予兆
「美夜、揩。一体いつまでやっている気なんですか?」
あれから小一時間、何時まで経っても喧嘩を止めない美夜と揩に向かって、あくまで冷静に神流が言い放つ。そろそろいい加減聞き飽きたのか、それとも神流自身本題に入りたいのか、とにかく神流の一言で、美夜と揩は静まった。
制止した神流のその声に。
揩が神流の傍らで顔をホッと緩めていた。
本当は神流が喧嘩の仲裁をしてくれるのを待っていたのかも知れない。
「…うー……。ふぁ……
やっと終わったの…?」
今まで寝ていたのだろう。
梨留が寝ぼけた瞳を目一杯開いて、美夜と揩を交互に見つめ返している。
続いて──…
「あら? もう終わり?
もっとやってても良かったのよ?『ギャアスカ星人』。」
瀬識が嫌味混じりに言ってくる。が、いつもと違い、この嫌味は美夜ではなく揩に宛てられたものらしく、瀬識の視線は揩を捕らえていた。
「てっめ、喧嘩売ってんのか!?」
「あら、何の事?」
揩の言葉に、瀬識はニコリと笑って答える。
気のせいでしょ?と言うかのように。
「とぼけんな!
今の俺のことじゃねーのか!?」
「あぁ、誰って言ったつもりはないけど、…自覚はあるのね。」
鋭い目つきで凄味を効かせる揩に臆する事無くサラリと瀬識は言い放つ。
その際敢えて肯定の言葉を選ぶ事を忘れない。
「…てっめ…!」
(見下しやがって!)
ギリリと拳を握りしめる。
揩の今までの人生で、美夜の様に、言い合いになる事はあるが、ここまでバカにされたことなどナイ。
「…っ」
恐らく衝動的に。揩の拳が瀬識に向かって振り下ろされる。
「揩! やめ…」
「瀬識、まっ…」
二人の行動を止めようとする神流と美夜の声が、部屋に響いた。
と、同時に、瀬識も動いていた。
二人の一瞬の行動の後、
──スパン。
と勢いの良い音を響かせると、──は、地面へとたたきつけられていた。
「──…っと。
危ないじゃない。」
悠然と。
まるで何事も無かったかのように言ったのは、藤澤 瀬識その人である。
「…………?」
揩はというと、瀬識に上から見下ろされ、自分の行動をたしなめられてなお、何が起きたのか解らないでいた。
「……え?」
思いもしない光景に、神流は、息を飲む。
その場にいた、美夜、梨留、神流、そしてリィフィン。
三人と一匹がみた光景。
瀬識の取った行動…
それは、瀬識に向かって振り上げた揩の手を素早く掴み、素早く自身へ引っ張ると、その勢いを利用して、足を横に凪ぎ払うという荒技であった。
「弱いわね、それでも男の子?」
瀬識の言葉に、揩は初めて気付く。
瀬識にしてやられたということに。
「…っっ。」
ガバッと起きあがり、瀬識の襟首へと手を伸ばす。
が。
──パシン。
瀬識へと触るその前に、軽くあしらわれてしまう。
払われた手を、決まり悪そうに引っ込めると、
「てめ、何かやってやがんな…?」
深く静かな声を発する。
「…まぁ、自分の身ぐらい守れる程度にはね。」
睨みつけてくる揩を、瀬識は静かににらみ返す。
冷ややかな瞳をかえる事なく。
時が
静かに流れた。
永い…
沈黙と化した空気。
フゥッ……
と、先に、視線を緩めたのは揩だった。
ニッと微かに笑みを浮かべる。
いさぎの良い笑み。
「…。悪かったな、強い奴は嫌いじゃねぇ。
俺は橘野 揩。神流のダチだ。
今はワケあってここで世話んなってけど、これでも橘野コーポの御曹司だ、よろしくな。」
「…藤澤瀬識よ。」
先程とはうって変わり、明るく人なつこい笑顔を浮かべ答える揩に、瀬識は静かに答える。
御曹司…
だから俺様態度なのね、と納得しながら。
「もー、瀬識。やるなら場所位選んでよね!
…まぁ、けりついたみたいだからいいけど…。
それより、そろそろご飯食べいかない?
もう結構な時間みたいよ?」
美夜に言われ腕時計の時間を見ると刻は夕刻を既に回っていた。
言われるまで気に止めなかったが、言われて見れば、そう。確かに小腹が空き始めていた。
空界人の出現により、大分狂ってしまった予定。
本来の予定通りに進んでいれば、既に買い物を終え梨留の家で大騒ぎといった所だろう。
「…そうね、そろそろおいとましましょ?
これじゃ今日の予定は何一つ出来なくなっちゃうものね。
神流、空界人についての話はまた明日くるわ。
その時でいいわよね?」
放っておいた荷物へと手を伸ばし、瀬識は一方的に語る。
揩や神流の都合など、全くもってお構いなしだ。
「え、ええ──…それは、別にいいですけど…」
先程起こった事の整理が未だに付かないのか、不意を付かれた神流はしどろもどろに答える。
まあ、それもあたりまえである。
揩とは数年の付き合いになるが、出会ってから揩がやられる所など、今日初めてみたのだ。
それがクラスメイトの瀬識──女性にあしらわれたと言うのは、正直信じられない。
「そういえば、二人とも今日は学校休むんですか?」
「「え?」」
意外な言葉に、瀬識と美夜の言葉がハモる。
「……。」
今日の授業はもう終わった筈ではないか。
………。
「…今日何曜日?」
「火曜日ですけど…?」
「「火曜!?」」
神流の言葉に二人は思わずすっとんきょうな声を上げる。
「「リィフィン~~!!?」」
『え、あ、あのっ』
詰め寄る二人の迫力に、思わずリィフィンが後ずさる。
「…説明、してくれるわよね?」
『……はぃ、、、』
美夜と瀬識には決して逆らえないリィフィンであった…
* * * * * *
『…たんだと思われます』
──つまり、リィフィンの仮説によれば、どうやら魔力干渉を起こし少しの未来時間に来てしまったとのこと。
時間にして約半日。
…………。
何となく損した気分である。
『決して僕が故意にやったわけではないですっ!
だからっ…』
びくびくと。
『…そんなに、睨まないで下さいっ!』
二人の迫力に怯えながら、リィフィンは二人の問いに答える。
先程の揩と瀬識のやり取りを見ていた手前、瀬識の視線が一層怖いらしい。
比較的おとなしい梨留の背後をキープし、身を隠す。
「二人とも、あんまり鳥さんイジメちゃだめだよ~」
背後に隠れたリィフィンに視線を移すと、梨留は美夜達に向き直る。
「ほらぁ~、おびえてるでしょぉ? 弱いもの苛めはっ、だめなんだよぉ?」
梨留のほわんとした物言いに静かで柔らかな空気が流れた。
…刻の狭間に呼びつけて、不思議な力を使うリィフィンを、「弱い」と断言する梨留の言葉にはいまいち納得いかないが、相手が怯えているのは事実である。
なにより、梨留にこう言われてしまっては、言い返す事など出来はしない。
なんだかんだといいつつも、二人は梨留に甘いのだ。
「…」
「まぁ確かに、刻の《ん》狭間を利用しようとしたうちらも悪いし」
「そうね、それを考慮すれば、美夜だって同罪になるものね。
じゃあ──、学校への連絡は貴女がいれてね?」
私はごめんよ?と言うかのように、瀬識はさらりと言ってのける。
「あたしが入れるの!?」
「当たり前でしょう? 誰のせい?」
ピシャリと言い放つ。
「~~~……っ。解ったよ。
ったくもー、リィフィンのバカ!!」
先程自分にも非があると自分で言ってしまった手前、美夜に瀬識の意見をひっくり返せる自信はない。行き場のない微かな苛立ちを、梨留の背後に隠れたリィフィンへと向ける。
その言葉にリィフィンがビクリと体を縮ませ…数秒の後、美夜の方へと視線を戻す。
が、リィフィンが視線を送る頃には美夜は神流の家の電話を借りに既に部屋から出た後だった──…
* * * * * *
ガラリ。
と、部屋のドアが開く。
神流の家の電話を借り、学校へ連絡しに行った美夜が部屋に戻ってきたからだ。
部屋の中には瀬識が一人本を読んでいた。
「あらお帰り。意外とはやかったじゃない? 美夜?」
イライラ顔で部屋に戻って来た美夜に瀬識が気付き声をかける。
「さんざ、文句言われたけどね」
うんざり顔で、美夜が答える。そんな美夜に瀬識はクスリと笑みを浮かべると、読んでいた本をパタリと閉じて立ち上がる。
「お疲れさま。神流からの伝言よ?
お昼作っておくから美夜が来たら下にきてって。」
「ほんと? よかった、結構ヤバヤバだったんだよね」
「梨留は先にいってるわ。ほら、行きましょ?」
美夜を促し瀬識は今美夜が入ってきたドアから外へ出る。
瀬識に続いて美夜も部屋の外へと出ると、部屋のドアをパタリと閉めた。
『…迎えにきましたよ…ミヤ…』
唯一人──
先程部屋に忍び込んだ一人を残して──…。
* * * * * *
予兆:web初出は多分…2003年1月?
── 補足 ──
時が静かに流れた。永い…沈黙と化した空気。
の下りの改行は手持ちの印刷物にありませんが今回転載元となってるHPの記載には改行されてるものです。
尺稼ぎではなくて、本として見た場合に、ゆっくりと目線を追って欲しくてページに少ししか文字がない。という演出にした覚えがあります。
── 補足2 ──
神流の家の電話。
執筆当時は今ほど携帯が普及していなかったので、え。今時家の電話をかりるの?と思われるかなぁ?と手直し…を悩みましたが、彼らの家庭環境を考えると…
梨留と揩は持ってそう。
他三人は…もってないかも…。
あ、でも神流は揩に押し付けられてるかも?
ってかんじなので、美夜は結局もってなさそうだし。と執筆時の文面そのままになりました。