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刻の刻印  作者: 舞原倫音
刻の刻印:第一部
7/24

風の記憶

封壁シールド!』


 不意に、空間に響く声。


 声と共に風がやんだ。


 いや、正確には風がやんだのではなく、風を阻む何かが、声によって作られたのだ。


 その証拠に、自分達の周りではいまだ風がうなり声をあげていた。


「…だいじょーぶ?」


 ふとかけられる優しい声。


 それはまぎれもない美夜の声だ。


 傍らにはリィフィンを従えて。ニコリと静かに笑う。


 その笑顔えみに。


「みやっ! よかったぁ、生きてる~」


「貴女…、無事だった、の…?」


 瀬識にすがりついていた梨留が、美夜にピョン、と飛び移る。


 その光景に、瀬識も安堵の溜息を漏らした。


 美夜が倒れ、リィフィンが姿を消してから、時間にして約三十分が過ぎていた。


 その間風がやむ事はなかった。


 瀬識と梨留。


 二人が風で飛ばされそうになるぎりぎりの強さが絶えず吹き荒れていたのだ。


 ──…三十分という時間は、「少し」というには長かったのか、さすがにそれだけの時間が過ぎると梨留も美夜の状態に気付き、心配していた所であった。


 それだけに、今美夜がいることは二人にとって嬉しかった。


 けれど…。


「今はそんな場合じゃないの。梨留、お願い、力を貸して!!」


「え? え? ええぇ~~~~??!」


『そうです。あなたに存在している能力を、貸して下さい!!』


 再見を喜ぶ間もなく、美夜とリィフィンは言った。


 美夜に抱き付き「え? え?」と訳がわからなくなっている梨留に 


「あたしがサポートするから、お願い! 梨留…!」


 と、差し伸べられる前置き無しの美夜の懇願に


「う…ん…。わかった、やってみる……」


 と、自信がなくも梨留は頷く。


 とはいえ何をすればいいのか梨留には皆目見当がつかない。


 梨留と同じく瀬識もまた、状況が掴めないでいた。


「何をやらせる気なの!? 美夜。」


『…きます…!』


 ザァ……ッ


 瀬識の問いに答える間もなく、また美夜達に向かって強風が吹き荒れてくる。


 …いや、本当は強風などではなく、能力の余波の一部なのだが…。


 今の瀬識達には、その区別などつけようがない。


 いつのまにか美夜の張ったシールドは消えていた。


 不安定な限りの空間に流れた風に、また瀬識と梨留は体勢を崩す。


 そんな梨留の肩へと手を伸ばし、両肩をささえる者がいた。


 ヴ…


(──? な…に…?


 どうして美夜は平気なの……?)


「梨留! 早く、咒をッ!!」


 支えた代わりの代償に、梨留へと向かっていた風全てが美夜へと牙を向いていた。。


 せっぱ詰まった時を垣間見た──…というのはこの事だろうか…?


 美夜は梨留を支えた状態をキープして、その場こそ動きはしないけれど、息をする事すら精一杯の状態で、梨留に向かって怒鳴り声を向ける。


 風は──…どうやら美夜に的を絞った様だった。


 しかし、美夜の必死の懇願も空しく梨留は何も理解していない。


 …もっとも、美夜とリィフィンの説明不足という理由もあるのだが。


「早くって、言われても~~っっっ」


「知ってるでしょう!? 思い…出してッ!」


「し…しらないよぅ~~」


「昔聞いたことある筈よ!? 意味不明な言葉の羅列…!」


「そ…それは、確かに何個かあるけど…」


『「それ! それを早く!!!」』


 などと、話は益々解らない。


 特に梨留に至っては、考える等というのが一番苦手な事なので、パニクるという事態を越えている。ハッキリ言って、脳味噌がキレかけている。


「ん…と…? 確か──…


 くうに住まいしものよ!


 が呼び掛けに応え


 汝の力の一片ひとかけ


 われに貸し与えたまえ…」


 手のひらをもじもじと、あろう事か自分に向けて。


 自信なさげに言い放つ。


 ドン!と一際大きな音を発して風の威力が若干弱まった。

 

『わっ!? わわぁぁっっっ!


 ち、違う! 違いますよ! リル、それは──…』


「──ッ! ふせてっ!」


 梨留の言葉が終わると同時に、美夜とリィフィンは瀬識と梨留を突き飛ばし大声を上げながら慌てて今居た場所を退いてゆく。


 そこを、


 ビュ……ン…


 ザ…ン…ッ


 シュ……ン……


 と、視えないながらも何かが音を立てて今リィフィンの居た場所を通り抜ける。


 風を斬り、それは通り過ぎていった。


 けれど、よくよく見てみればリィフィンの羽が数枚、見事に断ち切られている。


 その音から察するに──…その場に吹き荒れている強風とはまた違ったものの様である。


『し……死ぬかとおもった………ッ』


「り~~~る~ぅ~~ッッッ! あんたね! あたし達を殺す気!?


 今のは…、術の効力を言えば“風の刃”


 …つまり“カマイタチ”って事になるんだけど…


 手加減なしであんなん唱えて…当たったら生身のあたし達は死ぬよ!?


 いくら…」


 うにゃぁ~~と、頭を抱える形でしゃがみ込んだ梨留に、美夜の叱咤の声が飛ぶ。


 目に見えなかった物のはずなのに、ものの見事にそれを言い放ち、美夜は断言した。


 物が見えないとか見えるとか以前に、その事を知っていたようだ。


「だぁってぇ~!


 そんな事言われても何を言えばいいのか解んないし、何を言えって指定されたわけじゃないもん…。


 何言ったらいいのか梨留…わかんないよぅ…」


「もー! この強風を防いで…っていってるの!


 梨留の使う能力が今は一番扱いやすい筈なんだから……。」


 今更になって説明をする美夜。


 けれど、今更説明した所で、後の祭り…刃の祭り。


『リル……よく思い出して下さい。


 あなたは、あの術以外にも使えるはずです。』


「──…あたしも確かに説明不足だったけど。


 唱える時はあたしらの周りに手を向けて、意識を一点に集中させるの。


 ──で、頭に浮かんできた言葉を唱えてみ?」


「…何の話してるのか全然わからないんだけど…?」


「あぁ……?


 あぁ、瀬識は今はいいの、後でやってもらうから」


「……?」


『リル…もう一度言葉を…』


 再度梨留に言葉が求められた。


 それを梨留が拒む事は許されない。


「…え…と……」


(唱える時は周りに手を向け、意識を一点に集中させる──。)


 美夜の助言を頭の中で繰り返し、梨留は意識を集中させる。


 心の奥深くに昔からある言葉・・・


(心の中に浮かんだ言葉──…)


 瞳を閉じて風を感じる。


 吹き荒れているこの風を──…


 防ぐ──。


 美夜が言うように自分にそんな事ができるのかなんてわからない。


 けれど──。


(────…!?)


くうに住まいしものよ!


 汝は、われを守護するもの


 が呼び掛けに応え


 われを守りたまえ


 ──…風壁縛ふうへきじゅあらし──ッ!」


(でいいのかな……?)


 閉じていた瞳を開け放ち、堂々言い放つ言葉とは裏腹に自信なげに梨留は思う。


 それもその筈。先程梨留は違う咒を唱え美夜とリィフィンに手痛く叱られたのだ。過ちを再び起こそうものなら、命をおとしかねないと。


 事は慎重を要するのだ。失敗は許されない──。


 それは、死を意味するのだから……。


 ヴ…ィ…ン……


 途端、それは起こった。


 美夜達に向かって吹き付けられていた強風が、梨留の風への干渉により、弱まり、次第にそれは風の防御膜バリケードとなりえたのだ。


 風が、風に対立し、風を防ぐ。


 息苦しかったまでの強風が今の梨留の言葉で消え失せたのだ。


『成功…ですね。


 皆さん、大丈夫ですか?』


「……」


「…おつかれさま」


 力を使い放心状態の梨留の肩に軽く触れる。


「…美夜…」


 視界の中に美夜を見つけると、梨留はぽつりとつぶやいた。


「…良かったぁ……。ほんとに、ほんとに良かったぁ……」


 ぽろぽろと涙を流し梨留は美夜にすがりつく。


 疲れた…というのも理由の一つに入っているが、美夜がいなくなった時の事を考えると恐くてたまらなかったのだ。


 さっきのような美夜の声は出来れば二度と見たくない。


 隠れていた自分を見つけてくれた人。


 それが美夜だった。


 美夜に出会わなければ──


 自分は何をすればいいのか、それすらもわからないまま、世間一般でいう大人の社会とやらに放り出されていただろうから。


 そう思った梨留の心が、美夜にすがりつかさせていた。


 そして、その気持ちは、少なからず瀬識の中にも存在していた。


「梨留…ごめんね…。


 心配かけて。でも、ほら。もう大丈夫だから。


 …ね? …だから梨留、もう泣かないで?」


 すがりつき離れない梨留の髪を手で梳きながら美夜は優しく諭す。 


『ごめんなさい──。


 二人には、心配をかけ過ぎてしまったようですね。


 でも、本当にもう大丈夫ですよ。それは──…僕が保証します』


 美夜の声に重なり、リィフィンの声が響く。


 そして、リィフィンは今まで居なかった場所に姿を変え現れる。


 それをみて、瀬識がリィフィンに歩み寄る。


「…悪いけど、どういう事か説明してくれる?


 何も言わずに全て片付く問題じゃないでしょう?


 ──この空間やさっきの梨留は…。」


 瀬識は言う。


 けれど、事実を知っているであろう美夜もリィフィンも沈黙を守っていた。


 静かな、張り詰めた時間が流れた。


『僕が…話します…。


 ただし…少しだけ──』


 しばらくの間続いた沈黙に、静かにリィフィンが口を開いた。


『まず、この宇宙の事から──


 この宇宙は皆さんも知っての通り、ビックバンなるものを初めとし、創造つくられています。


 そして、《美夜》は、ある理由により、その永い刻にたったの一度だけ時代の中に魂をおとすんです。


 僕は、その役目を授かっています。


 …美夜の過去の記憶の為…そのときの為に僕は…るんです──』


「──…何言ってるのか、さっぱりわかんないよぅ」


 リィフィンの言葉に、梨留は ? と首を傾げる。


 瀬識も納得のいく答えではなかったのか、不満げな顔でリィフィンを見やる。


『アハハハ…、今は……いいんです──…


 まだ知らない方が幸せですから……』


「──何の事よ。」


「ま、今の言葉はいいから。でも、敵じゃない──。


 それは解ったでしょ?」


「ん…、まぁ…ね。それは──…」


「じゃぁいいよね?


 ほら、梨留。早く行かないとお目当ての店、閉まっちゃうよ?」


「え? えぇ──っ。やだやだ、そーだよ、早くいこーよぉ!」


「はいはい…。」


 瀬識が言葉を濁した隙に、美夜は即座に話題を変える。


 そして、美夜の言葉に、梨留が飛びついて来たのは言うまでもない。


 こうして──、先程起こった不思議な体験は、笑い話にも苦労話にもならないうちに消え、元通りの美夜達の日常へと変わっていく……


 予定、だったのだが……


「あ、そーゆー訳だから、リィフィン…、勿論手伝ってくれるよねぇ?」


『え!?』


 極上の獲物をみつけた狩人のごとく、美夜は瞳を輝かせ、驚き固まっているリィフィンに向かって言い放った。


 悪戯が成功したときの子供の様な笑顔で。


「美夜、あなた…何を考えているの──?」


「だからね──…」




     *  *  *  *  *  *


風の記憶:web初出は多分…2003年1月?

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