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与謝日記 The last chance  作者: 浅キチ
8/12

最悪な家族

現実というのは決して甘いものではない。


 だが、その辛い現状を乗り越えるのが、今の人間に対する宿命であり、その中には苦痛が生じるが、喜びも生じる。


 苦痛を生じる記憶の方が、人間は覚えやすい。しかし、喜びを生じることを記憶にしていた方が、もちろん人生は楽しく過ごすことができる。


 俺の人生は、そんな感じである。


 俺は遂に、元の仲を取り戻すことができた。とても幸せだ。


 友之の笑顔、慎の笑顔、そして俺も笑顔を繰り広げた。


 これが夢だった。夢がようやく叶ったんだ。



 しかし、満足しきっていた俺はある不安を生じた。



 ――千春がいない。



 それは俺にとって最大の異変だった。


「慎、友之、ちょっと出かけてくる」

「いってらっしゃい」

 外へ出る際に、友之がそう言った。


 不安しかなかった。外へ出ると案の定、再び暗雲が空を覆っていた。

 ――千春が行きそうな場所をただひたすら探し続けた。

 中央広間、繁華街、地下街へと。

 それでも見つからなかった。


 最後の賭けとして、俺は商店街へ足を踏み入れた。


 ――中央広間のように、人が一部分に集まっていた。


 何だ? 何が起きている?


 人ゴミを押しかけてその光景を見た俺は、鳥肌が立った。



 周りは輪になった人ごみ、商店の商品はばらばらになっていて、そこには一人の男と、一人の女が激越な格闘戦を交えていた。


 女の方は間違いなく千春だ。


 ――しかしもう1人の男は見たことがない。俺と同い年の様な外見だ。


 その男は俺の様に、地味なロングTシャツを着ていて、地味なチノパンを履いていて、両腕に派手な数珠のブレスレットをはめていた。

 全体的に長い茶色の髪の毛、襟足は首に付くかつかないかの境目で、前髪は眉毛の少し下あたりにまで伸びている。目は慎や友之と同じような色をしていて、細かった。そして比較的細めの体系だ。

 しかし全然弱いとは思えない。


 あの千春がこんなにも苦戦しているのだから。


 2人はまるで何かのパフォーマンスをしているように見えるくらい、猛烈で滑らかな技を次々と交えていた。

 その男はボクシングの技でいうジャブを、神速に千春の顔を目がけていた。それに対して千春は一つ一つのジャブをただひたすら避け続けわずかな隙を見て奴の顎に一発、跳び膝蹴りで叩きつけた。


 しかし、男は全く怯まないどころか、ニヤニヤと笑い続けていた。


 俺はその異常な男にようやく怒りの火がついた。

 ――はやく千春を助けなければ――


 その格闘戦に俺は割り込み、男の頬を殴打し、顎を殴り、隙を見せた奴の腹に前蹴りをくらわせた。

 前蹴りで二メートルくらい吹っ飛んだ男にめがけて疾駆し、馬乗りした状態で何度も顔を殴り続けた。


 周りの人々はざわざわとしていて、誰も止める事はなかった。


 しかしいずれは警察が来る。そう思った俺は一端引き、千春の手を掴んで一緒に逃げた。


 路地まで行って俺は千春に全ての事情を聞きつける。

「一体何があった?」

「……奴が来たんだよ」

 俺はすぐに察した。


 ――与謝野佳志――


「もうすぐで殺されるところだった。ありがとう」

「しばらくは店から出ないようにした方がいいぞ。病院にも行かない方がいい」

 千春の服は所々びりびりに破れていて、頬に切り傷があった。


 まずは俺が来た事によって千春の死を招くことはなくなった。だがこれからその佳志とという男はこの街をうろちょろするはずだ。

 しばらくは学校にも行かない方が身のためだと思った。


 あまりにも唐突過ぎる。まさかこの一番油断したタイミングで奴がくるとは到底思わなかった。


 店に再び戻り、慎と友之が俺の部屋にいた。

「どうしたんだ?」

 慎が心配そうに聞いた。

「一言で言えば、緊急事態だ。千春が狙われてる」

「……は? 千春って、そこの女がか?」

「そうだよ。前にも言っただろ、隣の部屋に住んでる女がいるって」

「ずっと普通にいたから気にしてなかったが、まさかその女が千春だとはな」

 気付いてなかったのかよ。


 友之はベッドの上で座っていて、心配そうにこちらを見ていた。

「大丈夫、なの?」

「今は、な」

「ねぇお兄ちゃん。その子とどういう関係なの?」

「ん……、まぁ、付き合い仲間だ」

 ここで聞くかよ。


 俺は仲間が好きだ。だから千春が好きで、この2人も好きだ。


「そう、なんだ。ところで何が起きてるの? お兄ちゃん」

「話せば凄く長くなる。だが危険な現状という事は承知してくれ。とりあえず千春はできるだけ外に出す事を規制しなければならない。友之が座ってる、そこのベッドにコイツを寝かせてやってくれ」

 友之がベッドから離れ、千春を寝かせた。


 救急箱を用意し、所々にある傷を消毒し、ガーゼを貼った。


 俺と慎は一端部屋を出て、友之は千春の服を脱がせ、新しい下着と上着を着せるように頼んだ。


「兄貴、ちょっといいか?」

「何だ?」

「まだ確信にまでは達していないが、俺も一度あの千春と言う女と会った気がするんだ。それも何年か前に」

「どういう事だ?」

「友之が家から出て、俺も兄貴から離れた後の事なんだ。ある日、一人の女が俺の前に姿を現して、例の研究書を俺に渡してくれてた。それっきり全く会う事はなかったが、俺はその本を全部読んだんだ。その中の人体実験に感づいてから、俺は友之の捜索に励んだ」

「そういう事だったのか。初耳だな」

 その女というのは多分、千春のことだ。

 まさかそんな前からこの時空に飛んでいたとは、今まで気が付いてなかった。

 最後の賭け、それは念には念を押したものだろうな。

 ――それにしても、今この瞬間でも、現実と言うものは残酷だ。



 息子が母親を殺そうとする、これがまずおかし過ぎるんだ。


 それも、戦う事に対して悪い喜びを持っている表情。あの男は母親を殺す事に快感を得ているのか?


 俺はこれまで何かと戦う事に対して、決して喜びなど得ていなかった。相手はいつも、俺に敵視して、俺も相手に敵視していたからだ。

 弱い者を潰すなど、面白い訳がない。


 だがあの男は人を傷つけるどころか、自分の血のつながった母親を傷付ける事に対して面白がっている。



 友之が「入っていいよ」と合図し、俺と慎は再度部屋に入った。


 サイドテールだった髪もほどかれていた。服は白色のパーカーを着ており、相変わらず中にはTシャツも何も来ていなかった。。ショートパンツからジャージに変わり、ボーイッシュな風になっていた。


 うっとり見とれていた俺に慎が突っ込んだ。

「おい、今彼女さんの服に変な目で見る場合じゃねぇだろうが」

「う、うるせーよ。いつもと雰囲気違ってたからだ。髪ほどいたら誰か分からなかったんだよ」

 たく、何でわざわざ胸元が極端に開いたのに着替えたんだよ。

「お兄ちゃん、ちょっと気持ち悪いよ」

 友之にも派手な攻撃をくらった。あぁ胸糞悪い。

「うるせー。御託はいいんだよ」


 なぜか千春は俺を見つめつつ、何も言わなかった。

 さて、茶番はおいといてこれからどうするかだ。



 まずは友之に今の状況を話す事だよな。

「なぁ友之、お前は今まで――」

 友之が化け物の姿で暴れていた事を口外しようとすると、慎が首を振った。


 さすがにこれを言ったら、これからもその事を抱える羽目になるもんな。止めておこう。


「なに?」

 どこにでもある理由を並べておくか。

「お前はちょっとの間、眠っていたんだ。それは別に病気ではない。後遺症もない。だから今の黄金美町の現状を知っておいてほしいんだ」

 彼女は首を傾げた。

「何か、嫌な事が起きてるの?」

「まぁそうだな。この千春と言う女の子を狙おうとする男が存在する事はさっき言った。でも、世の中には信じられない者もいるんだ」

「意味が分からないよ。詳しく話して」

「この世界には『化け物』が存在するんだ。人間の形をして、人間の知能を持つ、だが人間のおよそ十倍ほどの力を持つ化け物がいるんだ。

 人間が窮地に達した時に起こるリミッターを外した現象、その十倍なんだよ。つまり厳密に言えば、本来普段人間が身に付けている力の二十倍もするってことだ。そういう異生物がこの街に存在していたんだ」

 簡単に説明をしたが、友之が信じる様な顔をすることはまずなかった。

「な、何を言ってるのお兄ちゃん? そんなのいる訳ないじゃん。テレビの見すぎなんじゃ……」

「いるんだよ」

 慎が割り込んでそう言った。

「え……」

「お前が眠っている間、ついさっきも兄貴はその化け物と戦ってたんだよ。服で隠されてるだけで、腹にはあちらこちら包帯巻いてあるぞ」

 慎が急に俺の服を上げ、友之に見せた。

 友之は口に手を当て、非常に吃驚で嘆き悲しい表情をした。


 改めて自分の腹を見ると、わずかに包帯から血がはみ出ている。しみ出ている部分も残っていた。

「なんで……誰がやったのこんな事?」

 お前だよ、なんて言える訳ねぇだろ。

「化け物の一人にやられた痕跡だ。安心しろ、そいつはもう存在しない」

 慎がそう言ってくれた。ここで彼女のせいで俺が傷付いたなんて言ったら、それこそ最悪な事態だ。

「大丈夫? お兄ちゃん」

「これを気にする必要はないんだ。まずはお前が今の状況を知る必要があるんだよ」

 俺は更に詳しく友之に全てを説明した。もちろんサンプルフィルモットの件が友之だった事はその時点でも内密だ。


 御手洗千春という人物も、タイムスリップの事も、研究書の事も、全てだ。


 長い時間を使って説明した結果、友之は納得して頷いてくれた。


「そうなのね。僕が出て行ったから……、こんな事に…」

「別にお前が悪い訳じゃねーよ。いずれにせよ、俺は戦う事になっていただろうよ」

 本当は、友之が俺から離れたから、俺が戦う事になってしまったんだけどな。

「僕にも何か、力になる事はない?」

「お前に迷惑かける問題じゃない。今はさっき言った、与謝野佳志を止めるまでだ」

「何で、何で自分のお母さんを死なせるのその人は? 何でなの?」

「分からない! 俺だってそんな奴がこの世界にいること自体、納得したくねえよ。でも、実際さっき千春はそんな狂った男と戦ったんだよ。相手が何を考えてる事は、まだ分からない。だが、今やるべき事は俺がその男を止めること、ただそれだけだ」

 そうだ、俺の今の目標は、あの男をどうにかすることだ。


 俺が今動かなくてどうする。ココでじっとしてどうすんだよ。

「友之、慎。千春を看病していてくれ」

 俺は即刻店の扉を開け、出入口にまで行った。


 早く――何とかしなければ――


 そんな焦りを生じた途端、店の前で、目の前に、あり得ない者がいた。


 それは気持ちの悪い気分にもなるくらいだ。俺は鏡でも見ているのか?

 狼狽に達した俺は、後ずさりをした。

 信じられない……なぜこのタイミングで?


 確かに千春からは何度か聞いた奴だ。だが、こんな時に突如俺の前に現れるなんて――。


 肌が黒く、目が非対称の色をしていて、地味な服装をしていた。


 何より目立つのは、金色の髪の毛だ。


「よっ」




 千春が言っていた、故郷に存在する与謝野真だ




 何も言えなかった。だが俺の恐れていた表情だけはあからさまだった。


 ――何でコイツはこんなにも、平然とした顔をしていられるんだ?


 俺との共通点は何箇所かあるが、俺は肌が黒いわけでもないし、目が非対称でもない。片方は同じ目の色だが、もう片方は真っ黒で、まるで失明でもしたのかと思うくらい瞳が黒に塗りつぶされていた。


「オメエか、まだ生きてる『俺様』ってのは」

 その与謝野真はニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。

「まぁ俺様にかかりゃオメエなんざ屁のカッパですけれども? 速攻ぶっ殺したら全然楽しくねぇからちょっと惜しんでやんよ」

 何だコイツ? ふざけてんのか?

 自分の事「俺様」って言ってる時点で頭おかしいだろ。

「さて、オメエには色々と聞きたい事があんだよ」

「な、何だよ? 何で『俺』がココにいるんだよ?」

 やっと声が出た、と思えば震え声だった。

「あれ? 俺様のこと知ってんの? ハルの奴、もう真相暴露しやがったのか」

 ハルって、まさか千春のことか?

「おいお前!」

 ようやく平準な声に戻った。

「あ? 何だコラ? 喧嘩売ってんのかテメェ?」

 おいおい……どんだけプライド高いんだよ故郷の俺。残念過ぎるだろうが。こんな奴が本当に正義を貫き通した奴なのか?

 俺は怪訝にそう思った。


「まぁ何でもいいけどよ、さっさとハル返してくれや」

「それは、できない。アイツはお前の事を恐れてる。お前を避けてんだよ」

「んな訳ねぇだろうがタコ。しかも『アイツ』呼ばわりとか、テメェどんだけ溶け込んでんだよ!」

 そいつはゲラゲラと腹を抑えて笑い始めた。

「何がおかしい?」

「あのなぁ、お前。アイツは、もう百歳以上なんだぜ? お前、そんな婆に恋するとか、ネジとれてんじゃねぇの?」

 奴は人差し指で自分の側面の頭をぐりぐりひねった。

「それでも、お前に千春は渡せない。生憎だが、力づくって言うのならいくら相手が『自分』でも容赦はしないぞ」

「アホかオメエ? どんな神経したらこの俺様を止められると思ってんだよ? 何も俺は世界征服だとか、この街を支配するつもりじゃねーんだよ。たった一人の妻を、たかがしれてる若造から取り返しにきただけなんだよ」

「千春はお前の事を避けてきたからココまできたんだぞ? それが今頃になってやってきてんじゃねぇよ! ふざけんなよこの野郎!」

「んなもん分かってんだよクソガキ。だがな、これだけは覚悟しとけよ」


 奴は一歩前に出て、掌から巨大なる蒼い珠を出現させた。


 ――何だこれは? 蒼い煙なんじゃないのかよ?


 まるで思い知らされた。格の違いを。


「さてぇ、この俺様を止められるもんなら、止めてみせやがれぇ! たかが数年生きたくらいでいい気になってんじゃねぇぞガキ!」

 クソ……やっぱこんな奴に勝ち目なんかなかったのか?


 俺は千春を守り切れるのか? コイツに殺されるのか?

 心の葛藤をうずく中、後ろの扉が開いた。

 千春だ。


「止めて真。ここはアンタが来るところじゃない」

 その途端、奴が出していた珠が掌に吸収されていくように消えた。

「おぉ? やっと来たか。残念ながらもう着いちまったもんはしゃーねぇんだよ。さっさと帰るぞ」

「嫌だ。そっちには帰らない」

「……あぁ?」

 これにはさすがのコイツも笑みさえも見せれなかった。

「アンタのところには、帰りたくない。私はこの『真』が好きなの。アンタは私に束縛しかしなかった。どうやったら佳志をあんな風に育てた訳なの?」

「テメェはもう百年も生きてんだぞ? そんな若者と付き合うとかどんだけショタコンだっつーの! 冗談言ってんじゃねぇぞコラァ! あと佳志は俺の言う事聞かなかったから、あんな風に自分からなったんだろうが! 俺のせいにすんじゃねぇ!」

「百年生きてようが、私の身体はアンタと同じ構造。人間ではまだ十七年くらいしか生きていないことになっている。もう苦労しすぎて死んでしまおうかと思った時に、この子が救ってくれた」

 ――え。


「どういう事だハル? 俺だってお前を何度も助けたりしてただろうが」

「アレは感謝してる。けど今のアンタは、おかしい。どう考えてもね。もしかしたらもう治らないのかもしれない」

「人を病人扱いしてんじゃねぇよ。何だ? そのガキのどこに魅力があるってんだ?」


 千春は胸に手を当て、一息ついてから話した。


「私は、この時空に存在する与謝野真をずっと探し続け、最後の賭けとしてこの時空に飛んできた事を誇りに思うんだ。

 私は真を大切にし、絶対に死なせないようにした。この時空に存在する慎にも、フィルモットの事を知ってもらうべく、なるべき早くココにきて色々取り組んだ。丁度今から五年も前の話だけれど。

 それから五年後、ようやく最後の賭けである彼に出会った。わずかな間でも、あらゆる問題を潜り抜けた。

 彼がピンチに陥った時も私は、彼を守り抜いた」

「守り抜いた……? お前そんな身体能力……」

「この五年間、いや五十年間で色んな事があったからね。それは不良の絡み、ヤクザの絡み、色々な事を私自身で潜り抜けた成果だよ。だから今の真を助けることができたんだ。

 でも彼から助けてもらった事もあった。それは私を信じてくれて、私を愛してくれたこと。それは私にとって、まるで五十年間の苦痛と苦労が報われた気分のようだった。私を心底から安心させたのは彼だよ」

 そして千春の演説は終わった。


 しばらく沈黙が続き、そして奴は案の定、激昂に達した。


「ハッハッハ……そうかよ、ハル。テメェもいつの間にかそんな趣味もつようになったんだな……ハハ……」

 そう、嫌な予感しかなかった。


「ふっざけんじゃねえぞテメェらあぁ!」



 奴は地面に全体重を乗せるかのように踏みつけ、地割れと共に大量の蒼煙が発した。

 千春は俺の身体ごと抱え、その場を逃げた。


 ――またこの体勢かよ――


 遠くから見ると、友之の時とは遥かに比にならないほど、凄まじ過ぎた。


 およそ十倍にもわたるだろうか、巨大な竜巻が暗雲を通じて回りまくっているようにしか見えない。それも、蒼くて。


「千春! ありゃ何だ!?」

「故郷の真はあの化け物の王様って名付けてもおかしくないんだ。蒼い煙だけじゃない。あらゆる現象を起こす持ち主だよ。雷、炎、疾風、様々ね」

「何だよそれ……。勝てる訳ないじゃねぇか! あの近くには友之と慎がいるんだぞ!? 助けなきゃ――」

 俺と千春は路地から黄金美ネットカフェ店の駐車場を見渡した。

 しばらく様子を見ると、あの竜巻の奥底で二つの人影が見えた。


 誰かは分からない。殴り合ってる様子にも見えるが……。



 そして時間が経つとその竜巻はまるで何事も起らなかったかのように消失し、さきほどの人影もなくなり、あの与謝野真も姿を消した。


 ――何が起こった?――



 何もかも跡形もなく消え去り、まるで今まで幻でも見ていたのかと思うくらい綺麗に片づけられていた。

「千春、アイツは消えたのか?」

「分からない。まだ近くにいるかもしれないし」

「油断禁物ってか」

 すると、後ろからぞっとするような気配を感じた。


 足音だけがコツコツと響き、俺らは後ろを振り返ると、暗闇から徐々にあの男が姿を現した。

「……あ?」


 もはや偶然バッタリ会ったかのような感じだった。


 ――佳志だ。


「お前が与謝野佳志って奴か。さっきはよくも千春を傷つけてくれたな」

 俺が前に出ると、奴はニヤニヤと悪い笑みを浮かべ始めた。

「誰、お前? つーかお袋もいんじゃねぇかよ。今回ばかりは見逃さねぇぞ?」

「テメェ……さっきこの近くで何が起こったのかも知らずにのうのうと千春殺すこと考えてんじゃねぇよ」

「オメェまさか、あの時邪魔してくれたクソ野郎か?」

「あぁそうだよ。自分の女守れなくてどうすんだよ。お前は自分の母親を殺し続けて、何とも思わねぇのかよ?」

 怒りをこみ上げてそう言うと、奴はプッと笑い、その後爆笑にまで達した。

 あの親子はこういう奴らしかいないのか?

「バッカじゃねーの!? オメェ案外おもしれぇ事言うよな! 親を大切にしろとかどうとか伝えたいその面構え! マジ受けるわお前!」

「ふざけんなよテメェ!」

 佳志を先ほどの様にしてやろうと殴りかかると、さっきとは格別な対応をされた。


 拳をいとも簡単に掌で抑えられたのだ。


「!?」

 奴の表情も、実に落ち着いた感じだった。


 何だ? この支配された様な感覚は。



 奴は殴る事をしなければ蹴る事もせず、そのまま掌で押して俺をつけ離した。


「あのなぁ、お前。俺の話よく聞け」

 目の前に千春がいるってのにコイツ、話をしようだとか言ってる場合か? 何かしら油断させるつもりか?

「人間ってのは実質、親を捨てる生物だったんだよ。それが今では道徳的になって『親を大切にしましょう』だとかいう戯言をぬかし始めやがった。何でそんな道徳ができたと思う?」

「息子を生んだのは親だからだろうが」

「だったら何だ? 別に捨てたって良い。感謝なんてしなくていい相手なんだよ。もはやライバル関係に等しいんだ。動物だって、生んでもらったらすぐに親を切り捨てる奴だって存在する。一般社会で親を大切にする事を伝え始めたのは、親がいないと都合が悪いからだ。親がいないと困る事が必ず起きると、実感している。だからそんな伝えができたんだ。だが俺は困らない。親がいなくたって都合が悪いことなんて何一つない。だから、どの時空にいるお袋も、全員ぐちゃぐちゃにぶっ殺してやったよ!」

 俺はこの瞬間、絶対に許せない相手が見つかった。


 絶対にコイツを地面のどん底に這いずりまわしてやる。


 コイツを……、コイツを、殺す!

「佳志、アナタは間違った考えをしている」

 暴走しそうになった俺の肩をポンと叩き、千春が前に出た。


「あぁ? また殺されにきたんかお前?」

「そんな訳ないよ。でも、私はアナタを殺害しようとは思ってない。アナタが止まれば、何もかも治まる」

「んな訳ねぇだろバーカ! アンタが何言おうと、俺はアンタを今からでも殺せるんだぜぇ!?」

「それでも、私はアナタを止めることしかしない」


 ………親子愛がどうとかを考えてる暇はない。


 俺はこんな人間の屑のどん底を見たのは生まれて初めてだ。


 とてもこんな奴が俺の義息子と考えると、目まいがするくらいだ。


「あ、そうだ。そこの金髪」

 奴は俺に指をさした。

「お前、名前何て言うんだ?」

「……言う必要なんかねぇだろうが」

「この俺の動きを一時的に止めたほどの力だ。只者じゃねぇって事は分かってんだよ。さっさと教えろ」

「与謝野真だ」

 ニヤけた微笑が急に消えた。


 奴は首を傾げて怪訝な目をし始めた。

「お前何言ってんだ?」

 ん? まさかコイツ、もう1人の与謝野真って存在を知らないのか?

「事実だ。俺はこの『時空』で生まれた与謝野真だ。つまり、ある意味お前の父親って事でもあるんだよ生憎な」

「…………………」

 なぜか沈黙を放ち、奴は隅に淡を履き始めた。


 そしてポケットから煙草を取り出し、火をつけ、落ち着いて煙をはいた。


 こんな時に何やってんだコイツ?

「あぁ、そういう事か。どこがどうなって俺の計算が間違えたのか、ちょっとビクビクしちまったな一瞬」

「何だ? お前何が言いたい?」

「お前がこの時空の俺の親父だって事がだよ。んで、最も厄介な奴だって事が判明したんだよ今」

「はぁ? 厄介?」

「お袋、アンタすんごい救世主盾にしやがったなぁ、運が良いと思っとけ」

 罵声を放って千春にそう告げた。


 俺には何の事かいまいちよく分からなかった。

「これが最後の賭けだから、私はアナタを絶対に止めなくてはならない」

 千春がそう言った。


 佳志はあらゆる次元に存在する御手洗千春を殺してきた。それは何十、何百もの。もはや殺人鬼。


 ――ちょっと待て……。この時空に御手洗千春が来たのは分かる。


 じゃあ、元々ココに存在していた御手洗千春ってのは、どうしたんだ?


「なぁ千春、この佳志ってのはあらゆる時空に存在する『お前』を殺してきたんだろ?」

「えぇ」

「お前がココに来たのは重々承知なんだけどよ、元々ココにいたはずのお前ってのは、どうしたんだよ?」

「えっ………」

 まさかココで彼女の顔色が変わるとは、知る由もなかった。


「おい……何とか言ってみろよ……。まさかまたこの糞野郎が……」


 と、佳志の方を睨むと、奴はあっけない顔をしていた。

 そして、千春は下をうつむいた。なぜだ? なぜ答えられない?


「まさか千春、お前が――」

「ちげぇよバーカ」

 怒りの矛先をまさか彼女に向けるとは思わなかったと、我を忘れた途端、佳志が即答した。

「……!?」

「良い所に気付いたところわりぃが、この時空に存在していたはずの御手洗千春ってのは、残念ながら俺は殺しちゃいねぇ。かと言ってお袋が自身でぶっ殺した訳でもねぇよ。まぁ確かに、お袋が殺した事になってもおかしくねぇけどよ」

「じゃあ何でいないんだよ!」

「運命って奴だ。どこぞの神様ってのは非常に残酷でな。世界に同じ顔、同じ性格、同じ人格が存在するのを二つもいらねぇんだよ。だから、運命って奴がここにいたはずの御手洗を交通事故としてぶっ殺した。これで分かったか?」

「………………」

「だから、お袋の意志で殺した訳ではねぇが、お袋が殺したようなもんなんだよ」

 実に複雑な気持ちだった。


 千春を信じてきた。だが千春が悪い。でも千春のせいではない。


 全くもって意味が分からない。


 だが、やはりこの男を許せない。


「……与謝野佳志だったか。お前、今目の前に獲物がいるってのに、なぜ殺さない?」

「殺していいのか? って聞きてぇんだけどよ、お前があんまりこの原理を知らなさ過ぎてるから教えてあげてるだけだよ。何だ? もう殺していいのか?」

 まるでゲームみたいな扱いしやがって……! 人を虫けらのように。


「ダメ、真。私は佳志を殺したくない。確かに許されざる者だってことは分かってる。でも、それでも息子だから」

「いい加減にしろよお前! コイツは、死ななきゃ治んねぇ最低の屑野郎なんだぞ!? しかも親を殺しても何とも思わねぇ奴がだ! 息子と思わなくていいんだよ!」

「私は、佳志が本当に悪い奴とは思えない。仮に息子じゃなくてそう思うかもしれない」

「どんな根拠があってそう言い切れるんだよ!」

 千春が言おうとすると、佳志が急に罵倒し始めた。

「あー面倒くせぇリア充ごっこしてんじゃねーよ気持ちわりぃ! 俺をぶっ殺せれるもんなら、殺してみやがれってんだ! オラ来いよそこの金髪野郎!」

「言われなくても分かってんだよ!」

 思い切り助走を付けて奴をぶん殴ろうと構えると、後ろから強烈な一撃を食らった。


 ――千春!?


 俺はこれまでにない以上の勢いで壁にぶち当たり、体が動かなくなった。


「おい……何の真似だオメエ」

 佳志は千春にそう言った。

「私はアナタを信じてる。アナタは、本当は私を殺す事なんて絶対にできない」

「意味分かんねー! 変な情湧いてんじゃねぇぞクソアマ!」

 もう彼女が何を考えてるのかが全く分からない。


 奴は混乱しているが、俺もまた混乱している。もはやこの状況を分かるのは彼女自身としか思えない。


「じゃあ何で、元の時空にいた時、真から私を救ってくれたの?」


 もう、メチャクチャ過ぎる。


「お、おい。千春。意味が分からん。コイツは、コイツは何百人ものお前を…」

「騙しててゴメン、真。佳志は根っこから悪い人間ではないの。何で何百人も殺してるかは知らないけど、彼が私自身を本当に敵視しているとはとても思えない」

 透かさず佳志は罵倒した。


 確かに、俺にも分かって来た気がする。


 千春は佳志の至近距離にいる。なのに、コイツは必死に怒鳴りながらも手を出す事は全くしない。


 一番最初の時だってそうだ。殺すのになぜ素手なんだ? 刃物や土器の方が絶対に簡単なはずだ。

 まさかコイツ、鼻っから千春を殺すつもりなんて満更なかったのか?


 だがこれまでの千春はずっと殺してきたっていうのは事実のはずだ。なのに故郷にいた千春は――。


 もしかして、本当のお袋だからか?


 ますます意味が分からなくなった。



 ようやく体が動けるようになった。

 俺はその場で立ち上がった。

「おい。お前本当に千春を殺す気でいるのか?」

「だから言ってんだろ! ぶっ殺すって!」

「じゃあ殺せよ」

 一回試してみることにした。武器を手にしたら、返り討ちにする。


 ただし素手なら、検討をつけよう。



 しかし佳志は、動かなかった。


「やっぱり、そうなんだ。佳志は私を殺すつもりなんてない。そうでしょ?」

 耐えられなくなったのか、奴は急に叫んで千春の頬をあっけない構えで殴打した。


 だが、千春は頬に当たった拳に全く圧倒されていなかった。

 むしろ、その手首を掴んでいたのだ。


「これで殺せるんだ。凄いね。アナタはたかがパンチやキックで人を殺せたの?」

「うるせぇ! 黙れ黙れ黙れクソったれ!」

「私はアナタを信じている」

「黙れっつってんだろバカ野郎!」


 絶対に殺さない。俺もそう確信した。


 もはや佳志は泣きべそをかいていた。


 そして、掴まれていた手を離し、またどこかへ立ち去ったのだ。



 ………どういう事だ?


「おい千春、行かせていいのかよ」

「いいよ。私も今のでやっと確信が持てたけど、佳志は敵じゃない。確かに味方といえば嘘になるけれど、本当の黒幕は別にいる」

「さっきの……ってか」


 なるほど。まだまだ知らない事が山ほどあるが、与謝野佳志は敵ではあるが、今相手するべき黒幕は、例の化けモンってか。



 なら、作戦は立てられたな。


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