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21話 ブルーテの街

 ブルーテの街は、大きなアーチで僕たちを出迎えた。

 赤土色の煉瓦でできたアーチの前には、二人の門番が立っている。

 そこで一旦地竜車を止めると、門番はこちらに話しかけてきた。


「観光かい? 珍しいね」

「いや、少々用があってね」


 金属の鎧を纏った門番に、ルシカの憑依を解いて僕は答える。


「失礼。人を探しているんだけれど、この人物に見覚えはないかな」


 ルシカが憑依している間に改めて描いた似顔絵を見せた。

 地面に描いたものよりももっと精密なものだ。

 すると、二人は揃って同じ反応を見せる


「ああ、彼なら迷宮探索で有名だったから知っているよ」

「ふむ、いきなりあたりか。運がいいな」


 まさかいきなりルシカの兄を知っている人物に出会えるとは。

 あいにくそれ以上のことは知らないようではあったが、この分だと盗賊たちの言っていたことはやはり事実のようだ。ルシカの兄は迷宮に潜っていたということで間違いないだろう。

 情報の正しさがわかったので、早めに盗賊たちを警備に引き渡すことにする。

 中まで入れて万が一逃がしてしまったら目も当てられないからね。こういうのは専門家に任せるのが一番だ。


 ぎゅうぎゅうに詰められた盗賊たちを見た門番は多少面食らったようだが、しっかりと職務を遂行してくれた。

 その上彼らには懸賞金がかかっていたらしく、僕は結構な額の貨幣を門番から受け取る。


「ご協力、ありがとうざいました!」

「いや、こちらこそ」


 そんな挨拶を交わし、アーチをくぐった。




 憑依を解いたルシカが付いて来れるよう、ゆっくりと地竜車を走らせる。

 背丈の三倍ほどはあるアーチをくぐったところで見えてきたのは、まっすぐ続く太い道。

 そしてその先には、大きな噴水が水を噴き出している。

 この辺りの地方ではなかなか見かけることのない光景だ。


「噴水、噴水があります!」


 ルシカも興奮気味だ。

 といっても、彼女の場合は単純に噴水を見たことへの興奮というより、兄の居場所に近づいたという実感からの興奮が多くを占めているのだろうけれど。


「あたし、噴水見たの初めてだわ。水が下から上に勝手に上がっていくなんて、不思議な光景よね」


 リリーは竜車から身を乗り出して噴水を眺める。

 その赤い髪が、風になびいてサラサラと揺れた。

 その光景を、僕はとても美しいと思った。

 これでさらにスカートの一つでもめくれていれば言うことなしなのだけれど。


「噴水が気になるのはわかるけれど、まずはこの地竜車を売りにいこう」

「え、売っちゃうんですか?」


 ルシカがこちらを見る。

 そして首の向きを変え、前を走る地竜を慈しむような目で見つめた。

 最初は怖がっていたのに、共に旅をするうちに愛着がわいたのだろう。


「僕たちにはしばらく必要が無くなるからね。出発する街で買い、到着した街で売る。これが地竜車の基本なんだ。大体は一、二割引きで買い取ってくれる。そうやって成り立っている商売なんだよ」


 ルシカの気持ちはわかるが、地竜を飼うのは大変だ。

 ストレスには強いものの、走らせてやらねばどうしてもストレスは溜まるし、毛が硬いから毛づくろいにも手間がかかる。

 ゆえに、冒険者や商人の地竜との関わり方は一期一会が基本なのだ。



 地竜屋の前までやってきた僕たちは、地竜から降りる。


「さようなら……」


 ルシカがそう言って地竜に手を伸ばす。

 しかし、霊体であるルシカは地竜には触れない。


「……ルシカ、僕に憑依するかい?」

「……いいです。触ったら、泣いちゃいそうだから」


 ルシカは唇を強く噛みながら言う。

 感受性が豊かな子だ。



 地竜と別れた僕たちは、噴水の方へと向かう。


「きっとあの地竜も、ルシカと旅ができて幸せだっただろう」

「そうですかね……ありがとうございます」

「エディル、あなたいいこと言うわね」


 リリーが感心した顔で僕を見てくる。


「地竜の気持ちはわからないけれど、そう思った方が気が楽だろう。それだけのことさ」

「エディルさん、優しいです」

「……別に、そんなことはない」


 否定する僕だが、二人の表情は柔らかい。


「エディルの優しさってわかりにくいわよね。そう思わない?」

「きっとシャイなんだと思いますよ」

「まあ、それもエディルのいいところの一つかもね」

「居心地が悪い……」


 急な褒め殺しをされ、僕は頬をひくつかせる。


「あ、エディルもしかして照れてるのぉ~?」

「……そんなに褒めるなら、パンツを見せてくれたりするのかな?」

「えっ?」


 そうだ、なぜかわからないが僕の好感度は今上がっていっているらしい。

 ならばもしかしたら、パンツを見せてくれる可能性もゼロではないのではなかろうか。

 ……いや、ゼロではないどころか、かなりの確率で見せてくれるのでは!

 僕は二人を見据えて言う。


「パンツパンツパンツパンツ!」

「ひぇっ」

「あなたはなんで上がった好感度をすぐさま捨て去るの?」


 あれ、なんだか思っていた反応と違うぞ?

 ここは笑顔でパンツを見せてくれるところでは……?


「……パンツは?」

「見せないに決まってるわよね?」


 ふむ? 一体何が起きたのだろうか、二人の視線が瞬く間に氷点下である。

 不思議なこともあるものだなぁ。


 怪奇現象に遭遇しながらも、僕たちは噴水の前へと到着した。

 囲むように設置された長椅子に三人並んで座る。

 ルシカは霊体なので、座るといっても雰囲気だけだが。


「エディルさんの頭の中は一体どうなってるんでしょうね……」

「あたしたちには理解できない人種よね。死霊術師って皆こうなのかな」

「わ、わたし、他の死霊術師さんに会うのが怖くなってきました」

「あたしも怖いわ……。ルシカ、気を強く持ちましょうね……!」

「は、はい……!」


 なにやら意気投合するリリーとルシカ。

 僕はそんなに変なのだろうか。自分では気に入っている性格なのだけれど。

 ああ、あと一つリリーに教えておかなければ。


「リリー。一応言っておくけれど、ルシカは他人には見えてないからね」


 今のリリーは傍から見れば、誰もいないところを向いて独り言を言っている、端的に言うと危ない人だ。

 すれ違うだけの通りとは違い、噴水の周りの長椅子には他にも座っている人たちがいる。

 彼らは先程からリリーを時折ちらちらと盗み見ていた。

 その理由には容貌も少なからずあるだろうが、大半はその奇異な行動の結果だろう。

 僕はそのような視線をいくら向けられても気にしない性質だが、リリーは違うのではなかろうか。


「……もうちょっと早く言ってよ!」


 周囲の視線を自覚したリリーは顔を赤くする。

 そしてルシカは自分のせいでリリーが辱めを受けたと知り、ぺこぺこと頭を下げた。


「ご、ごめんなさいリリーさん!」

「可哀想なルシカ。理不尽な怒りを浴びてすっかり萎縮してしまって……」


 僕は憐れむ視線をルシカに向ける。

 リリー、君はなんて酷い人なんだ。


「うっ……。ち、違うの、全然怒ったりしてないよ?」


 リリーは慌ててルシカの頭を撫でる。

 その様子はまた人々の興味を引くのだが、リリーはもう気にしている様子はなかった。

 笑顔を向けるリリーに、ルシカはもう一度ぺこりと頭を下げる。


「ほ、本当にごめんなさい。……でもよかったです。リリーさんには笑顔が似合いますから」

「笑顔も似合うけれど、しましまパンツも似合うよね」

「わたしの発言を下ネタで上書きするのは止めてくださいっ」


 ルシカが頬を膨らませる。


「ごめんごめん」

「やーい、エディル怒られたー」


 ……リリー、僕が怒られた途端に妙に嬉しそうだね。


「……まあいいや。少し休んだところだし、早速ルシカのお兄さんについての情報を集めるとしようか」


 長椅子から立ち上がる。

 ここに彼女の兄がいたのは確定事項だろう。あとの問題は、今も彼がここにいるのかどうかだ。

 それを知るには近道はない。とれる手段は一つ、地道な聞き込みだけだ。

 僕たちは手近にいた長椅子の人たちに、まずは話を聞いてみるのだった。

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