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刻の刻印  作者: 舞原倫音
刻の刻印:第一部
14/24

シア

 声は、リィフィンの背後から聞こえた。


 凛とした、どこか冷たい感のする声に一同は視線を流す。


 その先に居たのは、美夜達より少し年上の青年だった。


 細身の身体に軽く纏った、藍色の布。そこにかかった蒼髪が、奇妙なまでの存在感と威圧感を醸し出していた。


 見た目から考えれば、男、だろう…多分。


 そいつの顔をみて、リィフィンは言葉を漏らす。


『シア…』


『『やあ、キルリア。久しぶり。


 ……やっと揃ったみたいだね』』


 シアと呼ばれた男性が語る。


 表情の読めない笑顔を浮かべて。


『……えぇ、君のおかげでね』


『『へぇ?


 気付いていたんだ?』』


 微かに口端を持ち上げると、ニヤリと笑い言葉を返す。


 僅かに何かを含んだ裏の読めない笑顔。


 しかしその瞳は決して笑ってはいなかった。


 何かを見据えた冷たい眼。それはこの場にいる誰もが感じ取れる程明らかにリィフィンに向かって注がれていた。


『…誰かが手をだしていると思っていただけです。


 そんな時に貴方が現れれば、必然的に繋がります』


『『なぁんだ。


 解っていたわけではないのか。やっぱりキルリアふぜいか…。』


 明らかに見下した態度でシアは言う。


 そんな彼の言葉に僅かにリィフィンは表情を変える。


 キルリア…。


 懐かしい響きであった。


 これは自分が生きていた時の名前。


 種族を統べる総称として存在していた名。


 …しかし。


『…僕は「リィフィン」です。キルリアと呼ぶのは控えて下さい。』

 全ては前世かこの事。


 既に種族は全て死に絶えている。


『それに、覚醒前の手出しは禁じられているでしょう?


 今回の事は、あの方に報告させていただきます。』


 リィフィンはなおも語る。


 感情を抑えた事務的なしゃべり。


 けれど。


 まっすぐに見据えた瞳が揺るぎない意志であることを表明していた。


 彼が余計な事をしなければ、「今」は変わっていたかもしれない。


 彼らは望んでいた平穏な日々を過ごせていたのかもしれない、と。


 空界人の一人である彼に、覚醒前の彼らに介入する権利などありはしないのだから。


 それをむざむざと壊してしまった自分が嘆かわしい。


 そして、だからこそ。


 この事については変える事など出来ない。


 二度と彼らに介入させない為に。


『『そんなに怒らなくても、手伝ってやっただけだろう?』』


『手伝ってくれと頼んだ覚えはありません』


 シアの言い分を真正面から否定する。


 リィフィンの瞳とシアの冷徹な視線が交錯した。


 過ぎ行く時が止まるかのような深い沈黙。


 そののちに。


『『…わかったよ、以後は控える


 私は今、彼女に話したい事があって来たんだ。


 話くらいはさせてくれよ』』


 先に声を発したのはシアであった。


 軽い口調の反省の色さえ伺えない程あっさりと言い放たれる。


『……。』


 シアの言葉にリィフィンは黙す。


 そのリィフィンの沈黙を了承の意味で捉えると、シアは美夜の方へ向き直った。


 既に五人は食事をやめて席を立ち、シアとは少し離れた場所で様子を伺っていた。


『『久しぶりミヤ。


 以前私とした約束は思い出してるかい?』』


 言ってのけ、シアは周りを見る事無く美夜にのみ視線を注いでいた。


 注がれた視線を美夜は真っ向から見据えると、


「……なんのこと?」


 一言、言葉を放つ。


『『やれやれ、せっかく記憶を解放させたのに、全てを思い出しては無いみたいだね。


 約束だけでも思い出してればって思ったんだけど、話を改めた方が良さそうだ。』』


 苦笑混じりな声が響く。


「──…美夜? 知り合い?」


「覚えてないけど……」


 シアの明らかに見知った態度。瀬識と美夜は数年の付き合いになるが聞いたことなど一度もない。


 ましてや彼の言う「美夜」が前世をさしているのならそれは尚更の事だった。


 空界人である彼は、「美夜」個人ではなく「ミヤ」の知り合い。


 そして、当人、美夜にとっても…


 リィフィンの咒によって思い出した記憶は、ごく一部をのぞきすでに薄らいでいたのだから。


『『私はシア。キルリアの様にシアと呼び捨てで構わない。


 話というのはミヤ。私の仲間にならないか…という事なんだ』』


「仲間?」


『『あぁ、以前の記憶が無いみたいだから言わせてもらうが、私と君はとても近しい存在だ。


 私も君には過去に大変お世話になった。


 …そして、その時約束をしてね。


 …思い出しては無いみたいだが』』


 淡々と語られるその口端には微かに笑みが零れていた。


「…こいつが、お前らの仲間に?」


 シアの声に反応したのは、話を持ちかけられた美夜だけではなかった。


 揩も、である。


 まだ出合ったばっかりで。


 会話を交わせば喧嘩する。


 自分にとって美夜はそういう存在だった。


 けれど。


 なんとなく。


 胸がムカムカする。


「…ちょいまち。


 おいリィフィン。


 お前の話じゃ、俺ら五人を捜してたんだろ?


 って事は、こいつは俺らに関係してるって事だよな?」


『えぇ、貴方達五人を捜し出し、覚醒させ導く事。それが、僕に与えられた仕事です。』


 美夜とシア。二人の間に割って入った揩の言葉に同意し頷くリィフィンの声。


 自分の予想通りの返答に揩はある種の意志を瞳へ宿した。


「なら、こいつを仲間にしてぇなら、まずは俺らを通してもらうぜ」


 意志を形に。言葉を発す。


 その顔には、不敵な笑みが宿っていた。


 何故「嫌」なのか。


 決して深くは考えない。


 自分の思った通りに行動する。


 それが、揩の《らしさ》であった。


 端から見れば十二分に勝手な言動。


 そんな揩を嘲るかの様な笑みを作るシアの瞳には微かな変化が表れ始めていた。


 うっすらと紫がかった彼の瞳が艶やかな紅へと変化していったのである。


「──…!!?」


『『また…君か…。


 少し静かにしていてくれないか?


 私が話したいのはミヤで、カイ…君じゃない。


 悪いがお引取り願おうか──…』』


 目障りだ。


 言葉で言ったわけではないが、揩へと送った鋭い視線がそう物語っていた。


 何睨んでやがる!


 シアの瞳に触発され、揩はシアの衣服を掴みにかかった。


 自分の意志そのままに揩は腕を動かした。


 筈、であった。


 しかし。


(動かねぇっ!!?)


 己の意志とは裏腹に、腕はピクリとも動かなかった。


 それは腕だけにとどまらず、声すらも。


 どんなに強く願っても発する事は叶わなかった。


 自分の体に起こった異変に揩が気付いたのは、この時ようやくの事だった。


(こいつ、何しやがった…?)


 変わらぬ視線で睨みをきかせる揩をよそに、ふい、とシアが美夜へと向き直る。


 自分の一瞥と共に時を止め、動かない人形のように静かに佇む揩…。


 シアに言わせればこれは当然の報いであった。


 それにしても、と。


 予想外の効果の程に思わず顔の筋肉が緩んでしまう。


 足止め程度になればと思っていただけに。


 ──…どうやら彼らの能力は、現時点ではかなり低い様である。


 これでこそ、覚醒直後を狙ったかいがあるものと、シアは密かにほくそ笑んだ。


(こいつ──…)


 そんなシアの心情を探る「美夜」はシアが揩から視線を外すとき、僅かに嘲笑したのを見逃しはしなかった──…


『『さて、うるさい輩も居なくなった事だし、話を進めようか。


 何処まで話をしていたかな?』』


 ニコリと美夜に笑いかける。


 見つめる瞳は既に元の色へと戻っていた。


 シアの視線を一身に受け、


「あたしを仲間に…、とかざけた事抜かしたトコまででしょう?」


 隣に佇む揩を横目で流し、美夜はシアへと視線を返す。


 今の所、シアに攻撃してくる様子はない。


 とりあえず。


 隣にいる揩や後ろにいる瀬識たちは安全と言える。


 けれど、「NO」と答えた時、標的となっている美夜自身は、どんな被害を被るか…。


 美夜はそれが読めないでいた。


 仮にシアが実力行使で連れて行くと言った時、自分一人でその場を切り抜ける自信は無に等しかったのだ。


 シアが先程みせた揩の動きを止めてしまった能力で瀬識達という人質をとられれば、美夜は圧倒的に不利なのだから。



 ──独りではない。



 その事実のなんと不自由である事か。


(切り抜けれる──か……?)


 ふと美夜は思い出す。


「瀬識」や「梨留」と会う前の。


 自分の周りの大人達に見切りをつけていたあの刻。


 大切だと言えるモノなど何も存在しなかった。


 けれど。


 ──…今は違う。



 ──あたしはそばを離れない、絶対に──



 …約束した永遠とわの記憶が鮮明に蘇る。


 その約束を守る為にも「YES」と答えるわけにはいかなかった。


 そんな美夜の心情をシアはどこまで悟っているのか。


『『あぁ、そうそう。確かにそこまで話したね。


 どうです? 私の仲間になりません?』』


 相も変わらずなシアの声。


 視線は未だには美夜を捕らえていた。


『『君を悪く扱うつもりは毛頭ないし、彼らを傷つける気もないよ。


 だから選択は君に任せる。…でも縛られるのが嫌いな君には、悪い話じゃないだろう?』』


 とってつけたように言葉を紡ぐ。


 シアは美夜の性格と過去。全てを知っているのだろう、…きっと。


 悪い取引ではないだろう?と美夜の読み取る裏の声はそう語りかけていた。


 全ての記憶が蘇っているわけではないが、輪廻のきっかけの出来事位は思い出されているだろう、と。


 それを考慮に入れた上でのシアの声は極力美夜を逆撫でしないよう、言葉を選んだ静かな脅迫となっていた。


 浮かべた笑みはこれ以上の警戒心を持たれぬ為の保険なのか、それとも、他に目的があるのか、今の所は解らないが。


 そのシアの声に。


 一度だけ美夜は首を横に振る。


 確かなモノを感じて…。


『『…なぜ?』』


 シアが更に声音を低くし問いかける。


「あんたが誰なのかあたしは知らないし、もし仮にあたしが知ってる奴だったとしても…


 あたしが覚えてないことには何をするにもしようがないでしょ? 


 もし約束とか交わしてたとしても、それは無効ってところかな」


 美夜は極力あっけらかんと。己の感情を押し殺す。


 相手のペースに巻き込まれれば相手のツボと解っていた為である。


 普段通りを装ってシアの声に応える美夜の後ろでは既に瀬識達の刻は止まり動くことはなかった。


 先程の揩への一瞥を微かに見てしまったためである。


 時たま近所に住みついている野良と化した元・飼い猫が、ニャァ、と泣き声を上げ美夜の意識を一瞬引いた。


 シアはそんな美夜をしきりに視ると隣に佇む揩へと視線を移す。


『『……そう…か…。また──…。』』


 視線を揩に定めシアは呟く。


 無意識にキツく結んだ手のひらから、ポタリと床へ雫が落ちる。


 それは、部屋の床を漆黒へと染めていた。


 ──強制はしない


 先程そう言ったのは紛れも無く自分だ。


 無理やり同行させては意味がない。


 それは分かりきっていること。


 けれど。


『『ミヤ。もし彼らの事を気にかけてその言葉を選んだのなら。


 …やめたほうがいい。忠告しておきます』』


 懇願とも言える瞳でシアは美夜をみやるとそのまま視線を揩達へと移す。


 彼らが未だ自分の使った術に束縛されてるのを確認すると、シアは美夜へと歩を進めた。


『『…。もう一度言います、ミヤ。私と一緒に……』』


『シア! それくらいでいいでしょう?


 ミヤは嫌だと言っています。』


 シアの言葉を不必要な程に遮って、キツイ瞳でシアを見やる。


 これ以上の介入は認められない。


 シアを見据えたリィフィンのがそう物語っていた。


 物語る彼の瞳に視線を向け、意思の宿った視線を交わす。


 ふとシアは静かに瞼を閉じると『『…わかったよ』』と、一言呟いた。


 これ以上ここにいれば、リィフィンは本当に報告するだろう、あの方に。


 寄せられた視線からそう感じ取った故の仕方なしの選択だった。


 シアの声にふと表情を緩めるリィフィンを他所にシアはパチンと指を鳴らし刻の狭間を呼び寄せる。


「「(──…なっ!?)」」


《刻の狭間》


 それを塞ぐのに大変な労力を費やした事実は彼ら五人の記憶に新しい。


 いとも容易くそれを呼寄せてしまった事に、五人は驚きを隠せなかった。


『『…。いずれまた、答えを聞きに伺います。


 よい返事を期待してます…ミヤ…。』』


 ふわりと自身の身体を宙へと浮かし、美夜へ向かって一言残すとシアはそのまま刻の狭間へと消えてしまった。


 そしてシアの呼び出した刻の狭間は、シアをその中へと飲み込むと霧がかったかのように四散し消えた。


 その場に居た──…美夜たちを残して。


 ……静寂が訪れた部屋の中では、


『…シア。あいつが裏で動いてたのか……』


 ポツリと呟くリィフィンの声が、静かに部屋へと響いていた──…。



     *  *  *  *  *  *

シア:web初出は多分…2003年2月2日


── 補足 ──

 人によってはリィフィンの印象がわるくなったかもしれない…。

 キルリアとリィフィン。

 どちらの名前もリィフィンを指しますが、

  魔物としての種族名 キルリア と、

  個人としての個人名 リィフィン です。

 自己紹介するときに、人間の倫音です。とは言わないように、

 彼は自分の名前を5人に名乗っていただけです。

 偽名つかったの…?なんて邪推はしないであげてください。

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