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13話 移動

「よし、準備はできたね」


 数日後。

 僕たちはすでに街を離れる準備を済ませていた。


 目的の街までは徒歩での移動だと数日間を要するために、前もって地竜車も購入済みだ。これならば一日とかからずに移動できる。

 地竜車というのは、地竜という魔物に荷車を引いてもらうことで移動する交通手段のことである。

 地竜は数少ない人間が飼いならすことのできた魔物であり、そのエサは草から木、肉、果ては人間の食料まで非常に多岐にわたる。

 ストレスにも強く、環境の変化にも強い。まさに人間にとっては必要不可欠な魔物だ。


「こ、これに乗っていくんですか……?」


 そんな地竜に、ルシカは戦々恐々といった様子だ。

 地竜はものものしい見た目をしているし、その気持ちもわからなくはない。


「大丈夫、心配しなくていいわよ。あたしも何度か使ったことあるけど、基本的にはとても大人しい魔物だから」


 対してリリーは地竜車に乗った経験があるようで、落ち着いている。

 冒険者だったからには街を移動しての依頼なども少なくなかったのだろう。


「リリーの言う通りだよ。……でもその前に、少し細工を凝らさないとね」


 僕は地竜車の荷車部分に乗り込み、魔力を込めた護符を四方に張り付けた。

 そして再び外に戻る。


「なにしたの、エディル?」

「護符を張ったんだよ。ルシカは物に触れないから、そのままだと地竜車の壁も通り抜けてしまうだろう? この護符を貼れば、ルシカが置き去りになることはなくなるんだ」


 僕がそう説明すると、リリーは眉をひそめた。


「……あたしの時はなんでしてくれなかったの?」


 どうやら軽い不服を買ってしまったようだ。

 ここはしっかりと弁明しておかなければ。僕はリリーのことを軽く見ていたわけではないのだ。


「『仮契約中は首輪以外に触れない』という死霊術の理を曲げるような効果の護符だからね。消費魔力が尋常ではない。適用範囲的にもこの部屋くらいが限界だし、それなら憑依の方が段違いで効率がいいんだよ。ただ、憑依のためにはある程度僕に心を開いてもらう必要があるから……」


 僕はちらりとルシカを見る。

 あのあと何度か憑依を試して見たのだが、いずれも失敗に終わった。


 さきほど心を開いてもらう必要があると言ったが、それはあくまで一般の死霊術師の場合だ。

 僕の手にかかれば、心を固く閉ざしている者以外なら憑依されることができる。

 そしてそんな僕の腕をもってしても失敗するということは、つまりそういうことだ。

 どうやら僕のファーストコンタクトは、ルシカに相当の警戒を持たせてしまう結果になってしまったらしい。


「わ、わたしのことを考えてくれて、ありがとうございます」


 ルシカは僕に言う。その表情は本当に感謝しているようにしか見えない。

 警戒されているだけで、嫌悪感を持たれているわけではないのがせめてもの救いだ。

 ここから新たに信頼関係を作っていけば、憑依に成功する日も遠くはないだろう。

 そう思いながら、僕はルシカに応える。


「いやいや、僕は常に君とリリーのことを考えているよ。正確に言うと、君とリリーのパン――」

「折角いい感じなのに、それ言ったら台無しよ?」

「……」


 リリーの言葉にすかさず僕は口を噤んだ。

 たしかに彼女の言う通りだ。これから信頼関係を作って行かねばならないというときに、パンツの話はふさわしくないかもしれない。


「それでいいのよ、やればできるじゃない」


 リリーは口の端を上げて僕に言う。

 僕はリリーに感謝した。こういうところで気遣いをしてくれるのはありがたい。

 彼女を最初に顕現できたのは、僕の人生の中でも五指に入る幸運だった。


「あ、あの、リリーさん。今エディルさんは何を言おうとしてたんですか?」

「あたしとルシカのパンツのことを考えてるって言おうとしたのよ。でもそれはさすがにルシカも引いちゃうでしょ? だからあたしが止めてあげたの」

「うん、その通りだ。現在進行形で君が全て喋ってしまったけどね」

「……あっ」


 このうっかりさんめ。

 それを聞いたルシカの反応は――


「ひぃぃっ……」


 ――当然、こうなる。


「ご、ごめんエディル……」

「いや、元はといえば僕の責任だから。だけど……」


 彼女と心を通わせることができる日は来るのだろうか。

 ……なんとなく、来そうにないのだけれど。







 人間関係の不安を抱えながらも地竜車に乗り込み、街を発った僕たち一行。

 その道中は特に問題も起きず、順調そのものだった。


「目指す街の名前は何だったかしら」

「ブルーテだよ。ここから少し先に橋が見えてくる。そこを渡ればすぐそこだ」


 僕は手綱を握りつつ、リリーに答える。


「は、はやいですね……」


 ルシカは地竜の速度に圧倒されながら、呆然と窓の外を見ている。

 たしかに何度も地竜に乗ってきた僕にしても、この地竜の速度は中々だ。


「街で一番の地竜を買ったからね。高いだけあって、速度も安全性もピカイチだ」


 出費を惜しまなかった甲斐があった。

 安かろう悪かろうは全世界共通の道理だね。


「え……? そ、それじゃすごい出費なんじゃ……わ、わたしのためにそんなご迷惑をおかけしてしまって――」

「いやいや、いいんだよ。お金なら腐るほどあるんだ」


 また頭を下げようとするルシカを前もって制す。

 申し訳なさそうにされてしまうと少々こちらも居心地が悪い。

 できれば喜んでほしかったのだけれど……まあ、そう上手くはいかないのが人間関係というものか。

 焦りは禁物だね。


「前々から気になってたんだけど、あなたどうしてそんなにお金持ってるの? ……あ、もちろん言いにくかったら大丈夫だけど」

「過去に少し大きな仕事をこなしてね。それに死霊術師の流出を恐れてか、毎年国からも多少の額が入って来るんだ。大体リリーが冒険者として一年に稼いでいた額の……うーん、十倍くらいかな」

「……十倍のお金が、何もしなくても懐に入って来るの?」

「まあ、そういうことになるね」


 それを聞いたリリーは赤い目を丸くし、そしてぼそりと言う。


「あたしも死霊術士になろうかしら……」

「面倒なことも多いから、オススメはしないけどね」


 リリーも本気で言っているわけでもないんだろうけどさ。




 そのまましばらく行くと、先ほど話にでた橋へと差しかかった。

 ここを越えればもうブルーテの街はすぐそこなのだが……。


「……参ったね、これは」


 渡るべき橋は、無残にもその原形を留めてはいなかった。

 残骸の木柱があたりに何本か散らばっているだけで、こちらとあちらを繋ぐはずの橋はどこにも見当たらない。


「橋なしでここを渡るのは……無理ね」


 リリーが下を覗き込みながら言う。

 すぐ下は崖になっており、二十メートルほど下に大きな川が流れている。

 さすがにここから飛び降りるのは現実的ではないし、もし飛び降りたとしても、あちら側もまた断崖絶壁だ。登れるとは思えない。


「……仕方ない、少し遠回りをしよう」


 現実的にここを渡る方法がない以上、ここにいくら留まっていても仕方がない。

 国の整備も行き届いていないような場所では、全て自分の責任で決断を行うしかないのだ。


「わ、わたしが兄に会いたいなんて言ったせいでその、すみません」

「いや、君のせいじゃないよ。むしろ君のおかげだ」

「へ? わ、わたしのおかげ?」


 ルシカがきょとんとした顔をする。

 申し訳なさそうにしているよりはよほど年相応で可愛らしい。

 そんなルシカに、僕は言う。


「ああ、君のおかげだ。なあリリー」

「そうね。こんな風に落ちた橋なんて、中々見れるものじゃないもの。ルシカのおかげで珍しいものが見られたわ」


 さすがはリリーだ。僕の言いたかったことを的確に感知してくれる。

 僕たちの言葉を聞いたルシカは一瞬固まった後、僅かに口角を上げた。


「お二人は、優しいんですね。……わたし、エディルさんに顕現させられてよかったです」

「お褒めに預かり光栄だよ」


 僕も微笑みを返す。

 それを見たリリーが告げ口した。


「こんな聞こえの良いこと言ってるけど、エディルの頭の中はパンツのことだけよ。ルシカ、騙されちゃ駄目だからね?」

「おいおい失礼だな。パンツだけじゃない、君たちのこともしっかりと考えているさ」

「本当ぉ?」


 リリーはからかうように片頬を上げる。


「本当さ。その証拠に君が履いているパンツを僕は覚えている。しましまパンツだ」

「なっ……!? そ、それはいま関係ないでしょうが!」


 そんなやり取りを見ていたルシカは頬に両手を当てる。


「しましまパンツなんですね……可愛い」

「ちょっとルシカ!?」

「あ、ご、ごめんなさいっ! ついっ!」


 頭をぶんぶんと下げるルシカ。


「いや、まあいいけど……あなた、そういう趣味なの?」

「ち、違いますっ! わ、僕はただ、可愛いものが好きなだけで……」

「リリーがしましまパンツを履いていることを可愛いと思えるその感性……君を顕現してとてもよかった」


 僕は何度も深く頷きながらルシカを見る。


「あ、ど、どうも……?」


 どうやら想像よりも早く打ち解けることができそうだ。

 僕はこの不測の事態に少しだけ感謝するのだった。

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