15話 エディルの実力
それから一時間ほどが経っただろうか。
案の定、僕はリリーと離されていた。
「質の良い地竜に、質の良い女。掘り出し物だぜ本当!」
僕の捕まる牢屋の前で、男は上機嫌に大声を出す。
「羨ましいね。僕にも是非会わせてもらえないかな」
「あ? はいそうですかとでも言うと思ってんのか?」
「いいや、ただ言ってみたら意外と……って可能性はゼロじゃないと思ってね」
盗賊の男は僕の答えに呆れ、僕に背を向ける。
いくら僕が牢屋の中にいるとはいえ、見張りのやることとは思えないが……まあ、僕の知ったところではないか。
相手をしてくれる人間もいなくなったので、僕は辺りを軽く観察してみる。
周囲には酒瓶が散らばり、アルコールの匂いが充満している。
火魔術でも使ったらよく燃えそうだ。
それに、通路で寝転がる輩が数人……か。
代わって部屋の中には、誰のものかもわからないような白骨が乱雑に積み上げられている。
その保存状態はかなり酷く、いたるところに損傷が見られる。
その内半分弱の頭蓋骨には、骨にされた後に蹴って遊んだようなあとが見て取れた。
これらの情報を統合すると、どうやらここの盗賊はかなり柄と質の悪い盗賊たちらしい。
随分とつまらない奴らに捕まってしまったものだ。
なんだか自分が恥ずかしく思えてくるな……。
牢の中で自分を恥じていると、耳元で声がかけられる。
「え、エディルさん。エディルさーん……!」
見ると、至近距離でルシカが口に手を当てて叫んでいた。
どうやら考えに没頭しすぎて、しばらくの間音を拒絶していたようだ。
悪いことをしたなと思いつつ、僕はルシカに尋ねる。
「おや、ルシカ。どうしたんだい?」
もちろん声は小声だ。
見張りに見つかっては面倒なことになりかねないからね。
「り、リリーさんに『情報交換のために行き来してもらいたいの』と言われまして、こうしてやってきた次第です」
ルシカは目線を僕から外しながらおどおどと答える。
おどおどしているのはいつも通りな感じもするが、やはり至近距離過ぎるのが問題なのかもしれない。
「なるほどね、たしかにそれは名案だ。彼女は頭脳も働くようで僕は嬉しいよ」
そう答え、僕はルシカに配慮して一歩距離をとってあげた。
あまり離れすぎると声が聞こえなくなってしまうが、このくらいならまだ問題はないだろう。
すると、ルシカが肩を下げる。上がっていたことにも気が付かなかったが、やはり少し緊張状態にあったようだ。
距離をとってよかった。緊張も幾分かほぐれたようだし、顔だけでなく全身が見れるようになったし。
ルシカが美少女とはいえ、僕の興味はパンツが一番だからね。
絶世の美女であるルシカがワンピースの下にあのフリルの白いパンツを履いていると思うと、気持ちが上向きになるよ。
「あ、あの……聞いてます? エディルさん」
「すまない。少し考え事をしていた」
そうだ、今はそれどころではない。
僕はルシカの話に耳を傾ける。
「そ、それで、この砦の情報なんですが、内部にいる盗賊は大体五十人ほど。その内起きてるのは二十五人前後で、残りは泥酔状態。その他に市場へ売りに出すことを目的にしていると思われる子供たちが十数名、あとはわたしたちといった感じです」
「なるほどね」
続けてルシカから情報を受け取る。
それによると、僕の部屋とリリーの部屋との位置関係は丁度反対側のようだ。
そして僕の隣の牢屋には、どうやら子供たちが収容されているらしい。
通りで先ほどから泣き声が聞こえると思ったわけだ。
「あと、リリーさんの部屋の近くに一部屋、わたしが立ち入ることのできない部屋がありました」
「……へぇ。こんな砦にか」
僕は少し驚く。
「そこはきっと、内側から対魔術師用の護符で結界でも作っているんだろう。あまりお目にかかれるものではないけれど……そこには何か盗賊たちにとって大事なものがあるのかもしれないね」
魔術は種類も多岐にわたり、中でもルシカの言う『護符の部屋』に貼られている護符は、その大部分に対応しているものなはずだ。でなければ死霊術のようなマイナーな魔術までカバーできているはずがない。
そうなると、相当高い護符を使っているということになる。
仮契約中の霊魂には攻撃力が皆無だから、護符を破ることはできない。
これが実体化したリリーならまた話は別なのだけれど……というか、実体化した時点で対魔術用の護符の影響下からはもれなく外れるのだけれど、こればかりは無い物ねだりだ。
まあ、とりあえず今はその『護符の部屋』のことは考えなくてもいいだろう。
「ありがとうルシカ。とてもわかりやすかったよ」
「は、はい……そ、それとですね」
そこまで言ったところで、ルシカは言い淀む。
彼女の目線はこちらを窺うように、チラチラと何度も床と僕とを往復した。
その目線の動きに伴って、緩くカールしている白髪が僅かに揺れる。
「何かあるなら言ってほしい。怒ったりはしないからさ」
「は、はい……リリーさんを見る盗賊の目がこう、その……あまり良いものではなくて、できれば早く助けてあげて欲しいと思うのですが……」
「……わかった。感謝するよ、ルシカ」
ここまでルシカが言いよどんだということは、もしかしたらリリーに口止めされていたのかもしれない。
彼女は気丈な人間だ。僕にいらぬ心配をかけぬようにと、余計な気を回す可能性は充分ある。
それでも自分の判断で僕にその情報を伝えてくれたことに対して、僕はルシカに感謝した。
僕は通路を見る。
つまらなそうな顔で呆けた顔をする男が視界に映った。
それを見て思う。
普段なら僕にできることなど何もなく、リリーを見殺しにしてしまったときと同じ無力感を感じていたところだっただろう。
しかし、ここならば話は別だ。
盗賊たちは彼ら自身の躾の悪さ故に、僕に武器を与えてしまった。
……死霊術師の前で死体を放っておくなんて、使ってくださいと言っているようなものだろう?
「じゃあ、脱出といこうか」
僕は手錠の付けられた手を床に付け、その場で立ち上がった。
当然、その行動を容認する見張りではない。
「お、おい。何を立ち上がってやがる! 妙な真似はするな!」
男の声も聞かず、僕は埒外のものを見つける。
「なるほど、通路にもいるね。これは僥倖」
立ち上がり視点が変わったことによって、今まで見えなかったものが見えるようになった。
それは骨。
牢屋の中だけでは飽き足らず、通路脇にも死者の骨が乱雑に置かれていたのだ。
これは予想以上にイージーな展開になりそうだ。
「おいてめえ、聞いてんのか!」
無視を続ける俺に憤慨したのか、男は隣の牢屋に入っていく。
そして、まだ年端もいかぬ少年の首根っこを掴んで再び僕の前へと現れた。
「それ以上下手な真似してみろよ。そんときゃあコイツを殺すぞ! いいのか?」
そんな男の行動に、僕は心底首をかしげる。
「? 僕と彼らにどんな関係が?」
つい一時間前にも思ったが、何故に見ず知らずの子供を脅迫のタネにするのだろうか。
そんなもので僕が止まると思う理由がイマイチわからない。
そもそも僕と彼らの間には、何の関係性もありはしないというのに。
「なんだと……? おい、てめえには人間の心がねえのか!?」
「おいおい、盗賊の君がそれを言うのかい?」
「てめえ……茶化してんじゃねえぞ!」
少年の首元にナイフを突きつける男。
僕はそれを、牢屋越しにただ冷静に見つめていた。
「それに、もしその子たちが死んだら生き返らせてあげるよ。僕にはそれができるし、そのくらいの良心はある」
さすがに目の前で死なれるのは些か目覚めが悪い、という程度の感覚は僕も持ち合わせている。
もしもこの世に未練があるのなら、霊魂は成仏せずにこの場に残り続けるだろう。
そんな風に生に執着する子の魂ならば、顕現させるのもやぶさかではない。
「生き返らせる? ……さてはお前、死霊術師か!?」
「へえ、中々勉強はしているんだね。なら、僕ができることにも心当たりはあるのかな?」
僕はチラリと通路脇の白骨を見た。
その視線を追った男の顔色が変わる。
「なっ……て、てめえまさか……!」
「そう、死者の身体を操る。死霊術の基本だね」
突如として視線の先の白骨が立ち上がる。
数年振りか、十数年振りか。
幾年かの時を経て再び動き始めたその身体に、肉はない。
ただの骨のみが、僕の魔力を関節代わりに蠢いていた。
そしてその骨は見張りの男を押さえつける。
僕はそれを見ながら、続いて牢屋の隅の白骨にも魔力を分け与えた。
こちらの白骨は右肩辺りの骨がなく頭蓋骨もかなり凹んでいるが、問題はない。
尋常ならざる力で、白骨は牢屋の檻をひん曲げる。
「ば、化け物……」
骨に押さえつけられた男が呆然と声を出した。
今僕が行っているのはリリーやルシカに施したような顕現とは全く違う。
ただ死者の身体を操作し、操縦しているだけ。
そしてこれこそが死霊術師が戦時に重用される理由だ。
僕を除いた普通の死霊術師は、死者の魂を『顕現』できるのはせいぜい二人が限度。しかし、死者の身体の『操作』だけなら五十人くらいはできる。
一人で五十人分の戦力になり、その上死体はいくらでも補充可能。これが戦時における死霊術師の一番の強みだ。
「僕が言うのもなんだけれど、死者を愚弄するのは程々にしておくべきだったね。彼らをきちんと埋葬していれば、僕など蚊程の力しか持たなかったというのに」
「やめろ、やめてくれ! 金なら、金なら払うからっ!」
半狂乱に陥った男は大きな声を出す。
これではじきに異変に気付いた仲間がやってきてしまうだろう。
もう少し早く片づけるべきだったか。
そんなことを思いながら、僕は男に言葉を告げる。
彼と言葉を交わす気はない。こちらからの一方的な口上だ。
「僕はエディル。エディル・クリストファー。冥土の土産に覚えておくと良いよ」
それだけ言って、僕は男から目線を切った。




