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22話 現実

「ふぅむ……」


 夜。聞き込みを粗方終えた僕は唸る。

 僕たち三人は噴水の前にいた。

 今日一日で色々な場所を回ってみて、結局ここに戻ってきたのだ。

 月夜と噴水というのは中々に神秘的な光景ではあるが、それを楽しむような心の余裕は今はなかった。


 ルシカの兄であるアガタ・ウィットがここにいたことはやはり間違いなかった。

 アガタは子供のころからこの街に住んでいたらしく、父親が死んだのをきっかけに冒険者になったようだ。

 そして数年間の訓練を経てとうとう迷宮に挑戦、瞬く間にトップへと上り詰める。輝かしい経歴だ。しかし……。


「そこから先は誰も知らない……か」


 二年前を境に、彼の目撃情報はぱったりと途切れていた。

 それ以降、誰一人彼を見たという者はいない。

 となるともうこの街にはいないか、もしくは……迷宮のなかでその生を終えたか。


「お兄ちゃん……」


 ルシカが悲痛な声をだす。

 やっと会えると思っていた途端に立ち込めた暗雲だ。無理もない。


「きっと大丈夫よ、ルシカ」


 そんなルシカにリリーが寄り添った。

 そうだな、今は僕よりリリーが近くにいるのがいいだろう。

 僕は他人を励ますのには向いていない。


「……もう夜だ。宿をとろう」


 僕は先陣を切り、歩き出す。

 二人は僕のあとに続いた。




 宿はすぐにとれた。

 まばらにある宿の数の割に、宿泊客は少ないようだ。

 昼に聞きこみを行っているときにも思ったけれど、どうにもこの街には活気がない。

 なぜなんだろうか。

 飲み物を購入しに一旦宿をでたついでに、僕は宿屋の女将に話を聞いてみることにする。


「少しお時間いいですか?」

「あん?」


 カウンターで帳簿を見ていた女将は、話しかけるとこちらを向いた。


「なんだい兄ちゃん、夕食なら今日は無理だよ。明日からなら出せるけど」

「いや、そういうことじゃないんだ。失礼な言い方になるかもしれないが……この街にはなにか活気が足りないように思うのだけれど、何か原因はあるのかな?」

「なんだ、知らないのかい? ここの名物と言えば、迷宮だったんだ。迷宮からは魔物が湧く。それを対峙するために冒険者が集まり、経済が回っていく。宿屋や道具屋が乱立したのもそういう事情があってだ。……でも、一年前に迷宮が攻略されちゃってねぇ。魔物が湧かなくなったから、冒険者も集まらない。だから経済も回らない。だから活気がない。至極当然さね」


 この街は今、衰退期の真っただ中にいるらしい。

 宿屋は数少ない旅行者を皆で奪い合っているような状態だそうだ。

 それでもまだいい方で、道具屋なんかはすでに九割以上が採算が取れずに廃業に追い込まれてしまったと女将は語る。


「なるほど……勉強になった。礼を言うよ」

「いやいや、泊まってもらえただけでもありがたいさ。近頃は客もめっきり減って、あたしらも苦しいからねぇ」


 女将はふぅ、とため息を吐く。

 ここの宿の経営もあまり芳しい状態ではないようだ。

 それは気の毒に思うが、僕に協力できることはない。


「そうだ、この人の行方に覚えはないかな。二年前から行方不明と聞いたんだけれど」


 ついでに、ルシカの兄について尋ねてみる。

 居なくなったのはわかっているが、もしかしたらその行方を何か知っているかもしれない。

 まあ、望みは薄いけれど――。


「ああ、知ってるよ。なんせ、うちの宿に泊まってた客だ」

「……その話、詳しく聞かせてもらってもいいかい?」


 僕は銀貨を一枚カウンターに乗せる。

 それを受け取ると、女将は話しはじめた。


「良いヤツだったんだけどねぇ。『行ってきます!』なんていつも通り元気にこの宿を出て行って、それっきりさ。きっと迷宮の中でおっちんじまったんだろうね。あんときゃ、やっぱり冒険者なんてやるもんじゃないと思ったもんさ。あたしが知ってるのはそれくらいさね」


 女将の言葉によって、他の街に行ったのではなく迷宮に潜ったきりだということがわかってしまう。

 つまりルシカのお兄さんは……そういうことなのだろう。

 その可能性は極めて高くなった。

 ルシカの気持ちを思うと、胸が痛む。


「……あんた、彼の関係者なのかい?」

「僕の連れが彼の肉親らしいんだ」


 そう告げると、女将は「ああ……」と嘆く。


「そうかい、そりゃあ……。……ああ、そんとき部屋に残ってた荷物が倉庫に置いてあるかもしれないね。もう本人が取りに来ることもないし、あんた持ってくかい?」

「ああ、頼む」


 女将は裏に引っ込み、しばらくして小さな人形を持って出てきた。


「はい、これだよ」


 そしてそれをカウンターに置く。

 綿が詰められた人形は、どうやら女の子のようだった。

 白い髪をした女の子の服には、マジックで『ルシカ』と書かれている。


「本当はもっとあったんだけど、倉庫も無限じゃないから大体は捨てちまったんだ。ただ、これは何だか思い出の品っぽいだろ? あたしはそういうのに弱くてねぇ」


「捨てられないんだよ。宿屋としてはどうかと思うけど、こればかりはねぇ」と複雑な顔をする女将。

 俺は人形を受け取り、代わりにカウンターに金貨を数枚置いた。


「感謝するよ。僕からのささやかなお礼だ、受け取ってほしい」


 情報料としては少々桁が違うかもしれないが、僕の懐には余裕がある。

 これくらいなら渡しても問題はない。

 形見になるものを保管しておいてくれた女将に、僕は感謝を伝えたかった。


「こ、こんなに!? ……兄ちゃん一杯飲んでくかい?」


 女将は慌ててカウンターの下から酒を取り出す。

 ラベルを見ると、そこそこの値段がする酒のようだ。

 呑んで暇を紛らわせることもあるのだろう。


「いいや、遠慮しておくよ。これから少し用があってね、部屋に戻らせてもらう」

「そりゃそうだ。彼の肉親がいるんだったね。す、すまないね、こんな金額を貰ったもんだから、ちょっと気が動転してたよ」

「いや、気にしないでくれ。それじゃあ僕はこれで」


 僕は女将と別れ、ルシカとリリーの待つ部屋へと帰った。




「――というわけで、これは多分ルシカのお兄さんの物で間違いないと思う」


 女将との会話を全て伝え、僕はルシカに人形を見せる。


「お兄ちゃん……っ! そんな……」


 ルシカは呆気にとられながら、人形を抱きしめようとする。

 しかし、霊体のルシカにそれは不可能だ。


「あっ……」


 自分の腕をすり抜けた人形を見て、死にそうな顔をするルシカ。

 僕は予備の護符を使用して、ルシカが人形に触れられるようにしてやる。


「あ、ありがとう……ございます……」

「いや、礼には及ばない」


 これで護符は全て使い切ってしまったけれど、仕方ない。

 ルシカにとっては肉親の形見なんだ。

 この状況で護符を使わなければ、ルシカの精神がどうにかなってしまう。

 ルシカはギュッと人形を抱きしめる。そして涙を頬に垂らした。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……っ!」




「……エディル」


 ルシカに聞こえないよう、リリーが僕に声をかける。


「女将さんはルシカのお兄さんが迷宮に入ったきり戻ってこなかったって言ってるのよね?」

「そうだね。だから多分、そこで何かあったのは間違いないと思う」


 そして、おそらくそのまま命を落とした。

 他の街に行ったのではないということはすなわちそういうことだ。

 僕たちは黙り込む。

 わかってしまった結果を考えると、ルシカにかけるべき言葉が見つからなかった。

 しん、と静まり返る室内。

 その中で声を発したのは、ルシカだった。


「……エディルさん、リリーさん。お願いがあります」


 そう言うと、ルシカはずっと持っていた人形を傍らに置く。

 そして僕たちに向かって勢いよく頭を上げた。


「わたしと一緒に、迷宮に潜ってください! きっとお兄ちゃんはもう……死んでしまっているんでしょう。だけど例えお兄ちゃんが……もう死んじゃっていたとしても、それをこの目で見ないと納得できない。このまま納得なんてしたくない。……たとえもう手遅れでも、わたしはお兄ちゃんに会いたいっ! お願いします!」


 その姿から、ルシカの兄を想う気持ちが痛いほど伝わってきた。


「君の未練を晴らすためだ。もちろん協力するよ。なあリリー?」

「当然よ。ルシカをこんなところで見放すなんてありえないもの」


 僕とリリーはルシカに協力することを告げる。

 もともと最後まで付き合うつもりだったんだ。こんなところで放棄する気はさらさらなかった。


「ふ、二人とも……うぅ、ありがとうございますぅ……ぐすっ」

「大丈夫よルシカ。あたしたちがついてるからね」


 一度は止まった涙が、再びルシカの目に溢れる。

 そんなルシカに、リリーが優しく微笑む。

 それが余計に心にきたのか、ルシカはまるで幼い子供のようにわんわんと泣き続けた。




 三十分後。

 ルシカに寄り添っていたリリーが立ち上がり、俺の方へとやってくる。


「ルシカ、寝ちゃったわ。泣き疲れたみたい」

「そうか。無理もないね」


 僕はリリーを見る。

 泣きじゃくるルシカをずっと見ていたからか、リリーも涙を流していた。

 僕が見ていることに気づいたリリーはそれをごしごしと拭き、言う。


「……ルシカのお兄さん、見つけてあげようね」

「ああ、そうだね。見つけてあげよう」


 迷宮に潜ってルシカのお兄さんの最期を確認する。

 今後の方針は決まった。あとは、それに向けてやるべきことをやるだけだ。

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