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中編




「これに乗って飛ぶんだよ」

 駐車場のど真ん中に、デカい花の形をした乗り物。くすんだ濃いピンク色は、ところどころ禿ている。遊園地によくあるコーヒーカップみたいな、いや、なんかのアトラクションで乗り込むやつみたいな。とにかく三人乗りだな、三人乗り……。帰りてーよ、なんなん? これ。


「さ、乗ろう、乗ろう」

「いや、あの」

「いいから、いいから」

 戸惑う俺を無理やり座席の真ん中へと押し込み、二人はその両側に座った。目の前には黒くて丸い形をしたハンドルがある。なんかきったねーな、散々使い倒しましたって感じ?

「はい。それ握って」

「つか、これどこで盗んで来たんだよ。廃墟かなんか?」

「こんな大きいの運べるわけないでしょ。いいから早く。誰かに見つかっちゃう」

 仕方なく、言われるがままハンドルを握った。空には星が輝き始め、ありがたいことに人通りはすっかりなくなっている。とはいえ油断は出来ない。

「お前ら早く帰らないと、親が心配するんじゃないの」

 とにかく、こんな姿誰にも見られたくないんだから、この二人を帰す方向へ持ってくしかないだろ。

「だから、親はいないの」

「いないったって保護者とか、」

「どこがいい?」

 俺の言葉を遮って、姉がにっと笑った。

「どこって、なに」

「どこでもいいんだよ。北海道でも沖縄でもハワイでも北極でも。どこでも、これに乗って行ける」

 この二人、頭大丈夫か? なんかの怪しい宗教とかじゃないだろな。

「ハンドルの真ん中にボタンがあるから、それ押しながら言って」

 こいつらの気が済めばきっと解放される。だから、しょうがなく言うんだ。あー恥ずかしい。

「……エッフェル塔」

 ぼそっと呟き、ボタンを押したと同時に、一瞬体が浮いた気がした。俺たちを乗せた変な乗り物は、そこで一気にぐいーんと上空まで飛んだ。咄嗟にハンドルを強く握りしめ、全身に力を入れて、足を踏ん張った。

「うおーーーー!」

 街の灯りが遠くまで見渡せる。意外にも風は吹いていない。

「すげえ、すげえ、すげえ! マジか!」


 叫んだ途端、別の場所にいた。

 すぐ横には、美しい鉄塔の天辺がある。俺たちは花の形の乗り物に乗ったまま、ふわふわと浮かびながら鉄塔の周りを一周した。今さっきまで夜だったのに、ここは明るい昼間だ。空が青い。見下ろすと、エッフェル塔の周りには美しい芝生が広がり、たくさんの人が行き交っていた。

「気に入った?」

「お、おお! でも皆気付いてないみたいだけど、なんで? まあ別に、それはどうでもいいんだけど」

 楽しそうに笑った二人は、興奮している俺に訊いた。

「次はどこ行く? 場所だけじゃなくてね、過去も未来も行けるんだよ」

「マジ!?」

「マジす」

 俺の両側で姉妹は、こくこくと頷いた。ここまで来たら信用するよ。……過去か。

「未来は、あんま見たくないな。過去には行きたい」

「過去のどこ?」

「さっきの駐車場。三年前の夏休み前日、終業式の日。まだ公園だった頃」

 ボタンを親指で押した。次の瞬間、カラリと晴れた気持ちの良い陽気とは打って変わって、湿気の多い暑さが体に纏わりつき、目の前には見たことのある風景が現れた。


 俺たちは公園の木の陰に降り、花の乗り物の中から、下校途中の小学生たちを見つめていた。男子が三人、その後ろの少し離れたところに、女子が二人歩いている。男子の内の一人は、小六の俺だ。日はまだ高く、地面を照り付け、蝉の鳴き声があちらこちらから降ってくる。

 姉妹は本当に、俺を過去へと連れてきた。

「甚太、すごく生意気そう。なにあの顔」

 妹の方が、ぷっと吹き出すと、姉もくすくすと笑った。

「夏梨ちゃんは、やっぱり可愛いね」

「あたしたちに、いつも優しかったんだよ」

 友達と歩いている夏梨は、今よりも髪が短く、背もまだ低い。男子三人は公園に立ち寄った。遊ぼうぜーと、ランドセルを肩から下ろそうとしたところに、夏梨が近づいてきた。

 ああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、この場面。今まで何回、夢に見ただろう。

「甚太、ちょっと」

 夏梨の呼びかけに、男子三人が振り向いた。夏梨の友達は公園の入り口で待っている。

「なんだよ?」

 ここから見るとよくわかる。後ろにしている夏梨の両手にはプレゼント。それをぎゅっと握りしめている小さな手が、何だか切なかった。ああ、なんだかもう、見てらんね。

「お誕生日、おめでとう」

「え……」

 恥ずかしそうにプレゼントを差し出したと同時に、友達がひゅう、とはやし立てた。

「い、いらねーし!」

 真っ赤になった俺は、すぐそばにあった花が咲いている中へ、貰ったプレゼントを放り込んだ。……やっちゃったよ。

「あー泣かせた、泣かせた! 夏梨が泣いたー! 甚太が泣かせたー」

「お前ら、うるせーんだよ!」

 この、どうしようもない幼いやり取りを、直視できなくなり俯いた。どう考えても、あれは俺が悪いよな。

「さいてー! あんたって、マジひどいよね」

 両側から姉妹に左右の腕を強く引っ叩かれた。

「いってーな……! 静かにしろよ」

「何その言い方。こっちだって、あの時、超超痛かったんだからね!」

「はあ? 何でお前らが痛いんだよ。意味わかんね」

「せんちゃんなんか、あの後泣いちゃってさ」

「ほーちゃんは怒りまくってたんだよね」

「変な名前だな」

「へん言うな!」

 そういや、初めて聞いたな二人の名前。本名は何て言うんだ?

 走り去っていく夏梨を追いかけようともせず、俺は友達と一緒に公園を出て、彼女たちとは逆方向へ歩き出していた。

「あの、バカ……! 謝れよ、くそ」

 今ならまだ間に合う。ハンドルから手を離し、体の向きを変えようとしたところで、姉妹に両側から押さえ付けられた。

「降りたら戻れなくなるよ」

「へ」

「元の世界に戻れなくなるって言ってるの」

 何だよ、また急に真剣な顔して。怖いんだよ。いや、怖いとか言ってる場合じゃない。

「ひとことだけ。謝りたいんだよ、どうしても」


 確かあのあと、俺は一人で公園へプレゼントを探しに行ったんだ。だけど、いくら探しても見つからなかった。

 次の日から、恥ずかしくて、夏梨に申し訳なくて、どうしたらいいかわからなくて、今までずっと、何年もろくに口を利いていなかった。目が合うことがあっても、自分から無理やり逸らしてた。それまでは結構仲が良かったはずなんだけど。

 可愛いかったな、さっきの夏梨。あの頃、好きだとかなんとか、意味わかんなかったし、彼女を傷つけることよりも、友達に何か言われることの方が重要だったんだ。くだらないんだよな、ほんと。


 「じゃあ、夕方にいこー!」

 突然、姉妹が叫びながらハンドルのボタンを押した。次の瞬間、俺たちは夕暮れを迎えた同じ場所へと移動していた。




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