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エルグラント

エルグラント 〜公爵令嬢を悪役に仕立て上げて断罪させた私は、王太子に溺愛されて幸せになる〜

作者: 武崎豊
掲載日:2026/09/01

 城で催された王太子殿下の誕生パーティー。

 そこでは、銀色の長髪を真ん中分けにした美少年が、銀髪縦ロールの美少女を断罪していた。

 私、カティシア・ローズグレイは、その姿を銀髪の美少年の背後から眺めていた。


「とうとう尻尾を掴んだぞ、ミレア! よもや私の誕生パーティーで、このような狼藉を働くとは!」


 美少年の名は、ウィルネス・ファルベール。

 今日で十三歳になる、ファルベール王国の王太子だ。

 美少女の方はミレア・スカーレット。

 ウィルネスの婚約者、この国の公爵令嬢だ。


「ウィル、私がやったのではありません。カティさんがぶつかってきて、自らかぶったのです」


 私は、頭から葡萄ジュースをかぶり、肩口まである茶色の髪と、黄色のドレスは紫色に染められていた。

 私は涙目になり俯く。


「見苦しい言い訳はするな! カティから色々と話は聞いている。今まで彼女に散々嫌がらせをしてきたらしいな」

「私が、カティさんに?」

「シラを切ろうとしても無駄だぞ、こうして動かぬ証拠もあるのだからな」


 ミレアが私を鋭い眼差しで見つめる。


「ひっ!」


 私はウィルの背中に隠れた。


「ミレア、カティを睨みつけるな! 怖がっているじゃないか!」

「いえ、そういう訳では。ただ、カティさんにこれはどういうことなのか説明していただきたくて」

「白々しい態度はやめろ! 公爵家のお前に凄まれたら、男爵家のカティは何も言えないのは皆がわかっていることじゃないか」


 ミレアが周囲を見渡すと、静まり返った会場は皆がミレアを責め立てるような冷たい視線を送っていた。

 ミレアは狼狽え、先ほどまで談笑していた令嬢に救いを求める。


「ソニアさん、ロゼッタさん、あなた達も見ていたでしょう? 私たちが話している時に、カティさんがぶつかってきたのを。葡萄ジュースも彼女の持っていたものですし」


 ソニアとロゼッタは、困惑した表情で顔を見合わせる。


「そうなのか? 正直に申せ、お前たちはカティが嘘を付いていると言うつもりか?」


 ウィルがソニアとロゼッタを睨みつけると、二人は萎縮した。


「いえ、そのようなつもりは……」

「ミレア様、ここは謝っておいた方がよろしいのでは?」


 友人の言葉にミレアは自分の耳を疑う。


「私が? なぜです? 私は何も……」

「私たちも、カティさんからミレア様が裏でされていたことを伺っております」

「誠心誠意謝罪すれば、王太子殿下も悪いようにはしないと思いますわ」


 ミレアは言葉を失う。

 そして理解する。

 もう、この場には、どこにも逃げ場がないのだということを。


「何か申し開きはあるか?」

「いえ、自分の身に何が起きているのか、ようやく理解できましたわ」

「それでは、いままで自分がカティにしてきた事を潔く認めるのだな?」

「そのしてきた事というのは、よく分かりませんが、私が何を言っても信じていただけないのでしょうね」

「当たり前だ。そうやって何も知らない振りをすれば許されると思っているのだろうが、そうはいかないぞ」

「どうなさるおつもりですか?」


 ウィルは私を抱き寄せる。

 自分の衣装が汚れてしまうことも厭わずに。


「お前との婚約は解消だ! お前のような性根の曲がった者には相応しくない。私の妻には、カティがなる!」

「ウィル……」


 私の瞳から、涙が溢れる。

 まるで夢のようだ。

 私が殿下の婚約者、ウィルはゆくゆくは王になる。

 そして、その妻である私は王妃に。

 まさに、幸せの絶頂だった。


「そういうことですか、王太子殿下からの婚約破棄、謹んでお受けいたします」


 ミレアは先ほどまでの狼狽えた様子からは打って変わって、美しく微笑む。


(また、この笑顔……)


 私はミレアのこの笑顔が嫌いだった。

 何も悩みがないかのような、この笑顔が。


「随分と聞き分けが良いのだな?」

「殿下には、すでに心に決めた方がいるのですもの。私の出る幕はございませんわ」

「そういうことだ」

「それでは、私がいると会場の雰囲気も悪くなると思いますので、お暇させていただきます」


 そう言うと、ミレアはカーテシーをして会場を後にした。

 ウィルは私の両肩を掴み、目を合わせる。


「カティ、これで君は、私の婚約者だ!」

「はい!」


 会場は拍手に包まれ、私とウィルを祝福する。


「ウィルネス様、カティシア嬢、おめでとうございます!」

「お二人共、お似合いです!」


 ウィルはメイドを呼び寄せる。

 

「彼女に着替えを、それとミレアが汚した会場を綺麗にしてくれ」

「かしこまりました。さあカティシア様、こちらへどうぞ」


 私はメイドに促され、着替えのために別室へと案内される。

 背後では、メイドと執事が後片付けをしていた。


(上手くいったわ)


 私は誰にも見えないように、こっそりとほくそ笑んだ。


───


 私が十歳の時、家族で食事をした後のこと、父が私に話しかけた。


「カティ、来週はスカーレット公爵家に行く。お前も付いてきなさい」

「私が、ですか?」

「公爵家のご息女、ミレア様がお茶会を開くそうだ。ミレア様はカティと同い年、私が公爵家に伺うと言ったら、娘も是非一緒に来て下さいと公爵様に言われてな」

「でも、相手は公爵令嬢です。もし、粗相でもしたら……」

「大丈夫、カティ以外にも男爵令嬢は来るそうだ。お前も貴族の一員なんだ、堂々としていなさい」


 そうは言われても相手は公爵家、貴族の中では最上位。

 カティの父は男爵、貴族の中では最下位だ。

 同じ貴族でも格が違う。


「姉上はそそっかしいから、何かやらかすんじゃないの?」

「ジャック、うるさい!」


 二つ年下の弟の頭に、ゲンコツを落とす。


「うわ~ん、姉上がぶった!」

「泣くな! 男の子が!」


 父は呆れた表情で二人をいさめる。


「お前たち、喧嘩は止めなさい」

「でも、ジャックが!」

「ジャックもカティのことを心配して言ったんだろ、手を出すのは良くない」

「……わかりました」


 ジャックは、泣きながら食器を片付けに行った母の元へと駆けて行った。

 父は肩をすくめ、呟く。


「こんな調子で大丈夫なのだろうか?」


 一週間後、私はスカーレット公爵家へと向かう馬車の中に、父と乗っていた。


「カティ、お茶会の作法は忘れてないだろうな?」

「はい、お母様にみっちり仕込まれましたもの」

「それなら良いのだ」

「でもお父様、私怖いです。もし、身分の差を理由に理不尽な要求でもされたら」

「公爵様には世話になっている。多少の要求は我慢なさい」

「はい……」


 ローズグレイ家は男爵になったばかりの新興貴族。

 領地にはこれといった特産品もなく、農作物の収穫量も多い訳ではない。

 吹けば飛ぶような弱小貴族だ。

 生き残るためには、スカーレット公爵家のような実力のある貴族に取り入って、支援を引き出すしかない。


「まあ、ご息女のミレア様は、お前と同じ年でありながら高潔な方だと聞く。悪いようにはしないさ」

「そうだと良いのですけど……」


 馬車がスカーレット公爵家に到着する。

 私は馬車を降りると、その景色に圧倒された。

 自分の家とは比べ物にならない程の豪華で巨大な屋敷……いや、それはまるで、城だった。

 よく手入れの行き届いた広い庭園には、樹木の葉が綺麗に切り揃えられており、見たこともない花が咲き誇っている。


「なに……これ?」


 自分の家とのあまりの違いに愕然とする。

 屋敷の入り口まで進むと、姿勢の良い執事が出迎えた。

 執事に大きな広間へ案内される。

 すると、ソファーに座っていた男性が、少女を伴って近付いてくる。


「公爵様、本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。こちらは娘のカティシアです」


 父は深々と頭を下げる。

 私も慌てて頭を下げた。


「よく来てくれました。頭を上げて下さい」


 私と父は頭を上げる。


「君が、カティシアだね。こちらは私の娘のミレアだ。同じ年の令嬢同士、仲良くしてやって欲しい」


 私はミレア様を見る。

 均整のとれた美しい顔立ち。

 目は凛として、鼻筋は通っており、透明感のある肌。

 なにより目を引くのが、縦ロールにした美しく輝く銀髪。

 ファルベールの王家は、銀髪の者が多い。

 明らかに高貴な血筋であることが、見た瞬間に分かった。


「ミレア様、お初にお目にかかります。カティシアです」


 私がそう言うと、ミレア様は美しく微笑んだ。


「ミレアです、今日は私のお茶会に来ていただいてありがとうございます。同じ年なのですから、そんなに畏まらなくてもよろしいのですよ?」


 そう言って笑うミレア様の笑顔は、目が眩むくらいに眩しかった。


 お茶会にはミレア様と私の他に、三名の令嬢が参加していた。


「皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。お茶会を始める前に、今回初めて参加していただいたカティシアさんをご紹介します」

「カ、カティシアです。ほ、本日はお日柄も良く……」


 私が挨拶をすると、クスクスと小さく笑いが起きた。


(あ、あれ? 私なにか変だった?)


 ミレア様が私の肩に手を優しく乗せる。


「カティシアさん、ここにいるのは、皆同年代の令嬢たちです。堅苦しい挨拶は抜きにして、普通に話して良いのですよ」

「そ、そうなんですね。私、お茶会に参加するの初めてで」

「まあ、それでは、カティシアさんに楽しんでもらえるように頑張りますね」

「お、恐れ入ります」


 ミレア様は、私の肩から手を離すと、一人一人令嬢たちを紹介してくれた。


「こちらはアジュール伯爵の娘、シエルさん」

「シエルです。カティシアさん、よろしくお願いします」


 シエルさんは大人びた印象で、濃い青色の髪を頭の後ろでお団子にしている。


「こちらはベルランゴ子爵の娘、ソニアさん」

「ソニアです。今日は楽しくお話ししましょう」


 ソニアさんは穏やか印象で、オレンジ色の髪をおさげにしている。


「こちらはセラドン男爵の娘、ロゼッタさん」

「ロゼッタです。同じ男爵家ですね、仲良くしましょう」


 ロゼッタさんは爽やかな印象で、ウェーブのかかった深緑色の髪をしている。


「それでは、自己紹介も終わりましたしお茶会を始めましょう。カティシアさんは、こちらにお座り下さい」

「は、はい」


 私は、ミレア様に促されるまま席に着く。

 すると、メイドたちが、テキパキとお茶の準備をして、目の前にお茶と茶菓子を運ぶ。

 お茶からは、優しい花のような香りが漂ってくる。


「どうぞ、召し上がって下さい」

「は、はい」


 みんな優雅にお茶を口に運んでいる。


(よ、よし! 私も!)


 一口飲むと、口の中に清涼感のある爽やかな花の香りが広がった。


「お、美味しい……」


 ミレア様はニコリと微笑む。


「気に入っていただけて良かったです。こちらはユネシア商会から西部のお茶を取り寄せたのですよ」


 私は目を見開く。


「各国に支店をもつ大商会ではありませんか」

「公爵家で懇意にしておりまして、こうやって各国の珍しいお茶なども手に入るのですよ」

「こんな美味しいお茶、初めて飲みました」

「うふふ、どうぞ、お菓子も召し上がって下さい」


 目の前にある焼き菓子を手に取る。

 甘い香りが鼻をくすぐる。

 口の中に運ぶと、しっとりしていて、上品な甘さが口の中いっぱいに広がった。


「すごく美味しい」


 先ほどから美味しいしか言っていないが事実だ。

 いままで食べた焼き菓子とは次元が違う。

 生地はこのようにしっとりではなく、パサパサで口の中の水分が持っていかれるし、甘さもただ甘いだけの単純な味ではなく、繊細で複雑な甘さを感じる。

 もはや同じ焼き菓子と呼んでいいのか分からないほど別物だった。


「シェフに伝えておきますわ」

「シェフ?」


 シエルさんが補足する。


「ミレア様の家では、専属のシェフとコックが料理を作っているのですよ。このお菓子もミレア様のお屋敷で作られたものですわ」


 ソニアさんとロゼッタさんも会話に加わる。


「ミレア様の料理人が作るお菓子は絶品ですわ」

「私たち、いつも次のお茶会を楽しみにしているのですよ」


 専属の料理人?

 私のところは、料理は母が作っている。

 メイドも執事もいない……。


「カティシアさんは、好きなお菓子はありますか? もし、よろしければ、次のお茶会ではカティシアさんの好きなお菓子をシェフに頼んで作ってもらいますわ」

「私の好きなお菓子ですか? 今この焼き菓子になったところですが……」

「うふふ、シェフも喜びますわ」


 そう言ってミレア様は、美しく微笑んだ。


 楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。

 帰りの馬車で、私は父に興奮しながら今日の出来事を語った。


「それでね、ミレア様はすごいのよ! 見た目だけじゃなくて、立ち居振る舞いも綺麗で、とても同じ年とは思えないの!」

「ははは、良かったじゃないか。素敵なお友達ができて」

「私も、ミレア様みたいな淑女になれるかしら」

「それなら、もっとお淑やかにしないとな」


 そう言って父は私の頭を撫でた。

 家に帰ると、母が夕食の準備を終えて待っていた。


「あなた、カティ、おかえりなさい。夕食できてるわよ」


 家族みんなで食事をとる。

 いつもと変わり映えのない、質素な食事。

 きっと今頃ミレア様は、専属料理人の作った豪華な料理を食べているのだろう。


「ねえ、父様。うちは専属シェフは雇わないの?」


 両親がびっくりした表情を浮かべる。


「どうした姉上、なにか悪いものでも食べた? ……イテテテ!」


 私はジャックの頬をつねる。 


「あいにく、私はジャックが食べたこともないような美味しいお菓子を食べたんだから」


 母と父が私をたしなめる。


「こらっ! 弟をいじめるのはやめなさい!」

「やれやれ、馬車の中では、お淑やかにするって話だったじゃないか」


 私がジャックの頬から手を離すと、父はため息をついた。


「うちに専属シェフを雇うような余裕はない。ないものねだりをしていては、きりが無いぞ」

「はい……」


 その日の夜、楽しかったお茶会のことを思い返しながらベッドに入る。

 ミレア様は帰り際に、これからも同じ国の令嬢同士、仲良くしましょうと言った。

 でも、私とミレア様は、こんなにも違う。


 私の胸の中で、もやもやとしたものが広がる。

 私は、その感情に名前を付けることができずに眠りについた。


 ミレア様からのお茶会のお誘いは、その後も続いた。

 お茶会のメンバーは何人もいるが、スカーレット領から近く、頻繁に参加する令嬢は最初のお茶会で出会った令嬢たちだった。

 私は彼女たちとお茶を飲み、話をして親睦を深め、今では自然に笑い合える間柄になった。


「えっ!? ミレア様、婚約されているのですか?」

「はい、物心がつく前より決まっておりました」


 ロゼッタさんがイタズラっぽい笑みを浮かべて、私に尋ねる。


「カティさん、ミレア様の婚約者、誰だと思います?」

「う〜ん、そうですね……公爵家と釣り合いがとれる相手と言えば、王族ぐらいしか思い浮かばないのですが、ひょっとして王子様とか?」

「なんだ、知ってらしたの」

「えっ!? もしかして本当に?」


 ソニアさんが続ける。


「それも、ただの王子ではありませんよ」

「まさか!」

「そう、この国の王太子殿下、ウィルネス様です!」


 シエルさんが頷く。


「ウィルネス様が王位を継いだら、ミレア様は王妃になられるでしょう」

「ミレア様が、王妃……」


 雲の上の話過ぎてピンと来なかった。

 ミレア様が私に話す。


「成人するのは五年以上あるので、結婚するのはまだ先の話ですけどね」


 成人は十六歳。

 それまでは一人前の大人と見なされず、結婚することはできない。


「カティさんは婚約されているのですか?」

「いえ、いません」


 弱小貴族の娘を嫁にもらいたい貴族の子息は少ない。


「それなら今度、王太子殿下の十一歳の誕生パーティーがございます。貴族の子息も来ますので、カティさんも参加しませんか?」

「え? でも、招待状とかいるのでは?」

「私が王太子殿下に頼んで送ってもらいますわ」

「ありがとうございます。是非、参加させて下さい」

「ふふっ、わかりました、ウィルに話しておきます。そう言えば、お父様の新しい事業は順調ですか? もう収穫は終わっているのですよね?」

「はい、公爵様のお陰で順調です」


 公爵様の支援で、父の領地の手つかずだった土地を開墾してもらい、その土地の栽培に適した農作物の種を頂いた。

 領民たちに仕事ができて収穫量が上がることで、私の家は少しだけ余裕ができた。


 ミレア様は私の人生観を変えてくれた。

 だけど、ふと思うことがある。

 私はミレア様から貰ってばかりで、私からミレア様に差し出せるものは何もない。

 ミレア様は私のことを友達だと言った。

 でも、一方的に施されるだけの私は、本当にミレア様の友達なのだろうか?


 翌日、自室の鏡の前で、私は笑顔の練習をしていた。


(どうすれば、ミレア様のように美しく笑うことができるんだろう?)


 ミレア様のお姿を思い浮かべて練習するが、上手くいかない。


「姉上いる? うわっ、鏡の前でニヤニヤして、何してるの?」

「勝手に私の部屋に入らないでって、いつも言ってるでしょ!」

「ドアが開いてたんだよ。それで、何してるの?」

「笑顔の練習よ、私もミレア様みたいに美しく笑いたいの」

「ふーん、姉上はいつもミレア様の話をしてるけど、いくら練習しても姉上は姉上だよ。ミレア様にはなれないんじゃない?」

「うるさいな、そんなのわかってるわよ! ジャックは何の用があって来たのよ?」

「母上が夕飯の手伝いに来いって」

「わかった、いま行くって伝えておいて」

「はーい」


 ジャックが私の部屋を出て行く。


(私は、ミレア様になれない……)


 胸のもやもやが渦巻いている。

 きっとミレア様は、家事などしたこともないのだろう。

 台所から、食材を切る音が聞こえてくる。

 私は頭を振り、母の手伝いをするために部屋を出て行った。


 この日は、シエルさんのお茶会だった。

 ソニアさんとロゼッタさんの他に、数名の貴族令嬢がいる。

 私はミレア様の姿を探すがどこにもいない。

 お茶会が始まっても、ミレア様は現れなかった。


「ミレア様は、今日は来られないのですね」


 お茶会が始まってからしばらくして私がそう言うと、シエルさんが応える。


「ミレア様は、城に行くと言ってましたわ。そろそろ王太子殿下の誕生パーティーですもの、打ち合わせではないかしら?」


 他の令嬢も話に加わる。


「そうそう、殿下の誕生パーティー、楽しみですわよね」

「私、その日のために、ドレスを新調したのですよ」

「あの二人、美男、美女でお似合いですわよね」

「私もミレア様のようになりたいですわー」

「あはは、無理無理。同じ令嬢とは言え、住む世界が違いますわ」


 皆がミレア様のことを褒め称える。

 私は、胸のもやもやが広がっていくのを感じた。

 そして、つい口走ってしまった。


「でも、これだけの差があるのです。ミレア様も心の中では、私たちのことを見下しているのではないでしょうか……」


 場が静まり返る。

 私はハッとして我に返った。


(しまった……いまのは失言だった!)


 しばらく沈黙が流れたあと、令嬢の一人がポツリと呟いた。


「でも……そうかもしれませんわね」


(えっ?)


 他の令嬢が頷く。


「あれだけの美貌と地位を持ち合わせているのですもの」

「たしかに、そう考えていても不思議ではありませんわ」


 私の口走った妄言に、皆が同意を示す。

 その瞬間、胸のもやもやがスッと晴れたような気がした。


 シエルさんが皆をたしなめる。


「皆さん、憶測でものを言うものではありませんよ。人の心の内など、本人以外はわからないのですから」


 ソニアさんとロゼッタさんがフォローする。


「たしかにそうですわね」

「ミレア様がそうおっしゃった訳ではないのですから」


 私は胸がドキドキしている。

 私に良くしていただいているミレア様を、悪く言ってしまった罪悪感がチクリと胸を刺す。

 しかし、それ以外の感情もまた、私の中に芽生えていた。


 ソニアさんがシエルさんに聞く。


「シエルさんは今年も参加されないのですよね?」

「ええ、私の婚約者の誕生パーティーが殿下と近いので」

「たしか、エラマン王国の辺境伯のご子息ですよね」

「ええ、片道だけでも一週間かかってしまいますわ」


 他の令嬢も話に加わる。


「たしか、エラマン王国は学園を建設中なのですよね」

「各国協同で、魔王を打ち倒す勇者を育成する学校を作るとか」

「その話は私も聞きましたわ。世界各国から優秀な教師を集めていると」


 この世界、エルグラントは、魔界から現れた魔人族により侵略を受けている。

 巨人族の住む北大陸は陥落。

 人族の住む、ここ中央大陸にも、その魔の手が伸びている。

 その戦で、大勢の命が犠牲になっているとのことだ。

 そして、その魔人族の王、魔王を打ち倒す者が、奇跡の力を持つ聖女と、世界を救う勇者……と、言われている。


 しかし、遠く離れた戦場での出来事。

 魔人族を見たこともない私にとっては、別世界のことのように感じている。


 お茶会はその後、終始穏やかな雰囲気で幕を閉じた。


 王太子殿下の誕生パーティーの日、私は城の会場にいた。

 広い会場には、大勢の貴族が集まり、大きなテーブルに様々な料理が並べられ、執事が飲み物を配っている。


(ミレア様はどこかしら……)


 会場を探すが見当たらない。

 王太子殿下の婚約者なのだから、会場にいない訳はないのだけれど……。


「カティさん、ごきげんよう」


 振り返ると、ロゼッタさんがいた。


「ロゼッタさん、ごきげんよう」

「さすが王太子殿下の誕生パーティー、すごい規模ですわね」

「はい、ミレア様も来ているはずなのですが、見当たらないです」

「ああ、それなら心配には及びませんわ。ミレア様は殿下にエスコートされて入場しますもの。ほら、噂をすれば……」


 人垣が割れると拍手が巻き起こる。

 その中を王太子殿下とミレア様が手を振りながら歩いてくる。

 ミレア様は相変わらず美しい微笑みを浮かべていた。

 その隣、王太子殿下を見る。

 一瞬、時が止まった。


(まるで、王子様みたい)


 実際に王子様なのだが、そうとしか言い様がなかった。

 整った顔立ち、キリッとしたクールな目。

 なにより目を引くのが、ミレア様と同じ、銀色に輝く美しい髪。

 私は王太子殿下の美しさに目を奪われ、胸が高鳴った。


「ほんと、美しくてお似合いの二人ですわね。眼福ですわ〜」


 ロゼッタさんが呟く。


 お似合い……たしかにそうだ。

 二人共、高貴な生まれ。

 類稀な美貌を備えており、幼い頃から高度な教育を受けていて教養もある。

 違う、私とは、何もかも。

 胸のもやもやがどんどんと大きく膨らんでいく。


(なぜ、私はミレア様に生まれなかったの?)


 神様は不公平だ。

 生まれた時からどう生きられるのかは既に決まっている。

 ミレア様はいずれ王妃になるだろう。

 きっと、もう今までみたいに気軽に会うことは出来ない。

 その時、私は何をしている?


 おそらく、父と同じような弱小貴族の家に嫁ぎ、家事と子育てに追われて生きるのだ。

 母みたいに。

 そして、王国の記念祭で手を振るミレア様のお姿を離れたところから眺めながら、自分の子供に「私は王妃様の友達だったのよ」と誇らしげに語るのだろう。


 ミレア様は私のことを覚えていてくれるのだろうか?

 きっと忘れている。

 たまに思い出しても、そう言えばそんな令嬢もいたなと思う程度だろう。


「そんなの、許さない……」


 私は拳を握りしめ、ポツリと呟く。

 そんな私を、ロゼッタさんが怪訝そうな顔で見る。


「カティさん、どうされました?」


 私はミレア様の真似をして微笑む。


「いえ、なんでもありませんわ」


 私の胸の中にあるもやもや。

 これが何なのかわからなかった。

 でも、今ならはっきりとわかる。

 この感情の正体は……。


 憎しみ。


 そう、私は、ミレアが憎いのだ。


 ウィルネス様の入場が終わると、ソニアさんが合流する。

 さらに、しばらくするとミレアも合流した。

 ミレアは私たちを見つけると、美しい微笑みを浮かべて挨拶する。


「皆さん、ごきげんよう」


 私たちは、ミレアに挨拶する。


「ごきげんよう、ミレア様」


 ソニアさんがミレアに尋ねる。


「ウィルネス様との付き添いは、もうよろしいのですか?」

「ええ、ウィルに挨拶したい方々が大勢いまして」


 私がウィルネス様の方を見ると、ウィルネス様は大勢の人に取り囲まれていた。


「あら、カティさん、顔色がすぐれませんが大丈夫ですか?」


 ミレアが私に優しく話しかけてくる。


「いえ、少し人混みに酔ってしまって。もう大丈夫です」

「そうですか……もし体調が悪くなるようでしたら、別室で休めるようにいたしますので、私に言って下さいね」

「はい、お心遣い、ありがとうございます」


 私もミレアに笑いかける。


(憎い、ミレアが憎い……)


 昨日までの私なら、ミレアに優しくされて「ミレア様はなんて素敵な女性なんだろう」と感激していただろう。

 だけど、今は違う。

 この笑顔も、この優しさも、持っている者の余裕だ。

 憎い、ミレアの全てが癪に触る。


 私がウィルネス様を眺めていると、ソニアさんが私をからかってきた。


「カティさん、先ほどからウィルネス様の方ばかりを見てらっしゃるわね。駄目ですよ~、好きになったら。ウィルネス様は、ミレア様と婚約しているのですから」


 ロゼッタさんが頷く。


「でも、好きになってしまう気持ちもわかりますわ〜。あんなに美しいんですもの」

「い、いえ。そういう訳では……」


 ミレアが苦笑する。


「でも、ウィルが王になったら、側室もできるのでしょうね」


 ソニアさんとロゼッタさんが笑う。


「王家の血を絶やさないためには、仕方ありませんわ」

「それまでは、ミレア様の独り占めですね」


 側室……。

 もし、私がウィルネス様の側室になれば、ミレアとずっと一緒に……。


 いや、駄目だ。

 ずっとミレアの下につくことになる。

 そんなの、私のプライドが許さない。


 王族や貴族は血を絶やさないように一夫多妻制だが、平民は一夫一妻制だ。

 何故か?

 もし、平民に一夫多妻を許可してしまえば、裕福な男性ばかりに女性が集まってしまい、多くの男性は結婚できなくなってしまう。

 血が濃くなってしまうのを防ぐためにも、一夫多妻は王族や貴族にしか認められていないのだ。


 とは言え、貴族であっても妻が一人だけという家は珍しくない。

 理由は、妻が好きすぎて他の女性に興味が沸かなかったり、妻を何人も養う経済力がなかったりと様々だ。

 私の父も、妻は母一人だ。


 私はミレアたちと談笑しながら、横目でウィルネス様の様子を伺う。

 そして、ウィルネス様が席を外したタイミングを見計らって、私も席を外す。


「私、少し席を外しますわ」


 ミレアが私に声を掛ける。


「カティさんは、お城に来たのは初めてですよね。一人で大丈夫ですか?」

「ふふ、ご心配には及びませんわ」


 ウィルネス様を見失わないよう、早足でその場を後にする。

 心臓がバクバクと早鐘を打っている。


(大丈夫、私ならやれる)


 ウィルネス様の目前に迫ると、私はわざと盛大に転ぶ。

 地面に手をついた際、少し手首を痛めてしまった。


(痛たた……こんなことなら、転ぶ練習をしておくんだった)


「君、大丈夫?」


 ウィルネス様が、私に手を差し伸べる。

 私はその手を掴む。


「はい、ありがとうございます」


 引き起こされた反動を利用し、私はウィルネス様に抱きつく。

 そして、耳元へ囁いた。


「殿下、ミレア様のことで、お話ししたいことがあります」


 ウィルネス様も小声で応える。


「それは、今ここでは話せない内容?」

「はい」

「わかった……別室に案内しよう」

「……ありがとうございます」


 ウィルネス様から体を離すと、私は別室へと案内される。


 ミレア、貴方は私にないものを沢山持っている。

 私たち友達よね?

 だからいいでしょ?


(ウィルネス様を、私に頂戴?)


 別室に入ると、中にはウィルネス様と私以外、誰もいなかった。


「それで、話というのは?」


 ウィルネス様が振り返ると、私はウィルネス様に抱きついて、涙を流す。


「き、君?」

「ウィルネス様! 私、私……」


 ウィルネス様は私の背中を優しくさすった。

 私の体を、ゾクゾクとした快感が走る。


「もう、落ち着いたかい?」

「はい……」


 もう少しウィルネス様に抱かれていたいが、今は目的を果たさなければならない。


「実は、私の父は、ミレア様のお父様から支援を受けているのですが」

「支援?」

「はい、もし私がミレア様に逆らえば、父は支援を打ち切られ、私の家は生活が立ち行かなくなります。私、怖くてミレア様には逆らえないんです!」


 私は大袈裟に泣く素振りを見せる。

 嘘は言っていない。

 父が公爵様から支援を受けていることも、支援を打ち切られたら生活が苦しくなるのも本当だ。


 これが、笑顔で「ミレア様のお父様の支援のお陰で助かっています」なんて言えばどうなるか?

 美談になってしまい、ミレアの評判が上がるだけだろう。

 しかし涙ながらに、さもそれが酷い仕打ちのように訴えればどうなるか?


「ミレアが、そんなことを……」


 同じことを言っているのに、ミレアの評判が下がるのだ。


「君は、ミレアに何かされたのかい?」

「カティシアです! カティと呼んで下さい!」

「わかった、カティがミレアに何をされたのか教えて欲しい」


 私は顔を両手で隠し、俯く。


「そんなこと、私の口からはとても言えませんわ! あんなことされたなんて、恥ずかしくて誰にも言えません!」

「そ、そんなに酷いことをされたのか」


 私は何も言っていない。

 こう言っておけば、後は勝手に相手が想像を膨らませてくれる。


「私がこうしてウィルネス様と話をされたこと、誰にも言わないで下さい! 特にミレア様には!」


 私は両手でウィルネス様の手を握る。


「わ、わかった」

「ありがとうございます! 私、ウィルネス様と話せて良かった」


 私はまたウィルネス様に抱きつくと、ウィルネス様は顔を赤らめた。


(あれ? 何この反応? ミレアと婚約しているから、てっきりそういうこともしていると思っていたけど)


 私は上目遣いでウィルネス様を見る。


「こんなこと、誰にも話せなくて……もし良かったら、今後も相談に乗っていただけませんか?」

「あ、ああ、わかった。自分の婚約者のことでもあるしな。城に立ち寄った時は相談に来てくれ」

「ありがとうございます!」


 次に会う約束を取り付け、別室を後にした。

 ミレアたちの元に戻ると、ミレアが私に話し掛ける。


「カティさん、遅かったですわね。ひょっとして迷いました?」

「ええ、会場が広いもので」

「まあ、そうだったのですね」


 ミレアは何も知らずに美しく微笑む。

 私もミレアの真似をして微笑み返した。


(ミレア、見てなさい。私は貴方の人生の、路傍の石なんかじゃないんだから!)


 ウィルネス様の誕生パーティーの後。

 私は、積極的にミレア以外の貴族令嬢が主催するお茶会に参加した。

 頃合いを見計らい、私はミレアのことを涙ながらに語る。

 周囲の令嬢たちは、私に同情し、優しく声を掛けてくれた。


「カティさん、お辛い思いをされてきたのですね」

「ここにはカティさんに、酷い仕打ちをする者はおりませんわ」

「辛い時は、いつでも相談なさって下さい」


 皆が私を心配してくれる。

 それが、頭が痺れるほどの快感だった。


 しばらくすると、面白いことが起きた。

 ミレアが私に「身の程をわきまえろ」とか「男爵家風情が」というような暴言を吐いたという噂が流れたのだ。

 特に傑作だったのが、「ミレアが私を椅子にして、優雅にお茶を飲んだ」というものだった。

 その話を聞いた時、私は笑いを堪えるのに必死だった。


 貴族令嬢は、家で教育を受けているか、お茶会で令嬢と話すぐらいしかすることがない。

 みんな、こういう刺激的な話に飢えているのだ。

 私は何も嘘は言っていない。

 ただ、きっかけを与えただけだ。


 あまりにも面白い話だったので、「私は誰にも言ってないのに、こういう噂が流れてしまった」とウィルネス様に涙ながらに語ったら、彼は目を見開いて驚愕していた。

 私は噂が真実だとは一言も言っていない。

 その噂が真実か虚偽かを判断するのは、ウィルネス様だ。


 噂を聞きつけたソニアさんとロゼッタさんが私に確認する。


「私、ミレア様とカティさんのことで変な噂を聞いたのですけど」

「噂は本当のことですの?」


 こう聞かれた時、私の返事は決まっている。


「ソニアさん、ロゼッタさん、この噂のことは、絶対にミレア様の耳に入らないようにして下さい! もしこんな噂が流れているなんてことがミレア様に知られたら、私の家はどうなってしまうかわかりません!」


 涙を流しながら必死に訴える。

 こう言えば、私の家を潰してやろうなんて考えのない限り、ミレアに噂が届くことはないだろう。

 後は二人が勝手に脳内補完してくれる。


 しかし、そんな私を冷静に見つめる瞳があった。

 シエルさんのお茶会の後、他の令嬢たちと同じように、私も家に帰ろうとしたらシエルさんに呼び止められた。


「カティさん、ちょっとお話ししたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい」


(なんだろう、噂の確認だろうか? だとしたら、私の言うことは決まっている)


「カティさん、最近ミレア様のお茶会には、あまり参加されないのですね?」

「え、ええ。ミレア様ばかりでなく、他の令嬢の方とも親睦を深めようと思いまして」

「そうですか……私、てっきりミレア様とカティさんが喧嘩でもしているのかと思いまして」

「い、いえ……そんな、喧嘩だなんて」

「最近、お二人の良くない噂をお聞きしますのよ。私、心配で……」

「噂……ですか」

「何かご存知なのですか?」


 私は目に涙を溜める。


「実は、私も噂を流されて困っているのです! もしミレア様にこの噂が耳に入ったら……」

「それでしたら、私がとりなして差し上げますわよ」

「え?」

「私、ミレア様と付き合いが長いんですの。もし、変な噂を流されてミレア様と気まずいのでしたら、話し合いの場を設けさせていただきますわ」


(余計なことを……)


「いえ、大丈夫です。これは私とミレア様の問題です。シエルさんを巻き込む訳には……」

「ミレア様もカティさんも、私の友達です。友達が困っているのを、放っておけませんわ」


(だから、それが余計なお世話なのよ!)


「でも、もしそれで家に迷惑をかけることになれば……」

「大丈夫、ミレア様なら悪いようにはしませんわ」


 おかしい……先ほどから、妙にシエルさんが私の話に被せてくる。

 いつもなら、ちゃんと相手が話し終わった後に話すのに。

 ひょっとして、噂を私が流していると疑っている?


「シエルさん、酷いですわ!」


 私は涙をこぼしながら訴える。


「酷い? 何がですか?」

「噂を私が流していると疑っているんですよね? 私、噂なんて流していません!」

「そんなこと、一言も言っていないのですけど」

「言っているも同然ですわ! 私も、皆も、嘘を付いているとおっしゃりたいのですか!」

「私はただ、仲直りしていただこうと……」

「それが疑っていると言うのです! 嘘の噂を流して申し訳ありませんと、ミレア様に謝罪させるおつもりなのですよね! シエルさんは人を信じる心がないのですか!」

「いえ、私はただ……」


 シエルさんはニコリと笑う。


「自分の目で見たものしか信じないだけですわ」


 シエルさんのお茶会の後日。

 私は、ミレアのお茶会にも足を運んだ。

 笑顔で談笑する私とミレアの姿を見たシエルさんは、安心したようだ。

 どうやら噂の件については、シエルさんはミレアに何も言ってないみたいだった。

 ミレアから噂のことについて何も聞かれないし、美しい微笑みで私に話し掛けてくる。


 今後はミレアだけでなく、シエルさんにも注意を払わなければならない。

 他の令嬢から、噂について聞かれることがあったら、「ミレア様だけでなく、シエルさんにも噂のことを話さないで」と言うようにした。

「シエルさんはミレア様と仲が良いから、ミレア様に告げ口をするかもしれない」と付け加えて。


 月日は流れ、ウィルの十三歳の誕生パーティーが迫る。

 私とウィルネス様は逢瀬を重ね、「ウィル」「カティ」と呼び合う仲になっていた。

 ウィルの初めては私が貰った。


 駄目じゃないミレア、婚約者の立場に甘えてたら。

 大方、体を許すのは結婚してからなんて古風なことを考えていたのでしょうけど、そんなんじゃ他の女にウィルを取られてしまうわよ?

 いまではウィルは私にゾッコンだ。


 そろそろ頃合いだろう。

 私はウィルの誕生パーティーを計画実行の日に定める。

 シエルさんはエラマン王国の婚約者の誕生パーティーに参加していて不在なので好都合だ。


 ミレアのお茶会。

 この日は、最初のお茶会のメンバーが集まっていた。

 ミレアはため息をつく。


「最近、他の令嬢の方々がどこかよそよそしいんですよね。お茶会の招待をしても、断られることも増えてきてますし。まるで、避けられているみたい」


 私は即座に応える。


「皆さんも、色々と予定があるのではありませんか? 避けられているなんてことはないと思いますよ」

「そうだと良いのですが……」


 シエルさんは静かな瞳で、ソニアさんとロゼッタさんはハラハラした表情で私とミレアを見ている。

 これ以上この話を続けられても困るので、私は話題を変える。


「もうそろそろ、ウィルネス様の誕生パーティーですよね。今年もミレア様はウィルネス様にエスコートされて入場されるのですか?」

「ええ、カティさんも来られます?」

「もちろん、新しいドレスも準備したのですよ」

「うふふ、それは楽しみですわね」


 ミレアはウィルの誕生パーティーで、自分の身に何が起きるのかもわからずに微笑んでいる。


(何も知らずに……)


 私の中でゾクリとした快感がこみ上げる。

 ミレアは泣くのだろうか?

 それとも怒るのだろうか?

 どちらにしても、この笑顔を歪めることができる。

 私はウィルの誕生パーティーが来る日を、指折り数えて待ち侘びた。


 そして、計画実行の日。

 私はウィルの誕生パーティーの会場で、葡萄ジュースを片手に立っていた。

 ミレアは、ソニアさんロゼッタさんと、三人で談笑している。

 私は高鳴る心臓を抑えるために深呼吸をし、一歩踏み出す。


(大丈夫、この日のために準備してきたのよ、きっと上手く行く)


 ミレアに向かって足早に歩く。


(私は今日、ミレアになる!)


 そして……ミレアは断罪された。


───


 ミレアの断罪から半年後。

 私は父が呼んだ教育係の元、勉強に励んでいた。

 教育係は背筋の伸びた白髪混じりの女性で、かつて後宮で侍女頭を務めていた人物だ。


「カティさん、この前覚えたことを、もう忘れているのですか?」

「はい……」

「そんなことでは、王妃様になれませんよ」

「はい……」


 教育係が来てから、毎日勉強漬けの日々だ。

 こんなことなら、家事を手伝っていた方がまだましだ。

 王妃になれば、城で贅沢な生活をしてればいいと思っていた。


「カティシアさん、王妃というものは王と共に国の顔なのです。必要最低限の教養を備えていただかなければ、外交の場で他国に侮られてしまいます」

「はい……」

「それでは、また一からやり直しましょう。まずは礼儀作法から」

「はい……」


(こんなはずじゃなかった……)


 本日の教育を終え、教育係は帰って行く。

 私は机に突っ伏す。


「もうヤダ! 勉強したくない!」


 私の叫びに、家族が心配して部屋に入ってくる。


「どうしたのカティシア、急に大声出して」

「姉上、うるさいから奇声上げるなよ」

「どうしたんだ? 勉強、上手く行ってないのか?」


 私は顔を上げる。


「なんでこんなに貴族の名前を覚えなくちゃいけないのよ! こんな家系図なんて覚えられないわよ!」


 父が頭をかく。


「そんなこと言っても、名前がわからなかったら会話もままならないだろ」

「数が多いのよ、父親が同じでも、母親が違ったりするし」

「貴族なんだから一夫多妻は珍しいことじゃないぞ」

「もうヤダ、勉強やめる!」

「無理だろ、王太子殿下の婚約者はお前なんだから」


 ジャックが呆れた表情で私を見る。


「姉上、自分でやるって言い出したんだから、責任もたないと」

「こんなことになるなんて思わなかったのよ! 知ってたらウィルの婚約者にならなかったわよ!」

「姉上、殿下が聞いたら悲しむぞ」


 母がため息をつく。


「でも困ったわね、こんな調子でカティの成人までに間に合うのかしら」


 父が提案する。


「そうだ! カティを城に住まわせてもらって、城の教育係に勉強を見てもらうっていうのは……」

「それは、絶対に嫌!」


 そんなことになれば、朝から晩まで気を抜けない勉強漬けの毎日になるだろう。


「そうだ! いいこと考えた!」

「何だ? そのいいことってのは?」

「姉上のことだから、またろくでもないこと考えてるんじゃないの?」

「父様、私、城に行きたいんだけど」

「城に? 別に構わんが、今日はもう遅いから明日になさい」

「それでいいわ!」


(そうよ! 私が出来ないなら、出来るやつに任せればいいんだわ!)


 翌日、馬車で城へ向かいウィルに会う。


「話というのは何だい?」

「実は、ミレアのことなんですけど……」

「何だ! また何かされたのか!」

「い、いえ……そういう訳ではなく」

「ミレアがどうかしたのか?」

「は、はい……ウィルは、ミレアを側妃に迎え入れるつもりはありませんか?」

「ミレアを側妃に? あいつはカティのことを散々虐めていたようなやつだろ? そんな奴を私は妻にするつもりはないが?」

「その、ミレアも今回の件で反省していますし、私も今までのことについては水に流します。ミレアもまだウィルのことを想っているみたいです」

「ミレアが? 私のことを?」


 ウィルが考え込む。


「そうです。私もミレアから色々と嫌な思いをされたけど、今でも友達だと思っています。私、友達が悲しむ姿を見たくないんです!」

「いや、しかし……」


 私は両手でウィルの手を握る。


「お願いします! 形だけの結婚でもいいんです! 正妃には私がなりますから!」

「わ、わかった……カティがそこまで言うなら」

「ありがとうウィル! 大好きです!」


 私はウィルに抱きつく。

 ウィルは私の頭を撫でる。


「カティは優しいな」


 これで面倒な妃の公務をミレアに丸投げすることができる。

 私が正妃でミレアが側妃……私が上に立ち、ミレアを側に置くことができる。

 考えるだけで脳が溶けそうだ。


(私たち友達だもの、きっと引き受けてくれるわよね)


 ……そう思っていた。


「お断りいたします」


 私がミレアに話を持ちかけると、ミレアは間髪入れずに提案を断った。


「なんでよ! ウィルの婚約者に返り咲けるのよ!」

「側妃として、ですよね」

「い、いいじゃない側妃でも。妃であることには変わりないんだし」

「私は婚約破棄された身です。今さらウィルの婚約者に戻るつもりはありませんわ」

「な、なによ。この前のことまだ根に持っているの? 安心して、ウィルの誤解は解いておいたから」

「誤解……とは何のことでしょうか?」

「ほら、ミレアが私に何かしたとかしないとか」

「ああ、そんなことも言ってましたね」

「いい加減な噂に振り回されて、私もミレアもいい迷惑よね! でも、大丈夫よ、友達の私はミレアが悪くないってこと、よくわかってるから!」


 ミレアは小声でポツリと呟く。


「よく回る舌ですこと……」


 私はミレアが何を言ったのか、よく聞き取れなかった。


「なに? よく聞き取れなかったんだけど」


 ミレアはニコリと微笑む。


「いえ、なんでもありませんわ」

「それで、側妃になって欲しいって話なんだけど。ウィルが即位したら妃としての公務もある訳じゃない? ミレアにも手伝って欲しいの」

「カティがやればよろしいではありませんか」

「幼い頃から教育を受けているミレアと私を一緒にしないでよ。お願いよ、友達が困っているのだから助けたいって思うでしょ? 国のためを考えたら、幼い頃から教育を受けていたミレアが公務を引き受けるのは当然……」

「カティ」


 ミレアが私の話を遮る。


「私はこれでもカティに感謝しているのですよ」


(感謝?)


「そ、そうよ! 私、ミレアの婚約を戻してあげるために頑張ったんだから!」

「いえ、そう言うことではなく……」

「?」

「付き合う相手はよく選ぶべきだ、ということが身に沁みて実感できました」

「ミレア、何を言っているの?」

「今回のことは高い勉強代だった、ということで納得しておきます」


 そう言って私を見るミレアの瞳は冷たかった。

 まるで見下すような、軽蔑するかのような、そんな目。


(ミレア、なんでそんな目で私を見るのよ? もう、私の方が立場は上のはずでしょ?)


「ねぇミレア、私たち色々あったけど、過去のことは水に流して王国のために協力しましょう」

「話はそれだけですか? あいにく私はやることがありますので、ウィルとは結婚しません」

「な、なによ。そのやることって?」

「カティには関係のないことです」


(関係ない? 友達の私に隠し事?)


「話はこれで終わりですね……さあ、お帰り下さい」

「……また来るわ」

「来ても無駄だと思いますけど」

「どう言う意味よ」

「さあ? なんでしょうね?」


 そう言ってミレアは美しく微笑んだ。


 その後、私は公爵家にミレアへの面会を申し込んだのだが、予定があるので面会できないと断られ、最近では不在だと言われるようになった。

 手紙を何十通も送ったのだが、一通も返ってこない。

 私は痺れを切らして、ミレアと交流の深いシエルに、ミレアの居場所を聞きに行った。


「ミレア様なら、もうこの国にはいませんよ」


 私は唖然とする。


「なんでよ!」

「勇者学園の入学試験を受けるために、エラマン王国へ向かいました。試験に合格したら、来年から入学して三年間は帰ってきませんよ」


 今年、私たちは十四歳になる。

 来年から三年間だと卒業する時には十七歳。

 ミレアが国に帰ってくる頃には、私はもうウィルと結婚している。


「そんな、それじゃ公務はどうすれば……」

「カティさんがやればよろしいのではないですか?」

「ミレアと同じこと言わないでよ! 出来ないから困っているんでしょ!」

「出来るようにすればいいではありませんか」

「簡単に言わないでよ! 私はミレアじゃないんだから!」

「カティさん、変わりましたね」

「私が、変わった?」

「ええ、言葉遣いもそうですが……最初に会った時は、もっと謙虚でしたよ?」

「私はウィルの婚約者、いずれは王妃になる存在なのよ! 謙虚になんてしていたら舐められるでしょ!」

「そんなことはないと思いますが、王妃になると言うのであれば、その責務を全うしていただきませんと」

「弟のジャックみたいなこと言わないでよ〜!」


 私はうなだれる。


「そうだ! 勇者学園は、世界各国から受験者が集まる狭き門だと聞いたわ! きっと不合格になって帰って来るに決まっているわ!」

「そんなことはないと思いますけど」

「いいえ! きっとそうよ! ミレアは私と一緒に国を支えるの! それが一番なんだから!」


 しかし、ミレアは試験に合格し、勇者学園に入学してしまった。


「なんでよ! なんで合格してるのよ! 私の計画はどうするつもりよ!」

「姉上〜、城から新しい教育係の人が来たよ〜」

「わかったわよ! 部屋に通して!」


 私の計画が崩れていく。


「私、負けないんだから!」


 私の戦いはまだこれからだ。

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