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死霊術師は未練を晴らす ~白骨に魔力をこめたら美少女に~  作者: どらねこ
1章 リリー・エーレンフェルス編
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5話 変装

「まずは情報収集ね!」

「張り切っているね」


 翌日。

 朝一番からリリーは元気だ。

 身体の前で小さく拳を握っている。


「あたし子供のころからこういうのに憧れてたのよ。隠れて情報を探るって、なんかカッコいいじゃない」

「それはよかった」

「知ってるエディル? 情報収集するためには、まずは変装が必要なのよ!」

「そ、そうだね。僕もそう思うよ」


 でも少しテンションが高すぎやしないかい?

 それだけ憧れがあったということだろうか。

 そのテンションに僕は少し尻込みしてしまう。


「何ぐずぐずしてるのよ! さっさと変装道具を買いに行くわよ、あたしに付いてきなさい! ふっふっふっ!」


 リリーは上機嫌で僕の腕をとろうとして――すり抜けた。


「あっ……」


 途端、リリーの表情が固まる。

 そのまま数秒経った後、今度は静かに僕に言う。


「……行きましょうか」


 リリーは怒っていない。泣いてもいない。

 忘れかけていた現実を見せつけられたような、そんな顔をしていた。


「リリー」

「忘れてた。……あたし、変装なんてする必要ないのね」

「リリー、代わりに僕の服を選んでくれないか? 実はこの数年、黒のコートとハット、ズボンのセット以外の衣服をほとんど着た経験が無くてね」

「……臭そうね」

「もちろん何セットかの同じもので回している。臭くないよ。……決して臭くないよ」


 まったく、なんてことを言うのだろうか。

 ちちんと洗っているに決まっているだろう。僕は綺麗好きなのだ。


「……わかったわ、あたしがあんたの服を選んであげる」


 リリーは小さく笑みを浮かべて返事をした。

 少しは元気を取り戻してくれただろうか、それならば嬉しいのだが。


「代わりに僕は君の新しいパンツを選んでおいてあげるよ」

「うん、絶対にやめてね」

「選ばず全部買えと? ……わかった。そうしよう」


 痛い出費ではあるが、パンツに関して妥協したくないのは僕とて同じ。

 そこまで言われては、引き下がるわけにはいかない。

 首輪になる物は術士が気に入っている物なら取り替えは可能だ。

 僕はリリーにもっとも似合うのはしましまパンツだと確信しているが、決めつけるのはまだ早計かもしれないからな。パンツを選ぶ際に重要なのは大局観を忘れない事である。

 僕たちがパンツを見ている時、パンツもまた僕たちを見ているのだ。


「買わなくていいって言ってるの!」


 リリーが耳元で大声を出した。





 二時間後。

 リリーの助言に従って服を買いそろえた僕は、酒場へとやってきていた。

 ここはジーグルのお気に入りの酒場らしい。

 もちろん、何も考えずにのこのこと酒場を訪れたわけではない。

 太陽が空に幅を利かせているこの時間帯は、酒場に冒険者が最も少ない時間帯なのだ。

 よってジーグルと鉢合わせる可能性はかなり低いと考えたのである。


 カウンターの席の隅に座り、店主にミルクを頼む。

 そしてなるべく周囲に気取られない様、それとなく店を観察し始めた。

 といっても僕があまり無理することはない。なぜかって?


「客は全部で四人。左奥に三人と、右奥に一人よ」


 霊体であるリリーが全て教えてくれるからだ。

 誰にも存在を視認できないリリーは、こういう時は敵なしなのである。


「話を聞くなら一人の方がよさそうね。三人組の方は大分酔いが回ってるみたいだし」

「助かるよ、リリー」


 僕は誰にも聞こえない小声でリリーに告げる。


「お安いご用よ」

「ところで全然関係ないんだけれど、この服装は些かファンキーがすぎないかい?」


 僕は自分の服の裾を引っ張る。

 黄色やら赤やら青やら目が痛くなるほどのカラフル、そのうえ首元にはリボン。これではまるで――


「いいじゃないピエロ。似合ってるわよ!」


 そう、僕はピエロの格好をしていた。

 昼の酒場で一人、ピエロの格好をしていた。

 ピエロの格好で、酒場でミルクを頼んでいた。


「悪目立ちしすぎだよ。客の全員がこっちを見てるんじゃないかと不安で仕方ない」


 正直先ほどから刺さるような視線を背中にひしひしと感じるのだ。

 僕の自意識過剰なのかもしれないが……。


「安心しなさい、皆見てるわ」


 見ているんだね。まったく安心できないよ。


「……なんでこんな派手な格好を選んだんだい? もっと周りに馴染めるような服はたくさんあったように思えたけれど」

「ふふん、本で読んだのよ。『潜伏任務ではあえて派手な服を着ろ! 潜伏する人間が派手なものを着るはずがない、という心理の逆を突くのだ!』ってね」

「なるほど」


 でも、それにしたってピエロはないと思うよ。

 今僕の顔、白塗りだからね? 白塗りに真っ赤な口紅で唇を塗ってるからね?

 ここまで本格派のピエロに仮装することになるとは、朝の時点では微塵も思っていなかったよ。


「……君はあんまり頭が良くないんだねぇ」

「失礼ね、どういうことよ」


 リリーがムッとした顔を向けてくる。

 とその時、新たな客が酒場へと入ってきた。


 丁寧に揃えられた栗色の短髪、背にはリリーの身長ほどの大きな槍を担ぎ、口元には張り付いた笑顔。しかしその目は決して笑ってはいない。

 それはまさにリリーの宿敵の相手、ジーグルだった。


「うん?」


 ジーグルは酒場に数歩足を踏み入れたところで、僕に目を止める。

 僕はそれとなくジーグルと反対の方向を向いた。

 背中に冷や汗が流れ落ちる。


「ど、どどどうしようエディル! アイツに気づかれちゃったんじゃない!?」


 リリーは姿が見えないのをいいことに慌てふためいているが、生身の身体の僕はそういう訳にもいかない。

 なんとか気持ちを落ち着けながら、考えを巡らせていく。

 なぜジーグルは五人もいる中でなぜ僕に目を付け……ああそうだ。僕は今ピエロの格好をしているのだった。

 それは誰だって僕に興味を持つさ。だって酒場にピエロがいるんだもの。


「なんでピエロが……?」


 ジーグルは独り言のようにそう呟き、僕の方へと歩き出す。


「来んな、帰れ、帰れ! あんたのせいであたしは……!」


 リリーの罵声もジーグルにはもちろん届かない。

 ジーグルは僕の隣の席に腰掛けた。


「やあ、初めまして。ピエロが酒場に来るなんて、珍しいこともあるんだね」

「はは、どうも」

「……」


 顔をジッと見つめられる。……バレたか?

 僕があの夜襲われた男だということに、この男は気づいているのだろうか。

 もし気づかれると、最悪ここで戦うことになる。

 リリーはおろか僕すらもまだ心の準備が出来ていない状態だ、そうなるととても厳しい。

 頼む、バレていないでくれ……。


「君、面白い顔をしてるね。へー、ピエロの顔って間近で見るとこんな感じなのか」


 よかった……。

 バレなかったことに安堵の息を吐きそうになるのを堪え、僕は演技を続ける。


「……そ、そうですか、ね?」

「うんうん、面白い顔だよ。今日はなんで真昼間からこんなところに?」

「僕、大道芸人に憧れてこんな格好してるんですけど、芸とか何もできないんです。だからお金も全然もらえなくって……」


 この辺りの事情というか来歴というかは、服を決めたときにリリーと相談済みだ。

 なるべく自分と結びつけないような話し方を心がけながら、僕はジーグルの質問に答えた。


 ジーグルは明るく話題を振って来る。

 とても快活な話し方といい、よく回る舌といい、この時点で彼に悪印象を持つ人間はほとんど皆無だろう。

 彼の仮面は随分と完璧なものだった。それこそ僕のピエロの仮面と交換してほしいくらいには。


「じゃあ、俺はこれで。またもし何かあったら話聞かせてもらうよ。あ、なんだったら一緒にギルドの依頼行ってもいいけど。君が初心者でもサポートしてやれるし。俺、こう見えて結構強いんだ」


 歯を見せて爽やかに笑うジーグル。


「見ためも強そうですよ」

「お、嬉しいこと言ってくれんじゃんか~」

「ははは。もしご縁がありましたらご一緒させていただきますね」

「おう、またな!」


 そして笑顔でジーグルは去って行った。

 僕たちはその後ジーグルについての情報を不自然にならない程度に聞きだした後、店を出た。




「びっくりしたわね……」

「寿命が縮んだよ」


 宿に帰った僕とリリーは胸を撫で下ろす。

 落ち着かないので、服はいつもの黒づくめにチェンジ済みだ。


「エディル、あなたジーグルに森で殺されかけたのよね? アイツ、エディルが生きてることに全く反応してなかったように見えたけど……」

「僕が襲われたのは夜だったからね。もしかしたら顔が良く見えなかったのかもしれない。それとも殺した相手のことは綺麗さっぱり忘れてしまうタイプなのか……。いや、多分リリーが選んだピエロの服装が一番大きい原因なんじゃないかな。いつもの僕の対極に位置する服装だからね」


 そういう意味では、あの格好でよかったと言えなくもないのかもしれない。

 中途半端な格好では僕の存在が彼に露見していた可能性はもっと高かっただろう。

 期せずしてリリーは僕を救ってくれたのである。


「いずれにせよ、僕もかなり肝が冷えたよ」


 まさか当人と遭遇してしまうとは思わなかった。

 まったく、運がいいのか悪いのか……。


「……あたし思うんだけど、あれ、最後の言葉からしてあなたのことも狙ってたわよね」

「十中八九そうだろうね。隠しきっていたつもりだろうけど、目の奥に淀んだ光が見えた」


 もっとも、最初から疑りの目を持っていないと気づけないほどのものではあったけれど。


「こんな風な偶然が何回か重なってしまえば、いつ僕が生きていることが彼にバレるかわからないからね。手っ取り早く作戦会議としゃれこもうじゃないか」


 僕は胸ポケットからペンを取り出しそう言った。

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