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12話 法を超えるもの

「初めまして、ルシカ・ウィット。僕はエディル・クリストファー、死霊術士だ。戸惑っていると思うけれど、まずは話をしようじゃないか。なに、君にとっても悪い話じゃないよ」

「え、え……?」


 僕の声掛けに、純白の髪をゆるくカールさせた少女――ルシカは戸惑ったような顔を浮かべる。

 無理もない。霊魂には原則として、死んでから顕現するまでの意識はないのだから。

 つまり今の彼女は、死んだ直後にこの場所にタイムスリップしてきたような心境なのだ。


 ルシカは気持ちが落ち着くより前に自分がパンツしか履いていない状態に気づいてようで、目を白黒させた。


「わ、わたし裸……!?」

「ああ、気にしないでいいよ。とても綺麗だから」


 主張しすぎていない身体が純朴そうな顔の印象ととてもマッチしている。

 僕の興味はパンツにしかないが、そんな僕をもってしても、この子はパンツ抜きでも充分魅力的だとわかるほどだ。


「~っ!?」


 ルシカの顔がみるみるうちに紅潮する。

 雪のような肌と赤みがかった頬は、まるで雪景色と太陽のように思えた。

 そしてその雰囲気を決して邪魔せず、さらに際立たせるは白のパンツ。


「素晴らしい……!」


 僕は感嘆の声を上げる。


「頭の中で着る物を思い浮かべるの、そうすれば服が出てくるわ。とりあえずこの馬鹿はあとで一発殴っとくから心配しないでね」


 リリーがルシカに服の出し方を教える。

 そしてなぜか、いつの間にか僕が殴られることが決定事項になっていた。一体僕が何をしたというのだろうか。


「僕は穢れを知らない美少女がパンツだけを身に付けている姿を、ただ自らの欲望の赴くままに鑑賞していただけだというのに……」

「どう考えても犯罪だからねそれ?」

「法律というのは時代や国によって様々に移り変わってゆく。そのような流動的なものに囚われるほど、僕のパンツへの情熱は軽くないつもりだよ」


 法に触れる? だからどうした。

 そんなことで僕は止められやしないさ。


「もうあなた捕まりなさいよ」


 それは酷過ぎやしないかい?




 十秒も経てば、ルシカは自らの思い描いた服をその身に纏うことに成功した。

 服装は白のワンピースだ。肩に紐を通し、腰にはベルトを巻いている。

 とても爽やかで清純な衣装で、似合っているとは思う。

 思うが……やっぱり、パンツだけの方が僕は好みだ。

 そんなことを思っているとリリーが睨んできた。

 僕が思っていることが分かったのだろうか、女性の勘とは恐ろしい。


「あ、あの、ありがとうございました……ええっと……」


 ルシカはおどおどと上目遣いでリリーを見る。

 それで察したようで、リリーはルシカににこやかに笑いかけた。


「あたしはリリー。リリー。エーレンフェルスよ。よろしくね、ルシカ」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げるルシカ。

 どうやらリリーの印象は大分良いようだ。

 どれ、続いて僕も挨拶をするとしようか。


「僕はエディ――」

「ひぃぃ、ご、ごめんなさいっ!」

「……」


 僕は呆気にとられて、目の前で謝るルシカを見る。

 怖がられた……と、いうことだろう。胸が痛い。


「随分嫌われたわねエディル。まあ自業自得だけど」

「僕はこう見えて繊細なんだ。とても辛い……」

「どうせまた演技でしょ?」


 リリーまで僕にきつく当たって来るというのか……。

 僕はなんとか心の平静を取り戻すため、コートのポケットに入れていたパンツを無造作に取り出し眺める。


「ふぅ、ふぅ……!」


 そしてパンツ越しに息を吸い込んだ。こうすることで、僕の肺の中にはパンツが充満するのだ。

 これでなんとか耐えきれる……。


「な、なにやってるんですかあの人……! パンツを鼻に当ててふぅふぅ言ってます……怖いぃぃ……!」


 ま、また怖がられた……。

 駄目だ、折れるな僕! 全神経をパンツに集中するんだ!


「ふぅ! ふぅ!」

「ひぃぃ!」

「ふううううううっ!」

「ひいいいいいいっ!」


 僕たちは交互に声を上げ続ける。


「……あなたたち、なんか逆に気が合いそうね」


 リリーは呆れた顔でそう言うのだった。





「じゃ、じゃあ、エディルさんがわたしを顕現させてくれたってことですか……?」

「まあ、そういうことになるね」

「あ、ありがとうございます」

「うん、どういたしまして」


 事情を話してようやく少しは話を交わせるようになったが、やはりまだまだ固い。

 僕自身人と話すのが得意ではないから、距離の縮め方もよくわからないし……困ったな。


「つまりルシカは『未練』を断ち切れれば自由の身になれるってことよ。ね、エディル?」

「……ああ、リリーの言う通りだ」


 リリーは気の回る素晴らしい女性だ。

 僕は感謝しながらリリーに頷いた。


「じゃあ、君の未練を聞こうかな。ルシカ・ウィット」

「は、はい……。わたしの未練は、兄のアガタ・ウィットのことです」


 ああ、あれは兄のことだったのか。意を決した表情で語られた言葉に僕は一人得心する。

 僕がこの街に着いた当初から、懸命に誰かを探し回っている姿を何度も見かけた。

 だからきっと、その人に強い思い入れがあるのだろうと思ってはいたのだ。

 僕は何も事情を知らないなりに、その人が見つかればいいなと思っていた。


 その彼女が地竜車との衝突事故で死んでしまったと知ったのは、事故の三日後――つまり、昨日のことだった。

 別に僕になにかできたわけではなかっただろうが、それでも足は自然と霊安所へと向かっていた。

 僕のした行為は、もしかしたら偽善なのかもしれない。だが、別にそれでも構わない。

 彼女は未練を晴らす機会を得、僕はパンツを見る機会を得る。まごうことなきウィンウィンの関係であるからだ。


「それで、どういう未練なのかな?」

「わたしには、兄がいるんですが……子供のころに、両親の事情で生き別れてしまったんです」


 ルシカは自身の過去を語り始める。


「十五歳で成人したのを機に、わたしは路銀をかき集めて旅に出ました。兄にどうしても会いたかったからです。ですが兄も見つからないままお金も尽きてしまい、一旦お金を溜めつつ兄を探そうと思い、この街に宿をとりました。その矢先に地竜車と激突してしまって……」

「それは……気の毒ね」


 リリーが言う。

 ルシカは無言で、寂しそうに少し笑った。


「つまりルシカ。君の未練は『兄であるアガタ・ウィットと会うこと』ということだね」

「は、はい、そうです」


 ルシカはコクンと頷く。


「それって何か手がかりはあったりするのかしら。今どのあたりにいるか、みたいな」

「わたしは母に引き取られたんですが、兄は父に引きとられたんです。何度か届いた手紙の中に、たしか『街の中央の広場にある噴水がとてもきれいで――』みたいな文言があったのを覚えています。ただ、肝心の街の名前を書くのは父に禁止されていたのか、一度も……」


 それを聞いたリリーの表情が渋くなった。


「中央広場に噴水がある街か……。一応聞くけど、どこの国かもわからないのよね?」

「はい……すみません……」


 申し訳なさそうにしゅんとするルシカに、予想外の反応に若干慌てるリリー。

 そんな二人に僕は言う。


「いや、今のでかなり絞れたよ。僕の知る限りでは、噴水というのはそこまで多くの街にあるものではない。継続しての運用にはかなりの魔力が必要だからね。となると、必然的に大都市の可能性が高くなる」


 世界中を回った経験がこんなところで活きるとはね。

 もちろん全ての都市や街を回ったわけではないが、何の指針もなく彷徨うよりはよほど効率的にはなるはずだ。


「とりあえず、地理的に手近なところから順に行ってみるとしよう。それでいいかな、ルシカ」


 僕はルシカに尋ねる。

 するとルシカは目をぱちくりと瞬かせた。


「えっと、わ、わたしはもちろんいいですけどその……い、いいんですか?」

「ああ。僕は君が未練を晴らすことができるよう、全面的に協力させてもらうよ」


 僕は『顕現させた霊魂の未練は必ず断ち切る』と自分自身に誓っている。

 顕現させて希望を持たせるだけ持たせ、未練を断ち切るのが困難だとわかったらぽいっと仮契約を解除するような有象無象の死霊術師とは違うのだ。

 『吐いた唾は飲めないし、履かせたパンツは脱がさない』――これが僕、エディル・クリストファーの美学である。


「優しいじゃない、ルシカのためにそこまでするなんて」

「あれだけ見事なパンツ姿を見せてくれたんだ。僕も責を果たすのは当然だろう?」


 僕は黒のハットを指でクイと持ち上げ、ルシカにウィンクした。


「決め顔してるところ悪いけど、そんなに格好いいこと言ってないわよ?」


 君は酷いなリリー。

 まあいい、今はルシカにだけ気持ちが届けば――


「ぱ、パンツ姿って……ううぅ、恥ずかしいです……」


 ……うん? 僕はどこで選択肢を間違えたのだろうか。

 振り返ってみるが、何も思い当たることはなかった。

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