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死霊術師は未練を晴らす ~白骨に魔力をこめたら美少女に~  作者: どらねこ
1章 リリー・エーレンフェルス編
8/29

8話 実行の時

今日二話目です。

「やあ、よく来たな! 今日は楽しい一日にしようぜ!」

「はい、よろしくお願いします!」


 次の日、僕とジーグルは森の前で待ち合わせをしていた。

 この森は基本的に冒険者が魔物を狩るため以外で近づくことはない。

 冒険者などそこまで数が多いものではないから、森という広大な場所の中で他人とすれ違うなんて可能性はほとんどゼロ……つまり何かを起こすには最適な場所なのだ。

 ……そんな森の中で偶然彼に出会って殺されかけた僕は、非常に運が悪かったと言わざるを得ないな。




 僕とジーグルは森の中を進む。

 今日の僕はいつにも増して真剣だった。

 森の魔物は平原の魔物よりも全体的に少し強い。

 荒事に自身がない僕は周囲にも注意しておかないと、ジーグルを殺す前に魔物に殺されてしまう。


「そんなに気負わなくても、俺が守ってあげるから大丈夫だよ。それでそのうち強くなった時、今度は君が俺を守ってくれればいいんだ」

「はい、ありがとうございます!」


 彼は本当に人の喜ぶような声のかけ方を心得ている人間だな、と僕は少し感心する。

 人の心の機微が理解できない僕も少し見習うべきところがあるかもしれない。

 ただ、それでも殺すことに変わりはないのだけれど。

 彼のこの優しい態度はただの隠れ蓑。それを燃やしてやれば、中から出てくるのは爛れた心の殺人鬼だ。


「今日は十匹くらい狙ってやろうよ!」

「はい、そうしましょう!」


 僕とジーグルは互いに笑みを浮かべる。

 だが、そこに本心など一かけらも宿っていなかった。

 ジーグルは僕を殺すために、僕はジーグルを殺すために。笑顔はその為の武器だ。


 ――そろそろ、行くか?

 もう大分奥まで来たはずだ。

 木々がかなり詰まって生えているから、逃げることも容易ではない。

 タイミング的にこれ以上ない頃合いだと思えた。


「ジーグルさ――」

「なあ、前を行ってくれないか?」


 しかし、先手をとったのはジーグルだった。

 ずっと横並びで歩いていた僕に、前を行くことを提案してくる。


「……なんでですか?」

「後方から君を支援するからさ! 頼むよ!」


 そう言って手を合わせるジーグルはなんともうさんくさい。

 しかし、ここで断るのも不自然だ。

 ここまで彼の言うことに従ってきて、ここで急に拒否するというのは彼に不信感を与えてしまいかねない。


「……わかりました!」


 僕はそう答えた。

 そして一歩ジーグルの前に進み出る。

 仕掛けてくるなら、ここか?

 そう考えた刹那、リリーの鋭い声が耳に届いた。


「エディル、危ない!」

「っ!」


 咄嗟に動いた僕の腹部のすぐ横を、投げナイフが通過していった。

 僕はすぐさまジーグルと距離をとる。


「ジーグル……さん? ど、どうして……」

「あーあー、演技はもういいぜ。劇はこれにて終幕だ」


 ジーグルは手をひらひらと振りながら言った。


「そ、それはどういう……」

「気づいてないとでも思ってたのか? お前、この前森で俺が殺した男だろ。まさか生きているとは思っちゃいなかったが……。てめえの顔見たときはマジでビビったが、周りに話した様子はねえ! こりゃあ完全にチャンスだと思ってな!」


 ジーグルは先程までとは人が変わったように狂気的な笑みを浮かべている。

 ああ、やっぱりバレていたのか。

 薄々そうじゃないかとは思っていたが……。


「やれやれ、完全に騙されてしまったよ」

「ははは! 安心しろ、俺がお前を地獄に送ってやるからよ!」

「計画とは少し違ってしまったが、大丈夫かな?」


 僕はジーグルの声を無視してリリーに声をかける。


「ええ、問題ないわ。むしろ正々堂々勝負できて嬉しいくらいよ」


 リリーはコクンと一つ頷き、野生の生物のような獰猛な顔をした。

 どうやら心配はなさそうだな。

 頼りになる相棒だ、と思いながら僕は宣言する。


「では、僕の分も思う存分暴れてくれたまえ。――憑依」


 僕の身体に、リリーの魂が混入する。

 次に目を開けたとき、身体の所有権はすでにリリーに移っていた。


「憑依だあ? 何言ってやがんだお前は。恐怖で頭がおかしくなったのかあ? ははは!」


 僕の異変に気付いた様子もなく、ジーグルは上機嫌で腰に手をやる。

 そこから取り出したのは短い棒。勢いよく振ると、それは立派なロッドへと変化した。


「楽しいぜえ? 冒険者の一人や二人、いなくなったところで警備隊は動かねえ! トップクラスの一握りを除きゃあ、冒険者なんて社会に弾かれたヤツラが集まる組織だからな。だから俺は好き放題てめえらを殺せるってわけだ!」


 そしてそのロッドの先を僕に――リリーに向ける。


「てめえも殺してやるよ!」

「それは無理よ」


 リリーは一言そう返す。

 それを聞いて僕は一人安心した。

 大丈夫、リリーは冷静だ。


「……あ?」

「あなたじゃあたしは殺せないわ」

「なんだその話し方は……。俺を舐めてやがんのか!? おい!」


 激高するジーグル。

 そんな風に頭に血を上らせるのは、こと戦闘においては致命的だ。


「そんなことに気をとられている暇があったら、自分の心配をした方がいいわよ」


 リリーはジーグルへと突撃する。

 その動作は何度見ても僕の身体とは思えないほど軽やかだ。


「ちっ!」


 ジーグルがロッドでリリーを迎撃しようとするが、そんなもので止まるリリーではない。


「せいっ!」

「ぐあああっ!?」


 リリーはジーグルの鳩尾(みぞおち)目掛け、渾身の蹴りをお見舞いした。

 ジーグルは胃液を吐き出しながら吹き飛んだ。






「お見事。さすが僕の見込んだ女性だよ」


 憑依を解いた僕はリリーに拍手を送る。


「それはどうも。……こんなヤツに殺されたと思うと、自分が情けないわ」

「結局不意打ち頼みで、本人の実力はなかったんだろうね」


 遠い目をするリリーにそう告げた。

 それでもおそらく僕よりは強いのだろうが、バリバリな武闘派のリリーに勝てるほどの実力は備えていなかったということだろう。

 と、そこで僕の足に何かがしがみつく。


「なあ、見逃してくれよ、頼む! 殺したりはしねえだろ、なあ?」


 何かと思えば、縄でぐるぐる巻きにしたジーグルだった。

 芋虫のようになったジーグルと目線を合わせるためにしゃがみこむ。

 それにしても、不思議なことをいうものだ。


「おいおい、しっかりしてくれたまえよ。つい少し前に君が言ったばかりじゃないか。『冒険者の一人や二人、いなくなったところで警備隊は動かない』――とね」


 僕がそう言うと、ジーグルの顔は絶望に染まる。


「嘘だろ……? おい、おいっ!」


 うるさいな……。

 あまりに騒々しくて、逆に殺す気も失せてくる。

 大体のところ、君は今まで他人を裏切り殺すことを何度も何度も繰り返し、その度に愉悦を感じてきたんだ。同じことをやられるのは当然だろうと、そうは思えないのだろうか。


「……リリー、どうする? 君が殺したいなら、代わりに君がやってもいいけれど」


 もしリリーが望むなら、もう一度憑依して止めを刺してもいい。

 そう思って振り返るが、リリーは首を横に振った。


「あたしはいいわ。そいつが目の前で死ぬだけで満足だから」

「そうか。じゃあ僕がやるよ」


 逃がすわけにはいかないからね。

 僕は短刀を取り出し、何やら喚いているジーグルの首を掻っ切った。








「うーん……っ! ……はぁぁっ、終わったねぇ」


 僕は青空の下、大きく一つ伸びをする。

 木々に囲まれていると、なんとなく新鮮な空気を吸っている気分になるのは僕だけではないだろう。


「凄く晴れやかな顔をしてるわね」


 リリーが呆れたようにそう声をかけてきた。

 僕は服の上からコートを着ながらそれに答える。

 やっぱりこの黒コートじゃないと、イマイチ調子が出ないんだよね。


「それはそうだよ、自分が殺されかけた相手を殺せたんだから。僕の身を害する可能性のある存在が一つ消えたんだ、これを喜ばずしてどうするんだい?」

「……やっぱりあなた、少し変よ」

「そう言う君はどうなのかな?」


 僕の言葉に、リリーは自分の掌をぼうっと見ながら言った。


「……あたしも、少し変みたい」


 僕は首を振り、それを否定する。


「変じゃないよ。君は変じゃない」

「……ありがと」


 リリーは俯きながら答える。

 その答えに満足した僕は、次の話題を切り出すことにした。

 もう少し彼女と話していたい気もするが、それよりも前に優先すべきことがある。

 僕は両手を大きく広げ、リリーに尋ねた。


「さてリリー。君には二つの道がある。実体化か、成仏か……どちらかを選んでくれたまえ」

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