scene7 Epilogue
そうして二ノ宮は目を覚ました。
新幹線の中だった。
四人席の窓側に座って、隣の席に荷物を置いて、がらがらの車内で規則的な振動に揺られながら、後ろから前に流れていく夕刻の風景を、起き抜けの目に映していた。
伸びをする。
今日の日付と時刻を確認する。
三月三十一日。午後四時十分。
そう来たか。
事の顛末を話せば、あの日道路に飛び出して車に轢かれたのは二ノ宮で、突き飛ばした青葉はたぶん無事で済んだのだと思う。車のスピードは自転車を流し漕ぎする程度のもだったらしく、頭を打って一時は意識不明だったが一週間寝て過ごしただけで二ノ宮は目覚めたのだ。
あれから一年と半年以上経った。
それでやっと欠落が判明したのには、呆れて笑いがこみ上げてくる。
不幸なことにも、その一週間で父の転勤が急に決まって、眠りこけているうち病院を勝手に移され、目を覚ました後も記憶が抜け落ちたまま新しい生活に溶け込んでしまったのだ。
「記憶の混乱は一時的なのものだから実生活に支障は無い」
医者の言葉にまんまと騙され、以来優と青葉のことはぽっかり抜けたままだった。
それからしばらくして、親戚の名前を忘れてしまっていたり、家に帰るまでの道を憶えていなかったりで、なんだかんだトラブルがあって判明した。
それからの処置は涙が出るほど大袈裟だった。カウンセリングを受けて容態を分析し、医者の言うことを鵜呑みにした父は会社に掛け合って勤め先を元の町へ戻してもらい、受験は無理矢理こっちの高校を受ける羽目にまでなった。環境を戻してみれば記憶もそのうち戻るかもしれない、という話らしい。
入学式の日取りやら、仕事の引継ぎやら、もろもろの事情で息子だけ先に「帰省」することになったりで、現在家は大忙し。
当事者だからこそ言おう。
お世辞に見ても見切り発車だ。
それ見たことかと思った。
まさかみんな、新幹線で移動中に、何もかも思い出したとは思わないだろう。
実は二ノ宮のちょっとしたイタズラで、周りがあまりに騒ぐから、後には引けなくなったのではないか。そんなふうに疑われるのがオチだ。
難儀なものである。
優と青葉は、二ノ宮の記憶がなくなっていたことすら知らない。
移送先で目を覚ましたという報は届いているはずだったが、音沙汰無しなのは十中八九、顔を合わせづらいからだろう。
彼女たちのあいだで決着をつけるのに、一年と半年かかった、ということだろう。
この騒動のきっかけとなった手紙は今も、鞄の中に眠っている。
一緒についてきた写真には、二人の女の子が仲良く並んで写っている。
それでも、どんなかたちで決着しようと──
そこに自分がいなければ、お話にならない。
いつまでも、子供のままではいられないのだから。
夢見のことを思い出す。
ついさっきまでいたのは夢で、目を覚ましてみればまるで現実感の無い出来事だ。
適当な妄想に、自分を誤魔化して続けていたことへの責任を押し付けたかっただけ、ともとれる。
それでも、彼女が、妄想の産物だったとしても、皆が寝静まったころ動き出す、おもちゃの兵隊と同じものだったとしても──
また動かそうと思った。
あの日、横断歩道の上から進まなくなった時間を。
目を逸らしていた現実に、喧嘩を売ってみようと思った。
あの少女の言うとおり、夢の続きを演じてみようと思った。
だいぶ昔のコミティアで友人に騙されて書いた作品です。
起承転結をしっかりする、という目的で書きました。
http://fireclock.web.fc2.com/ こちらのサイトでも公開しているのでよければどうぞ。
初投稿に最後までお付き合いいただきありがとうございました。