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刻の刻印  作者: 舞原倫音
刻の刻印:第一部
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ヴィン・ゴーラ

 ヴ…ィ……ン


 美夜の呟きを合図に、空間がきしんだ。


 先程、瀬識達が現れた場所が、急激に冷えた。


 在ったはずの浮遊感は消え失せ、美夜達は何処が地なのか分からない空間へと着地していた。


 無重力であった場所へ、重力が押し寄せてきたのだ。


「ちょ…、何よっ、これ…っ!」


「ぅきゃぁ?」


 かと思うと、その足場が揺らぎ、空間は安定感をなくした。


 それにともなり、美夜達の身体は支えを無くし、飛ばされる。


 瀬識達が、初めて戸惑った様子を見せた。


 重力が在るのかと思えば消え。無いのかと思えば現れ、突然起こる突風に身体を流される。


 何処へ行くわけでもなく、唯々、くう彷徨さまよわされる。


 …この場合、風というのが本当に相応しい名称なのか分からないが。


 けれど四方八方から吹く風は、その気になれば瀬識達の体をいともたやすく飛ばしてしまうだろう。


『…この風は…。まさか…』


 その強風の主軸である主を見定めて横目で体勢を崩した瀬識達を見やりながら、リィフィンは事態を把握しようと試みる。


 ──もう、時期ときがきた? いや、それにはまだ早い…──


 自分は、まだミヤが自分の探している人物であるのかすら半信半疑なのだから。


 それに…他のメンバーだって見つかっていないのだ。


 …では、今起こっているこれは…なんだ?


 何か、何かが…起ころうとしている──…?


 あらゆる事態を想定する。


 しかし、リィフィンはその風の意味する物がわからなかった。


「ちょっと、何よ、これは!!」


「みやぁっ、せしるっ…!!」


 止まらない風に飛ばされている瀬識と梨留が声を漏らした。


 風が起こる事がありえるのかさえ不思議でたまらない空間に、「強風」と言う名のそれは余りにも異彩を放っていた。


「鳥! 何とかなさい! ここは貴方の世界でしょう?」


「ぅきゃーあっ! 飛ばされるーっっ」


 ヒシっと梨留は瀬識にすがりつく。


 三人の中で一番背の高い瀬識でさえ風に耐えるのがやっとの状況なのだ。


 一回りも、二回りも小さい梨留など、飛ばされて当然である。


 それ程までに風の勢いは凄かったのだから。


 と、そんな中で美夜だけが平然としていた。


 リィフィンもそうだが──、彼はこの空間の主である。


 己が吹き飛ばされないすべを知っていても、なんら不思議はない。


 とはいえ、こういう事は彼も初めてなのか、事態を理解していないようである。


 たまらず瀬識は、美夜をみた。


 そこには、自分達とは違う彼女がいた。


 風が吹く、そうすれば、普通、髪や服がなびくだろう。


 けれど美夜に至っては、それがなかった。


 あの浮遊感は無くなっていたけれど。


 なんと言えば良いのか。難を避けたと言うべきか。


 …風が、美夜を避けている?


 それが瀬識が美夜を見て思った、素直な感想だった。


「だいじょぶ?


 なんか、そっちだけ風吹いてるけど…」


 心配そうな声が、瀬識と梨留に向けられた。


 まるで境目が存在しているかの様に。


 風は、瀬識達のみに吹き荒れていた。


「大丈夫…なわけ、ないでしょう!


 どうして貴女の周りだけ風が無いのよ!!」


 声を震わせ、瀬識は答えた。


 理不尽、極まりない。


 なぜ美夜の周囲だけ風が吹いていないのだ。


 数歩歩けば美夜に触れる事が出来る程距離が近いのに。


 ふと瀬識は美夜から視線を外し考え込んだ。


「って、それ、あたしのせい?」


 頼りない言葉を漏らし、美夜は瀬識達の方へ歩みを進めた。


 そう。確かに、先程自分も飛ばされた。


 けれど、そのお陰で今、こうして難を逃れている。


 まるで難から逃すために吹き飛ばしたかのように──…


 幾らか歩を進めた時、


 バシュバシュバシュ…


 何かが、美夜を遮った。


 どうやら、風に美夜は歓迎されていないらしい。


 もう一度入ろうとして、試しに腕を伸ばす。


 バシュッ!


 触ろうとした指が何かに弾かれ指が浅く切れ、薄く血がにじむ。


「……美夜!?」


 考え事を止め瀬識は美夜を見る。


「あ…、だいじょぶだって。でもこの風…変かも」


「ちょっと、鳥! この風何よ!?」


 瀬識は、美夜の近くにいるリィフィンに視線を定める。


 吹き飛ばされないように、足を踏ん張り、瀬識は睨みをきかせた。


 と言っても、足を踏ん張る地面はない。感覚で…そうしているのである。


 風の為、大声を出さなければ、言葉が通じないという事もあり、大声で。


 そんな瀬識にリィフィンはたじろいだ。


『僕にも、わからない…。こんな事…今まで無かった…っ!』


 オドオドした態度でリィフィンは声を返した。


 自分にも、分からない。それは、本当の事。


 心当たりが無いわけではない。


 先程思った。空界人ヴェルザー──…彼らの仕業かもしれないと。


 けれど、本当に彼らのせいであると言い切る自信はリィフィンには無かった。


 キッと睨まれ、体が強張る。


 彼女の眼が──…とても、怖かった。


 嘘などつこうものなら、自分が傷つけられる…、そんな気がしてならなかった。


「ここの責任者でしょう? もうっ、役に立たないわね!」


 ガツンと心に響く言葉。けれど、その言葉は──…真実であった。


 自分は責任者であり、支配者ではない。


 管理が自分の存在理由であり、今の自分は力無き弱者と同じであった。


 一つ、出来る事があるとすれば、それは──…


『ミヤ、ごめん…』


 瀬識達の周囲には、未だ風が吹き荒れていた。


 飛ばされそうになり、梨留は必死で瀬識に抱きついていた。


 梨留という重りを得、瀬識は美夜へと視線を送り、なんとかしなさいと眼で訴える。


 そんな時だった。


 リィフィンが何かを呟き、美夜に向かってパタパタと羽を忙しく動かしながら近づいて行ったのは。


 美夜の肩に足を下ろすと、リィフィンはあるしゅの確信を含め


『ミヤ、少しだけ、我慢して…』


 瀬識に聞き取れない声で、美夜に言った。


 ん? と首を傾げた美夜に、リィフィンは言葉を並べた。


『──封………来…視……光……ヴィン幻輝ゴーラ!!』


 断片的に瀬識の耳に届く。


 そんな中、最後の言葉だけ、瀬識の耳にもハッキリと届いた。


 ヴィン・ゴーラ


 確かに、そう言っていた。


 リィフィンの言葉の後、美夜の周囲に異常が起きた。


 美夜を中心に、金色に輝く淡い光が膨れ上がったのだ。


 とはいっても、その光は一瞬眩しく光ると直ぐに消えてしまったが。


 ふと光がおさまり、眩しさで閉じた瞳を開く。


 元・美夜が居たところに、強風で飛ばされつつも瀬識は遠目ながらに目をやると、当の本人が倒れていた。


 先程、美夜の隣に行った筈のリィフィンの姿も見えない。


「美夜!? ちょっと!? どうしたの、美夜!」


「う~っ、やぁぁ~~っっ!」


 瀬識の声も虚しく、美夜は微動だにしようとしない。


 風で飛ばされそうになり、梨留は美夜の事に気付いていないようだった。


『──…大丈夫…。少ししたら、目が覚めるはず…』


 何処からか──…、リィフィンの声が空間そこに響いた。


「ちょっと、鳥、こら! 何処に居るのよ!


 この風っ、何とかなさい! それに美夜に何したのよっっ!」


「うゃーっ、だれかっっ、何とかしてよぅ!」


 リィフィンの声を全く無視し、梨留はひたすら助けを求める。


 瀬識は瀬識で梨留を放っておいている。


 助けてあげろよ…おい。と思いつつ、リィフィンは口を閉ざした。


 そして──


 閉ざされた美夜の意識にこの会話は届いていなかった──…。




     *  *  *  *  *  *


ヴィン・ゴーラ:web初出は多分…2003年1月?

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