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27話 決断

 迷宮を抜けた僕たちはそのまま町の墓地まで歩き、ルシカの兄の遺骨を土へと還した。


「……」


 兄の名が刻まれた墓石を見つめ、ただ黙り込むルシカ。

 その後ろで、僕とリリーはルシカを見守っている。

 しゃがみこむルシカの背中は小さいが、弱いものには見えなかった。

 数分の後、ルシカはくるりとこちらを振り返る。


「エディルさん、わざわざお墓まで用意していただいて本当にありがとうございます」

「僕に出来ることなんて、これくらいしかないからね」


 成仏した以上弔う必要はないと考えることもできるが、それは違うと僕は思う。

 死者は生者のために弔われるべきなのだ。

 生者が前を向いて再び歩き出すべく、区切りをつけるために。

 今のルシカの顔を見れば、僕の主張が間違っていないことがわかるだろう。


「さて、ルシカ」

「はい」


 僕はルシカの顔を見る。

 ルシカも僕の顔を見た。

 この先に何を言おうとしているのかがわかっているのだろう。

 僕は、おそらくルシカが予想しているであろう言葉を口にする。


「これで、君の未練は晴れた……とは思わないけれど、僕たちが君にしてやれることはもうない。決断してくれないか?」


 死霊術師の仮契約は霊魂の未練を晴らすために存在する。

 故にその内容についてそれ以上の進展が望めないと術者が判断した場合は、仮契約は自然消滅的に破棄されてしまうのだ。

 事実、ルシカとの仮契約も破棄されつつある。そうなれば再びルシカはこの世を彷徨う霊魂となってしまう。

 その前に、ルシカにはどちらかを選んでもらわねばならない。

 すなわち――成仏か、現世に残るかを。


 僕とリリーの視線が注がれる中、ルシカは一拍おいて、答えた。


「……一日だけ。明日の日没まで、決めるのを待ってくれませんか?」


 今は夕刻だから、ほぼ丸一日。仮契約を無理やり延長するには長すぎる時間だ。

 ……普通の術師にとっては。


「ああ、わかった」


 僕は首肯し、了承の意を彼女に伝えた。

 今の彼女は頭の中がぐちゃぐちゃで、とてもまともに思考できる状態ではないだろう。

 たしかに考える時間は必要だ。

 一日程度の延長なら、僕の腕でなんとかできる。


「ゆっくり考えてくれたまえ。君がいかなる結論に至ろうと、僕は君の意思を尊重するよ」


 僕はルシカにそう告げた。




「あたしたちはどうする? そっとしておいてほしいかしら。それとも一緒に居て欲しい?」


 リリーがルシカに尋ねる。

 リリーの気持ちだけで言えば、ルシカの傍にいてあげたいのだろう。リリーは優しい子だからね。

 しかし、それが気持ちの押しつけであることをリリーは良く知っているのだ。

 ルシカがどうしてほしいのかは、ルシカ本人にしかわからない。

 だからこそリリーは真っ向からルシカに尋ねてみることにしたのだろう。


「一緒に居て欲しいです。一人でいると、よくない方向のことばかり考えてしまいそうですから」

「ん、わかったわ。じゃあ、今日はずっと一緒よ。良いわよね、エディル?」

「ああ、もちろんさ」


 僕たちは三人一緒に宿へと帰った。

 女将がチラリと僕の顔を見て、寂しげな表情を浮かべた。

 長い接客の経験で、僕の表情から大まかな顛末を読み取ったのかもしれない。

 僕は目礼だけを返し、部屋へと戻った。






 そして、翌日。


「エディルさん! エディルさ~んっ! 起きてくださ~いっ!」

「ん……んん?」


 焦点の合わない視界には、白髪を緩くふんわりとカールさせた美少女が映っている。

 ……ルシカだ。

 ルシカが寝ている俺に馬乗りになっていた。

 霊体ゆえに重さは感じないのでそれはいいのだけれど、表情が……元気と言おうか、明るいと言おうか。とにかく今まででもあまり見たことがないような陽の雰囲気だ。


「ルシカ、なんだかとてもハキハキしているね」


 起き上がった僕に、ルシカは胸の前でグッと拳を握る。


「今日が最後かもしれないんです、しんみりしたまま終わりは嫌ですから!」


 それは……その通りだね。

 納得した僕が頷くと、ルシカは満足そうにムンッと息を吐いた。


「じゃあ、次はリリーさんですね。リリーさん! リリーさ~んっ! リリーさ~んっ! ……駄目だ、起きませんね」


 ルシカがいくら声を上げても、リリーは起きる気配はない。

 迷宮の中や魔物がいるような危険な場所ではいち早く起きるのだけれど、安全な場所ではぐっすりと眠りこむのがリリーだ。その足合わせそうな寝顔を見るに、ちょっとやそっとでは起きないだろう。

 しかし、僕はそんなリリーを起こす方法をすでに知っている。


「ああ、そういう時はこうすると起きるんだ」


 すやすやと眠るリリーの顔に口を近づけ、そして耳元で言う。


「パンツパンツパンツパンツパンツ」

「ひぃぃっ!?」


 リリーは途端に目を覚ました。

 ほらね? 僕のパンツへの愛が伝わることにより、リリーは目を覚ましてくれるんだよ。

 なぜか青い顔をしているけれど、そんなことは些細な問題だよね。


「夢の中にパンツの大群が現れたんだけど……エディル、あんたそんなこともできるの?」

「ちょっとした隠し芸のようなものだよ」

「さ、最低な芸ですね、それ……」

「ルシカにもやり方を教えてあげようか?」

「いえ、絶対大丈夫です」


 そんなに固辞するほどのことでもないと思うのだけれど……。




 今日は色々なところを歩き回った。

 朝起きてから、まず行ったのは噴水だ。


「ルシカ、僕に憑依するかい? 直に水に触れるのはまた違った印象かもしれないよ」

「いいんですか?」

「ああ、いいとも」

「では、お言葉に甘えて……うわっ、冷たいです! リリーさん、これ冷たいですねっ!」

「ええ。……でも不思議よねぇ。顔も声も変わらないはずなのに、声のトーンだけでこんなに印象が変わるなんて。なんだかエディルが女の子みたいに見えてくるわ」

「エディルさん元々若干中性的な顔ですからね。スカートとか履いたら案外似合うんじゃないでしょうか」

『そ、それは勘弁してくれ……』


 次に服屋。

 ルシカは霊体だし、僕は黒のコートのみしか着ないので、必然的にリリーの服を見て回ることになった。


「ど、どうかな……?」

「すっごく似合ってますリリーさん! まるでお人形さんみたいですよっ」

「僕もルシカに同感だ。まあ、君ほどの容姿ならどんな服でも似合うのだろうけれどね」

「な、なんか急に褒められると照れるわね……」

「そしてその下にはしましまパンツ……最高だよ、最高だ」

「い、いつまで言うのよそれ!」

「永遠にさ。……ああ、もちろんルシカの白いフリルパンツのことも忘れてはいないよ? 安心してくれたまえ」

「ひぇぇぇっ!」




 そして最後は、ルシカの兄が眠る墓の前へとやってきていた。

「今日は一日ありがとうございました」と礼を言うルシカに、僕とリリーは笑みを返す。

 ありがとうを言いたいのはこちらも同じだからだ。

 朝は雲一つない穏やかな晴れ模様だった空は、夕方になって少し風が出てきていた。

 風が頬を撫でるように吹き、ルシカの髪が揺れる。


「エディルさん、リリーさん。わたし、決めました」

「うん」

「聞かせてもらうわ」


 どういう結論に至ったのか、僕とリリーにはわからない。

 だけれどそれを尊重したいという気持ちは、僕たち二人の中で共通していた。

 この旅の中で、ルシカは掛け替えのない仲間となった。

 だからこそ、ルシカの選択がどうであろうと受け入れる。仲間として。


 背に控える墓石をチラリと見て、リリーは言った。


「……わたし、成仏します」

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