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裏小道  作者: miya
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一. あやかし




 幼い子供が、目には見えない「なにか」と言葉を交わし、あたかも一緒に遊んでいる様な光景を目の当たりにしたことがある人は、少なからずいることであろう。雨木小雪(あまきこゆき)もまた、そのような子供の一人だった。

 彼女が人ならざるもの──俗に言う「妖怪」の姿を見るようになったのは三つの頃からで、人の居ない六畳半の座敷の隅を指差したかと思えば、庭先で「待って待って」となにかを懸命に、だがはしゃぎながら追いかけていたりと、例をあげ始めたらたらきりがないほどだ。

 大概、そのような体験をしていた子供は年を重ねていくにつれ見えていたものがいつの日か見えなくなってしまい、幼少時のことなど忘れてしまうものだが、小雪は例外だった。というのも、彼女の場合は妖怪の気配が薄れるどころか、日に日にくっきりと鮮明に見えるようになっていき、妖怪がいる日常が「当たり前」と化していたのだ。


 ──そしてそれは今現在も、彼女のすぐ近くに存在している。




              1



 

 小雪が家事手伝いとして勤める藤ノ目の屋敷は、彼女の実家から徒歩で三十分ほどのところにあった。代々、作家を生業としてきた一族の名は現代でも十分な生計が立てられるほど知られるもので、屋敷の大きさはそれに比例するほどの広さだった。

 無駄に広い庭先に竹箒の掃く音が響く。三月も下旬にさしかかるというのに吹く風はいまだに冷たく、吐く息は白い。暦上ではとっくに春を迎えているというのに、体はしぶとく居すわる冬を感じざるを得なかった。

 数十分をかけ散り散りになっていた枯葉をようやく集め終えれば、やんちゃな風にさらわれない内にと塵取りへまとめたそれを袋へ移す。ふと目に映った自分の指先が赤くなっているのを見ると途端に寒さを感じるようで、小雪は小さく身震いした。


 ──その時、どこからともなく声が聞こえてくる。


「精が出るねえ、女中(じょちゅう)さん」


 ふ、と顔を上げ辺りを一見すると、縁側に立つ一人の男がいた。

 紺の着物に雲立涌文様(くもたてわくもんよう)の帯が目立つその男はこの寒空の下、足袋も身に付けず、かといって指先にしもやけを作るわけでもなく言葉通り涼しい顔をして小雪を見据えている。


(見ているこっちが風邪を引きそう……)


 そんな思いを胸の内で呟き、冷えた指先をすり合わせながら小雪は会釈した。


「こんにちは、黒坊主さん」

「ああ、こんにちは。掃除は終わったんだろう?少し相手をしておくれよ」


 黒坊主、と呼ばれた男はこの屋敷に古くから棲みつく「妖怪」で、普段からこうして暇を持て余しては人の姿となり小雪の前にたびたび姿を見せる。大概、彼が現れる時の小雪は雑務に追われていて正直なところ構っている暇などないのだが、屋敷に住むもの曰く「手の焼ける」ことで有名な黒坊主のことだ、それを分かっていて”あえて”やってくるのだろう。

 小雪も小雪で、話しかけられたらついつい言葉を返してしまうお人好し……否、「あやかし好し」だ。今日も今日とて、ためらいながらも作業の手を止めてしまう。


「相手、ですか。でもまだごみ出しが残っていて……」

「なに、そんなのいつだって出来るじゃないか。第一、源十郎はごみを生み出す天才だ。どうせ掃除を終える頃には新しい紙くずが部屋中転がっているはずだ、それならばあとで全部まとめてもっていった方が効率もいいだろう?」


 源十郎、とはこの屋敷の主──藤ノ目源十郎(ふじのめげんじゅうろう)のことだ。

 家政婦としてここに来る以前から藤ノ目と交流のあった雨木家の面々は、彼がひどい怠慢なのを知っている。今こうしている間にも、書斎で筆を走らせる彼の足元には黒坊主の言う通り雑に丸められた原稿用紙が捨てられていることであろう。

 返す言葉を失くし最終的に頷くしかなかった小雪を見て、黒坊主は切れ長の瞳をさらに細めると、ちょいちょいと手招きをし彼女を縁側へと呼んだ。小雪はそれに大人しく従い端に浅く腰掛けると、すぐさま隣へやってきた黒坊主を見上げる。


「こんなに手を赤くさせて……嫁入り前だというのに、傷物になったら大変だ」


 その場に膝をつき、流れるような動きで黒坊主は小雪の手を取った。妖怪とはいえ今は人の姿に化けている彼だ、しかも顔は端正ときた。特別な感情があるわけではないが、どうにも異性に触れられることになれていない小雪はぎくり、と小さな身体を強張らせた。


「……しもやけくらいで大袈裟ですよ、それに今は便利な時代ですから。手荒れに効くお薬も持ってるから心配ないですって」


(だから早く、手を)


「ああ、前に見せてもらったあれか。あれには驚いた、触れるとまるで手触りが違うからな」


 記憶を辿りつつ言葉を続ける間も、黒坊主の手は小雪を離そうとはしない。それどころか、男らしい節々とした手が彼女の手の甲や手のひら、指先にまで労わるように這わされていくのだ。当の小雪はというと、気が気でないらしく行き場を失った視線を不自然にあちらこちらへと泳がせている。

 すると心なしか、黒坊主の笑みが深まったように見えた。


「おや、さっきまで氷のように冷たかったのに……今にも沸騰しそうなほど温まったねえ」

「わ、わざとですよね?」

「なにを言うか、大事な小雪の手を冷やしたらいけないと気遣ってやったというのに。……なに、安心しろ。嫁の貰い手がなかった時はわしが(めと)ってやるから」

「そうやって最後には取って食べるつもりでしょう!」

「食べる? それは心外だねえ、それとも……心の内ではわしに喰ってほしいと思っているのかい」


(だめだ、まるで話が通じない……!)


 逆にこれ以上の反論は彼を煽るだけだ。そう理解した小雪はぐっと唇を噛み締め言葉を飲み込んだ。すると黒坊主ははて、と首を傾げまっすぐに視線を送ったのちに、にたりと不気味に歯を覗かせた。


 ──刹那、小雪の視界がぐるりと回り、長い廊下の天井を仰ぐ。


「……ちょっと!」

「沈黙は肯定の意だろう?」


 ひどい誤解だ! そう告げようと口を開いた小雪の顔を黒坊主の影が覆う。


(こんなところで喰われるなんて)


 半ば涙目になりながら、精一杯の力を振り絞りじたばたと抵抗を試みた、と……その時。空間を裂くようなびゅん、とした風が吹き荒れた。それと同時に聞こえたのは、居間のちゃぶ台が宙を舞いひっくり返る音と、なにか重たいものが壁に打ち付けられたようなどん、という衝撃音。

 気付くと小雪の視界から黒坊主が消えていた。


「こんの色情魔!今日こそ地獄に送ってやらあ!」


 低く野太い声が周囲に響き渡る。体を起こした小雪が居間へ視線をやると、そこには彼女を主人とし慕う山犬の妖の姿があった。すらりと曲線のある細い体つきの黒坊主とは対に、筋骨隆々の猛々しい肉体を持つ彼はまさしく「用心棒」、といったところだ。

 良いところに来てくれた、心底そう思った小雪の安堵に満ちた声が山犬の名前を紡ぐ。


雷蔵(らいぞう)

「お嬢、俺が来たからにはもう心配ねぇぜ」山犬はふん、と鼻を鳴らす。

「やれやれ……厄介なやつが来た。わしは退散するとしよう」


 今にも喉元に噛みついてきそうな獰猛な山犬を見上げると、黒坊主は組み敷かれているにも関わらず冷や汗ひとつ浮かべることなく重いため息を吐き出す。そしてその瞬間、自らの身を黒煙と化しその場からふわりと消え去った。隙を突かれた雷蔵はというと、血走った目をさらにまん丸くさせ悔しげに唸り声を上げる。


「あぁーっ!卑怯だぞ!」

「雷蔵、あの……」

「一体全体これはなんの騒ぎだい?」


 一難去ってまた一難。自らの身を助けてくれたはいいものの、一瞬の内に居間をめちゃくちゃにしてくれた雷蔵に声を掛けようとした小雪は、背後から聞こえた声にはっとし、背中に汗が流れるのを感じた。振り返るとそこには、荒れ果てた空間を目の当たりにし絶望の表情を浮かべる家主、藤ノ目の姿があった。執筆中だったらしい彼のその手には愛用の万年筆が握られており、心なしかその指先はかすかに震えているようにも見える。


「旦那!お嬢はなにも悪くねぇよ、元はと言やぁ黒坊主の野郎が……」


 言葉を続けようとする雷蔵を、藤ノ目はさっと手を掲げ制止する。


「雷蔵。小雪の用心棒になれと御前に命じたのはこの私だ、だがね、主人を守るためとはいえすぐに頭に血が上っているようじゃ安心して任せられたもんじゃないよ」

「うっ……」


 痛いところをずばり言い当てられた雷蔵はそれまで饒舌に動かしていた口をきつく閉ざし、その場に膝を揃えて座り頭をうなだれた。そんな彼の姿を見た小雪はというと、元々の原因を作ってしまった自分自身の不甲斐なさを痛感せざるを得ない。


「先生、雷蔵を叱らないであげて下さい。私がいけなかったんです、黒坊主さんにからかわれるのはこれが初めてじゃないのに……」

「黒坊主……まったく、あいつにも困ったものだ。暇を持て余すとすぐに人間にちょっかいを出すんだからね」

「いやな野郎ですよ、お嬢が何もできないのを知ってて近寄ってくるんですから」

「とりあえず、黒坊主には私がよく言い聞かせるとして……ひとまずは部屋を片付けよう。雷蔵、御前は手伝わなくていいからそこに直っていなさい」


 きゅうん、と何とも情けない山犬の鳴き声がその場に響いた。



 ──それから、小一時間。


 派手な音を立てていたにも関わらず、居間の被害は天井が崩れたり柱が折れたりしなかったのが唯一の救い、といったところで然程ひどいものではなかった。


「それにしても、君は相当黒坊主に好かれているようだ」


 部屋のあちこちに散らばっていた用紙をまとめながら、藤ノ目が言う。少し休憩でも、と盆に茶の入った急須と湯のみを乗せ運んできた小雪は、彼の言葉に首を傾げる。


「ただからかわれているだけですよ」

「いいや。私も長いこと彼らと生活を共にしているけれど、見ていてわかるよ」

「そう、ですかね……」


 先ほどの黒坊主の行為を思い出しながら、小雪はううんと小さく唸った。もし彼の言う通り、黒坊主のあの言動が好意からのものであったとしたら……どうにも受け止めにくいものがある。


「でも、今こうしてみんなと話せているのは先生のおかげですよ」

「私の?」

「はい。目に見えるものを恐れてはいけない、君が心を開けば彼らもそれに応えてくれる。いつ何時でも、君を守ってくれるようになるだろう……って」


 湯のみから上がる湯気に視線を落としながら、小雪は呪文のように言葉を続ける。廊下でいまだに正座を続ける雷蔵は、ゆっくりと顔を上げ彼女の言葉に耳を傾けた。




             2




 ──それは小雪が五つか六つの頃の記憶。


 すでに妖怪や霊魂の姿を見ることが出来ていた幼い小雪も物心がつく年頃、世の中の良いことや悪いこと、目を向けていいものとそうでないものの区別が出来るようになっていた。そのせいか、自分だけにしか見えない妖という存在が、世間一般的には恐れられているものだと、ある日知った。

 同い年の子供と公園に遊びに行く、はじめ遊んでいた人数は自分を含め六人だったが、途中で一人増えている事に気付いた。男の子四人は半袖に短パン、小雪ともう一人の女の子は膝丈くらいのワンピースを身に付けていた、だが途中で参加した女の子は一人だけ、目を引く赤い着物だった。


「次はあさちゃんが鬼ね」


 小雪が赤い着物の子を指差し言うと、他の子どもたちが声を上げて笑った。小雪が冗談を言っているのだと思ったらしい。そう、あさちゃんというのは小雪にだけ見える友達だったのだ。

 後日、同じように公園に遊びに行くと、いつも遊んでいる子供たちの姿はなかった。なんでも、その子らの親が公園に行くことを禁じたのだとか。


 ──雨木さんのお宅の子、変わってるのよね。

 ──あの子と遊ばせたら何がついてくるか分かったもんじゃない。


 とって付けたようないい加減な噂だった。「気にしなくていい」両親はそう言って笑ってくれたが、小雪の心は晴れることがなかった。そしていつしか、目に映る妖怪が恐ろしくも思えてくるようだった。

 ある日のこと。体調が優れない、と心配されていた小さな身体はついに高熱に襲われた。ずしん、と体のあちこちが重たく、熱のせいか呼吸も苦しい。食も細くなり、粥ならばと母親がこしらえたがそれも食べようとはしなかったという。


高良(こうら)の医者に連絡はついたか?」


 小雪の父・たけしが妻の麗子に問うと、彼女は眉を落とし首を振る。


「それが……何度かけても留守電で。わたし、ちょっとお宅まで行ってきます」

「歩いてか?それじゃ三十分はかかるぞ、車を出そう」

「でもあなた、小雪は誰が看るの? 今日はお義母様もいらっしゃらないのに」


 寝室の襖の向こうで父と母の影が忙しく行き来しながら話しているのを横目に、小雪は苦し気に咳をした。喉が渇いて唾も飲み込めない。枕元にはいつでも口に出来る様にと、小雪のお気に入りのカップに入った水があったが、彼女がそれを手にすることは無かった。

 と、その時。玄関先の引き戸が音を立て開くのが聞こえた。


「御免ください、猛さんはいらっしゃいますか」


 聞き慣れた声だった。


「ああ、源十郎!丁度良いところに来てくれたな、すまないが少し留守を頼めるか。急いで高良の主人のお宅へ行かなくてはならなくて」

「おや、誰か病気かい?」

「娘だ。飲まず食わずで参るよ」

「藤ノ目さん、お願いできますか」

「勿論。小雪ちゃんは寝室に?」

「ああ。眠っているよ、すまんがよろしく頼む」


 ばたばたと二つの足音が次第に遠ざかっていくと、部屋に沈黙が生まれた。どうやら両親は贔屓にしている町医者の元へと向かったようだ。しばらくして、襖の向こうから低く落ち着いた声が小雪に呼びかける。


「小雪、入るよ」


 すう、と開く襖の先には父の友人である藤ノ目源十郎の姿があった。六尺とまではいかないものの、やや厚みのある体は猫背なのが目立ち、癖のある黒髪は毛先があちらこちらへ跳ね上がりまるで寝起きのようにも見える。おまけに生えっぱなしの無精ひげが何とも言えない貧乏臭さを醸し出す。見ず知らずの者ならば横を避けて通るだろうが、父の友人であり何度も屋敷に出入りしているのを幾度となく目にしている小雪にとっては見慣れた姿だった。


「かわいそうに、つらいだろう。水は飲んだかい?」


 声を出すのがつらいのか、小雪は問いかけに力なく首を振る。小さな額に手を添えれば、沸騰しそうなほどの熱を掌に感じる。一寸間を置いて、藤ノ目はひとつため息をついた。


「やれやれ……なんでそんな意地を張るんだい。みんな心配しているよ」


 水を飲めないのではない、飲まないのだ。誰にも言っていない本心をいとも容易く見抜かれた小雪は、伏せていた目をぱっと向けた。それに気付いた藤ノ目は眉を落とし苦笑いを浮かべる。


「そんなに小さい内から親不孝なことをするもんじゃないよ、小雪」

「……だって、私は変なんだって」

「変?」


 小さく首を傾げると、小雪は布団をぎゅっと握り続けた。


「おばけ。私にしか見えないの、みんなおばけを見ると逃げるから、わたしがそばに行くと、みんなが幸せになれないの」

「誰がそんな事を言ったんだい」

「みっちゃんのお母さん、それにさとしくんと、えりちゃんのお母さんも」


 次第に語尾が震えていき、最後にはしゃくりあげる声が座敷に響く。


「みんなみんな、わたしが、こわいって」

「小雪……」

「わたしが、わたしがいなくなったら、お父さんも、お母さんも、しあわせなんだもん……!」

「馬鹿なことを言うんじゃない」


 普段の物腰柔らかな口調が途端に鋭く、ぴしゃりと言葉を放つ。親にも滅多に怒られたことのない小雪の中で、張り詰めていた糸が音を立てて切れると、わんわんと掠れた声を上げ大粒の涙が頬を伝っていく。こんなに幼い子が、くだらない噂に頭を悩ませ自らの命を絶とうとしている。藤ノ目は、怒りを通り越して絶望すら覚えた。

 手を伸ばし小雪の背の下へ手を入れると、小さな身体を抱き起こす。まるで熱の塊だ。あやすように自らの膝に小雪を抱きかかえると、藤ノ目はおとぎ話でもするかのように、口調をいつもの柔らかいものへと戻した。


「小雪、おばけが見えるのは自分だけだと思っていないかい?」

「ちがう、の?」

「ちがうよ。だって私にも見えるからね、今だってほら……君のそばにはたくさんの友達がお見舞いに来てくれている」


 そこだよ、と枕元を顎で指すと小雪もそこを見る。だがその目には畳しか映らない。


「うそつき、何もいないじゃない!」

「うそつきは君だよ。見えるくせに、見ようとしない」

「っ!……だって、だって」

「いいかい、小雪。これから私が言うことをよく聞いて」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を、丁寧に指で拭ってやると泣き腫らした二つの大きな瞳が藤ノ目を映す。にこりと笑いかければ、彼はもう一度、何もいない筈の座敷へと目を向け、静かに語りだした。


「妖怪は何十年何百年、何千年とこの世にいる。中には神様と崇められるものもいれば、皆が言うように悪いものと遠ざけられるものもいる。でもそんな彼らも、君のそばで生きている。それを見ることが出来る君は、とても特別なんだよ」

「とくべつ……」

「ああ。君は確かに見えていた。それに彼らと楽しく遊んでいたはずだ、……ちがうかい?」

「……ちがく、ない」

「だろう?それがある日突然、周りが不幸になるからといって見ないふりを始める。……君の友達は、傷ついたはずだよ。だからこうして、意地悪をしてる」


 意地悪、とは小雪の体調不良のことだろう。妖魔は災いをもたらすとはよく言ったものだが、理由無く災いをもたらすものなどいない、藤ノ目の言葉にはそういった理由が込められているのだろう。小雪にとって心当たりがないわけがない、それをわかっているらしい幼い彼女は、藤ノ目の次の言葉を待った。


「……小雪、見えるものを恐れてはいけないよ。君が心を開き、手を差し伸べれば必ず彼らはそれに応えてくれる」

「ほんとうに?」

「本当だとも。いつ何時だって、君のことを守ってくれる……強い味方になるはずさ」


 だから、思い悩む事は無い。

 幼い心に全てが伝わったかは分からない。しかし、話す藤ノ目の顔を見ていた小雪の視線が再び布団の枕元へと向けられた時、彼女は確かにその目で見た。心配そうに眉を落とし、先程の小雪のように瞳いっぱいに涙を溜めた、赤い着物の少女の姿を。それだけではない、その少女の傍らには三寸ほどの小さな、一本角を生やした赤い小鬼が数人の集団で固まっていた。……いずれも、小雪が昔から目にしてきたものたちばかりだ。


 ──たくさんの友達がお見舞いに来てくれている。


 先の藤ノ目の言葉を思い出した小雪は、その顔を見上げた。彼はひどく穏やかな顔を小雪に向けていた。「もう大丈夫みたいだね」そう告げると、小雪の体は再び布団の中へと戻された。喉の痛みなど、何処かへいってしまったように呼吸が楽になり、意識は深い眠りへと落ちていく。

 その翌朝、熱など嘘だったように小雪は元気を取り戻した。病み上がりにも関わらず、それはそれは楽しそうに、庭で遊び回っていたという──……。






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