佳志の目論見
ある日、辺留光莉が俺をショッピングモールまで誘い、服屋であらゆる服合わせをした。
そうやって話し合うことで俺は彼女にある告白をした。だがプロポーズではない。そんな事を言うほどに俺は彼女に対する興味は無造作に脳髄に刺激されていた。
しかし、ふと目を離した隙に変状は起きた。
謎の男、与謝野佳志がその場にいたのだ。そして奴と話をすると、更に異様な真実にたどり着く。
――助けにきた。
あまりにも信じられない言葉だった。俺は幻聴でも聞いているのかと思うくらいに。
「おいおい、お前寝ぼけた発言してんじゃねーよ」
「寝ぼけてる訳ねーだろ。でも、少し前までは寝ぼけ過ぎてたのかもな」
「言ってる意味が分からん。どういう事だ? お前は敵か? 味方か?」
「オメエの味方でもなければ、敵でもねーよ」
味方でも敵でもない? どう考えても俺の敵という部類にしか……。
佳志はそのまま立ち去って行った。
一体アイツは……何者なんだ?
そう悩んでいると、背後から肩を叩かれた。
「おい! 光莉を無視するな!」
彼女の存在をすっかり忘れていた。
「おう、悪いな」
「何だその態度は! アイツは光莉を助けてくれたって言ってんだろ!」
「まぁそうだけどよ、こっちにも色々訳があるんだよ」
「何だよ訳って」
あえて話さない事にした。
これ以上、俺の仲間を巻き添えにするのは危険過ぎる。
そのまま、光莉とは解散をして帰宅したが未だにムシャクシャする。
自分の部屋を改めて入口から全体を見てみた。
そこにはおよそ五畳の広さがあり、洒落た窓も飾られている。ふんわりとしたベッドがその窓の下にあり、寝心地は最高。ホテルのベッドよりも寝やすいのは間違いなし。そして近くには洋風のライトも飾られて、手前には木製の引き出しもある。そして最後に椅子と机だ。
全体的に西洋的なモデルだ。
ココで一つ気になる事がある。
なぜココまで安いネットカフェ店なのに、ここまで洒落ているのだろうか? 俺はなぜ今の今までそこに感づくことがなかったのか。
そしてなぜ、俺は毎月五万円の封筒を郵便で配達され、貰うのか。
いつもこの部屋の前の床に置いてあるのだ。その封筒が。生活費や食費に困った事はその頃から一度もない。
しかしいい加減感づいた。
「ねぇ真」
後ろから千春の声が聞こえた。
「な、何だ?」
「君はいつも、どうやってココの生活費を払っている? どうやってご飯を食べている?」
「そ、そりゃあ、お金出してんだよ……」
「そのお金はどこから?」
「知らねーよ。いつも知らん奴から……」
千春は俺が机に置いておいたあの封筒を持ち、こう言った。
「コレは、ある人が君を生かせるために送ってるお金なの」
「何か知ってんのか? それとも……」
俺は、俺に送ってくれているのは千春だと思った。毎日どこかしらで金を稼いで、俺に生きて欲しいという気持ちで送ってくれていたのだと今思った。
しかし、答えはそうではなかった。
「これは、私の息子のお金だよ」
そう、与謝野佳志の事だ。
「……は? 意味が分かんねー。説明してくれ」
「つまり、佳志は君に対して生存を祈っているんだよ」
「アイツ俺に大した感心持ってなかっただろ」
「実は私より結構君に希望を持っていると思うんだ。私には分かる」
「何に対しての希望だよ!?」
「与謝野佳志は敵の敵。事実彼はかなりの殺人鬼だよ。でも、ある理由で君にわずかな希望を求めている」
「だからそのある理由って何だよ!?」
「言えない。というか恥ずかしい」
「この期に及んで恥なんて関係ねーだろ!」
何だ? 千春でも恥ずかしくなるような内容なのかよその理由ってのは?
まぁいい。俺が今まで貰って来たこの金は全て与謝野佳志のだったってことか。だが理由が分からない。
アイツは数多くの御手洗千春を平気で殺してきた人物。しかし本来の自分の母親である御手洗千春を殺害する様子はなかった。
そして俺にも何か希望を持っている。
――あんなクソ野郎、誰が味方するかよ!
ふと、佳志の言葉を思い出した。
本来ある与謝野真だ。即ち佳志の父親の事だ。
『味方でもなければ、敵でもない』
敵……じゃないだと?
だが事実千春は佳志を敵に回す様子などない。本当は良い奴だと言っている。
そして未だに故郷の与謝野真に対する味方は誰一人としていないように俺は見える。
つまり、本当の敵は――。
いや、分かってたには分かってたが、奴はあの時二つの争う影を残して散るように消えていった。
アレは何を示している? 二つの影、奴らは何をしてたんだ? もう1人は誰だ?
「真。君に前、タイムマシンとか色々話したよね?」
「それがどうした?」
「場所を、案内してあげる」
そういえば最初はインチキなのかと思ってたが、次第に信じ込んだアレのことだ。
千春は廊下を歩き、俺もその千春の背にたどってついて行った。
これまで行ったこともないネットカフェ店の地下への階段を下った。
「いいのか? こんなとこ行って」
「大丈夫。ここに『関係者以外立ち入り禁止』などという看板は表示されていない」
そういう問題かと思ったが、あえて言わない事にした。
少し長かった。まさか周り階段だとは思ってもいない。その先には厳重な扉があり、パスワード式だった。
千春はそのパスワードコードを素早く、迷いもない勢いで入力し、扉を開いた。
そしてその扉の中に入り、奥へ進む。
はぁ、それにしても凄いとこだな。中に入った瞬間次元が飛んだぞ。SF風の機械が無数に並んでいる。
ここにタイムマシンとやらが置いてあっても全然おかしくないと言えるくらいだ。
廊下を歩き、突き当りにまたもや扉があった。そこにはパスワード入力はなく、楽に入ることができた。
部屋だ。
さきほどの廊下と雰囲気は大差ないが、二つ、物がある。
一つは人が一人入るほどのカプセルがあり、もう一つは固定電話の形とソックリな四角型の装置があった。
「このカプセルの中に君の妹、与謝野友之が長年居続けたんだよ」
「大体察しはついてたけどな。酷いもんだ」
「私のお父さんがこの装置を作ったんだよ。両方ともね」
「前も言ってたな」
コイツの父親が、か。
とはいえ、この千春の父親ではないだろう。本来いた『御手洗千春』の父親なのだから。
だが俺はこの千春に恨みを買うつもりはない。仕方のない事だから。まぁどんな女の子だったかはちょっと気になるけどな。
「その装置は今でも使えるのか?」
「いや、もう燃料が空だね。前も言った通り、私はその残った燃料を最後の賭けにした。だからもうこの装置は使えない」
「そうなのか。お前はどこからタイムスリップで出てきたんだ?」
「普通ならば、丁度この辺から電撃を走って、蒼い枠から飛び出すんだけれど、私の場合、もう疲れ果てていた状態だった。気が付いた時には君の養成施設の前に立っていた」
「え……養成施設って」
「五年前、からだよ。私は五年前からずっとこの時空にいた。それは私の計画通りでもあった」
「そういえば慎からもそれっぽい事を聞いたけれど、それは一体…」
「最後の賭け。それはいわゆる、何から何まで成功に移さなければならない事。私は念には念を押し、慎にも例の怪物の研究書を渡した。ただ、あまり関係性を持つとそれもまずい。だから本を渡して何も言わずに立ち去ったよ。後は慎次第だった。まさか本当に読んでくれたとは思わなかったけど」
「確かに、アイツならすぐ捨てそうだよな。チラシ配りなのかと思うくらいさり気ない配りだっただろ」
「けれど渡して彼が読んだ事で、彼が目指す宛が本来とは全く別のものとなった」
「本来ならどういう傾向になってたんだ?」
「少なくとも良い事ではないね。故郷の時空での彼は麻薬摂取、覚せい剤営業をしていたくらいだから」
「お前の選択は圧倒的な正解だったって訳か」
本来の傾向を想像するだけで鳥肌が立つ。最も千春の行為が慎の人生を変えたも同然だ。
「慎に本を渡してから私はずっと君が⒚歳になるのを待ち続けていた」
「何で⒚歳なんだ?」
「本来ならその年で君の武勇伝が始まるからね。そこらへんは一致させたかった」
「なるほどな」
大分深い話になったな。
もうバカバカしいなどと考えている暇はない。証拠まで目の前にあるんだ。
俺の戦いは、これからだ。
「へへへへへ……!」
後ろから気分が悪くなるほど気持ち悪い笑い声が聞こえた。
振り返ると、俺と似たような姿の男が立っていた。髪は俺より長いが、ピンで止めて洒落ている。目は、非対称だ。
……故郷の与謝野真だ。
「こんなとこにいたのかハル……! 戻ってこいや」
「嫌。アンタのとこには戻らない」
「なら、力づくで取り戻すまでだぞ? 前みてぇによ」
ここで一つ感づいた事がある。
「おい。お前、最初俺と会った時に好き放題暴れたけどよ、その時にもう1人誰かいなかったか?」
「……見えてたのか。あの時は邪魔が入ってよぉ! まさか俺様の腐ったセガレがわざわざ来るとは思ってもいなかったわ!」
「腐った、セガレ? 与謝野佳志の事だな?」
「はぁ? 何でテメェが知ってんだよ」
「何回か会ったからだよ。そして、お前が何よりたちの悪いクソ野郎だったって事も知った」
「そりゃどーも! じゃあ何だ? 俺をぶっ飛ばす覚悟でもあんのかおい? 弱ぇ癖にピーコラほざいてんじゃねぇぞバーカ!」
許されざる者は、コイツだ。
絶対に許さない。この男だけは。
「そういえばお前は、例の化け物だったよな」
「あぁそうですけど? しかも不死身に等しいフィルモット大王として活躍していますけれど何か!? 何か文句でもありますぅ!?」
マジで狂ってんなこの野郎……。薬物でも乱用してんのかと思うくらい狂気に等しい。
「お前は人間失格どころか、生命体失格の域に足してんだよバカ野郎」
そう罵声を放つと、案の定奴は更に笑い上げた。
「人の事言えねーじゃねぇか! テメェだってフィルモットの端くれだろうが! 笑わせんじゃねぇよ!」
「うるせぇ! テメェよりクソで屑な奴、この世に存在しねぇよ! お前が何かしら嫌がらせしたから千春がココまで逃げてきたんだろうが! 挙げ句に自分の息子に何て事言ってくれてんだお前!」
「何だぁ? オメエ、佳志に情でも沸いてんの? アイツはオメエの敵だぜ?」
「テメェほどクソじゃねぇよアイツは! 確かにアイツは何人もの母親を殺してきた張本人だけどなぁ、テメェは息子までも見捨ててんじゃねぇか!」
「知らねぇよ。何人も殺した奴と息子一人を捨てたので、何で俺の方が悪いんだよ?」
「理由は分かんねぇよ! でも何となく察しはつくんだよ! お前の性格があまりにも悪すぎで、クソに等しいから、佳志が何かしらの理由で動いたんだろ。アイツだってお前の事を酷く敵視してたぞ」
「敵視して結構! 俺様はあんな奴相手にしてねーから! ハルをぶっ殺したんだろ何人もよぉ?」
「あぁそうだ。許せない奴だよいずれにせよ。これまで殺された千春の仇を俺は討つ。だけどお前も絶対に許せない。俺が今からお前を駆除して――」
ぶっ殺すと言わんばかりにかかろうとすると、奴の後ろから妙な影が見えた。
その人影はあの与謝野真を後ろから金属の長い棒を持って叩こうとしていた。その人の表情は嘆きそのままだった。
「なっ!?」
その与謝野は不意打ちを避け、距離を置いた。
人影の正体は、与謝野佳志だった。
何でアイツがこんなとこに…?
佳志はただひたすら悲鳴を上げながら与謝野を金属で叩こうと必死だった。
だがその攻撃は全て避けられた。あながち与謝野も余裕ではない様子だが。
俺と千春はその突如起きた光景を呆然と見るしかなかった。
佳志の悲鳴は止まらなかった。
「殺す! ぶっ殺すっ!」
彼の憎しみは俺とは比ではないという事がそこで思い知らされるほどに伝わった。
だがなぜ、佳志が父親を恨んでいる?
ひたすら金属を振り回されている与謝野真は意外にも余裕を見せる表情一つなかった。
「おい…! お前どうやってここに……!」
「うるせぇ! 相手が例え化け物だろうが俺はテメェを許さねぇ!」
この狂った喧嘩を止めるべく、俺はまず佳志の脇をくぐって肩を抑えた。
「止めろ佳志! お前じゃ危険過ぎる…!」
「コイツは死ななきゃダメなんだよ! 俺が殺さなきゃいけねーんだよ!」
なぜコイツが与謝野を殺さなきゃいけないんだ?
気が付くと、あの与謝野は既に姿を消していた。千春はちゃんと残っている。
逃げやがったな……。
「ほら見ろ! オメエのせいで逃がしちまったじゃねぇか!」
「落ち着けよ。何でお前はアイツに怨恨を抱いてんだ?」
「……………」
すると千春が来て説明をした。
「元祖の真は私を束縛するつもりでいる。計り知れないくらい酷く、ね。私はそれでその時空から逃げてきた。化け物からどんなに距離を置いても、追いつかれてしまうからね」
「フィルモットってのはそんなに移動速度が速いもんなのか?」
「真、君もやろうと思えばやれるんだよ。人間ではできない動きが。もちろん私もやろうと思えばやれる、元祖から感染しているからね」
「なのにココにいる佳志は何で人間なんだ?」
「体外受精をしたからね。佳志は列記とした普通の人間だよ」
さきほど座り込んでいた佳志が立ち上がった。
「あの化け物の動きは俺もよく分かってる。何なら与謝野真、オメエに教えてやろうか?」
佳志は落ち着いた様子でそう告げた。
「あの化け物の正式名称は『フィルモット・エターナル』ってのは知ってるよな?」
「あぁ。千春からも何度か聞いたことがある」
「奴らの特徴は色々ある。人間離れした力を繰り出せる。あの生物は人間を駆除するために構造された生命体だからな。お前やお袋も一応それに当てはまる。だがお前らは幸いその細胞が半分しか感染していないため、普段は人間のリミッターまで力を抑えることが可能だ」
「本物はそのリミッターまでも抑えきれないのか?」
「あぁ。まるでゴリラだよ。握手したらバッキバキの粉々になるぞ」
「人間の握力は強くて50、70。奴らは?」
「最高700だな。あのクソ親父もその部類に当てはまってるだろうよ」
「掴まれたらひとたまりもなく木端微塵てか」
「間違いない。だからアイツと戦う時には掴まれぬように遠距離戦が可能な武器を所持するのが一番だな」
「だからさっきあんな長い棒を持ってたのかよ」
「アレでも十分俺は危なかったけどな。フィルモットは力だけじゃない。動きの速さだ。
五十メートル走の時、人間は最高およそ5秒だ。奴らは最高いくつだと思う?」
「4秒……くらいじゃないか?」
「2秒だ。いや、2秒もないな。地面を思い切り蹴ると起こる奴らならではのダッシュだ。歩数はたった二歩。一歩で25メートルだ」
「おいおい、何だよその、何でもできちゃうスポーツマンみたいな設定は?」
「まぁ、そういう奴らだからな。だから人類は今、とてつもない危機にあってるんだ。十年後の予知夢がある限りはな」
「その予知夢は具体的に何が起こる?」
「お前の息子の婚約者が殺される。それと同時に黄金美町の七割の人口が奴らによって殺害される」
「俺の息子の、婚約者?」
「まぁ今のお前じゃ想像もつかないだろうな。ただ、これだけは言っておく。お前の息子は、人間として予知夢を迎えたら最後だ。ちゃんと完全な化け物として迎えさせろ」
「えっ……、どういう事だ?」
そして佳志は俺に指をさして言った。
「お前の息子はきっと、人類を救う救世主となるだろうな。俺は一度その男と会ったことがある」
「ど…どうだったんだ?」
興味深々に、俺は訊いた。
「少なくとも俺ほど屑ではなかったな。だけど、黄金美町最強のチンピラとして有名な男でもあったな」
「えー……、チンピラってお前…」
「まるでお前みたいな感じで、それに加わって結構細身だ。顔も俺より遥かにイケてる。髪色は期間によって黒や茶色や金に染め直し、目は俺やお前と違って普通だ。しかし気が荒い」
「細かいな。そんなに会ったのか?」
「ちょっと見ただけだ。大して話すこともなかったしな」
「気が荒いってのは、どういう事だ?」
「そのまんまだ。喧嘩を売られたら買う、注意をされても相手をぶっ潰す。お前とよく似ていたが、ある所がお前と正反対だ」
「正反対……?」
「お前は人を救う事を肝に銘じて動く。アイツは人を潰す事を肝に銘じて動く。やってる事は一緒でも、互いに肝に銘じてる事が違う」
「なら問題ないんじゃ……」
「お前は自分の彼女がどこぞのゴロツキに絡まれたらまず何をする?」
「そりゃあ、一緒に逃げる事を先にするぞ」
「そうだな。俺がお袋と戦った一回目の時もお前はまず俺を殴り、それから逃げて行った。だがな、お前の息子ってのは逃げない。
女を守る、などは考えず、その標的をボッコボコにすることしか考えずにいるんだ。つまり怒りの頂点を達すると自分を完全に見失う。それはとてつもない致命傷だ」
「俺がその都度止めるべきか?」
「まぁ、酷い場合はな。毎回誰かしらの仲間に止められているから大丈夫じゃないこともない。アイツはお前より遥かに喧嘩が強い。まず戦意喪失という単語がまるでない。お前だって一度は戦いたくない、という気分にもなった事はあるだろ?」
「まぁ、あんまり勝ち目がない場合な」
つっても銃で撃たれても意識がある分俺もヤバいと思うんだけどな……。
「アイツはとにかくヤバい。格闘技術はお袋以上だな」
「は!? 千春よりも強いって!?」
彼女を上回る奴なんてココにいる佳志ぐらいしか見当たらないと思っていたが……。
「ハッキリ言って俺でも手に負えない。最狂だよアイツは。何よりも狂ってる自信があるくらいによ」
「そんなのが、人類の救世主っていうのか?」
「あぁそうだ。必ずしもお前みたいな正義を貫く男だけがふさわしくないってことだ」
そんな馬鹿な……。
未来をココまで公開されると、さすがに後悔に達する。
確かに俺のできるセガレは人を救う奴かもしれん。だが性格は必ずしも良くないと周囲から思われるというのか。
「まぁそう気にするな。俺が知らない事は一つ、そんな男があのクソ親父を止めれるかどうかだ」
「お前じゃ無理なのか?」
「分からない。もしかしたら人間の俺でも奴をぶっ潰せる術があるのかもしれない。けどそれはもう気合でしか何ともできない問題だ。情が沸くなんてとんでもない。あの野郎はこの世界を征服するつもりだろうがよ」
「世界を……征服……」
元祖の与謝野は世界征服とかいう、クソみたいな考えをしてるって訳か。
やっぱり最悪な奴じゃねーか……。
「それとあと一つ、フィルモットの特徴がある」
「なんだ?」
人を殺す。それがフィルモットが出来た概念そのものの生命体。それは俺が想像してるのより遥かに残酷だった。
「奴らは、人を食う」
俺はその言葉の意味をよく理解できなかった。
つまり何だ? ゾンビみたいな奴なのかそれは?
「人を食うって……何でだよ?」
「いや、食うというのは表現が甘かったな。人間を丸ごと飲み込むんだ。そうして跡形もなく証拠を死滅させる」
「飲み込むって、どうやってだよ?」
「単純な話だ。人を持ち上げて、そのまま頭から胴体、足まで。隅から隅なく飲み込んでゴックンだ。『人を殺したい』という概念を通した行動だから食欲とかとは全く別だ」
「俺や千春みたいな半分の細胞が感染してる奴らはそれが可能なのか?」
「それはできない。お前やお袋はあくまで力だけが化け物に化しただけであって、体の構造は人間そのままだ。だから飲み込もうと思っても絶対に無理って訳。一方本物の身体の構造は人間とは違って胃腸、大腸の存在がまるでない。中身はブラックホールみたいな構造だ」
ビックリするほど単純な構造じゃねぇか……。
「なぁ、フィルモットってのは本当に生物なのか? まるでタンパク質とかだけで作り上げた人造人間じゃねぇか」
「あながち間違いじゃないかもな。だが脳は存在する。考える力はちゃんとあるって事だ。幸い奴らの知能だけは人間を上回る事がない。だが動物ほどバカではないから、それもまたアンラッキーかもな」
どうなってんだよ近来の化け物は……。
絶対に勝てないじゃないかよ……。そんなの人間が相手したら……。
「なぁ、そんな奴らに勝てる術はあんのか?」
「時間はかかるだろうな。少なくとも人間の能力、人間が作る銃や戦車だけじゃ勝てる訳がない。それは確かだ。化け物に勝てるのは、化け物だけだ。現時点の段階だとな」
「そんなの分かってて何でお前はあんな奴に立ち向かおうとするんだよ?」
「勝てないのは承知の上だ。ただ、あの野郎もバカじゃねぇから多少の動きは止めれるんだよ」
動きを止める……か。確かにそれだけなら可能かもな。
だがそれと佳志が何人も千春を殺してきた事に何の意味が繋がるんだ?
それも聞いてみると、何も言わずに佳志は立ち去って行った。
最終的に俺と千春だけになった。
「千春、佳志は何を目論んでるんだ?」
「アレだけ真に色々教えてくれた。だから決して悪い方向へと考えてる訳ではないと思う」
「けど何でそれで何人も殺した? 俺はそこが納得がいかないんだよ」
「それは分からない。けど私もフィルモットの事については分かる事がある」
「何だ?」
「奴らは蒼い煙を体外に出す。それと、その蒼い煙をコントロールすることもできる。硬化させることもできれば、羽にして空を飛ぶ事もできる。また、それを武器として扱うことも可能。けど武器を使うケースはごく一部だけだね」
「使うまでもないから、か。アイツらは格闘戦を交えるケースが多い様に見えるんだがな」
「そうだね。ほとんどがパンチ、キックで人を潰すやり方だね。よっぽど強い相手じゃなければ煙を硬化させることはまずない。けど、もしかしたら君の息子相手だとそれを使うかもしれないね。佳志は『お前の息子を化け物にしろ』と言ってた。それはつまり、感染させろということ」
「まるで、自分の息子を勇者にでもしたてあげるような言い方だな」
「でもそうする他に、この世界が救われる方法はない。君の息子も辛い人生を送るかもしれない。けれどそうしなければ世の為でなくなるんだよ」
「……………」
仕方のない事。もうそれでしかいられないというのか。
俺と千春はその地下室から出て部屋に戻った。
気が付けばもう夜だ。
窓を見るともう月が見える。
そう、時は過ぎるのだ。
今もまた。