全ての真相、真の覚悟
世の中には存在するはずのないものが多々あげられる。
それは幽霊、ゾンビ、バンパイア、タイムマシン、ネッシー、などなど。それらを信じる者もいれば、信じない者もいる。
俺はその信じない者の中に加わる。
そういう関連のニュースを一度も見たこともないし、そういうのは大抵くだらないバラエティ番組でしか見たことがない。
そう、くだらないんだよ。
霊媒師と霊媒詐欺師の違いが分からないくらいだ。いずれにせよ架空の存在を読み上げているだけなのに、嘘だってことと変わりがないのに、なぜ区別されている?
そんな事を考え、気が付くと校舎裏のところでコーヒーを横に置いて寝ころんでいた。
アレから一週間が経った。
……授業、最近つまんねー。国語じゃ幽霊がどうとか言う話でイライラするしよ。
「何で授業参加しないの…」
「ウワァ!? お前いつからそこにいんだよ!」
千春だ。
いつもいつも、何で彼女は俺の近くなんだ? どういう筋合いがあってだよ。
千春は前回と同様、俺のコーヒーを容赦なく飲み干した。
……もういいや。
「授業、つまらんし」
「でも受けなければならないのでは? また留年するのでは?」
「ダブるほどサボるつもりねーよ。つーかお前もサボったら同罪だろうが」
「私は君を連れてこいと言われたからココにきた」
「ふん、行かねーよ」
そう言うと、千春は姿勢を整えた。
「なら、こんな状況滅多にないしちょっとお話しようか」
「何もねーだろ」
「ある。この前の慎の件、どうだったんだい?」
「あー……、何なく解決できたよ。おかげでこれだ」
俺の顔には絆創膏、ガーゼが至る箇所に貼られているんだ。
「また喧嘩したのかい……。でも、ありがとね」
「何がだよ…」
「私の仇、取ってくれたんでしょ?」
「あ……あぁ、それか。まぁな」
千春の頭に巻かれていた包帯も今では既にとれている。
「ねぇ真、この世界はどう思う?」
「急に何だよ。変な奴だな」
「いや、真面目に答えて欲しい。この世界は、真にとってどういうものだと思うんだい?」
「……そうだな、超理不尽でできていて、人間という生物ができること自体が既に奇跡と奇怪でできているものだな」
「そうかい。でも確かにそうだね。人間そのものが奇跡と奇怪で包まれている、確かにそうだね」
「何だよ。言いたいことならハッキリ言えよな」
「ハッキリ言えば、この世には得体の知れない化け物とタイムマシンが存在していると断言する」
何言ってんだお前……。
「はぁ? どういう根拠があってんな事言えるんだよ」
「私が見てきたものだからだよ」
すると、千春は俺の顔に近寄り、じと目でこう言った。
「真の知らないところで、私と他の奴が時空を彷徨ってココに来た。私はその張本人」
「は……は? 時空? 意味が分かんねぇよ。お前寝ぼけてんじゃねぇか? 顔洗って出直して来い」
今度は俺の肩を掴み、真面目な眼差しでこちらを見た。
「君は今まで何を経験してきた? 感じたでしょ? 『俺がやってきた喧嘩は、何か違う』って。自分ではもう自覚しているのではないかな?」
「そんな訳……」
確かに、言われてみればそうかもしれない。何かが違っていた。
「心を逸らさないで。自覚するの。何人から『化け物』と言われてきた? いい加減何か疑問を持つでしょ?」
「ふ………ふざけるな!」
掴まれていた肩を振り払い、千春から離れた。
「お前……何が目的だ? 本当は俺が化け物だったって言いたいのか? 笑えない冗談だな」
「完璧な化け物ではない。けれど里宮戦でも藤原戦でも、きっと思ったはず。並みの人間ではできない事があることだって」
確かに、普通の人間だったら里宮を二十メートル以上に吹き飛ばせれるわけがない。普通の人間だったら額に銃の弾が当たって死なない訳がない。でも……、でもよ、それで俺が化け物だなんて、受け入れる訳ねぇだろうが……。
「真、私は君ともう何十年と会っている。これは確かに真自身には分からないと思う。だって私は、時間をさかのぼってココにたどり着いたのだから」
「タイムマシンとやらを使ってきたとかほざくつもりか……? 夢語ってんじゃねぇぞお前……!」
「夢じゃない。現実だよ。何ならそのマシンも後で見せるつもり。全部証拠は揃っているよ。君が化け物だって事も、今から証明できる」
「や……やれるモンなら、やってみろよ!」
世の中には化け物とタイムマシンが存在する? あるわけがない。それは科学者が散々証明してきたことだ……!
俺が化け物? ちょっと変わった人間に過ぎねぇだろうが…!
千春はパニックに陥った俺の手を掴み、無理やり握り拳にさせた。
「一度私をぶん殴ってみれば分かる。今なら証明できる」
「んな事出来る訳ねえだろうが! いい加減にしろよお前!?」
透かさず千春は無理やりにでも俺の手を動かし、千春の頬を殴ってしまった――。
その瞬間、蒼い煙のようなものがわずかに、頬と拳の間から出てきた。
――何なんだこれは……!?
「だ……大丈夫か千春?」
「私はもう慣れている」
殴った事に対する罪悪感は、初めてだ。
もう慣れてるって……一体どういう試練を乗り越えたらそんな事言えるんだ?
「いい? これが現実。君は人間じゃないんだよ」
「そ……そんな……」
そう、証明されてしまった。
受け入れなければならないんだ……。俺は人間じゃなかったら、何なんだ?
ふと、走馬灯のように、自分がある研究書を一夜漬けで読んだ記憶を思い出した。
……フィルモット・エターナル。
「お……俺は、フィ…フィルモット……?」
「その通り。君は人間の形をしたフィルモットなの。でも完全なものではないから、安心して。君はわずかにフィルモットの細胞が含まれているだけで、他は人間らしい普通の細胞が詰っている。だから今私を殴った時でも、『殴ってはいけない』という意識を保って、煙が出ただけで他は何も損傷はなかった。一般のフィルモットだと、その意識が保ったところで何も変わりはしない。私は木端微塵に頭が破壊されるのみ」
「一般のフィルモットも……存在するのか?」
「今はまだだね。でも、研究書に書いてある通り十年後にそれが大量に増殖されてしまう」
「何で十年後って予想が立てられるんだよ?」
「だからタイムマシンが存在すると言った。この研究書を書いたのは私の父、御手洗岳なの」
「お前の親父が!?」
「あの人はタイムマシンの研究もしていて、おまけに人体実験をした張本人でもある。私はそのタイムマシンを使いこなし、時空を彷徨って要約『当たり』の君と出会えることができた」
「あたりって何だ……?」
「正義を貫き通した君だよ。生憎他の時空での君は、己の力に悪意を持ってしまう。学校にも行っていない。私と会っても潰すことしか考えようとしていなかったの」
「他の時空の俺が……?」
考えられない。
「私の故郷にある時空の君は、正義感があっても、私に対する守護心があまりに過剰過ぎて、自分の息子を殺害しようとする」
「え? 息子……? お前に依存…? どういう事だ?」
「その時空の君はタイムマシンを使って、今の時空に存在しようとする君のセガレをいつか殺そうとする。それが十年後の予知悪夢なの」
俺の……息子を、殺す俺が来るのが、十年後の予知悪夢……だと?
「そして、ココから重要」
「何だ……?」
「五年後の予知悪夢、知ってるかい?」
「あぁ、フィルモットの重要関連人物が殺害されることだろ?」
「それは、私なの」
「は!? お前が殺されるって事なのか?」
「そう。君の息子に、私が殺されてしまう予知悪夢」
意味が分からん! 五年後の予知悪夢では俺の息子が千春を殺すだとか、十年後の予知悪夢では別時空の俺が、この時空で存在しようとする俺の息子を殺すだとか、まるで交差してねぇか!?
「ちょっと待て、動機が聞きたい。なぜ俺の息子って奴がわざわざお前を殺そうとするんだ?」
「私を殺す事に中毒化しているから。彼はもはや悪魔になって、あらゆる時空に存在する私を殺し続けている」
「ふざけんなよ! なら生まなきゃいい話じゃねぇか」
「生まないと今度は十年後の予知悪夢を回避できない」
「アァ!? 息子ってのを殺しに来るんだろその元の時空の俺ってのは?」
「確かにそれが最終目的だけれど、基本的には黄金美町の征服だよ。別時空の君は何百匹ものフィルモットを連れてこの街、いやこの世界を潰そうとする。それを阻止できるのは君の息子だけなんだよ」
「息子息子って……、俺の息子は悪役か正義役かが存在するって事なのか?」
「君もね。悪役の方の君は今、この瞬間でもその時空の私の仇を追い続けているんだ。それが未来で生まれる今の君の息子の事なんだけれどね」
「なら、俺がその息子を守らなきゃいけないってこと……ってことか?」
「それもあるけれど、重要なのは育て方ってところだね。甘えさせると五年後の予知悪夢の悪者息子になってしまうし、厳しくし過ぎると己の身も守れないただのがり勉になってしまう。これは遠い先の話だからおいておくけれど、今君がやらなければならない事は、人体実験の人体を救わなければならないってこと」
「な……何で今、それが出てくるんだよ?」
「アレを阻止しなければ、君は何もかも失うよ。後悔しか残らない」
「それも、俺の息子だとか、お前が関係するのか?」
「幸い、全くの無関係。だけど、君だって今後悔していることがあるでしょ? それを取り戻したいと願うばかりなのだから、やるしかない」
後悔している事――。
俺は、弟を2人見失った。
だが、慎はこの前、俺の前に姿を現し、俺は一人取り戻すことができた。
………後は、友之だけだと思った。
――まさかな。
「お前は、他の時空で慎と話したことがあるのか?」
「たくさんね。その時の君とも長い年月、ずっと話していたよ。もう五十年くらいかな」
「なのに何でそんな若いんだ?」
「君も一生歳をとらない体だよ。私も、人間じゃないの。いや、人間じゃなくなったの」
「どういう事だ?」
「フィルモットっていうのはバンパイアみたいなものでね、人間より歳が長く、血を送ればその人もバンパイアになるの。私は、君の遺伝子を送り込まれた。だから私も今の君と同様、化け物なの」
「遺伝子っつーと、その……」
深い事はあまり想像しなかった。
「まさか結婚してたとか言うんじゃないだろうな……」
「生憎、幸せ過ぎた家族生活だったよ。でも、もうあの時空には戻れないけれどね……」
はぁ……運命は既に決まっていたってことか。
高校生同士で話す会話じゃねぇよこれは。化け物だの、時空だの、結婚だの。はたから見たら幻想ごっこだ。
「タイムマシンの燃料は切れた。つまり、私は最後の賭けをしたの。この時空に存在する君に全てを賭けたの。だから、本当に、頼むよ……」
「お前………」
五十年の年月……そしてあらゆる時空の彷徨い、この女は一体、どんな人生を送って来たというのだ? 俺では計り知れない苦労なのだろう……。
「真、私はココにたどり着いた時、『君を助けに来た』と言うつもりだった。だから君が窮地に立った時は毎回私が救う事を誓っていた。けれど、もう体力に限界がある」
「無理……してたのか? まさかお前、色んな時空でその窮地を……」
「他の時空での君は、バラードの里宮にさえも殺されていた。更に別の時空へ行ったら、里宮は何とかいけたけれど、藤原に刀で殺された。けれど最後に賭けた時空の君は、藤原どころか、自分の弟さえも救う事ができた。つまり、大当たり。私は安心したよ。今の君になら、本当の事が伝えれるって」
とんでもない苦痛と苦労を彷徨い続けていたって事だ……よな? それって。
既に千春の顔色が悪く、汗も出ていた。
「元々の時空、私の故郷にいた頃の私はまだ元気だった。元気ではしゃいで、その時の君とよく遊園地へ行っていたよ。けれど、その重みのある思い出のせいで、その時空の君は私に依存した。相手が何だろうと立ち向かうような前向き過ぎる男だった。だから、相手が例え君の息子だろうと、容赦はしないんだ」
「そう…なのか。だからお前、そんな変な口調なのか」
「一々『わよ、だわ』なんて付けている暇なんて、もうなくなった。君には申し訳ないけれど、私は君の運命の相手だったとしても、君は私に何も好意を持たずにいるんだろうね……」
…………ん?
まさかこれって……プロポーズ?
「お前がよっぽど凄い年月をかけてココまで要約たどり着いたってのは分かるけれど、別に運命がどうとかは関係ないんじゃないか?」
「なら、君は私と付き合う気は満更ないんだね?」
「いや……そういう訳でもないが、いや………ていうか……」
「生憎、私は五十年間、故郷の君と暮らしてきて、それから更に五十年間あらゆる時空へ旅立った。つまり、私は君と別れてから五十年間会っていなかったんだよ。ずっと君を探していた。私の家族を救ってくれる君を探していた。どうか、私の願いを聞いてくれないかい?」
「……………………」
答えに迷った。まさかこの時点で『付き合ってくれ』なんて言われるなんて想像もつかなかった。
「それとも君は、あの加倉井美里とかいう子と付き合っていくの? それとも世川ユイ?」
モテる男は違うなー、と、もはや爆発した精神状態にまで陥った。
千春は俺を壁にまで追い込み、食われる草食系男子状態だった。
「ちょ……千春……さん?」
「………。まぁいいよ。後は君次第だよ。それより、一つ誤算があってね」
千春は再び座った。
「君の息子、『与謝野佳志』っていう子なんだけれど、文句はない?」
「そうなのか。佳志……悪くないんじゃないの?」
勝手に決められていたのも尺だが……。
「なら簡単に話が進められる。その佳志って言う人、本来の予知悪夢なら五年後にココに来るはずだったけれど、もう今現在ココにいるらしいの」
「……は!?」
今現在……この世界に俺の息子が存在するってことか?
「お前、ヤバくねぇか?」
「そうだね。私が時空に逃げた理由は佳志が私を殺害しようとすることだからね。もう家庭崩壊に近かったよ。そして、もう時期その佳志が私に向かってくる」
どう答えればいいのかよく分からなかった。
しかし、このまま千春が殺されるのを見殺しにする訳にもいかなかった。
俺の答えは、一つであった。
「………大丈夫だ、俺が絶対に守ってやる」
「その言葉、故郷で何度も聞かされたよ……」
複雑な気分だな、実に。
故郷ってのは、その時空にいる俺『与謝野真』の事なのだから。一体どんな人間だったんだろうか?
与謝野佳志……。それが俺のセガレか。一体どういう育ち方をすれば、母親を殺すことに中毒化するような男になるのだろうか。頭がイカれたようにしか思えない。
さて、俺はこれからその人体実験で行われたフィルモットをどうにかする、ってことか。
「ちなみに君の力は少し特殊で、一定のリミッターを外すと本来のフィルモット以上の力を持つよ」
「どういう事だ? リミッターっつったら、火事場の馬鹿力って奴か?」
「そうだね。確かにフィルモットは拳銃の弾では死ぬことはないけれど、君みたいに立ってはいられないね。フィルモットっていうのは寿命が五百年、力が並みの人間のおよそ十倍、知能は並みの人間とそう変わらない」
「そりゃヤバ過ぎる奴だな。もはや人間じゃ勝てない奴じゃねぇか」
「勝てないね。だから、君の様な正義感のあるフィルモットが誕生するのは奇跡に近い。つまり、奴らの侵攻を防ぐことができるんだよ、君は」
「まるで正義のヒーローみたいな扱いすんなよ。性に合わないんだよ」
「でも事実だよ。十年後の予知悪夢を何とかできるのは君と、君の息子だけだよ」
「…………」
世界を救えるのは……俺と、俺の息子のみ……。
息子が含まれている根拠は多分、フィルモットの遺伝子が組み込まれるからだろう。
「気を付けて。十年後といってもあくまでも目安だから。もしかしたら五年後、七年後、明日からも来るかもしれない。それとも二十年後とかに来るのかもしれないのだから」
「いつでも体制を付けた方がいいってことか」
酷い話だなホント……。
まさか御手洗千春がこんなにも凄まじい存在だったとはな。ただの捻くれた転校生って思ってたよ。
「お前、本当にあの化け物なのか?」
「少しね。君と同じくらいだよあくまでも」
「その喧嘩慣れはどこで身に付いたんだ?」
「八十年前くらいから……そこにいた君とよく一緒に喧嘩していた記憶がまだある。とはいっても、そこでは私が守られていたけれどね」
「そうか……。お前、もう百歳って事か?」
「フィルモットの単位だったらね。人間の単位だったらまだ十六だよ。そうじゃなかったらこんな外見じゃないよ」
「そうだよな。百年生きて十六歳ってのもちょっと複雑だけどよ」
「まったくだよ。長い年月を辿っていったつもりなのに、はたから見たら数年って程度にしか見られないもの」
「理不尽だな……。でも、俺はそんなにもして苦労してきたお前がカッコいいと思うけどな、世界一」
「え?」
そう、コイツが辿って来た人生はもはや、『苦労』という一言でしか束ねられないほど苦痛なものだったはずだ。
俺がフィルモットだったという事も証明された。
つまり、タイムマシンやあらゆる時空が存在することも、あるはずだ。俺は千春の言っている事を信じた。
「お前は凄いよ。今までふてくされて人生歩んできた俺からしてみれば、自分がアホらしいと思うくらいによ。お前は最後の賭けをするまで諦めなかったってことなんだろ」
「…………………」
千春は下をうつむき、手で口元を抑えた。
――もう、苦労する必要はないんだ。
「褒めてくれたのは、この時空にいる君だけだよ……。他をあたっても、何の見返りもされずに終わっただけ……」
コイツも人間だったんだ。自分の苦労に対する見返りも必要だったろうな。
「わりぃな。でも何だか、俺ならお前を最後まで信頼して守り切れる気がするんだ。何の根拠もねぇけどよ」
俺は千春の肩をポンと抑えた。
根拠はないから、キレイごとなのかもしれない。けれど、俺はコイツが放っておけない。仮に全部嘘だったとしても、何かコイツが本当に言いたい事が分かる。
千春の抑えている手からは涙が零れ落ちた。
今まで泣かなかったのかと思うくらい、多いなる涙の量だった。
我がままだったのは、俺の方だったのか。
「俺は何も知らない、お前の故郷とやらも見たことがない。けど、お前の願いは十分伝わったよ」
「ありがとう……」
覚悟は決まった。
――ある日、突如転入してきたと言われる少女、御手洗千春。最初俺はただのふてくされた不良女だとか、陰湿なイメージをかもしだしただらしない女だと思っていた。
たまに「顔もスタイルも良いのに、何かもったいないなコイツ」とか思っていたことも数々あった気がする。
でも何だかんだ言って、困っていた人を放っておく主義ではなかった俺は、彼女の勉強を教えた事がキッカケで話すようになった。まぁ、簡単な数学の式だけどな。
元々つるんでいた美里とユリとも次第に仲が良くなり、俺は千春を無理させてでもカラオケに連れて行った事もあった。俺の奢りだったけどな。それにしても楽しかったな。
そして、初めて彼女と一緒に喧嘩をした。その時俺は千春に対する目が変わった。なぜこんなにも喧嘩が強いんだ? と、つくづく疑問に感じていた。そして何故かいつも、俺と息が合ったコンビネーションだった。まるで昔からよく一緒に戦っていたかのように……。
そして彼女に救われた事もあった。俺が大ピンチになった時に、なぜか場所も特定できなかったはずの彼女が飛んできたのだ。ボロボロになった俺を軽く担いで病院に送ってくれた。
俺が本当に困っていた時、いつも近くで話を聞いてくれたのは千春だった。そして協力もしてくれた。一緒に弟に向けた調査もしてくれた。
けれど、アイツを助ける事はできなかった。
そして、俺は千春の仇を取った良いが、大したつもりじゃない。
そう、御手洗千春はそんな俺を守ったり、協力したりした。そんなのを五十年続けていたという事なんだ。
俺にとってはたった数ヶ月の思い出なのかもしれない。けれど彼女にとってはもう何十年といった長い長い思い出なのだ。
俺は、千春に借りを返す事を宣言した。
「なぁ千春」
覚悟は決まった。
もう気付いていたんだ。自分自身の気持ちぐらい。
「何だい…?」
俺は初めて、四年留年したことを誇りに思った。
もししていなかったら、こんな思い出、作れるわけがないからだ。
――美里、ゴメンよ。
お前の気持ち、もし俺の勘違いならそれで丸く収まる事かもしれないけれど、もし勘違いじゃなかったら、これ重罪だもんな。
「好きだ。付き合ってくれ」
何で俺はこんなにもベタな高校生セリフを口にしてしまったのだろうか。
でも、ベタで構わないんじゃねぇか? 本当のことなんだし。
都合よすぎなんだよ……俺。
「その言葉、ずっと待っていたよ」
顔に手を抑えていた彼女は透かさず俺に抱きしめてくれた。涙は俺の肩に零れ落ちた。
多分、これが最初で最後の恋愛なんだろうよ、俺は。
そんなわずかなネガティブ思考に対しても、千春は涙声でこう答えてくれた。
「失恋なんてさせないよ」
若干怖かったけれど、それも悪くないのかもしれない。
もう、彼女の事を隅まで信じるしかない。これが俺に託された試練だった。
千春の故郷にいる『俺』は、本来この時空で存在しようとする俺の息子を何百匹ものフィルモットを連れて殺害しようとするのか……。
もはや世界征服ってところだよな。
タイムマシンがこんな形で知るとは思いもよらなかった。
彼女は一度離し、自分のお腹を少しさすった。
「お前、大丈夫か?」
「一応ね。でも大分やられた。何度も佳志に殺されそうになっては逃げてきたからね」
「何て奴だよ……」
腹には包帯が巻かれていた。もはや晒に近い。おいおい……母親はここから産んだんだぞ? そこを、どう思えばえぐれるんだよ佳志って奴は!?
許されざる者だ。
「私は、真を愛しているから、信じているよ。守ってくれるって」
苦痛ながらも、満面の笑みを浮かべてそう言った。
そう、俺はやらなければならない。
自分の命に代えてでも……!
時は過ぎる。もうそろそろ冬だ。