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シュールレアリスティック・ガール/三

「この世界には何一つ説明出来ないことないのだけれど、説明出来ないと思わせることは出来る」

 それは僕の兄である枕木ジンロウがよく口にする台詞だが、ザ・シークレット・アフェアとは簡単に言えば、一見して説明不能と思える不思議を取り扱う職業だと言える。不思議を引き寄せこの両手の上で転がし現実世界に超現実を降ろす。それがどのような発端を持ち、それがどのような結末を迎えるにせよ、そういった酷く曖昧なことを遂行することが僕らの職業のおおよその形であり、核心なのだ。僕らは誰かの依頼に応じて、あるいはこの世界環境に応じて動かされる。

 僕がこの国の各地を旅人のように練り歩いているのは、世界環境の律動にある微細な歪みを我らが姫様が感じ取ったことによっていた。

「青い天使がいたずらを始めようとしている、」姫様は狐みたいに目を細めて、錦景市の日曜日の黄昏を遠くに見つめながら言った。「この不吉な感じを私は十一歳のときに感じたことがあるわ、けれどあの時代の私は何も出来なかったのよね、不吉を感じてもその感じに説明を付けることが出来なくて説明不能の事態に恐怖を感じ震えあがって動くことすら出来なかった、ただ屋敷の縁側に腰掛けて、夜空、下弦の月の隣に打ち上がる紫色の華火を見るようにその方向を眺めていることしか出来なかった、そしてある時刻には涙を落としたりもした、けれど今の私はそうじゃない、私は歳を重ねそれなりの大人へと成長した、長い歳月は私を強く叩き鋭利な刀へと仕上げた、この不吉な感じを嫌らしいものとして鋭く憎むことが出来るようになった、同時に私は不愉快なものに対して動くことが出来るようになった、手広く、俊敏にかつ確実に狙いを定めて、そうでしょ、ユウちゃん、だから私に集うものとして、動き出さなくっちゃいけないのよ」

 僕は姫様の命によって動き出す。

 姫様が感じ取った青い天使のいたずらになんらかの決着を付けるために。

 そして僕は稲荷ハルナという少女の青い天使と真紅色の薔薇の海と公園の絵を東京で発見する。僕はハルナの絵を見てほとんど驚愕というに相応しい衝撃を受け、狼狽し、そして姫様が感じ取った不吉を全身で受け止めて震えた。突如激しい頭痛に襲われ、瞬間的に胃からこみ上げてくるものを感じて、それを我慢できずに僕はすぐにハルナの絵から離脱してトイレに駆け込み胃の内容物をひとつ残らず吐き出してしまった。僕は文化会館のトイレで顔を洗い、自分の血の気の引いた青い顔をまっすぐに睨みながら、どういう形であれ、僕は青い天使のいたずらからハルナのことを守り通さなければいけないのだと理解する。ある場合には掬い上げることも考えなければならないと思う。

 僕の決意はこの時点ですでに固まっていたのだ。

 そして僕はハルナに出会い、彼女の人となりを知り、彼女に少なからず好意を抱き、ますます決意を強くする。僕はハルナの顔が好きだ。彼女の笑顔が好きだ。宿命的な遭遇だと思う。本心で。

 ハルナは一見してこの世界にありふれた普通の女子高生だったし、そしてどこまでも現実的な少女だった。しかしその一方でコインをひっくり返すように容易く世界を移ろい得る超現実派の少女だった。少女の揺らぎは実は激しく騒がしい。彼女はいつからか現実に適応するために頑なに虚勢を張るようになった。ハルナの内部の矛盾は彼女のことを魅力的に仕上げた。宿命的に超現実派は熟成されている。しかし同時にそれは青い天使の瞳にも魅力的に映ってしまったのだ。

 青い天使はいたずらを始めようとしている。

 僕はそれにいつでも対処出来るように冷静でなくてはならない。

 僕は東京の夜の七時の景色を足元に見ながら珈琲を飲んでいる。

 そして珈琲で濡れた唇に、僕の仕事のパートナーであるキティ・ローリングが煙草の匂いのきついキスをする。僕の反応が鈍いことに対して、彼女は英国風の盛大な舌打ちをして返し、僕の腕に強引に腕を絡めてくる。そして彼女は僕の肩に頭を乗せ東京の夜景を蔑むように見る。僕らは帝国ホテルの最上階に部屋を借りていた。キティの金髪からは煙草とアルコールとヴェネツィアの香水が混じった強い匂いがする。彼女の金髪はお尻を隠すほどに長く、僕の嫌いな匂いをしっかりと溜め込んでいた。

「ロンドンの夜景に比べると随分チープよね、」キティはバージニア・スリムを吸っている。大きく煙を吐き、それは僕らの膝元で漂い、なかなか消えない。「毎日下品なクリスマスをしているみたい」

 僕はキティに構わずに黙って珈琲を一口飲む。苦みが口の中に広がる。

「ねぇ、ユウちゃん、」キティが僕の顔をそのブルーの瞳で覗き込みながら言う。「とにかく今夜は踊りましょ?」

「踊る?」僕は首を捻って軽く微笑む。「クリスマスだから?」

「それは関係ないけれど、」キティは口を尖らせて言う。「とにかく踊りたい気分なのよ、そうね、ストロークスのファーストに合わせて」

「いいね、」僕はカップの珈琲を飲み干した。「とにかく今夜は踊ろうじゃないの」

 キティはスマートフォンを操作してストロークスのファーストを再生する。

 そして僕らは朝まで踊り続けた。

 厚手の赤い絨毯の上でゆっくりと確実にステップを踏みながら。


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