夢の記憶
ガタン……っ
しん…と静まりかえった中、机を叩いた音が響き渡る。
「これが一番楽な方法なのよっ!
これが最良の方法なの…っ!
あたし達全員が束でかかってどうにかなる事じゃないでしょ?
…これが…一番いいのよ!」
漆黒の髪をポニーテールに結んだ女性が、対峙している四人に向かって言い放った。
そんな中、彼女の気持ちを知ってか知らずか、彼女の意見を即座に否定する者がいた。
「私は、嫌よ?
あなた一人に全てを任せるなんて。」
スラリと背の伸びた、黄金色の髪をした女性が、腰まではあろうかという長い髪を鬱陶しそうに振り払いながら、目の前に存在するもう一人の長い髪の女性に向かってそう言った。
「僕も同感です。貴女に全てを押しつけて、自分は楽になる──。
そんなふざけた事…
僕は絶対にしたくありません」
金髪の女性のすぐ隣にいた男性が、その女性の意見に賛成する。
水色のその髪は長く、根本で一つに結わえている。
ポニーテールの女性の意見を、彼らは覆したいらしい。
口々に口論を述べている。
「あたしもだよー。大体そんなことして、この中の誰が喜ぶっていうの?」
「確かに…な。
それによ、これは各自で持ってた方が安全だと思うぜ?
一人で宿しちまったら、きっといつか暴走するに決まってんだ…。
んな危ない橋、お前一人に渡せらんねぇよ」
女性の周りにいた、少しばかり皆より背の小さい…
肩で髪を切りそろえている女の子と、意思の強い瞳を持った少年が、二人の意見に、さらに意見を加えた。
(──…ん? あそこにいるあれは──…?)
「でも、それしか残された道はないじゃない!
こんな馬鹿げた事につき合わされるのは、あたし一人で十分よ」
「その意見にゃ乗れねぇよ。
自分の後始末くれぇ、自分でやれなきゃ男が廃るってぇもんだ。
それに他人に物押し付けて自分はさよなら…なんて、後味悪すぎて俺の性じゃねぇ」
「ねぇミヤ?
あなたが昔から何もかも一人でやろうとする人だって事は重々承知の上よ?
でもこんな時くらい──…」
(──なんだ? こいつらは…何者だ──…?)
流れ行く映像を見ながら、彼は思った。
自分に似ている少年。
そして、微かに残っている感情。
ドコか…、懐かしい……。
「揩! 一体何時まで寝ている気です!?
いい加減今日からはもうこの時間に起きてくれないと、いくら何でも困ります!」
床に敷かれた布団の中で未だ惰眠を貪る親友に背を向けて、膝まではあろうかという髪を一つに縛ったその声の主は、一晩篭っていた空気を入れ替えるため、ガラリと閉じられた窓を開けた。
今は初夏。
そよそよと、ここちよい風と光が吹き抜ける。
その先にあるのはさんさんと輝く太陽と空。
どうやら今日も快晴のようである。
「ん──? あぁ、神流か」
(あれは──…夢、か…?)
彼の声と窓からの日差しに意識を奪われ目を覚ます。
まだ眠いのか、揩はふぁ…と、欠伸を一つ。
パン、と軽く顔を叩き眠っていた脳を呼び覚ますと、開け放たれた窓に目を向けて、はよ。と軽く挨拶し、飯。と一言付け加える。
視線の先に居た彼は、この家の主唯一の養い子。
名は──…河合神流。
自分が唯一信頼している存在だ。
ちなみに先程彼の言っていた『この時間』というのは、朝の六時半の事である。
高校に通っている彼にとって、それ以上の時間の経過は、身支度の時間を差し引くと、遅刻ギリギリの頃合いなのだ。
そしてそれは同じ学校に転入することになった自分にも言えること。
神流が現在通っているその学校は──…。
例え自分が持ってるバイクテクを駆使しても、一時間以上はかかる場所に存在するのだ。
別に田舎に住んでいると言う訳ではない。
実際この家から徒歩15分の所に高校自体は存在する。
けれど、──…遠くの学校に行く理由があったのだ。
彼が転入した高校に、「行く」と決めたのは自分自身。
だから早起きすることは仕方ないとは思っている。
思っているが、だがしかし──…。
神流が朝食を作っているその間、
──ここに住むことは構わんが、だが、働かざるもの食うべからずじゃ。
朝夕二回。主には堂を綺麗に磨いてもらおうかのぅ──
と、ここに住むことになった時、自分はお堂の床磨きを彼の親より命じられていた。
けれど、自分は家賃代わりにとこの家に多額の寄付を与えた身だ。
なんでやんなきゃなんねんだよと、数ヶ月たった今でもそう思う。
「ったく、かったりぃんだよ、あのクソじじい。毎日毎日やかましく!」
あの日から──…。
どこにカメラが隠してあるのか、自分が堂の掃除をサボった日に限り、神流の養い親は自分のもとへとやってくる。
しかも──…ご飯を食べようとしたその瞬間にだ。
そしてあの、働かざるもの食うべからずだ──…と説教たらたら長話がはじまるのだ。
んなもん食事時にやるんじゃねぇよ。と揩は思う。
大体めったに人がこないこの神社のお堂の掃除など──…
「あんなん週いっぺんで十分だ! 俺の平穏返しやがれ」
ふるふると腕を震わして揩はイライラと毒を吐く。
「全くもう…、揩…居候としての自覚あります?」
「居候としての自覚だ?
ンなモンなんで俺が持ってなきゃいけねぇんだよ」
半ば溜息混じりに言った神流の一言を、揩はフン…と笑いながら言って退けた。
もはや揩には何を言っても無駄というものである。
ガタタタタッッッ!
と、威勢の良い音が二人のすぐ側で聞こえたのは、この後すぐの事だった。
「う…あっ!?
──…たたたたたっっ…。
ん…っとにもう、リィフィンの奴~
もう少しお手柔らかにしてくれないと、あたしの身がもたないっての!
──…って、あれ?」
落ちたときに打った所をさすりながら、美夜は閉じていた瞳を開く。
目の前では、揩と神流が眼を丸くしていた。
「──神流!
…って事は…ここ……」
「えぇ、僕の神社です。でも美夜…あなた──今どこから…?」
「あぁっ!?
テメェ、ミヤとかいう女っ…!」
神流の言葉を、揩が怒鳴り声を上げ制する。
揩には見覚えがあったのだ。美夜に。
多少年齢に誤差はあるが、彼女は先程夢に出てきたミヤと呼ばれていた彼女の面影が残っていた。
「──…?
…あんたは…」
「揩、美夜に失礼ですよ、いきなり大声で怒鳴るなんて」
神流が揩に叱咤の声を浴びせる。が、そんな声など既に二人には聞こえていない。
顔を合わした途端、口喧嘩を始めてしまったのだ。
…その喧嘩ぶりは、全くと言っていい程遠慮というものをしていない。
ここぞとばかりに罵り合い、けなし合い、声を張り上げている。
「キ…ャ…キャァァァァァァッッ!」
そんな二人を余所に、またまた何処からともなく聞こえる悲鳴。
そして突然目の前に女性二名が現れる。
「──…瀬識…梨留…? 貴女達は──」
先程の美夜もそうだったが、彼女達は一体、ドコからあらわれた?
自分には、上から降ってきた様に見えたのだが・・・。
「──っもう。何が時間を操る…よ。あのペテン鳥!」
「いったいなぁ~、も~ぅ!
──…あっれぇ? なんで神流がいるのぉ???
…ここ、もしかして神流の家ぇ?」
奇声を上げてきょろきょろと梨留はあたりを見回す。
見覚えのある級友の顔と、見覚えのない風景だ。
神流の疑問を余所に、二人は言いたい事を言いまくる。
否、瀬識、梨留の他、美夜と揩も含めるので四人…ということか。
「──だいたいねぇ、あんた一体何様のつもりよ!」
「何様だぁ? ンなもん、揩様に決まってんだろ!
てめぇこそ何様のつもりだってんだ!? あ?
てめぇ、この俺様に意見しようってぇのか? ざけんじゃねぇ。
てめぇみてーな奴ぁ、この俺様が一生こき使ってやるってんだ」
「な…だれがアンタなんかに使われるってのよ、笑えない冗談は休み休み言ってよね」
「だれが冗談言ってんだよ」
「あんたよあんた! 他に誰も居ないでしょ!」
「ってっ──…」
「──揩、いい加減にしたらどうです?
全く、貴方らしくない…」
何時までも喧嘩をしている美夜と揩は、怒鳴り疲れたのか肩で呼吸をしている。
そんな二人に視線を流し、神流は冷たい口調で言い放った。
『うっわゎゎゎぁっとと……っ』
──タイミング悪く丁度二人の間にリィフィンが現れたのは、そんな時だった。
「…あんだぁ? この鳥?」
言うと、揩はリィフィンの片羽を持ち上げる。
「「リィフィン!?」」
「リィフィン~?
ちょっと! どうしたのよ、ここ…指定した場所じゃ無いじゃない。」
瀬識は宙吊りになってしまったリィフィンに、揩を無視して問いただす。
美夜と梨留もそれに同意し頷いている。
『あ…あの、それが…、何かの力に引っ張られて、歪みが出来てしまったんです。
よくは解らないんですけど、空間に…穴が……』
バタタタタ、と羽ばたいて揩の手から逃れると、リィフィンは自分の出てきた空間を見る。
つられて美夜達もそこへと視線を移す。
確かに──…
空間が渦巻いている。
穴の大きさはそんなに大きくないが、部屋の中にも関わらず、
屋根を阻めず空が見えている。
落ちてきた美夜達が突き破ったというわけではない。
「!? …またか。おい、神流」
「えぇ。…にしても今回は少し大きいですね。
美夜、瀬識、梨留。
…三人はこの部…いや、家から出てて下さい」
一瞬の注意を払い駆けだして行く揩に対し神流は三人を追い出す様にドアまで行くと、三人を背にドアを閉める。
「…。」
一瞬の沈黙の後、前を見据えて神流は揩のもとへと駆けてゆく。
閉じられた空間の中、揩と神流が空中にある穴の真下へ行くと、二人から淡くい光と、燃えるような紅い光が溢れていた。
二人は言葉を呟き始める。
「古より存在せし 数多の神」
「蒼の軌跡を描き 対立すは 紅の閃光」
「視えざるモノ 存在せしは」
「尊き力 我が身に満ちて」
「「我らが内に眠りし力 理により 解放す……」」
* * * * * *
一方、部屋の外では閉じられたドアの前で美夜達が会議を行っていた。
「…どうする?」
「どうするも何も、原因はこの鳥なんでしょう?」
『…。』
「放っておいたら寝覚めが悪いわ。」
「梨留もー」
(言うと思った…)
予想通りの言葉に、美夜はクスリと笑うと視線をリィフィンへと移した。
「リィフィン?」
『はい?』
「あの穴はあんたが何とか出来る物?」
『…多分』
「? 随分曖昧ね」
『…あれは扉と一緒です。そこの住人が出てくる前なら…。』
「…塞ぐなら時間が無い、って事?」
『はい。──…!?』
──…この気配は…
「…? どうしたの?」
『…なんでもありません。それより、急ぎましょう?
彼らが普通の人間なら、あの場に居るのは危険すぎます。』
「…確かにね…」
言って、閉じられた扉をリィフィンは開いた。
* * * * * *
夢の記憶:web初出は多分…2003年1月8日