全ての始まり
──これは現実
生命は『死』 また死は『生命』
繰り返し重なる「輪廻転生」
その刻を過ごす人間達
これは、遥か昔から繰り返されてきた物語……
* * * * * *
亥の刻の鐘が鳴り響く。
そんな中、暗くなった夜道を歩き、帰途につこうとする者がいた。
まだ成人はしていない。手に持った蘭岳高校のスクールバックが、高校生という身分であることを証明していた。
そんな彼女に先程から一つの気配がつきまとっていた。
(──誰か…いる……)
一つに結った髪をたなびかせ、少女は意識を集わせる。
気配を感じ周囲を見回す。けれど、誰もいない。
視線は感じる。けれど、視えない。
夜という事もあり、視界はさほど役にたたず、相手の居場所が未だによく掴めない。
違和感を感じながらも、彼女は誰も視えない事を確かめ……
「ちょっとっ!
何処に居るんだか隠れてんだか知んないけど、見てるんなら姿くらい見せたらっ!?」
威勢の良い声を張り上げた。
けれど、一向にでてくる気配はなかった。
心が圧迫される──緊迫した空間。しばしの沈黙。
カシャン……
彼女の声の後、気配は消えた。
不可解な貴金属音と共に。
代わりに、彼女の目の前の空間から。何か。貴金属の塊が落ちてきた。
彼女はそれを警戒しながら見やる。
そこには、わざとか偶然か──。
先程の不可解な貴金属音を発したと思われるある貴金属品が落とされていた。
手に取り確かめると、それは一つの形を造っていた。
「……何これ? ……?
見えない奴の落としもんにしては、ちょっと変だけど……。
ま、預かっとくか……」
道に置かれたそれを拾い、彼女はそこを離れ帰途へとついた。
* * * * * *
「ハァイ! グッモーニン美夜?」
いつもと違い、席に座っていた美夜に一人の女性が話しかけた。
開け放たれた窓からの風が、彼女のブロンドの髪と絡まり戯れている。
染めたわけでも抜いたわけでもない自然な色彩のその髪は、光に当たり一層輝きを増していた。
そんな彼女の背は美夜より四、五センチ上…といった所だろう。
…──というと、誤解が生じるかも知れないが、別に美夜の背が低い、というわけではない。
美夜の身長は百六十センチを超えている。女性としては至って普通の身長だ。
つまり、その娘の背が更に高いのだ。
「ぁ──…瀬識? ──はよ…」
「ちょっと、どうしたの、美夜? 元気、ないわね──?」
普段は感じない違和感を感じながら、瀬識と呼ばれた女性は美夜との会話を続ける。
いつもなら、廊下で下級生に囲まれ騒ぎまくっている美夜が、今日に限って教室の机でフセっている。
そういえば、さっき下級生と思える団体様一同がゾロゾロと教室から出ていったわね、と瀬識はふと思い出す。
「──…どーしたもこーしたも、これどー思う?」
瀬識の一言に、美夜が声を高ぶらせ自分の右腕を瀬識に向かって突き出してきた。
瀬識に向かって突き出された細く、長い腕…。そこには、いつもなら有り得ない物が巻き付いていた。
──『ブレスレット』
人がそう呼ぶ物…。
そして、美夜があまり好んで付ける物ではない代物だ。
「あ──…、珍しい…わね。美夜がそういった類のものを付けるなんて…。
でもちょっと地味なんじゃない?
…──私は外した方がいいと思うけど。」
美夜の言葉に、瀬識は素直な感想を述べた。
「それが出来ないから沈んでたの!
あたしだってこんなくそ趣味わっるいもんつけてたかないし。
とれるんだったら、とっとと取ってるって」
間髪入れずに美夜は瀬識に向かって言い返す。
「出来ない?」
美夜の言った一言に、瀬識がピクン…と眉を僅かにつり上げる。
そんな事には微塵も気付かず、美夜は事のいきさつを瀬識に向かって語り始めた。
* * * * * *
「──で、現在に至るわけ」
先日の出来事を話終え、美夜は不機嫌に言い捨てる。
「へぇ? おかしな事もあるものね。」
美夜の腕に巻き付いている腕輪を見ながら、瀬識は微かに呟いた。
「──…あら? この宝石みたいな…なぁに? これ。」
よくみると、腕輪の五カ所に小さな宝石の様なものがついていた。
色はそれぞれ異なっていて『緑・紅・蒼・黄・透』の五種類だ。
等間隔を保ち施された石は一つを除き琥珀の様に色が透明な石の中に封じられていた。
透き通ったエメラルドグリーンの石。
真紅なまでの紅の石。
ウッスラと光すら感じる黄の石。
水平線…海の彼方の様な透き通ったブルーの石。
そして、透明無色の石。
「……『三日月』みたい。」
「え?」
ぽつりと呟く瀬識に美夜は間の抜けた声を出す。
「ほら、この緑色のやつ。」
言って瀬識はブレスについている宝石の一つを指差した。
「…ほんとだ、したらこの紅いのは…さしずめ『炎』ってトコ?」
「そぉねー。みえるんじゃない?」
「じゃ、この黄色のが『光』かなんかでこの水色は…、何だろ?」
冷たい海の色をしたその石は、琥珀の中でキラキラと光を発していた。
今は7月、夏休み前。今年は例年にもまして、猛暑だといつだかニュースでやっていた。
一高校の教室に「クーラー」や「冷房」などという、気の聞いたものなど置いてない。
けれど、その石を手にした瞬間不思議と暑さが和らいだのはきっと気のせいだとは思うが。
「『氷』…とか?」
「氷ぃ? まぁ、角張ってるし、見えなくもないけど…」
「別に氷じゃなくても『湖』とか『ブルーハワイのかき氷』でもなんでもいいわよ。」
「…食べたいだけでしょう? ブルーハワイのかき氷って…」
「あら。わかる?」
思ったままの感想に。
「そりゃわかるって。ま、最近暑くなってきたしねー。
もう少しで夏休みだし。そしたら一日中食べてれば?」
「…悪いけど私そこまで暇人じゃないのよ。」
美夜の嫌味ともとれる言葉を、瀬識は丁重に辞退した。
「…でも、マジでこれどーしよ…」
「せっしるーっ、みやーっ! おっはよーっっっ」
美夜の瀬識に対する言葉を遮り、底抜けに明るい声が、美夜達の聴覚を奪った。
美夜や瀬識に比べ、やや身長に欠けるが、一回り小さいのが、かえって声の主にぴったりはまっている。
「あら? 梨留、お早う。…今朝は早いのね。」
「…はよ、梨留」
「あ~、よかったぁ、二人とも来ててっ。
ねぇねぇ♪ 今日の約束、覚えてるよねっ。…っ! 楽しみ~っ!
今日の放課後、何処に行こっか。
ねぇ、美夜は何処がいいっ?」
と、梨留は美夜達にとってはいつも通りの甲高い声で一気にまくし立てた。
気の早い事に、梨留と呼ばれた主はもうすでに放課後の事を考えている。今日一日の授業の事など、すでに除外されている。
「放課後? って、今日だったっけ…? …あの約束」
「そーだよ…もしかして、美夜忘れちゃったのぉ!?」
「う゛…。ごめんっ! ちょーっと、ど忘れしててさっ!」
「むー、じゃぁ用意は?」
ひたすら謝り続ける美夜に、梨留が不安げに聞いてきた。
「……家──…かな…」
アハハハハ…と、乾いた笑いでごまかそうとする美夜に梨留は固まった。
「………………」
ショックを受けているのだろうか、声になっていない。
言いたい事が言えずに、梨留は唯々その場に立ち尽くす。
日本人にしては珍しい翡翠の瞳で美夜に向かって訴えかけていたのだった。
「これだから美夜は抜けてるっていうのよ。一回家に帰らなきゃじゃない。
…そぉね、時間のロスは、クレープで許してあげましょう? 梨留」
うるるる。と、涙目になりかけた梨留の肩に手を置いて、瀬識はニコリと笑みを浮かべる。
「──…うん!」
先程の涙は何処へやら。
答えた梨留は満面の笑みを浮かべていた。
「はいはい、おごりゃあいいんでしょ? おごりゃあ。
ったく、二人していつもそうなんだから…」
「あら、もともと忘れてくる貴女が悪いのよ。嫌なら精進しなさいな?」
「…うっさいなぁ。わかってるってば! んなの一々言われなくても!」
「ほんとにわかってるのかしらねー?」
「……っ!」
ガキボコギャス!
美夜が瀬識の袖を掴み、拳を握り、腕を振り上げる。途端、砂など無い筈の教室内に、砂煙とも言えるものが舞いとんだ。……ように見えた。
「…いったいわねっ! 何も殴ることはないんじゃない!?
だいたいっ! 貴女のポカが原因なんだから──…」
「うるさいな! んなの何度も言うことないでしょ!?」
「もぅ、逆ギレするなら一人でやって?」
「逆ギレなんかしてない! 瀬識こそ──…」
一方的に美夜に殴られた瀬識は、食って掛かる美夜を諫めようとするが、逆にそれが癇に触ったのか、益々美夜は怒声を上げる。
そんな瀬識と美夜のやり取りを、遠目からみる者達がいた。
決して近づいて来ることのない、クラスメイト諸君である。
もっとも、日常茶飯事と化しているこの光景は、クラスメイト諸君達からは、陰で「今日も仲のよい二人がいるねぇ…」「これをみなくして何を見る!?」という有り難いお言葉が寄せられているのだが、そんな事は露ほどもしらず、瀬識は美夜の言葉に頭を掻く。
「あのねぇ、貴女がポカをしなきゃいいだけでしょう?」
正論である。しかし、頭に血が上りまくっている美夜に、それが通じるわけはなく。ジロリ…と、横目で瀬識を睨む。
「…ほら、センセ来たし、この件は終わり!
終了! オーケー?」
苦し紛れの瀬識の台詞に、しかしながら美夜は反論しなかった。おとなしく席に着くと、すねた素振りで寝入ってしまった。というのも、日頃からなぜかしら大騒ぎをしていて、学校を騒がせている美夜達は、先生達の策略かそれとも本当に偶然なのか、とにかく校内一厳しく、うるさい鬼谷…その名前が由来し、別名鬼の化身と呼ばれている男のクラスへと身を置いていたためである。
特に瀬識はその外見から何かと邪険に扱われる事が多々あった。
はっきり言って陰険ヤローと言われる類の人格者だろう。
梨留も美夜も瀬識がはぐらかしたというのは分かったが、担任である鬼谷が来たのだ。
文句を言う暇などはない。…ふて寝はいいのか? というと、そうではないのだが、美夜の睡眠はいつもの事なので、もう見捨てられてしまっている。
「あー、今日は──…」
意識の遙か遠くで、声音の低い、ドスの効いた声が聞こえる。ぶっきらぼうながらも今日の日程を大雑把に説明しているのがわかる。
席に着きウトウトしていた美夜は、いつもとかわらない退屈な日常が、今日もまた始まると思いながら、深い眠りへと落ちていった。
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全ての始まり:web初出は多分…2003年1月?