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19話 手掛かり

『落ち着いたか、ルシカ?』

「うっ……は、はい。なんとか」


 数分後。

 ルシカはこめかみを押さえながら答える。ようやく少し落ち着いてきたらしい。

 どうやら先ほどまでの現象は、ルシカが思考を読み取る感受性が強すぎたことにより、脳内で僕の声が無限に反響していたのが原因だったようだ。

 感受性の強さというものも、強すぎると時には不便なんだね。

 逆にリリーはそのあたり鈍いから平気だったのか。勉強になったや。


「へくちっ! ……エディル、今あたしの悪口考えてたでしょ」


 ……リリー、君は鈍いのか敏いのかよくわからないよ。

 憑依されている状態の僕は君に見えてはいないはずなのに、よくわかるなぁ。


『ああそうだ。ルシカ、折角だから彼らに君のお兄さんについて聞いてみたらどうだい? 君が直接聞いた方が情報も引き出しやすいだろう』


 僕はルシカに提案してみる。

 なにより憑依している今の状態ならルシカが「絵」を描くことができる。

 話によるとルシカの生前の趣味は絵を描く事だったようだから、お兄さんであるアガタの似顔絵を描けば幾分か情報も得やすいだろう。


「は、はい!」


 ルシカは僕の身体でコクンと頷き、地面に絵を描き始めた。

 木の棒で描いているというのに、素人の僕が見ていても相当な上手さだ。

 才能のあるものにとっては、道具など関係ないのかもしれない。


「この人に見覚えはありますか? アガタという名前なんですが」


 描きあげたルシカは簀巻きになって荷車に詰められた男たちに絵を見せる。

 そこに描かれていたのは男らしい印象の橙髪の男だった。

 端的に言って、僕と真逆な人間である。

 ざっくりとした短髪は快活な印象で、僕とは真逆。

 朗らかな笑顔も僕と真逆。

 僕が陰だとするならば、地面に描かれた彼はまさしく陽だろう。


「た、多分今はこんな感じになっていると思うのですが、想像なので少し違うかもしれません。似ているくらいでもいいので、教えてくれますか?」


 ルシカは盗賊たちに丁寧な口調で尋ねる。

 そうか、これは昔の記憶を頼りに、ルシカなりに今を想像して描いた姿なのか。

 ……すごいなぁ。絵が描けない僕は、そのスキルに驚嘆する。

 東の方には魔道具技術の発達した国があるが、そこの写真というものと比べても遜色ない。

 ルシカのこの絵なら、当初の予想よりもはるかに捜索活動は捗るだろう。

 たとえこの男たちがアガタを知らなかったとしても、それほどの痛手にはならなそうだ。

 常識的に考えれば、彼の存在を知っている人の方が格段に少ないはずだからね。手当たり次第に当たっていくしかない。


 そう考える僕とは裏腹に、その絵を見た盗賊の半数近くが首を縦に振った。

 リリーがそのうちの一人の口元の布を剥いでやると、男は語りだした。


「もちろん知ってるよ。もう少し大人っぽい印象だったけど、多分彼のことだと――」

「ほ、本当ですか!?」


 ルシカが思わず男たちに詰め寄る。


「う、うん。この先の街のブルーテでは何年か前に結構有名人だったしね。『迷宮の踏破に一番近い男』と言われていたよ」


 どうやらルシカの兄は迷宮探索を専門とする冒険者として、その道の人間以外にも顔を知られているほどの有名人だったらしい。

 顔も良くて腕もあるとは、天とは容易くニ物を与えるものだね。

 ……いや、知りもしないのに彼の努力を否定するような言い方はよしておこう。

 僕だって死霊術を使えるようになるまでの自分の努力を否定されたら、多かれ少なかれ癇に障る。

 人にされたら嫌なことはしてはいけない。理屈ではわかってはいるけれど、これが意外と難しいものなのだ。


 そんなことを考えている間に、男は自分の知っていることを全て喋り終えたようだ。

 命を握られている状況に置かれた緊張からか捲し立てるような口調ではあったが、嘘をついているようには見えなかった。


「嘘ついたりしてないでしょうね?」


 しかし、リリーは男たちに疑いの視線を向ける。

 まあ、気持ちはわかる。

 嘘をついているようには見えないが、かといって悪事をしていた者たちの言葉をそのまま鵜呑みにするのはどうかということだろう。

 一応軽く脅しておくというのは、薄いながら効果もあると思う。リリーが怖い顔すると、本当に怖いしね。

 だけれど、今の僕たちにそって信じるか信じないかは大した問題ではないと僕は思っていた。


『真偽は街につけばはっきりする。もし嘘をついていたなら、それ相応の罰を与えればいいさ』

「ば、罰……ですか」

『とりあえず、今はブルーテに向かおう。話はそれからだ』


 そう、どうせ僕たちはブルーテに向かうことになるのだ。

 ことの真偽はすぐにわかる。もし嘘をついていたらそのときは……ね?

 まあ、多分嘘ではないだろう。これ以上彼らを痛めつけることにならないよう、僕も願っているよ。


 そういうことで、新たな情報を得た僕たちは、地竜車に乗り込みブルーテの街へと再出発した。





 それから数時間。

 段々と道も整備され始め、近くに人のいる気配がしてきた。

 街が近づいてきたということで間違いないだろう。

 そんなとき、不意にリリーが声を上げる。


「あっ!」

『どうしたんだいリリー?』


 そう問いかけるが、返答はない。


『……ああ、聞こえないんだったか。ルシカ、代わりに言ってくれないか?』

「リリーさん、どうかしたのかとエディルさんが」

「どさくさに紛れて忘れてたけど……エディル、あなたにまだ砦でのこと説明してもらってないわよ?」


 ああ、聞かれないと思ったら忘れていたのか。

 しかしそれについては、ルシカを通して話すのは少々骨が折れるな。

 煩わしいし、その上ルシカにも負担をかけてしまうだろう。


『……ルシカ、もう街も近いし地竜車のペースを落とそう。徒歩と同じくらいまで落とせば、憑依を解いても付いて来れるだろうから』

「わ、わかりました」


 地竜車の速度を大幅に落とし、ルシカの憑依を解く。

 これで僕もリリーと直接会話できるようになった。


「何か誤魔化されていると思ったのよ。さあ、説明してもらうからねっ」

「別に誤魔化していたつもりはないよ。ただ君が勝手に忘れていただけだろう?」


 僕がそう言うと、なぜかルシカがビクッと肩を跳ねさせる。


「わ、僕もすっかり忘れてました……」

「いや、ルシカは仕方ないよ。お兄さんのことで頭がいっぱいになるのも当然だ」


 長年捜していた肉親の情報が手に入ったのだ、無理もない。


「は、はい、ありがとうございます」


 僕に擁護され、ルシカははにかむ。


「……あたしへのフォローは無いの?」

「リリーは脳の容量が少ないからね。仕方ないよ」

「……それってフォロー? 罵倒じゃない?」


 首をしきりに捻るリリー。

 おやおや、心外だね。


「僕がしましまパンツを罵倒することなどあるものか」

「ちょっと!? パンツの種類じゃなくて名前で呼びなさいよっ。た、たしかにあたしはしましまパンツを履いてるけどさ……」


 リリーは若干顔を赤くする。

 そんなリリーの前で、僕は眉をひそめて耳に手を当てた。


「ん? すまないリリー。少し聞き取れないところがあった。『名前で呼びなさい』の後になんて言ったのか、もう一度言ってくれないか?」

「いいけど……。じゃあ、ゆっくり言うわよ? 『たしかに』」

「うん」

「『あたしは』」

「うん」

「『しましまパンツ』」

「うん?」

「……し、しましまパンツ」

「ごめん、よく聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」

「あたしあんた嫌いっ!」


 嫌われてしまった。

 ふと横を見ると、ルシカまでが僕に引いた目線を送っている。


「エディルさん、やっぱりただの変態さんじゃないですか……」

「ルシカ、勘違いしてもらうのは困るな。僕はただ、リリーがパンツと発音するのを何度も繰り返し聞きたかっただけだよ」

「それを変態って言うのよ! バカっ!」


 リリーは顔を真っ赤にして怒っている。

 やりすぎたかもしれないという自覚はあるので、僕は頭を下げた。

 どうも僕はこのあたりの塩梅を調節するのが下手なようだ。

 つくづく人と付き合うのは難しい。


「すまない、リリー」

「……まあ、いいけどね」


 なんだかんだで謝れば許してくれるところがリリーの優しいところだ。

 さて、このままでは話が進まないので、本題に戻ることにする。


「まあ、最初から結論だけを言っても多分理解してもらえないと思うから、順に語っていくよ。長くなるかもしれないけど、いいかい?」


 二人に尋ねると、どちらも迷わず首を縦に振ってくれた。

 ……なんだか、少し嬉しいね。


「もちろん。これから長い付き合いになるんだから、あなたのことは知っておきたいわ」


 ……リリー、さっきはなんかごめん。

 君のその優しい笑顔を見たら、なんだかすごく罪悪感が湧きあがってきたよ。


「わ、わたしもどうしたらエディルさんのような精神性の人間ができあがるかに興味があります。是非聞きたいです」


 ルシカ、君は僕のことをどんな目でみてるの?

 ……もう少し好かれるような言動を心がけようかなぁ。……多分、無理そうだけれど。


「じゃあ、話を始めようか」


 それぞれに違った思いを抱えながら、僕は誰にも語ったことのない自身の過去を語り始めた。


「……そうだな。まず、話は百年前にさかのぼる」

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