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与謝日記 The last chance  作者: 浅キチ
11/12

最終決戦

 誰が敵か、誰が味方か。



 俺はそれを考えれば考えるほど頭がパンクする。

 佳志は敵なのか、味方なのか。千春は味方だが、なぜ何人もの自分を殺した人間をかばうのか?

 一体佳志の目的は何なのか。


 元祖の与謝野真は間違いなく敵だ。それはもう確信に等しい。



 奴は千春を束縛に追い込もうとしている。それがどこまでなのかは分からないが、それに対して佳志は怨恨を抱いている、という筋書きのはずだ。



 ……いや、佳志は敵でもなければ、味方でもない。


 味方じゃなかったら、俺はぶっ潰す権利がある。

 何人もの千春を殺してきたことは変えられないのだから、その仇を俺が討つ。仮に千春本人がそれに対して傷付いてなかろうが、俺は許さない。


 あの日から三日が経ち、店の部屋の中、俺は今決心した事を実行するために千春に佳志の連絡先を聞いた。


 すると、案外素直に教えてくれた。

 というか佳志はこの時空に携帯電話も持ってきたというのか? そうとしか考えられない。


 自室に戻って一人、ベッドの上で扉に背を向けて胡坐をかき、俺は自分の携帯電話を片手にさきほどの連絡先を打ち込んだ。

 最後の数字を打とうとすると、後ろから誰かに抱かれた。

 行動は実に女の子らしいが、言語はそうでもない。

 それに当てはまるのは一人。さきほど俺に連絡先を教えてくれた千春だ。


「まさか、かけて殴りにいくつもりかい?」

「……お見通しってか。だが千春に止めろと言われて止める義務は俺にはない」

「別に止めろとは言っていない。けれど無茶だけはしないで」

「アイツはどれだけ強い? 格闘経験多才の千春なら答えられるだろ」

「私より強い。君が本来生む『セガレ』より弱い」

「極論だな。俺の息子ってのはどんだけ狂ってんのか逆に期待しちまうくらいだな」

 そう俺は微笑んだ。


 彼女もそれに合わせて微笑んでくれた。


「君ほど狂ってないでしょ。このお助け者」


 そう、息子の話になって俺達は初めて笑い合ったんだ。


 その状況を千春も自覚したのか、彼女も照れくさそうな表情に変わった。


「なぁ千春。俺はきっと、この先危険な困難に走るのかもしれない。今までの中で一番厄介な相手と戦うのだからな。

 だから聞いてほしい事があるんだ」


 俺は決心した事がある。これだけは絶対に歪まない。誰も邪魔できない。

 だから自信を持って彼女に言える。


「結婚しよ」


 どこにでもある地味で腹立たしい一言だ。しかし俺が伝えられるのはもうこれしかない。


 千春は、こぼれ落ちそうな涙を指でふき、再び微笑んだ。


「それ、死亡フラグだから」

 まさか微笑んでそのオチがあったとは俺にも予想外だった。

 しかしコレは、即ち『帰れるものなら帰ってみろ』という事と解釈できる。

 ――あぁ、フラグでもなんでも乗り切ってやるよ。


 相手がどんなに危険な奴だろうと、俺は屈しない。



 用意していた残りの数字を、俺は押した。


 そして返事が聞こえた。

「もしもし」

「与謝野佳志か?」

「お袋から聞いたんだな、俺の携番。用件は何だ?」

「お前の母さん、今いくつだ?」

「現代的な範囲だとまだ十六だな。これが故郷の時空だったらもうとっくの昔に老婆だけどよ。聞きたいことはそれだけか?」

「こっからが本題だ。今時間あるか?」

「あの野郎の捜索を続けているが、まぁ時間がないことはない」

「今から黄金美廃倉庫に来い。お前とはいずれ決着をつけなきゃいけないんだ」

 すると、少し沈黙が空き、佳志は答えた。

「そうか。お前がその望みなら、俺は拒まない」

「案外素直じゃないか。何で勝負を受けるんだ?」

「どんなにお前に味方面しようが、お前が俺に対する怨恨は変わらないと分かっていたからだ。けじめをつける。

 だが負けても文句は言うな、格闘戦なら何よりも自信があるからな」

「じゃあ、後で廃倉庫で落ち合おう」


 そして電話は切れた。


 ――相手は現在一番強いと言われている男だ。多分慎よりも強いだろう。俺は佳志の格闘戦を見てきた。

 奴は大した格闘術は習得していない。どの武術でもない。しかし奴の『喧嘩慣れ』は並みの男とは全然違う。何かが違う。

 それは捨て身の行動だろう。何にしても自分の身を拳銃の弾のように投げ打つケースが多い。


 俺もその1人だ。戦う時はそういう覚悟でいく。もしそうでなかったら俺はこれまでの戦いで全て敗北していただろう。

 俺はあくまでもアイツを許さないことにしている。

 その仇は、必ず討たせてもらう。




 黄金美廃墟倉庫。その中は広々く、多量の砂が詰れているところもあれば物を持ち上げる車もあった。そして何より、汚れている。


 その扉を開けると、佳志はいた。


「案外早く来てたんだな」

「ふん。オメエが遅いだけだろ」

 俺はその大きな扉を閉め、内側から鍵をかけた。

「一つ聞くぞ。お前は何で千春を殺してきた?」

「さぁな。気が付いたら俺は、大量殺人犯として生きていた。と思ったくらいだからよく分からん」

「気が付けば…? 意味の分からん事言ってんじゃねえよ」

「分からないだろうな。オメエが俺を許さないと思ってるように、俺も自分が許せないんだよ」

「………」

 罪悪感は、あるっていうのか。

「俺はある目的でココまでたどり着いた。だがお前のせいで計算に誤りが生じた」

「そのある目的ってのは?」

「俺を潰してから聞けよ――」


 佳志は早速地面に足を蹴り、ためらいもなく俺の顔を殴ろうとかかった。

 その致命的な殴打は何とか両腕でカバーできたが、それでもダメージは少なくはなかった。

 この俺が今の殴打で五メートルは吹っ飛んだ。


 これはまさしく、佳志の強さを現した瞬間だ。


「お前何でそんなに強いパンチが打てるんだ? そこまで喧嘩慣れするほどの理由がどこにあった? 千春を殺すにあたっては、刺殺や撲殺だったんだろ?」

「………オメエには分からないだろうなぁ、俺の気持ちなんて!」

 再び佳志はダッシュしてこちらにかかってきた。今度は蹴りだ。


 幸いそのキックは下に避け、隙を狙った俺は奴の顎にアッパーカットした。


 がしかし、致命傷を負うはずだったその攻撃に対して奴は何も怯むことはなかった。

 俺だったら間違いなくヨロヨロして大きな隙を見せる。なのに佳志はその致命傷さえも打たれてもなお、一瞬で体制を戻した。


 慎でさえも無理なはずだ。同じボクシングスタイルとはいえ、佳志には絶対に勝てないだろう。



 無音の中、俺と佳志は波乱ごとく竜巻の様に回りながらひたすら殴り合いを続けた。俺は避け、そして反撃。佳志は受け、そして反撃。

 ダメージは明らかに奴の方が大きいはずだった。

 だが経験の数も、奴の方が明らかに大きかった。


 ほとんど攻撃を受けていない俺が一番怯んでいたんだ。もはや奴の攻撃を避けるくらいしか体力は残されていない状態に達している。


 ――改めて俺は奴の表情を伺った。


 それは憎しみと悲しみしか残らない表情だ。もはや奴の感情が表情として隅なく体現されている。

 どんな修羅場を潜り抜けたら、こんなに強くなれる? どんな修羅場を潜り抜けたらこんな表情になれるんだよ?


 そこで佳志が口を開いた。

「これで分かったと思うが、人間なんて努力さえすれば化け物なんて怖くねーんだよ。だがこの世に至る人間はいつも自分に屈し、『化け物には絶対に勝てない』などとほざく。何もしていない癖にそう言う奴を俺はうんざりするくらい見てきた。最初から泣き言を言うくらいなら、俺は悪魔になってでも努力し続けた。必死に奴らの事について勉強した。その結果、格闘術を身に付ければいいと俺は答えを出した。だから俺は、何度も別の時空へ行ってはフィルモットと戦い続けた。死にそうになっても、抗い続けた。しかし夢はいつまでも叶う事なく潰されてしまった……」

 夢……?

「おい、その夢ってのはつまり、世界を救う事なのか?」

「違う!」

 否定するその言葉は、倉庫全体に響いた。


 世界……じゃなかったら、何を救うってんだよ。


「俺はなぁ、あのイカれたクソ親父が大量にお袋をさらうのを必死で止めるつもりだったんだ。しかしどうお袋を安全に誘導しようと、結局あらゆる原因で死んでいってしまった。

 大半は事故死、それからクソ親父からの誤りの攻撃でお袋を殺害。俺はお袋の死体を何度も見るのがあまりにも辛すぎて、辛すぎて……。

 我を失った」

 彼の表情は怒りから、悲しみへ変わった。


「あんなクソ野郎にお袋が殺される光景を何度も見るくらいだったら、俺がさっさと殺してあの野郎から奪われないようにしようと思った。あの野郎の目的はお袋を一人でも奪う事だ。俺はその邪魔をしようとするが、その邪魔者をアイツは殺そうと蒼煙そうえんを硬化して放った。しかし当たるのは俺ではなくお袋であり、いつもそこで終わってしまった」

「………………」

 もはや何も言えなかった。

 佳志の動機が、想像以上の重みだったからだ。

 だが俺には反論があった。


「殺される光景を見るくらいなら、殺す方がマシ……てか」

「あぁそうだ」

「そうかよ。なら今いる本物の千春も、お前は殺せたか?」

「……!」

「あの路地の時、お前は躊躇していた。それはなぜだ? 本物と分かったのはなぜだ?」

「……。お前が一緒にいたからだよ」

「何だと?」

「他の時空では、お前みたいな金髪頭の男と一緒にいる千春はいなかったからな。そんなのは故郷の時空くらいでしか見たことがなかった。商店街の時でも、お前はすぐさまお袋を助けにきただろ。あの時から既に分かっていた」

「てことはつまり、俺が来る前までお前は千春を本気で殺すつもりだったのか?」

「……………あぁそうだ」

 いや違う。何かが違う。

「お前、千春を殺すにあたってどんな殺し方した?」

「手っ取り早くナイフかバットで―――」

「バカ野郎。じゃあ何で商店街の時、お前は格闘術で楽しそうに戦ってたんだよ」

「それは………それは……」

 答えはなかった。


 コイツにはまだ、夢がある。今すぐにでもやり直せると、俺は確信した。

「お前は自分で『我を忘れた』などと言っていたが、それは違う。そもそも途中でお前はきっと自分で『俺は何をやってるんだ』と気付いていたんだろう? そうじゃなきゃ面倒な格闘戦も交えないはずだ」

「…………」

 佳志が反論することは、もはや皆無だった。


 俺の勘は当たってたってことなのかこれは。


 佳志はその場で泣き崩れ、地面に手を置いた。

「お前は独りで抱え込み過ぎだ。俺もよく独りで背負う癖がついちまってるけど、悪魔になってでも背負うとこまでは行ってなかった」

 俺は佳志に手を差し伸べた。


「今からでも遅くない。謝りに行こう」


 そして佳志は俺の手を掴み、立ち上がった。


「……おう」



 問題は解決した。


 しかし、二次災害はすぐに訪れたのだ。

 二人で倉庫に出ようとすると、後ろから気配を感じた。


 ――蒼い煙が――



 その煙は硬化し、槍のような形に変形して俺の心臓にめがけて突き進んだ。


 何が何だかもよく分からないまま、俺は死んだかと思った。

 しかし、俺は死んでいなかった。



 その槍が刺さったのは――佳志だ!


「うわああああああああああああ!」


 槍は、佳志の心臓を貫いており、酷く貫通した様子だ。

 ――多量に出血している。


 ……両手を上げている。これはつまり、俺を守ろうとしたっていうのか?


「大丈夫か!?」

 倒れた佳志に俺は肩をゆすった。

「分からん…。多分、そうでもない」

「しっかりしろ! どうしてこんな……」


 荒い息を吐いている佳志は俺の服を強く掴み、こう言った。


「………いいか? 俺は……化け物を一匹残らず殺す事が最終目的だ。この後、オメエはあのお袋と関係を持って、息子を生め……。娘が生まれたら、次は息子…。多分、ソイツは著しく気が荒く、救いがたい奴だが、絶対にそいつを見捨てるな……。何としてでも育てあげろ。

 そして、あのクソ親父をも駆除できる男になったら、お前はソイツにこう伝えてくれ。

『お前を英雄にしたのには、お前が生まれる前からたくさんの犠牲を払った』てな……。厳しいと思うが、これだけは自覚してほしいからよ……」

 徐々に声の調子は弱っていった。

 何で、こんな事になった。


 実に理不尽で、残酷な世界だという事を俺はこの時思い出した。


 最期に弱り果てた佳志が残した言葉は、

「ありがとな、真」



 ――そして、佳志は息もしなくなった。



 俺は黙って立ち上がり、佳志に蒼い槍を刺した奴を、睨みつけた。


「テメェ……」



 矛先は無論、あの与謝野真だ。


 奴だけじゃない。隣には首を片手で締められている千春もいた。

「あれれ? 狙い先が甘かったなぁ……!」

「自分の息子を殺したんだぞ……。何にも思わねえのかよ?」

「はぁ? あんな邪魔しかしねー奴を殺したところで、何にも損じゃないわ! バッカじゃねーの? これが現実なんだよ!」


 あぁそうだ。佳志はコイツどころか、俺の邪魔さえもしていた。


 だが、アイツの目的は俺の思っているのとは全く違った。

「あいつはな、人類の危機を何とかしようとしたんだぞ」

「その結果がこれか?」

「お前のせいでこの結果になったんだろうが! お前が発端で、アイツが狂ったんだろ! お前が何もしなければアイツは別の幸せを手に入れてたかもしらないんだぞ!?」

「あー……んなもんないない。アイツはいずれにせよその程度の人間だから」

 そして奴は、千春の首を更に締めつけた。

「そんな事より、お前の彼女さんの心配した方がいいと思うけどなぁ? 真くん?」


 ――お前と同じ名前ってのが、何より胸糞悪いんだよ――



 全身に響いた。腕、足、腹、胸、頭。全てを支配できるくらいに力が込み上がった。細胞が支配されていくように。

 それは多分、人生で初めて到達した本当の『怒り』を感じたからだと思う。何かにムカついたから、ではない。何かにイラついた、からでもない。

 ムカつくとかイラつくとか、そういう問題じゃないんだよ。

 ――大事にしなければならなかった敵のような味方を、俺は守ることができなかった。それは自分に対する何よりの怒りだった。


 ……けど、それでもお前が悪い!



 その支配した身体からは蒸発したような蒼い気体が舞い上がっていた。もはや我を忘れるかのような――。


 与謝野は俺のその様子に焦りを生じたのか、急いで千春と共に倉庫を出始めた。逃げられたにも関わらず、俺にはまだ余裕があった。

 絶対に追いつくことができる余裕がな。


 そうだ。これがフィルモットという化け物の力なのだ。俺は本当の化け物になったのだ。


 地面に足を蹴り、その大きな倉庫は跡形もなく爆発した。残ったのは蒼い煙幕のみ。

 そして俺は、獣の様に叫んだ。


 正に化け物の力を完璧に支配するこの感覚……。自分の意のままに周囲が破壊されるこの爽快感……! これこそが俺自身が求めていた快感だった。


 飛んで逃げ回る奴を俺は最大限の瞬発力を利用して追いかけた。

「なぜだ? たかが半フィルモットで何でこんなにも力が――」

 かすかに与謝野の焦り声が聞えた。

 あぁ、俺でもよく分からん。半分しか支配されていないフィルモットの細胞をなぜ俺は親玉のコイツにまで驚かれるんだ?


 与謝野は蒼煙を作り、羽に変形させて身にまとった。作った羽を意のままに操り、黄金美町の繁華街道路の空中を飛びまわった。

 俺も羽を作り、逃げ回る奴の背中をひたすら追い続けた。


 全速力で追い詰め、遂に奴は掴んでいる千春を手放した。転落しそうになる彼女を俺は急いでキャッチした。


「それは返してやる! もう用は済んだだろ? あばよ!」


 当たり前の様にそう告げ、奴は逃げた。



 俺は一度千春を地に下ろした。

「大丈夫か?」

「えぇ。けどアイツにはもう近づかない方が……」

「ダメだ。俺はまだやり残したことがある」


 そう言って俺は千春から離れ、再び蒼煙を作り羽に変形させた。


 気づけばこの煙をも自由自在に操る事も可能になっていた。

「なっ……。まだ何か用でもあんのかよコラァ!」

「忘れんなよこの面。俺はお前を一生許さない。佳志を殺した以上、生きて返す訳がねぇだろ」

「ふざけんな! アイツが勝手に自分から出てきただけだろうが!」

「それに罪悪感一つ感じないテメェを俺は何より頭に来るんだよこのクソ野郎!」


 空中戦を交えた。


 俺は奴を地面に叩きつけ、道路のど真ん中で馬乗りの状態になり、そこはとんでもなく乱れた変状になった。

 奴のヘアピンが外れ、何とも情けない髪型へとなった。耳が隠れるくらいに、女の子のショートヘアに達するくらいだ。

 ――俺は走馬灯を見た。


『化け物!』


 友之に言われた言葉を今になっても思い出す。まぁ、今じゃアイツも普通に暮らしていると思うんだけどよ。


『彼女を、守ってくれ』


 教頭から千春を死守することを命じられた事がまだ思い出せる。あぁ、それが俺の本当の高校生活の始まりだっけな。

 美里とユリでボチボチ送っていた学園生活を今思い出すと、何とも華やかで切なく感じる。


 ユリが困っていた時、俺は確かその危ない窮地に足を踏み入れ、絶体絶命の危機に追い込まれた時に千春に救われた。

 救えなかった弟、慎を俺はこの手で引きずり戻した。あの時はバカやったな、と今となっては笑える話にもなるくらいだ。


 化け物と言っていた友之を、俺は力づくで取り戻すことができた。



 でも、佳志を救う事はできなかった。

 俺は最初、彼を敵だと思っていた。そこから間違いだった気がする。もっと早く気付いていれば、もしかしたら救えたのかもしれない。


 まさか俺が、もう1人の自分を一番憎むとは、知る由もなかった。




 俺は、コイツを絶対に殺せると思った。お互いボロボロだし、今奴は地べたに尻もちをつき、俺は今奴の顔面にめがけてぶん殴ろうとしている。


 これのどこに負ける要素があるっていうんだ?


 俺は絶対に勝てる。そうだ、勝てるんだよ。仇を討てるんだ。

 奴の表情はもはや『負けた』と言わんばかりだった。敗北感に満ちているのだろう。


 しかし、そうではなかったようだ。



 俺の拳が奴の顔に当たる瞬間、奴の身体から異様な球体が出現した。


 その球体は、初めて奴と会った時に見たものだった。


 決して勝ち誇った顔をしていた訳ではないが、必死な表情を浮かべて奴はそのバリアのような蒼い球体の中に身を囲んだ。


「クソ……何だ!」


 次の瞬間、視界は真っ白になり、途端に音も全て聞こえなくなった。



 目も、耳も、何も感じなくなった。


 パニックに陥ったその時、再び視界と聴覚が戻った。


 しかし、そこに与謝野真はもういなかった。もちろんあの球体も。




 ………何が起こった?


 交通状態は正にパニック。これ自体は何ら変化はない。しかし奴がいたところがクッキリ円状として残されている。


 つまりこれは、消えたのか?


「逃げたんだよ」

 後ろから千春の声が聞こえた。

「故郷の時空に逃げた。アレはアイツの最終手段だよ」

「逃げる、てのがか……」


 それはつまり、ココに来てはいけない危険人物が全て消え去ったということだ。


 即ち、もう解決されたんだ。



「これで、本当によかったのか?」

「良かった、とは言い切れない」

「………結局佳志を助ける事はできなかった。最後にアイツの我がままさえも聞けずに」


 拳を握り、そう自分に責めた。


「佳志は、何て言ったの?」

「……『息子を、見捨てるな』だな。アイツは自分のことなんて考えてなかったんだ。俺や千春、そして未来の息子の事を想ってアイツは戦ってきた。なのに俺は何一つアイツの夢を叶えることが……」

「できなかった、じゃない」

「え?」


 千春は微笑んだ。



 周りは救急車やヘリコプター、警察がうるさく動いている中、道中で彼女はこう言った。


「これから彼の夢を、私たちで叶えるの」



 彼女からのプロポーズだった。


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