7話 作戦と価値観
今日一話目です。
翌日。早速僕たちは作戦を実行に移した。
ジーグルと偶然遭遇したときと同じように、真昼間から酒場に入り浸り、一番安い酒を頼む。
格好はさすがにピエロではなく、それでいてなるべく普段の僕とはかけ離れているラフなものだ。
その際大事なのは、なるべくやさぐれている雰囲気を醸し出すこと。
僕はこの辺りの演技はあまり上手くないのだが、背に腹は代えられない。
なんせリリーは引くほど演技が下手だからな。憑依してもらったリリーに演技してもらう、という選択がとれない以上、消去法で僕が演技するしかないのだ。
だが、早々ジーグルと出会うなんて偶然が起こるわけでもない。
あっという間に一週間が過ぎ去ろうとしていた、そんな日のことだった。
カランカランと音がして酒場の扉が開けられる。そこに立っているのは間違いなくジーグルだ。
「おお、久しぶりだね! この前のピエロ君だろう? また飲んでたのかい?」
「あー……? あー、お久しぶりですぅ」
「随分酔ってるみたいじゃないか。何かあったのかい? よければ話聞くよ」
――かかった!
僕はこれ幸いとこの数日で作り上げた嘘のエピソードを、なるべく悲痛な表情を意識しながら語る。
「もうね、僕ぁおしまいなんですよ!」
「それは辛かったろうね……」
「一発逆転を狙おうにも、僕には仲間もいませんからね。ソロで依頼なんて受けられっこない、もう詰んでるんですよ僕は!」
カンッとグラスをテーブルに叩きつける。
それを見たジーグルは、俺の耳元に顔を近づけて囁いた。
「……もしよければ、俺とチームを組まないかい?」
「……え!? い、いいんですか!?」
僕は内心でガッツポーズをしながら驚いた演技をする。
困っているヤツに手を差し伸べ、その男が希望に満ちたところを裏切って殺す……いかにもこんな下種が好みそうなシナリオだろう?
この一週間酒場に入り浸り、やさぐれた演技をし続けた甲斐があったというものだ。
リリーなど、他人から見えないのをいいことに小躍りしている。
あまりにはしゃぎすぎて、スカートがめくれあがってしまう有様だ。
すぐに気づいて赤面しながら直していたが、僕はばっちりと見ていたよ。やっぱり君にはしましまパンツが一番だ。
「――ということなんだけど、どうかな?」
おっと。ジーグルが僕に意見を求めてきた。
リリーのスカートの奥に夢中で話を聞いていなかった――なんてことはもちろんない。
あくまで最重要事項はこちらだ。そのくらいは僕も弁えている。
「あ、でもほとんど初対面の人といきなり森の中っていうのはちょっと……。すみません」
僕はやんわりと断りを入れる。
すると、ジーグルは人の好い笑みを見せた。
「あはは、謝る必要はないよ。疑り深いのはいいことだ。じゃあ、最初は平原にしよう。それなら安心でしょ?」
「それなら……ありがとうございます!」
これでいい。最初からすんなりついて行くと、逆に怪しまれる可能性もあることだし。
この辺りは賭けだったが、上手くいってくれたようで良かった。
僕は一つ息を吐き出すのだった。
そして三日後、平原。
「はあぁっ!」
僕は全力で魔物退治に取り組んでいた。
こういう相手をだますのに一番大事なことは、極力嘘をつかないことだ。
リリーだとなまじ実力があるせいで、素人の振りをするには手加減が必要になるからな。
それなら本当の初心者の僕が一生懸命やった方が絶対に良い。
なんせ僕なら素人に見せるための手加減も必要ないし、ただ一生懸命取り組めばいいだけなのだから。
「じゃあ、今日はこの辺で終わりにしようか」
「はいっ! あの、ありがとうございましたっ! ジーグルさんのお蔭で僕、立ち直れそうです!」
俺の言葉に、ジーグルは手を横に振る。
「いやいや、俺の方こそ。君、筋がいいよ。きっと一流の冒険者になる。俺が保証するから間違いないよ。……そうだ! ねえ、次は森に行ってみようよ!」
「うーん……そうですね! 今日で自信も付きましたし、お願いします!」
「わかった。じゃあ、次もよろしく!」
微笑を絶やさずにそう言って、ジーグルは帰っていく。
残った俺はジーグルの姿が見えなくなるまで一人立ち尽くした。……いや、正確には二人、だが。
ジーグルが完全に見えなくなったところで、リリーが話しかけてきた。
「上手くいった……のよね?」
「今のところはいっていると信じたいけどね」
なんせ彼の心の中までは読めない。
何か感づかれているのか、それとも上手く騙せているのか。答えは作戦を遂行しきるまではわからないのだ。
「まあなんにせよ、次の森が本番かな。平原と違って他人に見つかる可能性もかなり低いし。そこで計画を実行に移そう」
「……わかったわ」
次に彼と会った時、僕たちは人を殺すことになる。
その重さを感じたのか、リリーは心なしか声が震えていた。
「どうする? 今なら止められるけど」
「馬鹿言わないで、やめるわけないでしょ。アイツを殺して、未練を絶つの」
その目の中には確固たる決意が見えた。
もはや僕が中止にしようと言ったとしても、自分一人だけでも完遂してやるという覚悟が。
「その意気だよ、リリー」
僕は軽く笑ってリリーに言う。
よかった、彼女が怖気づかないでいてくれて。僕一人で彼を殺すのはなかなか骨が折れるから。
「……あなたには申し訳ないと思っているわ。あたしのために自分から危険に巻き込まれるようなことになってしまって……」
しかし、リリーのこの言葉は予想外だった。
申し訳なさげに呟かれたその言葉に、僕は笑みを収める。
どうやらリリーが先ほど声を震わせていたのは、自分が他人を殺すことに対してではなく、僕の身体を危険に晒すことに対してだったようだ。
この子も中々価値観がズレているというかなんというか……。
「何言ってるんだい。僕はそんなことは気にしないさ」
「でも、万が一ってことがあるじゃない。あたしは絶対にアイツを殺すつもりだけど、差し違えるってこともある。そうなったらあなたも――」
「そうなったら、また生き返ればいいじゃないか」
「……は?」
ぽかんとした顔のリリーに、僕は持論を述べていく。
「生きているか死んでいるかなんて、今の僕には些細なことだよ。死んだら蘇ればいいんだから。生と死の境界線なんて、それほど明確なものじゃない。むしろ酷く曖昧だ。僕の存在こそがその証明だよ」
そう言った僕を、リリーはおびえた目で見つめた。
「……なんか怖いよ、今のエディル」
「……やだなあ、冗談だよ」
怖がらせてしまっただろうか。
これだから人間関係というのはよくわからない。
「じゃあ、憑依の練習だけして帰ろうか」
「……そうね、そうしましょう」
リリーは何か言いたそうな顔をしていたが、僕はそれに取り合わない。
彼女は普段は気安く接してくるが、根本のところでまだ一歩距離感をとっている。少なくとも僕はそう感じていた。
だから僕がこの態度を徹底すれば、リリーは僕に質問することはできないのだ。
僕としても自分の考え方がズレていることは知っている。自分のことより僕を案ずるようなリリーの言葉を聞いて、彼女ならもしや……とも思ったのだが、やはり話すのは止めておいた方がよさそうだ。
この大事な時期に、彼女に余計なプレッシャーをかけたくはない。
「せいっ! やあっ!」
『そこだ、頑張れ!』
「ほっ! たあっ!」
『ふれー、ふれー、リ・リ・イ! 頑張れ頑張れリ・リ・イ! ついでにパンツもみ・せ・て!』
「ちっとも集中できないんだけど!?」
『ご、ごめん』
リリーは僕の身体の感覚を覚えるために平原の魔物相手に戦闘する。
細かい感覚の齟齬を調整している間にも、空は夜に向かって暗く色褪せていくのだった。
今日は四話投稿します。