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与謝日記 The last chance  作者: 浅キチ
3/12

救える権利、救わなければならない義務

噂というものはすぐに広まる。それはどんなにわずかなキッカケでもだ。


 例えば一人の子が『絶対に言わないでね?』と宣言し、絶対に言わないと断言しつつも、もう1人の子に『絶対に言わないでね?』と言って、次第に噂は広まる。

 皆が『それ知ってる!』と言う反応を見せた時点で、それは表向きになる。それが一番あり得る環境が、学校だ。

 あくまでも皆子供だ。そういう噂話を嗅ぎつける者も少なくはない。


『アイツ、○○のこと好きなんだとよ』

『アイツ、○○と付き合ってんだとよ』

『アイツ、実は不良だったんだとよ』

『アイツ、親から虐待受けてるらしいぞ』


 耳障りだ。俺もそういう噂話のダシにされている中の一人だ。


『アイツ、全部留年して本来なら大学二年行ってるくらいなんだとよ』

『え、マジで? どんだけバカなんだよ』

『勉強もそーかもしれねーけど、もしかしたら女目当てかもしれねーぜ?』

『何だそれ? ロリコンってことか!』

『マジ引くわーホント。おまけに金髪の不良だし、気持ち悪いったらありゃしねー』


 まさか俺が目の前にいるとも知らずに堂々と目の前で陰口を言うとは、思いもしなかった。

 あの時思った。

 ――コイツらロリコンの意味分かってねぇだろ絶対……。


 たった数年の違いでそう言われている身になったら最悪な気分だ。


 噂というものは本当に恐ろしい。すぐに広まり、それは大抵嫌な話題だ。特に本人は傷付くものだろう。

 学校なんて行きたくない。

 俺は何度もそう思った。そういう連中をぶち殺したいとも思った。俺なら殺そうと思えばいくらでも命なんて奪える。

 だが、俺はそこまでひねくれていない。

 殺せると思って殺すほど俺は落ちてはいない。俺は気が長い生物だからな。


 俺がなぜ金髪にしたかは、まだ誰にも話していない。話せることじゃない。しかしこれだけは言っておく。決して反抗意識でやった訳ではない。

 地毛はもちろん黒だ。黒だった時はもっと気が荒くて、凄まじく酷かった頃の話だ。まぁ、昔の話だから別にいいけどな。


 噂は更に広まっていく。それは数の問題でもそうだ。


 帰りの教室で偶然聞いてしまった生徒たちの噂話。


「ねぇ知ってる? 御手洗千春さんの……」

「あぁ知ってる知ってる。最近転入してきた女だろ?」

「あの子、どう思う?」

「どうって………、何つーんだろ。暗い? とか、若干不良混じってることね?」

「そうなんだよねー……私もそう思う。大人しいけど、絶対裏で何かやってる気がするのよねー……」

「この前なんてカチコミしてきた連中ぶっ飛ばしたんだろ?」

「表向きだとさー、何か与謝野くんがやったーだの言ってるけど、実質あの集団やったの御手洗さんだと思うんだよねー」

「思うわー、七割ぐらいは締めてたよなー」

「どっかで空手とか習ってるのかなーって薄々思ったけど、よくよく考えてみると不良の群れに1人で行ったくらいだから、やっぱ裏で何かやってる気がするのよ……」

「まぁそうだよな。最近よく与謝野や加倉井とよくツルんでるけど、アイツら大丈夫なんかな」

「与謝野くんは大丈夫でしょ。不良なんだし」


 何とも良くはない話だ……。これが根っこで後々それが広まるんだよなきっと。あー腹立つ。

 つーかいい加減不良呼ばわりされるのムカつくんだよ。やってる事は決して悪い事じゃないぞ俺は。

 絡まれたら返り討ちにする。

 やられたらやり返す。

 たったそれだけの話だ。俺以外に俺は不良らしい行動は何一つ起こしていないと断言できる。


 例の愚連隊だって、アイツらはきっと酒も煙草もやってるだろうし、バイクを乗ってる奴だって少なくないだろう。

 おまけに喧嘩売ってくる連中だ。前に千春と話した時に聞いた話によると、恐喝もよくやってたらしい。

 オヤジ狩りも多かったようだし、俺はその点何もやっていない。なのに不良呼ばわりだ。

 つまり、世間一般は人の外見だけで人の全てを判断し、勝手に皆で偏見を持つ。なんて残酷で理不尽な世界だよまったく。


「あれー? ユリちゃん今日も休みなのー?」

 朝、美里が俺にそう問う。

 確かにここ最近ずっと休んでいる。それも無断欠席。さすがに担任もこれには見逃さないだろう。

「メール送っても全然返信返ってこないのよねー」

「よっぽど体調悪いんじゃねーの?」

「それだったらわざわざ無断欠席しないでしょ? 親だっているはずだし」

「んー……」

 確かに妙だ。ユリの親は見たことがある。普通の従業員と聞いた。


「一回家に訪れた方がいいんじゃねーの?」

「んー……一度お見舞い行った方がいいわね。アンタもついて来なさいよ」

「え、俺? 何でだよ……」

「何でって、そりゃ友達なんだから普通お見舞い行くのが常識でしょー?」

 面倒だ。さっさと帰って寝たいってのに。


「私も行ってもいいかい?」

 千春が話に乗った。

「いいよ! 千春さんも友達だもんね」

「呼ぶ捨てでいいよ」

 さすがに美里も謙遜するよな。まぁ、前の事があったら更に。

 さて、帰りのホームルームが来るまでひと眠りするか……。

 下校、俺と美里と千春はユリの家へ進んだ。


 行く途中、何気ないアパートに見覚えのある人物を見かけた。

 ユリだ。

 帽子をかぶっていて一瞬分からなかったが、あの背、あの声は絶対彼女だと俺はすぐに気付けた。

 だが美里と千春は未だに気づかずに彼女の家へ歩いている。

 …………。


「ありがとうございましたー!」

 ユリはアパートの住人に大きなダンボールを渡し、そして住人から札束を貰っている様子が見えた。

 ………もしかしてバイトか? それともセールスか?


「…………おい」

「! 与謝野……くん?」

 やはりユリだった。俺はユリと二人で話をするため、近くの公園へ移動させた。

 俺は差し入れに缶ジュースを彼女に渡し、俺はコーラを飲んだ。

「………美里達、心配してたぞ。親に黙ってバイトしてんのか?」

「そういう訳じゃないんだけど………」

「じゃあどういう訳だ? 無断欠席すればさすがに教師も黙ってねーだろ。今更小遣い稼ぎか?」

「違う。けれど、私はやらなくちゃいけないの……」

 何か様子がおかしい。たかがバイトを生徒に見られたくらいでこんなにも不安そうにふるまうか普通? 絶対何か隠してる。

「お前、金が必要なのか?」

「………そう、だけど。与謝野くんに相談してもどうにもならない事だから……。だからほっといて」

「いくら必要だ? そしてなぜ金が必要なのかも説明してくれるとありがたい」

 そう、ユリは絶対に何かに悩んでいる。こんなにも不安そうに接して来る彼女を見るのは生まれて初めてだ。普段なら少し落ち込んでも、人に接する時は必ず明るく振る舞う女だからな。

 要するに、俺は友達として彼女の相談を乗る権利があり、そして友達ゆえに守り抜く義務がある。俺は強い。強いからこそ思えることだ。

「……百万円。友達に借りて返せる金額じゃないよ……もう」

「なるほどな、どっかの変なサイトにでも飛んで架空請求されちまったか?」

「そんな甘い話じゃないよ。お父さんだってこの前死んじゃおうとか口に出してたし……私がやらなきゃどうしようもないんだよ……」

 彼女は泣いた。

 その顔を隠すかのように両手で顔を抑えた。


 ……父親が自殺思考に走る、という事は家族に関わる金額の問題か。


 考えれる事は、会社の倒産に関連すること。

 あるいは、借金。


「……金融の名前教えろ」

「え……?」

「お前、自分一人が抱え込んだら何でも片付く問題だって、実質判断してねーだろ。甘えてんじゃねぇよ」

「ど……どういう事? 金融って……何で与謝野くんが知ってるの? 私の家にヤクザが入って来たってこと……」

 あてずっぽだが、見事に勘が当たったようだな。

「天然なお前が悩んでる事を俺が分からない訳ねーだろうが。お前は何でも口に出すからな」

「…………。でも相手が暴力団だし、お父さんが借金抱えてるのも自業自得なんだよ結局……」

「知ってる事全部話してみろ。それ次第で俺の行動が違うからな」

 何でもできる。だから人を救う事においては楽だ。だが筋合や義理などの問題を見計らう必要がある。

「……私のお父さん、借金抱え込んでるんだよ。内の家庭、そんなにお金持ちじゃないから百万円も出せないの。それで、何回も闇金融の人達が押しかけてきて、お父さんは泣きながら土下座してた……。最後には、『一ヶ月以内に返さなければ、腎臓を売るか、女を売ってもらう』って行って出てった……。その翌日、学校から帰った時にお父さんは椅子の上に立って輪っかのヒモを首にかけようとしていた……。何とかそこは取り押さえれたけれど……、もう私が働くしかないのよ……」

「借金は何が原因だ?」

「知り合いの人が百万円抱えていたらしくて、それを代わりに払うという契約をお父さんが同情で結んだの。でも、その後詐欺に百万円騙し取られて、返せられなくなった……。その知り合いの人もどこかへ逃げてしまった」

 代わりの支払人になり、その後丁度騙し取られ、父親を追い込み、挙げ句に本来の支払人が逃亡……ということか。

 残酷だ。


 ……だとすると、俺は助ける権利がある。

 いや、助けなければならない。絶対にだ。


 もしその父親がギャンブルなどの賭博によって金に溺れし者になった、とかいうくだらない理由だったら、『まぁ、頑張れよ』とか言って去ってった。

 だがコレは違う。あまりにも理不尽すぎる。

 理不尽な仕組みは俺が嫌うものの一つだ。

 俺は強い。誰よりも強い自信がある。だがその仕組みは俺は好まない。理不尽だからだ。強いからと言って何もかもを手に入れられるわけではない。


 まぁ普通の人間なら『そうなのか、俺も力になりたいけど……』とか言って結局励まししかせずにそれらしい行動には移さないはずだ。


「もう一度聞く。その闇金、何て名前だ?」

「………藤原組」

 俺はベンチから立ち上がった。

「そうか。俺に相談してくれてサンキューな」

 それだけでも、十分俺にとっては救いになるからよ。

「えっ……ちょ、どうするつもり?」

 決まってんだろ。

「お前を助けるつもりだよ。文句あんのか?」

 あっても、俺の答えは変わらないけどよ。

「え………」


 俺は即座に体制を切り替えた。

 公園から出て、早速手掛かりとなるモノを探す。


 プルルルル――


 電話が鳴った。美里からだ。

「はい?」

『ちょっとー、アンタどこにいんのー? いつの間に消えるからこちとら結構探してるんだけどー!』

「悪い、急用思い出した。見舞いはまた今度にしようぜ」

『ちょ……勝手な事言わないで――』

 時間がない。

 まずはその『藤原組』とやらの事務所を探す。だが手掛かりがなければ何もならない。

 そこらへんのチンピラにでも聞けば何とかなるか……。


 繁華街、黄金美地区の路地に、数人の黒いスーツを着た男達が溜まっていた。

「おい、お前ら藤原組の事務所の居場所知ってるか?」

「アァ? 何だお前? 学生が内の組に何の用じゃボケェ!」

 『内の組』……コイツら幹部か。スーツを着てるくらいだ。


 五人ともヤクザならではのナイフを用意した。普通学生相手に刃物突き付けるかよ……。

「俺ら藤原組はなぁ、例え相手が学生でも容赦はしねぇんだよ……」

 事務所の居場所聞いただけだろうがこの低脳どもがぁああああ!


 でも、俺も容赦などしなかった。相手が例え関係のないボンボンだろうが、死んでも聞くまでだ――!


 時は過ぎ、既に俺は一人の意識を保たせて改めて質問した。

「もう一度聞く………テメェらの事務所の居場所はどこだ? 案内しなかったらお前の持ってたナイフで刺し殺す。何も喧嘩売ろうなんて思ってねぇんだよ俺は。ちょっと話がしてーだけだ」

 男は震えながらもその場所の住所の紙を即座に俺に渡して逃げた。


「…………」


 何も考えずに、そこにめがけて歩き続けた。気が付くとそこは殺気が大いに感じるただ一つの事務所が建ってあった。

 ……行くか。


 ドアを開ければ早速舎弟の大勢、そして奥には葉巻を吸っている坊主頭の厳つい男が座っている。

 藤原組はこの黄金美地区に一つしかない筋金入りのヤクザ。前からちょくちょく聞いたことがある。

 奴らは性根から腐っていて、一般人にも平気で手を出す屑の集いだ。それに対して組長は何も言わない。むしろそれに対して環境は更に悪化している。

 前々からクソだと思ってはいたが、まさか俺の友達にも関連する奴らだとはな……。許すわけがないだろう。

 入ったと同時に周りはシーンと沈黙を浴び、奥にいる組長らしき者が葉巻を持った。

「………おい、つまみ出せ」

 その一言で、周りの連中は俺を力づくで追放しようとした。

「ココは学生が来るところじゃねぇんだよ! さっさと出てけやボケ!」

 そもそも俺は『力づく』で何かしようとする相手には絶対に負けない自信がある。そういう奴らに限ってバカだからだ。考えも、非常に甘い。

 学校の生徒ならいくらでも何でもできると思うコイツらの思考力は実に甘すぎる。


 つまり、俺はそいつらを殴り浴びせ、刃物が用いられても動じることはまずなかった。


 気が付くと組長以外は全員倒れていた。しかし組長が動じることも、まずなかった。

「お前、何の用でココに来た? もしかして内に入りたいのか?」

「んな訳ねぇだろバーカ。話がある」

 組長の机に近づき、俺はその机に平手をドンと押し付けた。

「世川家の借金返済の問題についてだ」

 世川というのはユリの苗字だ。世川ユリ。

「んー、誰だっけなぁ……ちょっと待ってくれや小僧」

 男は引き出しを開けた。中には多数の書類の束が並んでおり、その中をぱらぱらと探っていた。

 そして男は世川家の契約書、その他を取り出した。

「あーそうだそうだ。コイツのことか。返済を代わりに支払うって契約だったな。んで、それがどうした? 最近全然連絡が来ないから心配で仕方がない」

「その契約を今すぐに取り消してほしい。そして世川の父が詐欺に遭った事も知ってるはずだ。ちゃんとそこんとこ目通してあんのか?」

「……あのなぁ、小僧。どこの誰だか知らねぇが、内は闇金融なんだよ。どんな事情であれ、貸した金は一円残らず返してもらう。アイツが代わりの支払人になったのが悪い。契約はもう結んじまったんだよ」

「取り消せ。金なら、俺が何とかしてやる。世川家に恨みなんかない限り、その契約は結べるはずだ」

 俺は助ける。己の身に代えてでも。

「利子合わせて丁度百万……お前さんが出せるって事か? そんなのが信用できると思っているのか小僧?」

「もしココで俺の話を受け入れなかったら、俺はアンタを今からぶっ飛ばす」

「ガキはこれだから………」

 男は即座に引き出しの奥から拳銃を取り出し、俺に向けた。

「いいか高校生? 世の中ってのはそう簡単に上手くいくモンじゃねぇんだよ。学生の一言でポイポイ変えられるほど世の中甘かねぇんだよ」

「………だから殺すのか?」

「へっ。藤原組に手出した小僧に何の仕返しもしない訳がねぇだろ。お前があの時負けてたらアスファルトづめで東京湾にでも落とそうかと考えてたが、今じゃこの状況だ」

 ……この男は何も分かっていない。

 どの人間も拳銃を向けられたらさすがに動揺するはずだ。それは絶対に勝てないと自分に断言したからだ。

 絶対に勝てない……? 戦ってもねぇのに、戦う前から言い切ってんじゃねぇよクソ野郎。


「撃ってみろよ」

「ほう? 死んでも文句言うなよ。最期の言葉くらい聞いてやるぞ? 俺は優しいからな」

「そうだなぁ……、『お父さん、お母さん、ありがとうございました』。以上」


 バン!



 弾は俺の額に直撃した。


 ――あぁ……痛い。痛い……痛い……痛い。全身に響くほど痛い。

 銃というものはこんなにも痛いのか。

 バカだよな。考えてみれば銃ってのはあらゆる武器の中で一番速く、そして避けれる訳のない最速の武器だ。それを避けようなんて考えてた俺はバカだ。それに、死んじまう可能性だってあるんだ。増してや脳に直撃だぜ? メチャクチャ痛ぇよ。


 ――クソッタレが………。


 守るべき者が俺にはあるんだろうが。俺にとって、友達関係ってのは命綱みたいなもんなんだからよ……。

 決して友達が多い訳じゃない。むしろ少ない。

 でも、そんな一握りの友達だからこそ、大切にしなきゃいけないんだと思う。たった一人の友達も守れない力では――ない。

 美里、ユリ、千春、たった三人の友達を、俺は絶対に守り抜くと宣言したい。困った時は力になりたい。本気で協力したい。実は俺にも、そういう前向きな感情があった。

 そんな前向きな感情が存在すると気が付いたのは、今だった。


 ――俺はたった二人の弟も、守ることができなかったんだ。


 だからこそ今いる友達を守らなければならない義務がある。今いる仲間を大切にしなければならない義務がある! 俺は絶対に負けない。相手がどんなにデカいものであろうと、俺は戦う。


 そう、それが例えヤクザでも、拳銃でも。


「お……お前……何で立ってられるんだ!? 何で息してんだよ!」

 全身の神経を要約取り戻した。動ける。戦える。指先までちゃんと動く。

「………もう一度聞く。世川家の……契約を取り消せ。俺が代わりに払ってやる……。それができないのなら、根絶やしにしてやる!」

 もう息をしているのが精いっぱいで、言葉の回転も滅茶苦茶だ。気が狂っているのか俺は。まるで何かに憑りつかれたみたいだ。


 ――殺せ――ぶっ殺せ――バラバラに――して―から――燃やし尽くせ――



 誰かがそう俺に言ってる……。ハッキリとは聞こえないが、もはや幻聴なのだろうか? でも聞こえる。誰の声だ? 俺の声か? いや……ちょっと違う。自分に言い聞かせている自分の声には聞こえない。

 目の前にいる組長とは思えない――。


 ……まぁ、何がどうあれこのオッサンを何とかするまで引き返す訳にはいかない……。

「う……うわアああああああああああああアァ!」

 何度も発砲し、俺の肩、腹、胸、頬へと当たった。

 最初の直撃が強烈だったのか、もはや当たった感覚もない。痛みもない。

 血は出ているはずだ。目に血がしみるくらいだ。

 自分の身体をわざわざ見て確認する暇もない、ので、俺は前へ進むしかない。


 弾切れなのか、男は銃を捨て、刀を用意してこちらに向けた。

「何で………死なねぇんだ………化け物がぁ!」

「……人聞きの悪い事言ってんじゃねぇよ………俺は一度決めた事はやり通す主義なんだよ。だから……死なないって決めたら何があろうと死ねないんだよ……!」


 ………だが、世の中とはそう甘くはなかった。


 俺は息をして立っているのが精いっぱいであり、とてもこの男を倒せるほどのエネルギーなど残っていない。

 立ったまま、動きは停止した。


 ――負ける。



「な……何だ? ……立ったまま死んだ……のか……?」


 動けない。金縛りと同じ現象だ。動こうと思っても動けない!

 男はその油断の隙を見て俺に刀を振り下ろそうとした。


 ――しかし刀は当たらなかった。男は誰かに蹴り飛ばされていた。


 気が付くと男は倒れ、その前にはセーラー服を着た女の姿が立っていた。

「……やっぱり、ココにいたのかい」

 声帯、口調、そしてこの姿。

 間違いない、彼女は御手洗千春だ。


 俺は安心したのか、その場でうつ伏せに倒れ込んだ。全速力で走った後、もの凄く疲れる。それと同様に、俺も息切れが半端なかった。

「ハァ……ハァ………ハァ……」

「何で、こうも無茶をしようとするんだい? 君は負けると分かって戦うような大馬鹿者なのかい?」

「……うるせぇ。お前らに迷惑かける訳にはいかねーんだよ……」

「まぁ、ユリからは色々聞いたけれど、君はココに来てヤクザごと潰して、それで解決しようとでも?」

「んな訳ねーだろ……。俺はあの契約を取り消せと言っただけだ……。いつの間にか喧嘩に発展してただけで、別に初っ端から潰そうだなんて考えてねーよ……」

 さすがの千春もため息をつき、呆れ返った。

「ちょっと待ってて」

「………?」

 すると千春は腰を下ろし、俺を――持ち上げた――……。


 え? 俺今、担がれてる?

「っておい! 何してんだよお前!」

「このままだと大量出血で命を落とす危険がある。急いで病院に行かなければならいない」

「余計なお世話だよ! 離せ! はたから見たらめっちゃ恥ずかしい光景だろうが!」

「問題ないよ。それに君、額に発砲の痕跡が残ってるではないか。何で生きているんだい?」

「知らねーよ! 何か生きてんだよ!」

 動かないはずの身体はいつの間にかジタバタしていて、そのまま外科に連れて行かれた。


 医者からは『信じられない』や『アナタ本当に人間ですか?』などと驚かれ、看護師にも悲鳴を上げられた。


 どこへ行っても化け物扱い……か。


 もはや人間扱いさえもされないヤクザからも人間扱いをされないくらいだ。



 でも、ユリの件は何とか一件落着したらしい。

 数週間後、ユリが遂に学校へ登校し、それは清々しい笑顔だった。いつものように机でボーっとしている俺にユリは声をかけ、

「ありがとう」

 と言ってくれた。

 どうやら藤原組と世川家を騙した詐欺師、そして世川に頼った知り合いは関係していたらしく、グルだったらしい。

 その知り合いは世川に何らかの怨恨を抱き、闇金融と絡み、そして詐欺師に金をだまし取られて既に藤原組に百万は届いていた。

 藤原組はそれでも世川を追い込んだ。という事であり、全く正当なものではないということで藤原組全員が逮捕された。

 組長の『藤原大五郎』は警察に「ガキにやられた、銃で額を撃っても生きていた」と必死に証言したが、警察は目にもくれなかったらしい。



 つまり、完璧な解決。

 世川家は今では明るい家庭を取り戻し、ユリも機嫌を戻した。


 俺はユリに「良かったな」とだけ言い、それ以外の見返りは求めなかった。


 そんな中、美里が俺に声をかけた。

「……アンタ、何したの?」

「………別に」

「別に、じゃないわよ! じゃあその頭に巻いてる包帯は何なのよ! 絶対何かしたわよアンタ!」

「『友達が困っていたら、力になりたい』てのは、当たり前のようで当たり前にしてないだろ実際? 俺は当たり前の事をしただけだよ」

「はぁ……つまり、ユリのために喧嘩したって事? ホント呆れるわアンタ……、何でいつもいつも喧嘩なのよ……」

「俺は喧嘩でしか物事を解決できる術がないからだよ。術があるだけ俺はマシだと思うけどな」

「何開き直ってんのよバカ!」

 拳骨をくらった。

 何で良い事したのに悪い報いが来るんだよチクショウ……!


 そうして俺の人生は先へ進む。

 今もまた。


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