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前編


「あたしたちは、空を飛べたわけよ」


 合わせんな、合わせんな。こいつらは絶対あぶない。目を合わせたら、仲間だと思われてしまう。

 最近、近所へ引っ越してきたという、髪の長い見た目そっくりな姉妹。

 登校時間に俺のそばへいきなり駆け寄り、転校二日目で道がわからないからと勝手についてきた。それから一週間が経っても、朝練が無い日は通学途中の俺を捕まえ、シカトしている自分のことなんて構わずにぺらぺらと話しかけてくる。

 別にそれだけならいいんだけど、最初から話しの内容が何だかおかしいから、絶対に関わりたくないと思ってしまった。雨が降ると皆でずぶぬれだったとか、私は赤だったとか、いやピンクだったとか、両親はいないのとか、小鳥は好きだけど虫は嫌いだとか。全部が唐突で、内容に一貫性がない。

 とにかくさっきのは、今までの中で一番キツかった。


 ジメジメした鬱陶しい梅雨も明け、夏の空は朝から眩しすぎる。

「ねえ、あっちに小さい公園があったでしょ? その角曲がった向こう側。そっちの方が学校行くのに近くない?」

 脇道に入ろうとしたところで、姉の方が言った。これは二年。妹は一年。俺は三年。部活も違うし、普段こいつらと俺は全く接点がない。それより、さっきの空がどうのって話はどこいったんだよ。姉の質問に返事をすることなく、歩く速度を上げた。

「ねえ、夏梨かりんちゃん、元気?」

 唐突に妹の方が口にした名前を聞いて、久しぶりに胸がずきっと痛んだ。

「……何で知ってんだよ」

 思わず返事をしてしまったじゃないか。

「昔この辺に住んでたから知ってるんだよ。ねー」

「ねー」

 真っ直ぐな黒髪を同時に揺らして、二人が両側から俺の顔を覗き込んだ。

「昔って、いつくらい?」

「三年前くらい」

「え、何小出身だよ。俺、お前らのこと全然知らないけど」

「私立行ってたから」

「ねー」

「ねー」

 うざ。

 私立へ行っていた? 中学で引っ越して、また戻って来たのか。親の転勤かもしれない。それにしたって顔ぐらい見たことありそうだけど、全然記憶にない。



 しばらくは俺の朝練が続き、あの二人に会うこともなかった。学年が違うから学校でも関わることはないし。あいつら、あんなんで友達できるのかね。クラスに一人二人はいる不思議ちゃん同志で、うまくやってんのか。

 部活の帰り道、友人たちと別れてから、そんなことをぼんやり考え歩いていた。そのせいなのか何なのか、俺はいつの間にか以前の通学ルートにいた。

 なるべくなら通りたくない場所。見て見ぬ振りを、し続けている場所。

「おーい! こっちこっち!」

 人が感傷に浸ろうとしていた、その時。まさにあの場所で、いつもの姉妹が俺に向かって手を振っていた。住宅街にある路地沿いの駐車場は、隅に少しだけ土のスペースがある。雑草が生え、手入れはされていないように見えた。そこにしゃがんで俺を呼ぶ二人を、遠くから目を凝らして見つめる。

 うわーうわー、土いじくってるよ、土。それも素手だよ、素手。勝手に草抜いてないか? 中学生にもなって、こんなとこで何してんだ。スルーしよう、スルー。知り合いだと思われるだけでも迷惑だ。

 人が少ない路地とはいえ、自転車に乗る人や、急ぎ足で進む大人が何人か歩いている。

「ねえ!」

 顔を逸らして遠くの空を見上げた。この人たちは知らない人ですよー。同じ制服着てるけど、別に仲間じゃないんですよー。大体さ、何で俺のこと呼ぶんだよ。

「ねえ、聞こえてるんでしょ?」

 尋常でない早足で、そこを通り過ぎようとすると、背中へ大声を投げつけられた。

「ねえったら! そこの三年二組! 日向ひむかい 甚太じんた!」

「ばっ、フルネームで呼ぶな!」

 焦って振り向き、仕方なく二人へ駆け寄った。

「お前らふざけんなよ。デカい声で」

「あんた、昔あたしたちに物投げつけて来たじゃない」

「ずっと覚えてたんだからね。超絶痛かったし!」

「はあ……? 知らねーよ。変な言いがかりつけてんなよ」

 またわけのわからんことを。

「だから手伝いなさいよね」

 二人はぶつぶつ言いながら、次から次へと雑草を引っこ抜き、素手で土を掘り続けていた。制服のスカートの裾が地面に着いて汚れている。そんなことは全く気にせず、こうすることが当たり前なんだと思わせる横顔で、二人は手際良く土をならしていった。俺は鞄をアスファルトの上に置き、制服のポケットへ両手を突っ込み、手伝うこともせずに、ただ二人を見下ろしていた。

「ここ、昔は小さい公園で、綺麗な花がたくさん咲いてたのに。駐車場にするなんてさ。センスの欠片もないよね」

「それも三台しか停められないし、高いから借りる人いないし、必要ないじゃんね。端っこは雑草だらけで手入れもしてないし。大家さんは三駅も先の人だから、ここを見に来ることなんて全然ないんだよ」

「ブランコが二つと、滑り台ひとつ。それだけで十分だったのに」

 そういえば、そうだった。小さい頃は広く感じた公園。それしか遊具が無くても、小学校の高学年まではここで友達とよく遊んだっけ。学校帰りも寄り道してさ……って、また胸が痛んだ。

 だから嫌だったんだよ、ここへ来るの。


 辺りは夕暮れの色に染まっていた。突然何かを思い出したように立ち上がった姉妹は、姿勢よく俺の前へと並んだ。前髪は二人ともぱっつんで、長い黒髪を耳の下で二つに縛っている。目は大きく、肌の色は日に焼けていた。本当に良く似てるけど、身長差があるからそれで何とか見分けがつく。

 姉の方が口をひらいた。

「もうずっと飛んでないの。だから手に入れて来て欲しいんだ。腐葉土と、赤土と、それからミミズ」

「みみずう!?」

 驚く俺に向かって、今度は妹が言った。

「あんたんちの庭にいるから。おじいちゃんに聞いてみてよ。園芸好きでしょ」

 それにしても一応先輩の俺に向かって、どういう口の利き方してんだ、こいつらは。

「俺んちのじーちゃんのこと、なんで」

「こっちにいた頃、よく話しかけてくれたの。綺麗だねーとか、かわいいねーとか」

 ……犯罪だろ、それ。何となく弱みを握られた気がして、慌てて家に帰り、じーちゃんに頼んで二人に言われたものを受け取り、元来た道を走って戻った。


 薄暗がりの中、二人は駐車場の外灯の下に並んで、静かに俺を待っていた。今までに見たことのない真剣な表情で。なんか、怖いんだけど。

「ほら。これでいいんだろ」

「ありがとう」

 嬉しそうに俺の手から受け取ったものを、雑草を取り除いた土と混ぜて、ミミズも突っ込んで、その上に種のようなものを蒔いた二人は、さらに土を被せて両手で上から撫でた。

「これでよし、と」

 二人がパンパンと手の土を払ったと同時に、土の中から何かの芽が出て、あっという間に緑色の葉が茂り、茎はぐんぐんと伸び、腰の高さまで達した。たったの三十秒か、そこらだ。

「な、何だよこれ……!」

 気味が悪くなって、一歩後ずさりする。姉妹は笑顔で同じ方向を指差した。車を置くはずの場所には、濃いピンク色の変な乗り物のようなものがある。


「お礼に、甚太も空飛ばせてあげるね」



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