昼休み
「~っ、あーもーっ!やんなるっ!」
人気の少ない屋上で神流お手製のお弁当を摘みつつ、美夜は不機嫌極まりなかった。
「でも、あれは貴方が悪いんじゃない?」
「いや、だって…」
先程言い渡された雑用を美夜は納得出来ないでいた。
あの後、美夜達は授業も後僅かという微妙な時間帯にやってきた。
授業中であるにも関わらず、廊下をバタバタと走りぬけ、教室へ入った第一声に「ギリギリ、セーッフ!」等と叫ばれれば、教師が不快になるのも頷ける。
事実、美夜の声があがったその瞬間、塚原の額に僅かに浮かび上がった血管を、瀬識は偶然捕らえていた。
「雑用ですんで良かったじゃない。」
普段からサボリの常習で、既に単位の危ぶまれている自分達。
転入生を、『拾ってきた』という言い訳と、転入生の校内案内。
その二つを条件に塚原の機嫌はなんとかおさまったのである。
自分達を嫌っている塚原からの処置としては、かなり寛大なものだと瀬識は思う。
──…だがしかし。
美夜は納得出来ないでいた。
確かに普段から自分達の素行はよくない。
それを考えればこの処置は寛大なものであるかもしれない。
だが、自分は塚原に言ったつもりはなかった。
「ギリギリセーフ」のあの台詞、自分は授業にではなくお昼にという意味で言ったのだ。
あのタイミングで言ってしまった自分が悪いのは分かっているが、なんとなく、こう…なっとくいかない。
「…まぁ、過ぎた事をどうこう言っても仕方がないでしょ?…それより、先を考えましょ?」
自分達にはやらなければいけない事が出来てしまった。
それも身の危険に関わる事だ。
一週間もすれば、学校も終わり、夏休みになる。
過去へ行くまで──…
…──時間がない。
「…まぁ確かにね…」
起こってしまった出来事に不満を述べても、時間の無駄にしかならないのは分かりきっている事だった。
ならばせめて、時間の浪費は最小限に押さえるべきだ。
それが今、自分達にできる最大限の事だった。
「──…たっだっいま~☆」
その時、ガチャリとドアが開いた。
視線を流せば、その先には梨留と神流が立っていた。
「…ほら、皆も戻ってきたみたいだし、その話はやめましょう?」
まだ少し、膨れっ面の美夜に対して、瀬識は言葉を切り返す。
「まぁ仕方ないのはわかっちゃいるしね。
てか、意外と早かったじゃん、二人とも?」
「お目当てのものはみつかった?」
「ええまぁ…」
「ばっちり~!早速夜にでも作っておくね。いい材料が見つかったんだ~♪」
んふふふふ~♪と含み笑いを浮かべつつ、梨留は二人にそういった。
…全く何を見付けたというのか、梨留の手には小さな袋が握られていた。
「で、揩は?」
一緒に出ていった筈なのに、一人、揩が見当たらなかった。
「ええ、無事手続きも終わったみたいで、今は鬼谷先生と話してます。」
もうじきくると思いますけど? と神流は一言付け足した。
「鬼谷と?
…て事はあいつ、うちのクラスに転入すんの!?」
「ええ、そういう事らしいですけど?」
(うわ、マジ勘弁…)
揩とはここ数日一緒にいて、あまりいい記憶がない。
出会い頭もそうだった。彼の一言一句が気に障り、口喧嘩をやらかしたのは、自分の記憶にまだ新しい。
気兼ねしない仲と言えば聞こえはいいが、だが言葉を交わすその度に意見の相違で喧嘩にまで発展してしまう間柄の自分と揩。
そんな奴と同じクラスになるなんて…
リィフィンと出会ったあの時に、自分の人生…
既に終わっているのかもしれない。
(あー…。ついてない…)
髪を手櫛でクシャリと梳いて、美夜は小さなため息をつく。
(どうして、やな事って立て続けに起こるかなー…)
自分の身に起こった現実に、無意識に漏れる溜息。
(これから嫌でも顔あわすんだし学校位別クラスでも、問題ないと思うんだけどな~)
上の空で考えながら、美夜は視線をドアへと流す。
先程視界の隅で何かが動いた様な気がしたからだ。
そして。
視線を流したその先で、美夜は一瞬時を止めた。
考えていた嫌な事――…
その人物がドアから入ってきたという事と、見知らぬ人物が傍らに居たという事実からだ。
「あら?意外と早かったじゃない?
センセとの話はもういいの?」
「あぁ、楽勝だぜ!
授業は明日からでいいってよ。これで今日は自由の身だぜ」
ちょろいぜ、と言って揩はにやりと笑みを浮かべた。
「で…?その子は?
見かけない子だけど、貴方もう友達作ったの?」
「あ?あぁこいつ?」
揩の横に少年は、静かに佇んでいた。
何やら蘭岳高校の制服を着ている様なのだが、校内で見かけた記憶はなかった。
なかなかに整った顔立ちをしている少年で、制服の上からでもわかる細い体躯や乱雑に切られた線の細い茶の髪と、光の加減で微妙にかわる瞳の色が、やけに印象的な少年である。
外見から受ける年齢は自分達より少し下といった所か。
…まぁ髪の乱雑さが少年の顔を幼くさせて居るような感もややあるが。
「誰だと思う?」
揩よりもわずかに背の低い彼の頭をクシャクシャといじり、揩はにやにやと笑みをうかべた。
「おら、お前も黙ってないで挨拶位しろってんだよ」
いいながら静かに佇む少年の背をバシリと叩くとその衝撃で少年はわずかにたたらを踏んだ。
『わっ、痛いじゃないですか!』
崩した姿勢をなんとか保ち、彼は振り向きざまに言い放つ。
その声に。皆の視線がいっそう集った。
「え?その声って、もしかして…」
「「リィフィン!?」」
そう彼の声には聞き覚えがあったのだ。
ここ数日、自分達を守護・監視する者だと豪語して、いつのまにやら自分達と同様に、神流の家に居ついてしまった刻の狭間の管理人・リィフィン。
彼の声に間違いなかった。
だがしかし、彼が以前自分達の前に現れた時の姿とは彼はあまりに違っていた。
『…そんなに驚く事ないじゃないですか。僕は元々魂だけの存在なんです。
この人型は、表象能力で形造られた仮のもの。
形取られるその姿は決まってない。…そういう事です。』
淡々と語る、彼特有の話し方。
当然の様に彼は語る。
「だって。まさか貴方が学校に来るなんて…」
聞いていないし思ってすらいなかった。
いや例え来ることを聞いていたとしても姿を自由に変えれる事、それ自体が反則だ。
見知った姿でないのなら気づく可能性は見知ったそれよりも低くなる。
…まぁ、彼の言う魂云々のその理由も、考えて見れば確かにその通りだが。
そう。無から鳥へと姿を変えたあの時点で少なからず可能性は見えていたのだ。
起こりはじめた非現実的な出来事は、どうやら柔軟な頭で考えなければ、対処しきれない様である…。
「…そういえば貴方、朝は行く場所が有るって…」
『えぇ、行ってきました。それで急ぎここへ来たんです。
揩とはそこで会ったんです』
「…どうしてわざわざ?」
彼の行動が今一よく解らない。自分達思わず問いかけたところでチャイムがなった。
昼休みの終わりを告げる予鈴である。
でる気は、はなから有りはしないが、もう暫くすれば本鈴がなり授業の始まる時間となるだろう。
現にこうしている今も、屋上にいた他の生徒がその音を合図に自分達の横をすり抜け階下へ消えていくトコだった。
『――…許可を得ました。
自衛の為、限られた記憶だけなら、思い出す手助けをしても良い…、と。
今の現状をふまえると、少しでも早い方がいいでしょう?』
その場に誰もいなくなったと見計らいリィフィンは話を切り出した。
「限られた記憶…?」
『はい。
貴方達の中に宝珠が吸い込まれて行ったのは記憶に新しいかと思います。
その中に宿る咒の記憶だけならという条件で…あいつらを納得させてきました』
「…咒の…記憶?
………………。
ちょっと待って?
宝珠は能力そのものじゃないの?
咒の記憶だけならって…どういう事?」
てっきり宝珠は能力なのだと揩と美夜のやりとりを見て、そう思いこんでいた。
だが『だけなら』というその言葉はまるで他にも何かが宿っているかのような表現だ。
『…その質問には僕は答える事が出来ません…。』
――…やっぱり。
と言うべきか。
返ってくるのはこの数日間ですっかり聞き飽きた言葉であった。
彼と一緒に過ごした数日間。
――その質問には僕は答える事が出来ません――
その一文を何度耳にしただろうか。
彼のこの一言はうんざりだった。
浄化されない記憶を持った輪廻転生の対象者である自分たちが、自分自身であるために、守らなければならない制約だというのがリィフィンからの答えだった。
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昼休み:web初出は多分…2004年7月12日