不良少女
あの何件ものあった一日から一週間が経った。あれから全く佳志と会わなかった。奴は一体何を考えているのだろうか。
そうだ。あの一日は色々な事があり過ぎた。
まず、友之の件だ。それから佳志、例の化け物、それから佳志の真相に一歩近付けた。
長い長い一日で俺も非常に疲れている。
「真! 起きなさいってば!」
なぜかもの凄く久しぶりに聞こえるのは気のせいだろうか。
目を開けると、そこには美里がいた。
「アンタねぇ、ココ一週間私にも、誰にも口利いてないけど、何かあった訳?」
そうだ、俺はずっと寝ていた。
「別に何もねーよ。ちょっと疲れてただけだ」
「たく、私のメールも無視して、どういうつもりよ?」
「うるせー。ダルかったんだよ」
ユリが美里の隣に来た。
「真くんも色々忙しかったんだよみーちゃん。だからちょっとは許してあげてもいいんじゃないかな?」
美里はため息をついてその場を立ち去った。
何か久しぶりの下りだな。
まるでコイツラと会うのも凄く久しぶりと感じるくらいだ。
ユリが俺のそばに来て、声をかけた。
「ねぇ、真くん」
「……ん?」
「ちょっと話があるんだけどさ」
ユリは俺を階段沿いの人通りの少ない場所へ連れて行った。
何を話すつもりなのだろうか。
「真くん、最近ちょっと疲れてない? 結構心配してるんだよ美里も」
「悪いな。本当色々あったでよ。美里にも悪いと思ってる」
「土日の休日に何か嫌な事でもあったの?」
「なかったと言えば嘘になるが、ユリたちには関係ない事だ」
「関係ない訳ない、って前言ったよね? 私たち、友達だから」
こればかりは話したくない事情なのだ。
「私は真くんと千春さんが付き合った事も知ってるから、さ」
「何で知ってんだよ。アイツから聞いたのか?」
「ううん。この前校舎裏で真くんと千春さんが、その……、抱擁してたから」
――見られてたのかよ。
「そうか。美里は知ってんのか?」
「知らないよ。もちろんこの事を言うつもりはないけれど、何かみーちゃん可哀想」
「分かってるよそんぐらい。でも、こうしなくちゃいけない事情だってあるんだよ」
もし時空だとかいうものが存在していなかったら、もしかしたら俺は美里と付き合ってたり、そういう展開があったのかもな。
「話をしたくなったら、いつでも相談してね」
そう言ってユリは教室に戻った。
後から俺も戻った。
コレは他のツレとかに言える事情じゃない。
申し訳ないが、な。
教室では相変わらず千春が机に這いつくばってグッタリ寝ている。
もう見慣れた光景だ。
教室でボーっと座っていると、ドア際から大きな声が聞こえた。
「おい! ココで一番強え奴だ何処だコラァ!」
この学校では珍しい口調を放つ生徒だ。
誰かと思えば、黄金美高校で一番の不良と噂されているヤンキーだ。
当然俺はそんな言葉を無視して窓越しを見つめた。
「アレって、一年生の不良だよね……」
「あぁいるいる、高校デビューって奴だな」
こそこそとそんな噂があった。
「おいテメェら! 何コソコソと話してんだ! ぶっ殺すぞ!」
男はそいつらに罵倒し、アイツらは怖がりながら教室の外へ逃げ出した。
――はぁ、ロクでもねー野郎だな。
「おいテメェ、そこの金髪! 聞いてんのかゴラァ!」
奴はシカトをかましていた俺のイスを蹴った。
「はい?」
「テメェ、何か喧嘩強そうだなぁ。俺と勝負しやがれ」
よく見ると、ホント今時の不良って感じだな。
オレンジ色の髪色で額に黒色のバンドを巻いており、袖まくりをして手首には複数のブレスレットをはめている。耳元には派手なピアスをつけており、スカルの形をした指輪をはめている。
「嫌だ。生憎俺は喧嘩主義じゃないんで」
「あぁ? じゃあ何でそんな目立った髪色してんだ!」
「知らねーよ。お前だって派手な格好してんじゃねーか」
「これは喧嘩上等って証だからだ! テメェみたいなチキン野郎とは違うんんだよ!」
「チキンで結構。さっさと一年生のところ戻って仲良ししとけ」
奴は途端に逆上し、俺の胸ぐらを掴んだ。
「テメェ……舐めてんのかコラァ! わた……俺が誰だか分かってんのか!」
「しらねー。入学当初から粋がってる奴って事は承知の上だけどな。つーかお前、他に仲間とかいんのかよ?」
「仲間……! いる訳ねぇだろチンカス! テメェなんか俺一人で何とかできるんだよ! 今日の放課後、屋上で待ってやっから勝負しろ!」
こういう下りはホント面倒くさいんだよな。
「光莉って名前、覚えとけ。絶対来いよ」
「何だその女みてーな名前は……」
「アァ!? ふざけんなよクソ野郎! 辺留光莉って名前があんだよ俺には!」
たく、こんな弱弱しい体つきでよく俺に立ち向かおうとするよな。
ま、俺も似たりよったりか。
と思ってると、光莉の後ろから影が見えた。
その影の正体は、怒りのオーラがよく見える千春だった。
千春は後ろから光莉を殴りつけようとしたが、幸い避けられた。
「おっと! 何だアンタ?」
「真に近寄らないで。さっきから目障り」
「何だぁ? アンタらカップルか?」
「とにかく近寄らないで虫けら。早く離れて」
「ふーん……」
……あ?
奴はシメシメと表情を浮かび、急に俺の後ろに立って首を絞めた。
「オラオラ! コイツがどーなってもいいのか?」
何だ? 何を企んでんだコイツ?
混乱の最中、わずかな冷静を保ち、俺は感覚を集中させた。
背中が、柔らかい。
――なるほど、千春がマジギレしてる理由ってこれか。
「さっさと、離しなさい」
千春はフラフラと歩き、ヤケクソなパンチを俺の真横に通した。
あっぶねー! コイツ絶対狙ってないだろ!?
「お友達が惜しければ、今日の放課後屋上にきな!」
光莉はバッと離し、そのまま立ち去った。
たく。まさかあんな男っぽい女がいたとはな。最初は気付かなかった。
「真、大丈夫? 怪我はない? 何か不健全な事はされなかった?」
「あ、あぁ。そんなに心配しなくてもいいよ別に」
千春が俺の身体をあちらこちら確認する姿を、美里が良くない目で見ていた。
「アンタたち、そんなに仲良かったっけ?」
「えっ……」
さすがに察しがつかれそうだ。
「いや、別にそんな訳じゃねーよ」
「なら、いいけど」
ならいい? そうじゃなかったらどうなってたんだ?
考えている内に、時間が過ぎた。
約束通り、ホームルームが終わった後に俺と千春で屋上へ上がった。
扉を開けると、案の定奴が後ろ姿で突っ立っていた。
たく、本当にこんな小娘と戦わなきゃいけないのかよ俺は。
くだらない。
「おいおせぇぞ! 何チンタラしてたんだお前ら!」
一言一言が口悪いなコイツ。
そういや辺留光莉って言ってたな…。
「おいベルビカリ、お前本当にこんなとこで俺と喧嘩するつもりか?」
「アァ? まさかそのつもりじゃなくココに来たってことか? 黄金美高校最強の男って聞いて嗅ぎつけてきた先がそんな腰抜けみたいなこと言ってちゃ、腹の虫が治まらないんだよ!」
「あのなぁ、俺は女に手出す主義じゃないんだよ」
「関係ないぞ! さっさと勝負しろ、与謝野真!」
コイツ俺の名前知ってたのか。
すると千春が急に走り出し、光莉に殴りかかった。
――おいおい、アイツ本気だぞ。動きが人間では追い付けないほどだったところに俺は見逃さなかった。
しかし光莉もタフな奴だ。あの颯のごとく飛んできたパンチを避けた。
「真と格闘戦を交えて何を企んでいる? 異性に対する格闘術はある種誘惑にも繋がる事がある。お前はそれを企んでいるの?」
今までに見たことのない、千春の怖い顔がそこで現れた。
「何だぁ? アンタやっぱり与謝野真と付き合ってるのかぁ?」
「友達を守るためだよ。お前がさっさと引いてれば、ね」
これが修羅場って奴か……。
千春、お前は別に怒らなくていいんだぞ。多分辺留の小娘だって本気で戦いたいとか思ってたと思うし。
俺はどうすればいい? この女同士の喧嘩を止めるべきか? それとも決着を見届けるべきか?
――止めてから、いっぺんやってみるか。
「おいオメェら、止めろ」
二人の間に拳を放ち、まずは状況を落ち着かせた。
「お? やっとその気になったか与謝野真!」
「格の違いってのを見せてやるよ」
「女だからってナメんじゃねぇぞコラァ!」
「男尊女卑とかの問題じゃねーよバカ」
俺は人差し指で『こっちへ来てみろ』と合図し、奴はまんまとその挑発に乗って逃走する俺を全力で追いかけた。
逃げた先は三階の廊下。
「おいテメェ逃げてんじゃねぇぞゴラァ! いい加減にしろよ!」
「逃げじゃねーよ。お前は俺と勝負して、それで勝ったら満足か?」
「ココのトップを取れるからなぁ!」
「そうか。なら、負けたらどうする?」
「はっ! 光莉が負ける訳ねーだろ! 何でもいう事聞いてやるよ!」
「言ったな。ならついて来い」
と、同時に俺はその三階の窓から自分の身体を投げつけた。
そう、飛び降りたのだ。
「コラ待て――!?」
一つのことしか考えてないバカは、ココで負けが確定される。
落ちる先は、プールだった。
「一遍頭冷やしやがれ」
俺はそう言って、2人共にプールに転落した。
あぁ、死ぬかと思った……。
決着はついた。光莉は気絶している。
つまり、俺の勝ち。これが暴力なしでできる男女の勝負だ。
「これが格の違いって奴だよ」
俺はそう呟いて彼女をプールから引き上げた。
実は俺も飛び降りる時に結構怖かった。生きてるのがおかしいと思うくらい。
これで懲りただろうと、そのまま次の日を迎えたが、事態は一向に治まる気配がなかった。
「おい与謝野真! 今日こそは必ず決着をつける!」
教室へ入ろうとする俺に朝っぱらから怒鳴り散らしてきた。言うまでもなく光莉だ。
たまたま近くにいた千春がしかめっ面で光莉に近寄った。
「アンタまた真に手を出そうとしているの?」
「何だぁ? また与謝野真の女か。お前には用はないんだよ!」
「生憎私にも真を守る義務があるの。昨日あっさり負けたでしょ。アレで決着はついた」
「アレは無効だ! 正々堂々と勝負に立ち向かわなかった与謝野真の反則行為なんだよ。だから改めて勝負を申し込むだけだ! 邪魔すんなボケ!」
赤面になった光莉がそう必死に言った。
――コイツは一体何が目的なんだ?
そうだな、千春が入るとらちが明かない。まずはこの場を振り切るか。
「おい辺留光莉。勝負なら受けてやる。それも正々堂々とした勝負をな」
ハッキリ真面目な表情でそう言うと、光莉は一瞬驚いた表情になり、それからなぜかツンとした態度をつけた。
「そ……そうか。やっとその気になったなら、仕方ないな」
「千春は抜きだ。俺と二人でケリを付けてやる。覚えとけよお前」
きつい態度で俺はそうタンカを切った。
千春は自分が行けない事に対して悔やんでいたが、俺はそれにも念を入れた。やはり彼女が来ると色々とややこしくなるからな。
一度、本当に一発やってみるか。
たかが女一人だが、俺は自分の力を思い知らせてやるという、若干悪気のある気持ちに変化した。
放課後、約束の体育館裏で光莉と合流した。
「はは! まさか光莉と本当に喧嘩しようとするとはな!」
手の関節をボキボキと鳴らし、震脚をしながら彼女はそう言った。
「お前に一つ聞きたいことがある」
「何だぁ? 光莉に聞く質問なんてあるってかよ?」
「お前は何で俺と喧嘩なんかしたいんだ?」
大体分かっていたが、改めて聞いた。
「決まってんだろ。テメェがこの学校の最強人物って発覚したからだよ!」
「何で分かった?」
「んなもん噂聞いてれば丸見えなんだよ!」
「そんなに喧嘩が好きなら他にもいくらでも荒れ暮れた学校があったはずだぞ? そうだな、隣町の赤星高校とかな」
「関係ねーんだよ! 光莉はただテメェと勝負したいだけなんだよ! ゴチャゴチャうるせー! 手加減したら承知しねーぞ!」
「そうか。なら、本気でいくぞ」
別に大した恨みなどない。
だが、この女には一度知って欲しい事がある。それは経験の差だ。
――あんま舐めてんじゃねぇぞ。
しかし、コイツは思ったより手ごわかった。
女だからと言って油断しすぎたな。蹴りの速さが空手家と同等だ。
「何だ何だぁ!? 避けてねーでさっさとかかってこいよ!」
いや、俺は戦う。
一つ一つの蹴りを着々と避け続け、徐々に光莉は疲れていった。
「おいお前……! 正々堂々と戦うんじゃなかったのかよ!?」
「生憎だが、俺はこれでも戦っているつもりだぞ。お前がかかってこいよ」
「なめんじゃねー!」
そして激怒した彼女は俺の頭にめがけてハイキックし、それが直撃した。
――やっぱり戦いってのはこうだよな。
至る箇所に蹴りが入り、所々にアザが見られる状態にまで圧倒された。
しかし俺は、手を出す事はなかった。
「何でテメェかかってこないんだよ! さっさとしねーと負けちまうぞ!」
「ははっ……。そうかい。負けちまう……てか」
「何だ? 負けてもいいのかよコラァ! 逃げてんじゃねぇぞ!」
コイツには一生分からないだろうよ。『負けれない』という屈辱がよ。
「俺は逃げてないよ。だがお前には手を出さない。何ならこのままずっとぶつけたっていいんだ」
悔やむ光莉は叫んで、初めて拳を使って俺の顔面を殴った。
「ふざけんな! 手加減すんじゃねーよテメェ!」
「じゃあ逆に聞くぞ」
二発目のパンチを手で押さえ、彼女の手首を強めに握り、俺はこう聞いた。
「俺が勝ったらどうするつもりだ? 言っておくがな、俺は自分の圧倒的な強さを誇りに思っちゃいねーよ」
「何でだ? トップに立てるんだぞ!?」
「俺はそんなものに興味はない。自分が上に立ったところで、身の回りに残るものは変わらないだろ。俺は自分の強さを意味のない勝負に使ったりしたくないんだよ。お前に勝つことより、自分に勝つことの方が難しいんだから」
「どういう事だ!?」
「殺す事より、人を救う方が難しいって言ってんだよ! 俺はお前を今からでもぶっ殺すことだって可能なんだ。でもな、んな事しても何にも残らないだろ。だったら、今ここでお前と友達になった方がよっぽど得するに決まってんだろ。それは俺だけのためじゃなく、お前のためでもあるんだよ」
そう説教をすると、抗っていた光莉がようやく力を抜いた。
「納得した。お前がどれだけ凄い人なのかもよく分かったぞ」
「それなら良いけどよ」
「でも、やっぱり正々堂々と戦わないのは嫌だ」
胸ぐらを掴まれ、思い切り鼻に頭突きを食らった。ボキという醜い音も鳴り響いた。
これは絶対折れたぞ。さすがに……痛ぇ。
――気が付くと、俺は空を見ていた。たまにはこういう風景も悪くないのかもな。
あーあ、結局怒って帰りやがった。俺が勝っても、俺が負けても最終的には胸糞悪い結末にたどりつくんだよな。
俺は辺留光莉に何を教えたのだろう。
そうだ。力の差だ。
千春が言ってた故郷の時空にいる与謝野真っていうのはきっと、人を殺害するためらいを持たない、負のオーラを放つ力の持ち主なんだろうな。
逆に言えば俺は、そんな殺害するほどの度胸もないけど、人を救うこと、何かに耐えることくらいはできる。
分かり易く表現すると、元祖の俺は攻撃力重視、今の俺は防御力重視。
俺はピストルに撃たれようが、どんなにエグられようが、明確な目的がある限り、死ぬことなどない。
だが殺すことはできない。あくまでも半分の細胞があの化け物に化しているだけで、完全ではない。
自分の拳だけで人を死亡させるほどの力はないが、吹っ飛ばすまでならいける自信がある。
――そうだ、この力は人間にも、普通の化け物でもない……。
目的があれば死なない、それはつまりあのフィルモット細胞のアドレナリンが分泌されるからこそ起こる現象だ。
一方攻める力に関しては相手を死なせない程度だ。本来の怪物なら平気で殺人領域のようだが。
つまり、俺には絶対、フィルモットの絶望悪夢を奪還することはできない。俺はフィルモットに勝てない。
即ち故郷自分には勝てない。
しかし、誰かを守るだけの力くらいはあるだろう。
――あの男は、千春を狙っている。つまり、今俺にできることは千春を全力で死守することだ。
あの与謝野真より、与謝野佳志の方が気になる。
奴は千春を殺しにきていないというのならば、何をしにこの時空に来たんだ?
それを突き止めるためには、本人に会う他ない気がする。千春も知らない様子だったしな。
次の日、学校から帰る時、またもやオレンジの髪が俺を追いかけてきた。
「おい与謝野真! 光莉と付き合え!」
昇降口で、人盛りのある時によくそんな大声で言うな。
「おいおい、状況を考えろよ。ココでプロポーズは早まり過ぎだ」
「ちげー! 勘違いすんな馬鹿野郎! ちょっと付き添ってもらえばいいんだよ!」
「あーそういうことか。どこに?」
「ショッピングモールだよ! 黄金美町の端っぽにあんだろ!」
「あぁ……金ジャで何すんだよ」
「何でもいいからついて来い!」
たく、千春がいたら死ぬほど面倒な事が起こってたぞチクショウ。
ま、ちょっと付き添ってみるか。
下校帰りの寄り道ってとこか。まぁ俺は寄り道というよりはかなり遠回りをしてるんだがな。
街を歩き、そして黄金美ジェリコへ行くと、やはりショッピングモールならではの風景だった。人盛りが他と比じゃない。
こんなとこで一体何を見にいくのやら……。
と何も会話もせずタラタラと歩いた先には、レディースコースの服屋があった。
「何だ? お前服買いたかったの?」
「あのなー! 光莉は単にマグレでお前を呼んだだけだ! 似合う似合わないかを確かめにな! 勘違いすんなよチンカス!」
「はいはい……」
他に友達いねーのかよコイツ……。
とりあえず、この野蛮な女に似合いそうな服を選んだ。
コイツならきっと、ヒョウ柄のチャラチャラした服とか好むかもな。
と思いハンガーごと彼女に見せると、ぶっ叩かれた。
「おい与謝野真! お前光莉を舐めてんのか!?」
「え……お前こういうの好きなんじゃ…」
「バカ野郎! 性に合わねーんだよ! こんなビッチみてーな奴誰が買うか!」
とことん言うなこいつ。
何だよ、案外似合うかと思ってたのに。
「じゃあどんなんが良いんだよ」
「そうだな。例えばこういうのとか……」
光莉は隣にかけている服を持った。
ごく普通の白いワンピースじゃねーか……。これって唯一コイツが似合わない部類の服だぞ……。
引き顔で見る俺に、またしても拳がきた。
「何だ!? 似合わないってかおい!?」
「似合う似合う。これに麦わら帽子とか被れば完璧だ」
最もらしい、そして実に皮肉な言葉をぶつけると、意外にも嬉しそうな顔をされた。
光莉は黙ってその服をレジに持ち込み、レジに飾られている麦わら帽子も購入した。
――その言葉遣い何とかすれば死ぬほど可愛いと思うんだけどな。
「おい」
「何だ。御託なら勘弁だぞ」
「付き添い、ありがとう。売店行って何か奢ってやるぞ」
「……はい?」
こいつ「ありがとう」なんか言えるのか? しかも奢るって――。
「何だよ! 光莉が礼を言ったらおかしいかよクソ野郎!」
彼女は赤面してそう言った。
でも、ちょっと安心したよ。
光莉って元は良い奴だってことをな。
遠慮なくアイスクリームを奢ってもらい、テーブルに行った。
「お前っていつからそんな言葉遣いになったの?」
「あぁん? 元からだよバカ! 何か文句あんのかボケ」
「そうか……」
「言いたいことあんなら言えよ」
俺は彼女の頭に手を添え、こう言った。
「お前、その言葉遣いさえ直せばモテるよ」
自分でも『何言ってんだ俺』と思うくらい、臭いセリフだった。
しかしそんな言葉でさえも光莉は顔を真っ赤にした。
「て……テメェ変な事言ってんじゃねぇよ! 光莉がモテる? フカシこいてんじゃねーよ!」
「悪いな。でも俺からしてみりゃお前って結構可愛いと思うからよ。黙ってるだけだといずれナンパもされるんじゃないかと不安になるくらいだ」
俺は別に、コイツを口説こうだとかは考えていない。
コイツが気付いていない事を教えているだけだ。
「………。お前本当にそう思ってんのか?」
「まぁ嘘こいても仕方ねーしな」
「…………」
途端にじっと黙りこんだ。
照れているのかは定かじゃないが、やはり黙っている時の方が絶対魅力がある気がする。
「お前だけだぞ、そんな事言ってくれるの」
「……他の男からは言われないのか?」
「そもそもそんな友達いねーよ」
「マジかよ…」
もしかしたら、他の時空では俺とコイツが付き合うって筋道も存在するのかもな。千春って存在がなかったら今頃俺はコイツにプロポーズしてたかもしれないんだぞ。
だから、俺はコイツに助言しか与えられない。
「ま、他の誰かがきっとお前を見ていてくれるさ。俺はちょっとトイレ行くわ」
そう告げて俺は一端その場を離れてトイレへと行った。
――口調を治せばモテる
無責任な事を言って本当に大丈夫なのだろうか? 少し不安になってきた。もしかしたら、可愛いと思っていたのは俺だけなのかもしれないし。
何だかんだ言って光莉とはよくツルむようになってきた。
いい加減千春とも会話をしないといけないと思う。
用を足し、テーブルへ戻ろうとすると、その方面から罵声が聞こえた。
光莉の声と、2人の男の声が聞こえる。
1人は全く知らないチンピラだ。もう1人は………心当たりがある。
なぜアイツがココに――?
俺はそう疑問に思うしかなかった。
「おい! お前光莉に近寄んじゃねぇよ!」
その背を向けていた男と光莉を付け離した。
男はこっちを振り向いた。アゴに深い切り傷が残っており、相変わらず茶色い髪をしていた。
奴は、与謝野佳志だ。
「………あぁ、オメエか」
「中々余裕があんじゃねーか。別の女にも手出そうってのかおい?」
責めると、光莉が『違う』と拒んだ。
「そいつは違うんだよ!」
「…あ? この死んだ魚みてーな顔した奴の事だぞ光莉?」
「そうだよ! この人が、あのクソ野郎から光莉を助けてくれたんだよ!」
「何言ってんのかさっぱり分かんねー。コイツがんな事するとは思えねぇが」
俺はそれまで光莉の言葉でも信じていなかった。
こんな大量殺人者が人を救うなど考えられなかったからだ。
しかし、もう1人いた黒いスーツを着たチンピラはまだ治まっていなかった。奴は佳志に罵倒した。
「おいガキィ! 人の邪魔すんじゃねーよボケェ!」
「うっせぇな。無理やりこの女連れてこうとしてただろうが」
佳志は冷静にそう対応した。
「だから何だよ! テメェは関係ねぇだろうが!」
「関係ある、ないの問題じゃねーだろ」
――おいおい、何だこの茶番は。
あの人殺しが言える立場じゃねーだろコレは。
佳志はその男を前蹴り一つでノックアウトし、男はあっけなく逃げ去った。
一件落着だが、俺にとっては全くもって解決されていない。
「おい佳志、お前何だココに来たんだ?」
胸ぐらを掴みながらそう言うと、光莉が『この人は悪くない』だとか色々とかばうが、それは全部無視した。
「人間だからだ」
「そんな理由で片付く訳――!」
ちょっと待て。
コイツ、人間なのか?
「おい。お前、例の化け物じゃ――」
「んなもんなれる訳ねぇだろ。俺とアイツをバカにしてんじゃねぇよ」
「アイツってのはつまり、お前の親父の事か?」
「あんなの親父でも何でもねーけどな」
「お前らグルみたいな感じじゃないのか?」
「………おい」
佳志は逆上し、俺の胸ぐらを思い切り掴み始めた。
「テメェ何聞いてきたんだおい? 誰があんな屑とグルになるかよ!」
俺は今まで、この与謝野佳志とあの与謝野真はてっきり仲間意識を保ったグルなのかと認識していた。
二人で御手洗千春を狙っているのかと勘違いをしていた。
違うのなら、佳志は一体何が目的なんだ?
「じゃあお前の親父とお前は、敵対してるってことか?」
「あぁそうだよ! あんな奴がいるから世の中……!」
佳志はそのまま机に殴り、『畜生』と一言叫んだ。
当然周りは、白い目戦でこちらを見ている。
「……佳志。お前一体何が目的なんだ? 教えてくれよ」
「………………」
しかし、ウズウズと知りたかった『佳志の目的』は、俺が思っている事とは全く違っていた。
「お袋を、救いに来た」
俺はこの瞬間、与謝野佳志に対する善悪がひっくり返った。