14話 物騒
「な、なんだか、物騒な道になってきましたね……」
崩れていた橋に、回り道を決めてから一時間。
僕たちの進む道は段々と、『道』としての機能を持たないものに変わっていた。
地竜が通れるギリギリの幅しかないような道を僕たちは進む。
日が落ちてきたこともあり、辺りにはなんとなく不気味な雰囲気を感じる。
「……どうやらこちらの道は外れだったようだね」
回り道を右からするか、左からするか。
僕たちは右を選んだのだが、この分だと左を選んだ方が良かったのかもしれない。
もちろん左を選んでどうなったかという結果は知る由もないのだけれど、やはり少し思うところはある。
「運がないわね、エディル」
「僕は幸運に恵まれているはずなのだけれどね。なにせ、君やルシカと出会えたのだから」
そう言うと、リリーはギョッとこちらに身体ごと向き直った。
「な、なんで急に口説き始めるの!? 意味わかんないわよ、まったく……」
「なんだ、照れているのかい?」
「照れてませんー」
そう言ってぴゅうぴゅうと下手な口笛を披露するリリー。
なるほどね。
「……なあルシカ、どう思う?」
「そうですね……これは確実に、照れているかと」
「ちょっとルシカ!?」
リリーの訴えには耳も貸さず、僕たちは続ける。
「やはりか。前々から思ってはいたが、リリーは初心だな」
「で、でも、そういうところも可愛いと思います」
「一理ある」
ルシカもわかっているじゃないか。
君を顕現して良かったよ。
「いつの間にかルシカががっつりエディルと意気投合してる……」
「い、意気投合なんてしてませんよ。ただリリーさんが可愛いって話です」
「あ、ありがと?でいいのかしら?」
「僕に聞かれてもな」
僕に聞けば正解がわかるとでも思っているのだろうか。
だとしたら過大評価もいいところだ。
リリー、一つ言っておくが、僕に人の気持ちはわからないぞ?
「というかルシカ、僕たちは意気投合していなかったのか?」
「しょ、初対面の印象が強すぎてまだ……すみません」
そう言ってルシカは頭を下げてくる。
まだまだ距離はあるようだ。
先程のやり取りで、そろそろ憑依くらいならできるようになったのではないかと思っていたが、この分ではそれもまだ無理かもしれないな。
「謝ることないわよルシカ。普通あんなあられもない姿を見られたら、とりあえず二、三発は殴っちゃってもおかしくないもん。ルシカは大分優しい方だわ」
「とりあえずで殴るのは止めて欲しいけどね」
「ならそのパンツへのこだわりを捨てるのね」
やれやれ、平行線だなぁ。
「あ、何か見えてきましたよ!」
「本当ね。あれ、なにかしら?」
しばらく進むと、灰色……というよりくすんだ白の建物が見えてきた。
一見すると砦に見える。
大きさはこんな人のいない場所にしてはかなり仰々しく、百人や二百人は入ってもおかしくなさそうだ。
「僕にもよくわからないね。ただ、この立地を考えるとおおよその見当はつくけれど」
「な、なんなんですか?」
「こんな風に荒れていて、それでいてなおかつ通れなくはない道。場所は街と街の中間地点。近くには川も流れていて水の心配もなし。……まあ十中八九、盗賊やらの根城ではないかな」
「盗賊ぅ!?」
リリーが大きな声を上げた。
僕は自分の唇に指を当て、リリーに注意を促す。
「リリー。あまり大きな声を上げると、彼らに僕たちの存在が露見してしまう」
「あ、そ、そうよね。ごめんなさい」
「君は冒険者時代にああいった輩を相手取ることはなかったのかい?」
「主に魔物を相手してたから、人間相手はあんまり……」
「なるほどね」
たしかにそういう冒険者も多いと聞く。
人間を殺す感覚が嫌で魔物を専門にしているだとか、逆に人を殺したくて冒険者になったなんてネジの外れた人間もいると聞いた。
だからリリーが盗賊を相手したことがないのも、そこまで変なことではない。
「で、でもどうするんですか? また回り道しますか?」
「それしかないだろうね。わざわざ盗賊を倒して進むというのは利口じゃない。大体、僕はほとんど戦えないしね」
「だ、大丈夫でしょうか。バレたらと思うと、わたし……」
ルシカは手を震わせる。
そんなルシカを気にかけたのは、リリーだった。
「不安に感じる必要はないわよ、ルシカ。いざとなればあたしがあなたを守ってあげるから」
僕よりもよほど男らしいことを言うリリー。
さすが冒険者をやっていただけあって、その言葉にも重みを感じる。
「それ以前に、今のルシカは霊体だからね。相手に死霊術師がいないかぎりは心配いらないよ。ということでリリー、君はぜひとも僕を守ってくれたまえ」
僕自身の戦闘能力は下の中といったところだ。とても盗賊には敵わない。
そう思ったのだが、リリーはジトッとした半目を僕に向けてくる。
「あなた、男のプライドみたいなものはないの?」
男のプライド。
プライドか……。
「それならその昔、金欠に喘いで市場で売ってしまったよ」
「なら、お金持ちの今なら買い戻せるんじゃない?」
「僕のプライドはどうやら大人気らしくてね。人の手を渡りすぎて今ではどこにあるやら……」
不服そうにジトっとした目を向けてくるリリーに、先ほどの彼女の真似をして口笛を吹く。
すると、リリーはぷっと吹きだした。
飄々と躱す僕に、呆れながらも笑いかけるリリー。
「……まあ、そのくらいの方がエディルらしいといえばらしいのかもね。大丈夫、あなたはあたしが守ってあげるから」
「それはありがたい」
自分で言うのもなんだけれど、リリーはよく付いてきてくれる気になるものだ。
勘違いしないでほしいのだが、僕は自分が好きだ。
他人に褒められたことのない性格も自分では良いと確信しているし、顔もそこそこ気に入っている。
ただ、自分みたいな人間と関わるのは絶対にごめんだ。だって凄く面倒くさそうじゃないか。
そんな当の本人でさえ受け入れられないような性格の僕に付いてきてくれると言いうのは、本当にありがたいというか何というか……。
「リリーは変わってるよね。君が変人で助かったよ」
「それは褒めてるの? 貶してるの?」
おや、怪訝そうな顔をされてしまった。
「もちろん褒めてる」
「わかりづらいことこの上ないわね……」
どうにも感謝の気持ちがあまり伝わった気がしないが、今はそれなりに緊急事態だ。
優先すべき事柄は他にある。
「まあ、とにかく見つかる前に迂回しようか」
僕はそう言って、地竜を操り右へと進路をとる。
その時だった。
進路を変えて踏み出した地竜の足先が何かに引っかかり、大きな金切音が辺りに鳴り響く。
そのあまりの音の大きさに、訓練されているはずの地竜たちでさえ一瞬で興奮状態に陥ってしまう。
「罠よ! エディル、早く逃げなきゃ!」
「それはわかっている……わかっているが、この地竜の状態では……!」
地竜のコントロールがまるで効かない。
無理もない、さきほどの音は地竜が特に苦手としている音だ。
つまり、この罠が想定している相手はまさに僕たちのような地竜に乗った人間。
「あ、あわわわわ!」
余りの状況に、ルシカなどもう言語を話す能力を手放してしまった。
「仕方ない、地竜を手放す」
僕はそう決断し、地竜から飛び降りる。
リリーとルシカも僕に続いた。
幸いにして砦からここまでは少しの距離がある。
砦の方向から何人かがこちらに走って来るのが見えるが、それでも落ち着いて行動すればまだ逃げ切れるはず――
「ちょっと待って」
そんな思考を、リリーが遮る。
「……最悪よ。後ろからも来てるわ」
リリーの言葉に従って後ろを向くと、そこには四匹の地竜に引かれた大きな地竜車の姿があった。
しかも地竜の重要な器官である耳を切り落としている。
索敵能力と地竜の寿命をある程度落とすことを是として、代わりに罠の効力を受けなくしているということだ。
確実に砦の盗賊たちの一味とみて良いだろう。
僕たちの前で停止した地竜車から、何人もの男たちが下りてくる。
揃って頭にバンダナを巻き、人相の悪い顔をしていた。
「丁度獲物を捕らえて帰ってきてみりゃあ、これはこれは。獲物が二匹増えたな。今日は大量だぜ」
一人が凶悪な笑みを浮かべる。
しかし、それにひるむ僕たちではない。
特にリリーは、すぐさま臨戦態勢をとっていた。
「あたしたちがそう易々と捕まると思ったら――」
しかしそんなリリーの前で、男の一人が竜車から子供を引きずりだし、首元にナイフを当てる。
「抵抗したらコイツらの命はねえぞ?」
下卑た笑みを浮かべる男と、恐怖で顔を青白くする子供。
それを見たリリーに、もう戦うという選択肢は取れなかった。
「くっ……卑怯よ、あなたたち!」
「ハハハ、盗賊に卑怯は褒め言葉だぜ、お嬢ちゃん」
……これは、どうやら駄目そうだな。
リリーが戦力として計算できなくなった今、僕たちがこの男たちから逃げ切る算段は到底つかない。
せめてできることをしようと、僕は傍で呆然と浮いているルシカに小声で言う。
「……ルシカ。もし僕とリリーが別れさせられることがあれば、君はリリーについて行ってやってくれ。彼女が心配だ」
死霊術師は貴重だ。盗賊風情に身をやつしている可能性はほとんどないと言って良い。
つまり、ルシカは僕とリリー以外のこの場の誰にも見えやせず、したがってその存在が盗賊たちに認知される危険も極めて低い。
一人だと心細くなることもあるだろうが、仲間が入ればリリーも幾分かは気が休まるはずだ。
「わ、わかりました……!」
ルシカが神妙な顔で頷いたのを見て、僕はにこりと笑う。
こんな状況だからこそ、少しでも平常心を保たねば。
盗賊の男たちは僕とリリーの手足を縄で縛り上げた。
その縛り方はかなりきつく、僕は少し顔をしかめる。
僕はともかく女性のリリーにする行いではない。そう思ったが、横目でリリーを見たところ平気そうな顔をしている。
やはり冒険者だけあって、ある程度痛みに耐性はあるようだ。
「さあ、こっちだ。ついてこい」
……にしても、随分と面倒なことになったものだ。
屈強な男に縄を引かれながら、僕は小さく息を吐くのだった。




