やっぱり犯人は、人間?)


 腕を組み考えれば考えるほど、小雪の眉間に深い皺が刻まれていく。

 と、その時。背後から聞き慣れた声がした。


「小雪、雷蔵。仲直りは済んだかい?」

「あ……先生。私たち別に喧嘩をしていたわけじゃ……」


 振り返り藤ノ目の姿を捉えるなり、小雪は苦笑をこぼす。

 彼はくすくすと柔らかい笑みを浮かべながら「冗談さ」とおどけて見せれば、小雪たちを交互に見た後に何の話だい、と小首を傾げる。

 すぐさまこれまでの経緯を話すと、藤ノ目は雷蔵のもつ林檎を手にし、それをくるりと回してみたり下から覗き込んでみたりと、観察を始める。そして、その行為が二分ほど続くと「なるほどね」とうなずいた。

 何かわかったのだろうか、小雪と雷蔵がずい、と身を寄せると、それを察したらしい藤ノ目は手のひらの林檎をつき出す。


「ここをよく見てごらん。人間が食べたものなら、はじっこがその人の歯の形になるだろう」


 藤ノ目が注目したのは実に残った痕。彼が言うように、それが人間のつけたものならば、そこには子供が絵に描く雲のような形の歯形が残るはずだ。しかし実際にあるのは、ぎざぎざとした明らかに獣がかじったようなものだった。

 そして、よく目を凝らしてみると全体的に細々と薄い線が入っている。


「これって、爪あとですか?」と、小雪。

「ああ、私もそう思うよ。つまり犯人は人間じゃあないってことさ」

「ということは……野生の、動物?」

「野生は野生でも、特殊な……ね」


 特殊、その言葉に小雪はふと、先の雷蔵の言葉を思い出す。


 ──変な匂いがしたもんだったから。


「じゃあ、雷蔵の言ってた匂いって」

「……嗅いだことねぇ匂いだったけど、あやかしに違いねぇよ」


(あやかし……)


 ──まさか。小雪はゆっくりと視線を上げ、目前の用心棒を見遣る。


 すると彼もまた、小雪に視線をおくっていた。どうやらそろって同じ人物を思い浮かべたらしい。

 黒坊主、常日頃から藤ノ目の屋敷で問題を起こす「いたずら者」だ。

 その者ならば、今回のような事件を起こしかねない。現に彼は昼間、小雪が用意していた客人用の茶菓子を勝手に取って喰ってしまったわけだし。そう考えると疑惑は深まっていくもので、二人は低い唸り声を上げる。


「お嬢、犯人は案外身近なやつってことも……」

「うーん……」


 事件の犯人は未だ捕まっていないのが現状だ、黒坊主がこの案件に関わっていようがいまいが、一刻も早く不安の種を無くすためにも一度家に戻り、彼に話を聞くべきだろう。小雪は藤ノ目に意見を求めるべく、視線を送った。すると向こうは、ひどく穏やかな笑みを浮かべている。


「私が思うに、今回の件……黒坊主は関係ないと思うよ」

「ええ? どうしてですか」


 返ってきた言葉は予想外のものだったらしく、二人は瞬きを繰り返す。


「単純さ。昼間の事件が起きた頃、黒坊主はうちにいたわけだし……何よりあいつは、屋敷に棲みつく妖怪だ。雷蔵のように自由に外を出歩いたりはしないんだよ」

「あ、確かに……」

「ちぇっ、つまんねぇの」

「こら、雷蔵」


 悪態を吐く雷蔵を小雪がぴしゃり、と叱る。

 しかし残念がる彼の気持ちを理解できないわけではない。というのも、黒坊主の「問題児」ぶりは小雪はもちろん、藤ノ目もよく知っていた。そして、そんな彼に振り回される雷蔵の姿もよく目の当たりにしている。簡単に言ってしまえば二人の関係は「いじめっ子といじめられっ子」だ。普段散々な目に遭わされている側からすればいじめっ子がきつく叱られればいい、と考えるのであろう。

 だがそのいじめっ子が問題に関与していないとなると、また話が変わってくる。わずかばかり抱いた解決への光が途絶え、小雪は「はぁ」とため息をつく。藤ノ目はそんな彼女の肩へ手を置き、


「でもこれは大きな収穫だ」


 そう告げる。


「妖が起こした問題ならば、我々にはそれを解決できる可能性がある。犯人の目星がついたところで、休むとしよう。今日は色々あって疲れただろうし」


 実際のところ、色々あって疲れているのは藤ノ目だけであろう。そんなつっこみを入れたい衝動に駆られるも、空気を読んだらしい二人は彼の言葉に同意するように小さく頷き、それぞれの寝床へと向かう事にした。




            2




「気をつけて帰るのよ、なにかあったらすぐに連絡してちょうだい」

「おばあちゃんも、戸締りしっかりしてね」

「千代さん、お世話になりました。それじゃあ、また」


 翌日。千代がこしらえた朝食を食べた小雪と藤ノ目はその後すぐ帰路きろにつくことにした。というよりも、昨夜の出来事がありすっかり探偵気分になってしまった小雪に「早く帰ろう」と急かされたのが本当のところである。今は犬の姿となっている雷蔵も一緒だ。

 小雪の祖母である千代は千代で、孫を見送る表情にわずかな心配の色がうかがえた。それも無理はない、前日聞かされた空き巣事件の犯人はまだ捕まっていないのだから。せめて事が落ち着くまでは家にいればいいのに、胸の内に隠した本音は「親馬鹿おやばか」と言われるのを恐れて口にする事は出来ないのだろう。

 そんな彼女に「犯人は妖怪だから大丈夫」とは言えるわけもなく、藤ノ目は苦笑いをこぼしつつも小雪たちをつれ雨木の屋敷をあとにした。


「小雪。意気揚々(いきようよう)としているところ悪いけどね、首をつっこみすぎてはだめだよ。何かあってからじゃ遅いわけだし」

「もちろん分かってますよ。でもこの事件は普通じゃないですし、先生だって解決できる可能性があるって、昨日おっしゃったじゃないですか」

「俺も、大事な証拠を掴んだからには最後まで見届けねぇと気がすまねぇってもんで」

「……やれやれ」


 失言だった。彼女をここまでやる気にさせてしまったのは紛れもない自分だ。

 昨夜の発言を後悔するも時すでに遅し。普段から真面目でしっかり者の小雪だがこういう時に垣間見える好奇心は若さゆえ、といったところか。彼女の用心棒もなにやら熱が入ってしまっているようだし、せめて小雪の身に危険が及ばないように、目をこらしておかないと。深い深いため息がその場に響いた。

 十数分ほど歩みをすすめ、行き慣れた商店街に入ってくると今朝はやけに静かだった。昨日の空き巣事件が原因だろうか、被害にあった久留米くるめ青果店はもちろんのこと、いつもならば声高々に売り文句を口にしている魚屋や惣菜屋。ほぼ全ての店がいまだ「準備中」の札をかかげている。

 通りがかった主婦の数人は、店は開いているものだと思って足を運んだらしく、目の前の光景に「困ったわねぇ」と愚痴をこぼしているが、物騒なことが起きたのだから仕方ないと言うほかないらしく、各々(おのおの)家へ引き返したり、もうすぐ開くだろうとその場にとどまったりと、反応は様々だ。

 そんな彼らを横目に通りを進んでいると、視界に「あきよし」の看板が入る。藤次とうじの家だ。ここも閉店中の札がかけられているが、この店の営業は昼前からだ、今は女将に藤次、それに従業員たちが商品をこしらえている最中であろう。

 あとでまた、いくつかお菓子を買っておかなくては。そう小雪が考えていると、あきよしの店の扉が勢いよく開いて、中から藤次が飛び出してきた。


「くそっ! やられた!」

「藤次くん?」


 小雪の声に気付いた藤次が、ばっと振り返る。こちらへ向かってくるが、その表情はまるで鬼の形相だ。一体何があったというのか。それを聞こうにも彼は両手で髪をわしゃわしゃとかき乱し、心底怒り狂っているように見えた。


「あぁっ、ちくしょう! なんでこんなことに」

「お、落ち着いて藤次くん」

「落ち着いていられるかっての! うちもやられたんだよ!」

「やられた?」

「……まさか、また空き巣が?」


 藤ノ目が問うと、藤次は「そうだ」と鼻息を荒くする。


「朝飯喰って、お袋と饅頭こしらようかって店へ来てみたら……材料やら、日持ちする煎餅やら店のもんほとんど無くなっててよ」

「そんな……警察には?」

「さっきお袋が通報して、今は到着待ちなんだけど……くそっ、なんでこんなことに!昨日のことがあったから、戸締りもちゃんとしてたのによ。扉が見事に外れてやがんだ。ちょっと来て、見てくれよ」


 促されるままに、二人は店の中へと向かう。

 空き巣が入ったらしい場所は、店内を抜けた裏の作業場の方だった。

 そこには煎餅に欠かせぬ米や、餡をつくるために使う小豆あずき、果物と……ほかにもこれから表に出すつもりの商品が置いてあるはずだった。しかし今となってはそれもほとんど残っていない、なんとも殺風景な場となっている。

 壊されたという裏口の扉を見てみれば、彼の言う通り「扉」そのものが綺麗に外れていた。これでは鍵を掛けた意味がないというもので、小雪も藤ノ目もあいた口がふさがらない、といった様子だ。


「ひどい……」

「だろ? こんなのが外れたんならでけぇ音がするはずなのに、誰一人気付かなかったんだぜ」


 それが悔しくてたまらなかったのだろう、地団駄を踏む藤次を小雪はどうどうとなだめる一方、藤ノ目は無精ひげを指でなぞりつつ、壊れた扉とその入口周辺へ視線を行き渡らせる。よく見れば、壁と扉をつないでいた金具はぐにゃり、と不自然に折れ曲がり、床に散っていた。


(……相当の力の持ち主だ。それでいて、音を立てない慎重さ。だが、これだけでは正体は分からないな)


 もっと他に、なにか手がかりは……あちらこちらへ目をやっていると、どこからともなく小さなささやき声が聞こえてきた。


(あれはきっと熊のしわざだよ)

(きっとそうだ、大きくて毛むくじゃらの体)

(よっぽど腹をすかせていたんだろうね)


 声の主は、家守やもりだった。恐らくこの家に住みついているのだろう。

 思わぬ証言を得た藤ノ目はなるほど、とその顔に笑みを浮かべる。同時に、扉がなくなった裏口の向こうに、地面に鼻をよせくんくんと何かの匂いを辿る雷蔵の姿が見えた。こちらに気付いたらしい山犬は、顔を上げると何かを伝えるべく「わん」と力強くひと吠えした。





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